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【フローニンゲンからの便り】19159-19162:2026年8月24日(月)

8月26日
読了時間: 8分


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タイトル一覧

19159

引っ越し前の心のデフラグを感じて

19160

今朝方の夢

19161

今朝方の夢の振り返り

19162

フローニンゲンで過ごす最後の月曜日


19159. 引っ越し前の心のデフラグを感じて

    

時刻は午前6時半を迎えた。今の気温は12度と低く、日中も20度までしか気温が上がらない。秋の入口を超えて、秋の世界の中にすっぽり入っている感じである。辺りは随分と明るくなり、一羽の小鳥が清澄な鳴き声を上げている。この10年間、朝と夕方にどれほど小鳥の鳴き声に癒され、励まされただろうか。彼らが与えてくれたものに対して深い感謝の念を持ちながら、エディンバラの新居でも小鳥の鳴き声が聞こえてくるのかどうか想像を膨らませている自分がいる。


いよいよ明日は、荷物の搬送をする日である。昨日、25日の引っ越しに向けての梱包が全て終わり、準備は万全である。洋書と和書を合わせて3000冊ほどの書籍を手放したことにより、荷物は一気に少なくなり、エディンバラに持っていく学術書と楽譜類、そして衣類を合わせても段ボール10箱に収まった。段ボール以外に送ってもらうものとしては、文化箏、大きいスーツケースと小さいスーツケース、ふとんの西川のポータブルマットレスと枕がある。それらを合わせても随分とすっきりした荷物量である。今後また英国内で引っ越しをするかもしれないし、英国から別の国に移住することもあるだろう。それを見越して、今後も荷物をできるだけ増やさないようにしたい。それどころか、今持っている学術書については、今後の研究で必要ないと判断したら、今回と同じく積極的に手放していきたいと思う。いずれにせよ、こうして何年かに一回引っ越しをするというのは、身辺の物を断捨離する意味でも非常に有意義に思えた。それはまるでパソコンのデフラグのようであり、不要な荷物が整理されるだけではなく、それに伴って心のデフラグ現象も起きている実感がある。引っ越しに伴う物品の整理によって、心もまたしっかりと整理されている。整った心を持ってエディンバラに迎えることを大変喜ばしく思う。フローニンゲン:2026/8/24(月)06:40


19160. 今朝方の夢 

             

今朝方は夢の中で、見慣れない欧州の街を走る路面電車の中にいた。そこで高校時代のある友人(TN)と話をしていた。ざっくばらんな話をしていると、列車が水の都の中心部にやって来て、水面を走り始めた。思わずその光景に興奮してしまい、電車の後ろの開放的な窓からその様子をずっと眺めていた。水飛沫を上げることもなく、スーッと電車は駅前に到着した。私と友人はそこで降り、駅に入って行こうとしたのが、私はある使命に気づいてしまった。それは何かというと、今から地球に降り立ってくる無数の地球外生命隊を追い払うという任務である。すると不思議なことに、自分の体は天高く舞い上がり、地球外生命隊の撃退に向けて準備を始めた。その時に、自分の内側にある眠っていた種々の潜在能力が開花し始め、自分は様々な術を使うことができることに気づいた。それらを総動員すれば、自分は1人で全ての地球外生命隊を撃退することができるだろうという確信があった。ある意味、自分の中に全能感が芽生えたのである。それを感じると嬉しくなり、天空から地上付近まで自由自在に行ったり来たりしながら飛行を楽しみ始めた。再度天高く舞い上がると、まるでお風呂や海の上のプカリと浮いているかのように仰向けの姿になり、これから地球外生命体がやって来る成層圏の方を微笑を浮かべて眺めていた。そして、自分の内側から引き続き迸るまだ見ぬ潜在能力の流れを心地良く感じていた。フローニンゲン:2026/8/24(月)07:02


