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5998-6001: アートの国オランダからの便り 2020年7月13日(月)


No.961 空の思い出_A Recollection of the Sky

本日の言葉

The right art is purposeless, aimless! Eugen Herrigel

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本日生まれた10曲

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タイトル一覧

5998. 新しい不動産屋へ

5999. 今朝方の夢

6000. 清々しいノーダープラントソン公園を散歩して

6001. 節目を迎えて:関係性とコミュニケーションの歪みの是正に向けて

5998. 新しい不動産屋へ

時刻は午前7時半を迎えた。もうこの時間帯は辺りはすっかり明るくなっており、今は燦々と輝く朝日がフローニンゲンに降り注いでいる。赤レンガの家々も朝日によって輝いて見える。

今朝は風もなく、とても穏やかな1日になることを予感させてくれる。昨日は午前4時に起床して活動を始めたのだが、今朝はどういうわけか目覚めたのは午前6時半だった。久しぶりにそんな時間まで寝ていたように思う。

昨夜もいつも通り、午後9時半に就寝準備を始め、寝つきもすこぶる良かったので、随分と睡眠を取っていたことがわかる。昨日もまた随分と読書を行なっていたのだが、そこで得られた学びを寝かせ、咀嚼していくためにそうした長時間の睡眠が必要だったのかもしれない。大抵私が長い時間の睡眠を取る時というのは、変化の予兆でもあるため、ここからまた自分自身が大きく変わっていくことを予感する。

今日は、午後に不動産屋に出かける。今の自宅を管理する不動産屋が今年から変わり、家賃の支払いをまだ自動引き落としにしておらず、毎月銀行のウェブサイトを通じて支払いをしていた。その際には銀行から支給されるカードを読み取る特殊な端末が必要であり、今後、例えば今年の秋の日本への一時帰国のように、長期間自宅を離れている時に家賃の支払いを忘れないようにするために、家賃を自動引き落としにしてもらおうと考えていたのである。

その端末は比較的小さいものなので、旅行に持っていけなくもないのだが、荷物を増やしたくはないし、万が一その端末を紛失してしまう可能性を考えると、やはり自動引き落としの方が安全だと思われた。

これまでの不動産屋は街の中心部にあって、街の中心部に買い物に行く時にはよく店の前を通っていた。フローニンゲンに到着した時の夜に、不動産屋の手違いで、鍵を約束の店の店主に預けてもらっておらず、店員と一緒に急遽不動産屋の職員のヨスという男性の自宅に行き、彼に事情を説明し、彼に車で自宅まで送ってもらったことが懐かしい。その時の出来事や彼とのやり取りなどは、今から4年前の日記に書いていたことを鮮明に覚えている。

新しく自宅を管理することになった不動産屋は、近所のノーダープラントソン公園に面した通りにある。すでに不動産屋には連絡しており、訪問する時間を伝えているので、午後2時半過ぎに、ゆっくりと散歩がてらノーダープラントソン公園を歩き、不動産屋に向かいたい。

不動産屋で手続きを済ませたら、帰り際にその足で近所のスーパーに立ち寄る。そこではオーガニックのリンゴ、ジャガイモ、トマト、玉ねぎに加え、オリーブオイルとヘンプオイル を購入しようと思う。今保存しているサツマイモを全て食べ終えたら、もうオーガニックのサツマイモは入荷されないとのことなので、その代わりにブロッコリーを食べ始めようと思う。

少しばかりそよ風が吹いてきた。そのそよ風に小鳥たちの清澄な鳴き声が乗っている。フローニンゲン:2020/7/13(月)07:50

5999. 今朝方の夢

時刻は午前8時を迎えようとしている。今朝は6時半過ぎに起床したこともあり、朝のルーティーンをしていると、もうこんな時間になっている。

今朝方の長い睡眠は変化の予兆でもあり、深い治癒をもたらすために必須のものであったと思うため、そのような時間に起床したことを何も気に留める必要はない。ここからいつものようにゆったりとしたペースで水の如く淡々と自分の取り組みに邁進していけばいいのである。

諸々のことを今よりも少し手放してみること、受け入れてみること、そして待ってみること。それは無理のない範囲でいい。

現在の自己の器の許容量の範囲内で、手放しがたいこと·受け入れがたいこと·待ちがたいことに遭遇した時に、ちょっとそれらとの向き合い方を変えてみること。そのようなことを日々行なっていれば、少しずつ器が拡張されていくだろう。

