【フローニンゲンからの便り】19138-19141:2026年8月18日(火)

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タイトル一覧
19138 | 詰将棋と作曲 |
19139 | 今朝方の夢 |
19140 | 今朝方の夢の振り返り |
19141 | ジュリオ・サルバドール・サグレラスの魅せられて |
19138. 詰将棋と作曲
昨日、作曲という行為は詰将棋の問題を作ることにかなり似ているのではないか、とふと思った。これまでは作曲というと、頭の中に浮かんだ旋律や和音を外に取り出すという、どこか「表現」の営みとして考えることが多かった。しかし詰将棋を思い浮かべると、作曲にはもう一つ、制約の中に必然的な道筋を設計するという側面があるように見えてきた。詰将棋では、盤面にある駒の数も位置も限られている。その限られた条件から、王手を重ね、相手の応手まで読み込みながら、最後には一つの詰みに到達する。面白い問題ほど、最初の一手だけを見れば少し意外でありながら、解き終えて振り返ると「これ以外にはなかった」と感じさせる。作曲も同じなのかもしれない。あるモチーフを一つ置いた瞬間、その音は次に来る音へ無数の可能性を開くと同時に、実はかなり多くの可能性を閉じてもいる。最初の二小節は、盤上に置かれた駒のようなものであり、それ以降の展開に見えない条件を課しているのである。そう考えると、作曲中に「次に何を置けばよいのか」と迷うことも、単なる発想不足ではなく、盤面をまだ十分に読めていない状態なのだと思える。すでに書いた旋律、和声、リズムの内部には、次に進みたがっている方向が潜んでいる。その声を読むことができれば、作曲とは白紙に好きなものを書き足す行為ではなく、すでに存在する局面から最も美しい手順を発見していく行為になるのかもしれない。さらに面白いのは、詰将棋の作者が解答者の思考まで設計している点である。一見すると有力そうな手を用意し、その先に罠を置き、別の角度から盤面を見直した瞬間に正解が現れる。音楽でも、聴き手の期待を同じように扱えるのではないかと思う。ある和音のあとに当然来ると思わせた場所で少し違う方向へ進む。旋律を終わらせると見せて、もう一度だけ息を伸ばす。すると聴き手の中には予想と実際の微かな隙間が生まれ、そこに驚きや美しさが立ち上がる。作曲家は音そのものだけでなく、聴き手が次の一音をどう予測するかまで盤面にしているのである。ただし、よい詰将棋が単に難しければよいわけではないように、曲も複雑であればよいわけではない。むしろ余分な駒を一つずつ取り除き、必要なものだけで鮮やかな手順を成立させるところに美しさがあるのだろう。ある音を削っても曲が成立するなら、その音は本当に必要なのか。別の和音でも同じ効果が出るなら、なぜこの和音なのか。そんな問いを繰り返していけば、推敲とは装飾を増やす作業ではなく、盤面を研ぎ澄ます作業に見えてくる。今日から小さな曲を作るときには、「何を表現したいか」だけでなく、「どんな問題を作りたいか」と考えてみるのも面白そうである。一つの短いモチーフを初期配置として置き、そこから何手で着地できるかを試してみる。途中に意外な一手を仕込み、それでも最後には全体が必然だったように聞こえる形を目指す。そうなれば作曲は、感情を音に変える作業であると同時に、時間の上に作る詰将棋になる。音符一つ一つが駒となり、沈黙さえ盤面の一部になる。そんなふうに考えると、白紙の五線譜を前にすると、「さて、この局面からどんな詰みを作ろうか」と遊びたくなってくるのである。フローニンゲン:2026/8/18(火)05:50
19139. 今朝方の夢
今朝方は夢の中で、見慣れない野球場のグラウンドの上にいた。そこでソフトボールをしていた。自分のチームには数人ほど友人がおり、相手チームは見慣れない顔が多かった。相手のピッチャーは外国人の女性で、自分がバッターボックスに立った時に挨拶をしたところ、目を合わせることもなく、無視されて嫌な気持ちになった。そこで私は、彼女のところまで歩み寄って、耳元で大声で叫ぶようにしてもう一度挨拶をした。彼女の耳が潰れてしまうのではないかと思うぐらいの声だったので、後方にいた友人たちも驚いていたが、それを通じてようやく彼女は自分の存在を認めざるを得なくなった。それにてこちらの目的は達成されたので、ここからは試合に集中しようと思った。バッターボックスに戻った私は、脳内でホームランを打つ完璧なイメージがあった。
