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【フローニンゲンからの便り】19152-19155:2026年8月22日(土)

8月24日
読了時間: 9分


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タイトル一覧

19152

HSBCの口座開設を決めて

19153

今朝方の夢

19154

今朝方の夢の振り返り

19155

プレンゼントを贈って


19152. HSBCの口座開設を決めて

                                     

昨日、再来週から生活を始めるエディンバラで新しく開設する銀行口座について改めて考え、最終的にHSBCの口座を開設することに決めた。最初はいくつかの銀行を比較していたが、自分のこれからの生活を長い時間軸で考えると、他行の口座を持つよりも、HSBCを一つの基盤として使っていく方が自分には合っているように思えてきた。英国で生活を始める留学生という現在の立場から見ると、HSBCにはInternational Student Bank Accountが用意されている点が大きい。英国での居住歴がまだ短くても申し込みやすく、月額の口座維持費もかからない。デビットカード、銀行振込、Direct Debitなど、家賃や光熱費を含めた英国生活に必要な機能も十分に揃っている。学生生活のためだけの一時的な口座ではなく、その後も使い続けられることに魅力を感じる。比較していたBarclaysにも強く惹かれた。1690年から続く歴史を持ち、英国らしい銀行という印象では、むしろBarclaysの方が魅力的に感じられる部分もある。英国国内で生活することだけを考えれば、Barclaysを選ぶのも非常に自然な選択である。またSantanderやLloydsにも無料で利用できる口座があり、Monzoのようなデジタル銀行をサブ口座として持つ選択肢もあった。それでも最終的にHSBCを選んだのは、自分の生活圏を英国だけに限定して考える必要がないと思ったからである。HSBCは英国に本社を置いているが、その歴史は香港から始まり、アジア、欧州、中東、北米へとネットワークを広げてきた。Barclaysが英国という大地から世界へ枝を伸ばしている大樹だとすれば、HSBCは複数の大陸を地下で結んでいる巨大な根のように感じられる。米国を見ても、この違いは興味深い。Barclaysは投資銀行やクレジットカードでは大きな存在感を持つが、一般の利用者が訪れるリテール支店網はほぼない。一方、HSBCも以前より米国の一般向け事業を縮小しているものの、現在でも主要都市にWealth Centerを展開している。日本では両行とも一般個人向け銀行として利用できるわけではないが、HSBCには1866年に横浜へ進出した歴史があり、日本との関係も非常に長い。こうしたことを調べているうちに、銀行口座は単にお金を預ける箱ではなく、自分の移動を支える小さな社会的インフラなのだと思うようになった。これからエディンバラで新しい生活が始まり、その後イングランドへ移る可能性もある。さらに長期的には、どの国で研究や仕事をしているかもわからない。その意味で、HSBCという銀行の国際性は、自分がこれから歩いていこうとしている人生の形とどこか重なって見える。以前なら、念のためHSBCとMonzoの二つを持っておこうと考えたかもしれない。しかし今回は、必要になる前から口座を増やすより、一つを丁寧に使っていく方がよいと判断した。必要性が生じれば、その時点で別の口座を作ればよいのである。だから英国での最初のメインバンクはHSBC一本にする。オランダからエディンバラへ移り、新しい研究生活を始める節目に作る口座である。それが数年後にも同じカードとして財布の中にあり、別の街、あるいは別の国で使われているかもしれない。銀行を一つ決めただけなのだが、自分のこれからの移動する人生に、小さな一本の軸を通したような感覚がある。フローニンゲン:2026/8/22(土)06:18


19153. 今朝方の夢 

                             

今朝方は夢の中で、クラシックギターの練習を1人で行なっていた。自分は楽器と一体化し、何も考えずとも演奏できるフロー状態にあった。それは心身ともに大変心地良く、ずっとその世界に留まっておきたいという感覚があった。それは静かで輝きのあるものだった。

次に覚えているのは、見慣れない部屋の中にいる場面で、この夢は大変印象的だった。まず、その部屋がある建物の向かい側のある部屋に大学時代のゼミの友人が住んでいて、なんと昨日隕石が彼の部屋の窓に衝突し、窓とその周辺が破壊されてしまった。幸いにも彼の命は無事だったが、隕石の衝突被害は相当なものだった。すぐに修復業者がやって来て、修復作業を始めたところ、翌日の今日において、もうすでに随分と修復されていたのでその速さに驚いた。部屋の中では、小中高時代のある友人(SS)が自分に不思議なものを見せてくれた。彼は私に、「このトレイに生えている小さな粒を触ってみて」と述べた。彼の言うままに粒を触ってみると、そこからとても小さな芽のようなものが出てきた。長さは数ミリ程度だろうか、それをよくよく見ると、キノコの形をしており、彼は私に合計12本ほどそれを引っこ抜いて食べることを勧めた。そのときに初めて食用のミクロなキノコだと知り、味はともかくとして、彼の進めるままにそれを食べてみることにした。すると、私が選んだのは偶然にもその中でも立派なキノコばかりだったらしく、意識が変容し始めた。そう、そのキノコにはサイコアクティブな物質が含まれていたのである。深い変性意識状態に入り、窓際で横になっていると、ゼミの2人の友人が飼っていたそれぞれの愛犬が自分のところにやってきて、顔とお腹をぺろぺろと舐め始めた。二匹の犬は自分に好意を持ってくれているようで、同時に自分の心が優しく、穏やかであることを察知しているかのようだった。同時に、彼らは私の体を舐めることを通じて、一緒に同じ意識状態に入ろうとしているのではないかと思った。二匹の犬の愛情を感じ、彼らに体を舐められながら、くすぐったさを感じながらも、心身は大変心地良かった。フローニンゲン:2026/8/22(土)06:37 