今朝方は1つ印象に残る夢を見ていた。夢の中で私は、最初のキャリアを過ごしたオフィスの中にいた。私は自分の机のあるところに向かい、そこに到着してみると、自分の机の乱雑さに驚いた。

どうやら私は、再びこの会社に戻ってきたようであり、まだ荷物の整理ができていないようだった。机の上には資料や文献が山のように積まれていて、その他にもハサミやセロテープなどの細々としたものが散らばっていた。

机の上を綺麗にしようとしていると、歳が10以上離れた先輩社員に声を掛けられた。最初はお互いに気さくに会話をしていたのだが、何かのきっかけで、徐々にその人の言葉の中に、自分に対する嫌味のようなものが含まれ始めていることに気づいた。それに気づくと、私は会話を終えていく方向に話を持っていき、そこからすぐに会話は終わった。

しかしながら、その方に言われた言葉の後味が悪く、それについて少しばかり考えている自分がいた。それについて考えながら、引き続き机の上を綺麗にしていると、今度は別の先輩社員から声がかかった。その方は女性であり、入社年度は1年違いであった。

その方から仕事の依頼を受け、それは何かと確認したところ、クライアント先が何かについて支払いをした金額を確認するものだった。領主書を3枚ほど受け取り、それを見てみると、1つの領収書にいくつかの金額が明記されていた。中には数百万円単位のものもあったが、会社の支払いとして考えてみれば、金額としてはそれほど大きくなく、特に気に留めずに金額の確認をその場で行なっていった。

机の上が汚いこともあり、即席で作業スペースを確保して、その確認に当たった。すると、私の近くにボスとある上司がやってきて、人間の成長·発達について話をし始めた。

そこでボスが一言、「身近な発達的磨耗を大切にするということが発達上重要になる」ということを述べた。その他にもいくつか興味深いことを述べていたのだが、「発達的磨耗」という言葉はとても印象に残っている。その言葉を聞いた時に、小さな擦り傷が発達には不可欠なのだというイメージが湧いていた。

その後、オフィスのトップの方が私の机の横を通り過ぎていき、笑顔で私に何か一言述べた。それを受けて、私もその方に言葉を返した。

領収書の金額の確認がひと段落ついたところで、私はトイレに行こうと思った。オフィスのドアを開けて、トイレのある方に向かったところ、近くに喫煙室があることに気づいた。そこに先ほど私に話しかけてくれたオフィスのトップがいて、葉巻を吸っていた。

私はタバコや葉巻を吸わないのだが、その方にちょっと声を掛けてみることにした。すると、その方は再び笑顔になって、高級葉巻を私に差し出してくれた。

それは有り難いと思いながらも、私は喫煙者ではないことを伝えると、その方はまたしても笑みを浮かべ、葉巻をゆっくりと吸い、煙を吐き出した。するとその方は、大きな煙の中に包まれ、姿が見えなくなり、どこかに消えてしまった。フローニンゲン:2020/7/13(月)08:11

6000. 清々しいノーダープラントソン公園を散歩して

時刻は午後4時を迎えようとしている。優しい太陽の光が朝から燦々と降り注いでいる。

つい今し方、不動産屋から帰ってきた。今日は天気が良く、気温も23度まで上がったので、半袖で外出した。

不動産屋に行ったのは、家賃を自動で引き落としてもらうためであり、契約書にサインをする必要があったからである。銀行カードの番号の届出なども必要であり、このあたりはまだオンラインでやり取りをするのではなく、マニュアルで作業をする必要があるようだった。

不動産屋は、近所のノーダープラントソン公園のすぐ近くにあり、そこまでの片道25分のウォーキングはとてもいい運動になった。何よりも気候が素晴らしく、公園内の木陰を歩いている時はとても清々しかった。

公園の芝生の上では、マットを敷いて上半身裸で寝転がっている人たちや読書を楽しんでいる人たちの姿を多く見かけた。この公園内にはレストランがあるのだが、そこも盛況のようだった。

公園の雰囲気は、コロナの前後でほとんど何も変わっていないように思えた。そこには絶えず平穏さと寛ぎがある。そしてそれらが人々に癒しを与えている。そのようなことを思った。