19161. 今朝方の夢の振り返り


今朝方の夢は、自分がこれまで歩いてきた地上の人生から、より広い次元へ移行しつつあることを象徴しているのかもしれない。冒頭の路面電車は、あらかじめ敷かれた軌道を進む乗り物である。そこに高校時代の友人TNが同乗していることから、自分の過去、とりわけ若い頃から連続している人格や記憶を伴いながら、新しい土地へ向かっている姿が映し出されているように思われる。ところが、その電車は途中から水面を走り始める。ここには、既存の軌道に従う人生と、形の定まらない流動的な世界との接続が表れているのではないか。水はしばしば無意識や感情、可能性の象徴となるが、その上を水飛沫さえ上げずに滑っていく電車は、自分が大きな環境変化のただ中にありながら、意外なほど静かに移行を遂げつつあることを示しているのかもしれない。とりわけ印象的なのは、自分が後方の開放的な窓から水上走行を眺めている点である。前方ではなく後方を見る姿勢には、自分が未来へ進みながら、同時にこれまでの人生が遠ざかっていく様子を味わっている構図があるように思われる。過去は切り捨てる対象ではなく、船尾から眺める航跡のように、新しい旅を実感させる背景へと変わり始めているのであろう。駅に着いた直後、日常的な旅は突然、地球外生命隊を撃退する宇宙的使命へと変貌する。この飛躍は、自分の内面で「個人的な移行」が「より大きな使命」へ意味づけ直されつつあることを象徴しているのかもしれない。地球外生命体は、文字通り敵を表すというより、これまでの自己理解では処理できない未知の課題、異質な知、あるいは新天地で遭遇する予測不能なものの象徴と考えられる。それらを追い払うという使命は、未知に圧倒されるのではなく、自分の力で秩序を作り出そうとする意志を表しているように見える。さらに重要なのは、戦闘そのものよりも、使命を知った瞬間に眠っていた潜在能力が次々と開花することである。これは、自分がまだ使用していない能力を、環境の変化が呼び覚ますという心的構図なのかもしれない。種子が土の中で長く眠り、季節が変わった途端に一斉に芽吹くように、自分の内部にも、これまで必要とされなかったため表面化していない力が蓄えられているという感覚である。夢の全能感は、単なる誇大的願望というより、「未知に直面したとき、自分は思っている以上に多くの資源を持っている」という自己効力感の劇的な表現とも解釈できるだろう。そして夢の核心は、敵を倒す場面ではなく、飛行そのものを楽しんでいる場面にあるように思われる。天空と地上を自在に往復する姿は、抽象と具体、精神と現実、理想と日常の間を自由に行き来する能力を象徴しているのかもしれない。最後に成層圏を仰向けで眺める姿は、戦士というより、水面に浮かぶ人に近い。そこには緊張ではなく信頼がある。これから未知の存在が到来するにもかかわらず、自分は身構えず微笑んでいるのである。それは、未来を制圧すべき脅威としてではなく、自らの未発見の能力を引き出す触媒として迎えようとする心の変化ではないだろうか。この夢全体は、線路、水面、天空、成層圏へと舞台が次々に上昇していく構造を持つ。地上的な移動から流動的な移動へ、さらに重力そのものから解放された移動へと変化しているのである。そこには、自分の人生が既成の軌道を進む段階から、自らの可能性そのものを航路にする段階へ移りつつあるという暗示があるのかもしれない。夢の中で迸っていた力は、完成済みの能力ではなく、これから発見される余白である。だからこそ、この夢は「自分は何者か」という問いよりも、「自分はこれから何になり得るのか」という問いが、いま強く開かれ始めていることを告げているように思われる。フローニンゲン:2026/8/24(月)07:41


19162. フローニンゲンで過ごす最後の月曜日

               

時刻は午後4時を迎えた。今、とても穏やかで優しげな夕日が地上に降り注いでいる。それを浴びている小鳥が喜びの歌を奏でている。先ほど街の中心部の珈琲屋に行き、コーヒー豆を購入し、スーパーに立ち寄って買い物をしてきた。いよいよ食料品の買い物も今週の木曜日で最後となる。買い物の行きと帰りには、やはりこの10年この町で過ごしてきたことを思わずにはいられなかった。そして、来週の今頃はもうエディンバラの自宅にいることがどこか信じられなかった。ふと、この町を離れることへの寂しさのような感情が湧いてきたが、それはとても肯定的な疼きの感情だった。寂しさの感情を受けて、自分がこの町をどれだけ愛し、この町がどれだけ自分を愛してくれていたのかを知ったのである。フローニンゲンという町と自分は、相思相愛の関係だったように思う。だからこそ、これだけ長くの関係が続いたのだし、この町を離れることへの寂しさもそうした関係の現れのように思う。仏教においては、愛は執着の側面があることを指摘する。自分がこの町に愛着の情を抱いていることは肯定的でもあるが、同時にここからの人生をさらに深め、自己をさらに育んでいくためには、手放さないといけないものなのだと思う。来週の今日からエディンバラと新しい関係を結ぶ前に、この町への恩返しとして、この10年の歩みを振り返り、この町で暮らせたことに深く感謝したい。

帰り道、ノーダープラントソン公園を横切っていると、どこからともなくクラシックギターの音色が聞こえてきた。音のする方を見ると、木の下でクラシックギターを弾いている男性がいることに気づいた。私は思わず足を止め、しばしその場で音色に聞き入っていたが、次の瞬間にはもう歩み出してその男性の方に向かっていた。私は彼に声を掛け、素晴らしい音色であることを褒め称え、そこから少しクラシックギター談義を楽しんだ。彼はピアノを長く演奏しているらしく、クラシックギターにも目覚めたようだった。自分は逆にクラシックギターに目覚めてから、将来ピアノの演奏を必ず始めようと思っている。音楽は国境を越え、共通の話題として、見知らぬ人同士の心を通わせる力があることを改めて思った。木陰での彼との何気ないやり取りは、縁起の波紋を生じさせ、きっとお互いの人生に対して肯定的な影響を与えるのではないかと思う。フローニンゲンで過ごす最後の月曜日も実に素晴らしい一日であった。フローニンゲン:2026/8/24(月)16:24 


Today’s Letter 

An inner peace permeates my whole being. It is like a vast, serene ocean that soothes my body and mind. I am a liberated swimmer in this infinite sea. Groningen, 8/24/2026

 
 
 

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