19154. 今朝方の夢の振り返り

                                   

今朝方の夢全体には、自分の意識が「努力して世界を動かす段階」から、「世界の流れそのものに身を預ける段階」へ移行しつつあることが象徴されているのかもしれない。冒頭のクラシックギターの場面では、自分と楽器との境界がほとんど消え、思考を介さずに音楽が立ち現れている。これは単なる技能習熟の夢というより、自分の身体、感覚、意識、行為が一つの流れに溶け合う状態を示しているように思われる。そこには何かを「する」自分よりも、音楽が自分を通して「起こる」感覚があり、静かに輝く水面へ全身が沈んでいくような非分離の象徴があるのだろう。その直後に隕石が登場する点は興味深い。隕石とは、人間の計画や制御をはるかに超えた場所から突然飛来するものである。しかもそれが大学時代のゼミの友人の窓を破壊する。窓は内界と外界を隔てながら両者を結ぶ境界であり、その破壊は、これまでの知的世界観や社会的自己像に外部から強烈な出来事が侵入することを象徴しているのかもしれない。ただし友人は無事であり、翌日には修復が急速に進んでいる。これは、自分の周囲で古い構造が壊れても、生命そのものは損なわれず、むしろ驚くほど速く新しい秩序が形成されるという感覚を示しているように思われる。破壊は終末ではなく、改築の入口なのであろう。さらに対照的なのが、SSが示す極小のキノコである。隕石が宇宙から降ってくる巨大な変容であるなら、キノコは足元の小さな生命から芽吹く微細な変容である。しかも触れることで芽が現れる。この構造は、自分が何かに注意を向け、触れることによって、それまで潜在していた可能性が可視化されることを示しているのかもしれない。選んだものが偶然にも立派な個体ばかりであったという点には、自分の選択が意識的な計算を超えて、現在必要なものを直感的に選び取っていることが象徴されているように見える。そのキノコによって意識が変容し、窓際で横たわる自分のもとへ二匹の犬がやって来る場面は、夢の核心であろう。犬は理屈以前の親愛、忠誠、身体感覚、生命同士の信頼を象徴しやすい存在である。知的な友人たちではなく、その愛犬たちが自分の穏やかさを察知して寄り添うことは、自分の内面が言葉より深い層で柔らかくなっていることを示しているのかもしれない。二匹が身体を舐める行為は、境界を溶かす原初的な接触であり、自分が他者を理解するというより、生命同士が同じ周波数へ調律されていくような場面である。この夢では、ギター、隕石、キノコ、犬という一見無関係なものが、すべて「境界の変容」という一点で結ばれているように思われる。楽器との境界が消え、窓という境界が破壊され、微小な生命を体内へ取り込み、最後には動物との身体的境界まで柔らかくなる。自分はいま、古い自己を強化する方向ではなく、自己と世界の境目をしなやかにしながら、新しい感受性へ移行しているのかもしれない。この夢は、その過程が破壊ではなく、静かな発芽と愛情に支えられた変容であることを告げる、夜の小さな啓示であったのだろう。フローニンゲン:2026/8/22(土)07:24


19155. プレンゼントを贈って

         

時刻は午前11時を迎えた。今日は早朝から天気に恵まれ、穏やかな朝日が地上に降り注いでいる。めっきり秋らしくなった今の気温は17度で、大変心地良い。来週の中旬には、気温が25度に到達する日もあるが、それ以外は軒並み20度前後の最高気温である。


午前中に朝日を浴びるがてら、いらなくなった段ボール箱を近所のゴミ集捨て場に持って行き、帰ってきたときに、隣人のアーノルトに声をかけられた。何やら、娘のステラの誕生日が今日らしく、午後は友達を呼んで騒がしくなるかもしれないとのことだった。今日はステラの2歳の誕生日と聞いて、引っ越しの最終日に渡そうと思っていたプレゼントを一式渡すことにした。速やかに自宅に戻り、ステラと彼女の姉の小さな女の子に渡すプレゼントを取ってきて、再びアーノルトの家に向かった。まずステラに渡したのは、かつて日本で購入した思い入れのあるオルゴールである。そこから流れてくるのは、ディズニーでもお馴染みの「小さな世界(It's a Small World)」である。そもそもこのオルゴールを購入しようと思ったのは、これから日本を離れ、以後の人生では世界の様々な国で生活することになるであろう自分に対して、世界は小さいということを常に思い出させるためだったように思う。それをプレゼントする前に、夜寝る前に寝室で何度もオルゴールを鳴らし、十分にその音色とメッセージを受け取ったので、今度はそれを然るべき人に渡そうと思って彼女にプレゼントした。ステラはまだ英語は話せないようだったが、終始嬉しそうな笑顔を浮かべていて、彼女にそれを渡して良かったと思った。すると2階から姉が降りてきて、彼女にもいくつかのお洒落なしおりとニッサン・インゲル先生の絵画が施された扇子をプレゼントした。それ以外にもステラには自由帳と色鉛筆をプレゼントし、2人ともとても嬉しそうにしていたのが印象に残っている。引っ越し準備もいよいよ佳境に入り、数日後には荷物の搬送をする。その前に2人に贈り物を届けることができて、何か素晴らしいエネルギーで満たされた気持ちでいる。フローニンゲン:2026/8/22(土)11:18


Today’s Letter 

My imagination begins to expand infinitely. It gives me an immeasurable amount of physical and intellectual energy. I feel as though I can fly anywhere in the universe. Groningen, 8/22/2026

 
 
 

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