次に覚えているのは、見慣れない店がたくさん並んでいるアーケード街を歩いていた場面である。そこには2人ほど小中学校時代の友人(JK & NK)がいて、彼らと話をして楽しみながらたくさんの店を眺めていった。中には店の中を通り抜けることができるものがあり、ある骨董品屋を通り抜けると、そこには広大なサッカーコートが広がっていた。ちょうど高校時代の友人たちがサッカーをしていたので、自分も混ぜてもらうことになった。すると、両チームにはサッカー部に所属している人たちが多い中、自分が公主ともにMVP級の活躍をし、改めて友人たちから自分のサッカーの実力を認められた。サッカー部にも再度勧誘されたが、自分はサッカー以外に打ち込みたいものがあるので、丁重にお断りをした。フローニンゲン:2026/8/18(火)05:59
19140. 今朝方の夢の振り返り
今朝方の夢は、自分の内側で「存在を認めさせる力」と「認められてもなお、その場に留まらない自由」が同時に成熟しつつあることを映しているのではないかと思われる。前半のソフトボールと後半のサッカーは、いずれも球技でありながら、自分の立ち位置が異なる。ソフトボールでは、自分はまず相手から無視される側に置かれ、サッカーでは周囲から実力を認められる側に立つ。この反転が、夢全体の骨格を形づくっているように見える。見慣れない野球場は、これまで慣れ親しんだ評価軸とは異なる新しい社会的空間を象徴しているのかもしれない。外国人女性の投手は、その新しい環境における他者性の凝縮であり、自分の存在や価値を当然には理解してくれない世界の象徴とも考えられる。挨拶を無視されたことへの強烈な反応は、単なる怒りというより、「自分はここにいる」という存在証明の衝動ではないだろうか。耳元で叫ぶ行為は、無意識が音量を最大化することで、自分の存在感を極端な比喩として描いた可能性がある。まるで新天地の扉に向かって、拳ではなく声でノックしているような場面である。興味深いのは、相手に認識させた後、自分がそれ以上争おうとしていない点である。目的は相手を屈服させることではなく、存在を認識させることだけであり、それが済むと自分は試合へ戻っている。ここには、承認欲求そのものから少し距離を取れるようになった兆しがあるのかもしれない。しかも頭の中にはホームランの鮮明な像がある。これは、他者との摩擦にエネルギーを浪費するより、自分自身の課題へ力を集中させようとする心の方向転換を示しているように思われる。後半のアーケード街は、人生の選択肢が並ぶ回廊のようである。小中学校時代の友人と歩いていることから、そこには自分の原点や少年期から続く連続性が伴っているのだろう。店を眺めながら歩く姿は、どの可能性にも即座に飛びつくのではなく、自分に何が必要なのかを見極めながら進む状態を象徴しているのかもしれない。とりわけ骨董品屋を抜けた先に巨大なサッカーコートが現れる構造が印象的である。骨董品は過去の価値、記憶、蓄積された文化を象徴し、その内部を「通り抜ける」ことで身体的で躍動的な空間へ出る。これは、過去の知識や経験を捨てるのではなく、それらを通過点として、新しい活動領域へ出ようとする心理を表しているのではないだろうか。過去は倉庫ではなく門になっているのである。サッカーでは、専門的に取り組んできた者たちに囲まれながらMVP級の活躍をする。ここではもはや、自分から声を張り上げて存在を証明する必要がない。動けば結果が示され、周囲が自然に認める。前半では「認めろ」と叫び、後半では何も言わずに認められる。夢は、自分の成熟した力とは、存在を主張する声の大きさではなく、実践そのものが語る状態に近づくことだと示しているのかもしれない。さらに象徴的なのは、サッカー部への勧誘を断る場面である。能力があり、称賛され、所属を求められても、自分はそこに留まらない。これは「できること」と「やるべきこと」が分離し始めたことを意味している可能性がある。才能は進路を決める命令ではなく、人生の棚に並ぶ選択肢の一つにすぎないのである。自分は、何に秀でているかだけでなく、何に時間を捧げたいかによって進路を選び始めているのだろう。この夢全体は、承認を求める自己から、選択する自己への移行を描いたものではないかと思われる。前半の叫び声は古い自分の最後の雷鳴であり、後半の静かな辞退は新しい自分の羅針盤である。認められることは依然として嬉しい。しかし、それ以上に重要なのは、認められた後にどこへ向かうかである。夢は、自分がいよいよ「何者として評価されるか」よりも、「何に人生を使うか」を中心に生き始めていることを告げているのかもしれない。フローニンゲン:2026/8/18(火)06:54