不動産屋に到着すると、そこは開放的なオフィスであり、清々しさがあった。すぐに対応をしてもらい、名前と住所を告げて、自動引き落としの手続きを速やかに済ませた。

何やら、来月の家賃はまだ手動で支払う必要があるらしく、銀行へ登録する時間を考えると、自動引き落としが始まるのは9月分からとのことだった。私としては、日本に一時帰国する際に支払わないといけない11月分の家賃から自動で引き落とされれば何の問題もなかったので、特にそれについては気にしなかった。もしかしたら8月分からも自動で引き落としができるかもしれないが、それについてはまだ分からず、案内はまたメールで届くとのことだった。

帰りは近所のスーパーに立ち寄った。そこまでの道中、改めてコミュニケーションについて考えていた。それは、人と人、人と他の生命、人とモノ、人と社会とのコミュニケーションである。

関係性をより豊かなものにしていくこと。それがますます求められる時代になって来ていることを感じる。おそらく、ハーバマスの“communicative action”という言葉に惹かれるものがあるのは、そうしたコミュニケーション上の問題に対する問題意識が自分の中にあるからだろう。

実践美学や実践霊性学も、突き詰めれば全ての存在者間のコミュニケーションをより豊かにしていくことに焦点が当てられていると言っても過言ではない。コミュニケーションに関しては、ハーグに住む友人が現在書籍の執筆に取り掛かっている最中であり、彼女がどのような書籍を書き上げるのか、今からとても楽しみだ。きっとその書籍には、自分の問題意識と繋がることが書かれているだろう。フローニンゲン:2020/7/13(月)16:04

6001. 節目を迎えて:関係性とコミュニケーションの歪みの是正に向けて

時刻は午後7時を迎えた。今、フローニンゲン上空の空に夕日が輝いている。

今日は本当に素晴らしい天気であり、1日を通して幸せな気持ちを感じていた。確かに幸福感は、日々いかような天気の最中にあっても感じているのだが、やはり晴れの日の幸福感は格別である。

気がつけば、日記の数が6000を超えた。いつもこうした節目に、これまでの歩みについて思う。

歩いている最中には自分が歩いていることすら気づかないこともあるのだが、ふとこうした節目に辿り着いて後ろを振り返ってみれば、自分が日々少しずつ歩き、そして長い距離を歩いて来たことに気づく。

この6000の日記は間違いなく自分の歩みに他ならず、そこに自分の全てが現れているような気がする。それらの日記を執筆したのは過去の自分だが、それらの日記の中にすでに今の自分がいたのではないかと思う。

日記は絶えず今を綴っており、その中に過去·現在·未来の全てがある。そうした1つの時の中で、これからも絶えず日記を書き綴っていきたいと思う。人生の最後の日まで、日記と共にあり、日記として生きていく。自己という存在は1つの尊い物語なのだから。

先ほど、改めて午後に訪れたノーダープラントソン公園の清々しさを思い出していた。公園の中には小さな森のような場所があり、そこを通り抜けていたときに、その静けさに癒された。そして、そうした静けさの中で時折小鳥たちの鳴き声が聞こえて来て、それがまた心を大いに癒してくれた。

自然の中には大いなる癒しがある。そのようなことを思い、オランダかフィンランドの自然の中で将来生活を営むことについてゆっくりと検討していこうと思った。

この時間帯になって、今朝方見ていた夢の場面についてまた少し思い出すことがあった。夢の中で最初のキャリア時代のオフィスにいたのだが、そこで女性のマネージャーがと会話をしていた際に、その方にお子さんがいることに対して驚いていたのを覚えている。

その方が結婚していることは最初から知っており、子供は当分作らないと言っていたこともあってそれを驚いたのである。また、なんとお子さんがもう中学生になっていたことにも大変驚いた。そのような夢の場面があった。

午後に散歩をしていた時に考えていたコミュニケーションについて、また少し考えていた。人は関係性によって癒され、関係性によって変容する。そして現代を覆っているのは、様々な関係性における種々の歪みである。それはコミュニケーションの歪みに1つの端を発している。

コミニケーション上の歪みを是正し、関係性の歪みを是正していくこと。ここでいう是正というのは、治癒と変容の双方を含む。

癒しながらにして変容をさせていくこと。それが必要だ。

ハーバマスは現代を取り巻くコミニケーションの病理に関するヒントをいくつも提示してくれている。手持ちのハーバマスの書籍、そして来月に一括注文する書籍をゆっくりと読み進めていき、このテーマについても関与をしていきたい。それは、実践美学と実践霊性学を通してになるだろうか。フローニンゲン:2020/7/13(月)19:25

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