19141. ジュリオ・サルバドール・サグレラスの魅せられて
今日は改めて、なぜジュリオ・サルバドール・サグレラスの音楽が自分にこれほど強く作用するのかを考えてみた。サグレラスは1879年にブエノスアイレスに生まれ、両親ともギタリストで、幼少期から父ガスパルらにギターを学び、6歳頃には演奏会に出ていたという。12歳頃からはピアノと作曲も学び、のちに美術アカデミーでギターを教え、1905年には自らのギター学校を開いた。つまり彼にとってギターは単なる専門楽器ではなく、家庭、教育、演奏、作曲が最初から一つにつながった世界だったのである。その経歴を知ると、サグレラスの教則本が妙に音楽的である理由が少し分かる気がする。今の自分が毎日楽しく弾き込んでいる彼の『ギターのレッスン』は、単に指を鍛える機械的練習ではなく、難度が少しずつ上がる小品の連鎖として設計されている。旋律と伴奏を同時に感じさせたり、アルペジオやスラー、ポジション移動を一つの短い作品の内部で経験させたりする。だから練習していると、技術を習得しているというより、音楽という小さな建築物を一棟ずつ組み立てているような感覚になるのである。サグレラスの教本が今日まで広く使われている理由も、この「技術を音楽から切り離さない」設計にあるように思える。作曲家として見ると、彼の語彙はかなり面白い。『Maria Luisa』はマズルカ、『Violetas』はワルツ、『El Zorzal』はアルゼンチンのエスティーロ、『Nelly』はサンバとして書かれており、さらにタンゴ作品も残している。ヨーロッパのサロン音楽とアルゼンチンの土地のリズムが、同じギターの上で自然に同居しているのである。その一方、『El Colibrí』では反復音型や高速運動そのものが、ハチドリの羽ばたきのような視覚的イメージへ変わる。技巧が目的ではなく、技巧そのものが描写になる。この感覚は、自分が作曲について考えていた詰将棋にもどこか近い。限られた運指と音域の中に、音楽的な必然を仕込んでいるのである。そして彼の背後に最もはっきり見える人物の一人がフランシスコ・タレガである。サグレラスの『Técnica superior de guitarra』には、タレガの近代的な楽派に基づくことが明記されており、彼がタレガ以後のギター技法を意識的に継承していたことが分かる。ただし、サグレラスはタレガの模倣者ではない。タレガ的な歌う旋律、親密なロマン主義、ギター固有の運指感覚を受け取りながら、それをブエノスアイレスの舞曲や教育文化の中へ移植した、と考える方がしっくりくる。こうして眺め直すと、自分がサグレラスから受け取っているものは曲そのもの以上に、「教育と作曲は分離しなくてよい」という発想なのかもしれない。一つの練習曲は、一つの技術課題であると同時に、一つの完成した世界でもある。制約を設け、その制約の内部で美しさを発見する。そう考えると、サグレラスの教則本は単なる階段ではない。各段そのものに小さな庭が造られていて、登るたびに立ち止まって景色を楽しめる階段なのである。自分が彼を繰り返し弾きたくなる理由は、まさにそこにあるのだろう。フローニンゲン:2026/8/18(火)15:08
Today’s Letter
I think about improvisation every day. Gradually, I’m unfolding a deeper understanding of what improvisation is and how to enter into it. I hope that one day I’ll become one with the infinite field of improvisational music. Groningen, 8/18/2026



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