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5838-5839: アートの国オランダからの便り 2020年5月19日(火)


No.421 新緑の気持ち_A Feeling of Fresh Verdure

本日の言葉

Those who have true insight about religions have no discrimination, because all religions share a common goal: love. Cheng-Yen

下記のアートギャラリーより、本日のその他の作品(3点:コメント付き)の閲覧·共有·ダウンロードをご自由に行っていただけます。

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本日生まれた8曲

本日生まれた曲はこちらのMuseScore上で公開しています。

本日生まれた曲はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています(2020/4/26より、投稿を再開しました)。

タイトル一覧

5838. 今朝方の夢と幼少期のエピソードの続き

5839. 守り続けてきた自己の創造性

5838. 今朝方の夢と幼少期のエピソードの続き

時刻は午前6時半を迎えた。今朝は少しばかり薄い雲が空を覆っている。

昨日から、「一瞬一生の会」の第2期が始まった。セッション終了後、私の方で補助録音教材を作ろうとしたところ、今回もまた様々な話題について話をし、結局3時間弱ほど1人で話をしていた。

就寝準備を始める5分前に補足したいと思う内容が思いつき、それについても1人で喋って録音してから就寝したので、少し脳が興奮状態の中就寝に向かう形となった。とはいえ、就寝準備中にできるだけ脳の活動を休めようと心がけていたためか、入眠は比較的速やかであり、睡眠の質についても問題はなかった。

昨日は色々と取り組むべきものがあったので、創作活動に時間を充てることはほとんどできず、絵を数枚ほど描き、曲に至っては早朝の1曲しか作れなかった。昨日の朝には日記の執筆に5時間ぐらい時間を充てていたこともあったので、それは仕方ないだろう。今の心の状態を眺めてみると、今日は通常通りに創作活動に励むことができそうだ。

今朝方は無意識が落ち着いていたのか、あまり印象に残る夢を見ていなかった。オランダの現在の自宅が夢の中に現れ、私は螺旋階段を下りて、外出しようとしていた。

2階の家の前の扉が以前とは違っていて、日本風のふすまのようになっていた。それを見て、2階の住人が何かの思いでそうした扉にしたのだろうと察した。

部屋からは、オランダのポップミュージックが流れていて、その音が外に少し漏れていた。今朝方の夢について覚えているのはそれぐらいだろうか。この夢の前に何らかの夢を見ていたことは覚えている。だがその記憶は曖昧だ。

昨日の朝には、夢以外にも、随分と過去の記憶を遡っていたように思う。昨日の日記には書き留めていなかったが、やはり私は幼少期の頃から、人を楽しませ、喜ばせることが好きだったことを示唆するエピソードがいくつもあることに気づく。

ふと思い出されたのは、小学校3年生の担任の先生が家庭訪問で我が家にやってきた時、先生は母が差し出したお茶をなかなか飲まずに話をしていた。先生のそんな姿を見た時に、私は先生が遠慮しているというのがわかり、おそらくお茶を飲まないままでいることが礼儀なのだろうと察していたが、先生の遠慮した心を解きほぐすために、「先生、お茶ありますよ。飲まないんですか?」と冗談まじりで述べると、先生も母も笑い、その場の雰囲気が和やかになって、先生は「それじゃあいただきます」と述べてお茶を飲んだ。

そんなエピソードがあったことを昨日ふと思い出していた。人を楽しませる形で心を動かし、行動を起こしてもらうこと。そのようなことが好きな自分は今も昔も変わらずにここにいるように思う。フローニンゲン:2020/5/19(火)06:56

5839. 守り続けてきた自己の創造性

そよ風が、新緑の葉を優しく撫でながら挨拶をしている。新緑の葉はそれに対してなんと答えているのだろうか。

時刻は午後7時を迎えた。今、フローニンゲン上空の空には薄い雲がかかっている。今日もまた1日がゆったりとした時の進行過程の中で過ぎていった。

早朝にふと、私は自分の内側にある最大の関心事項を長く守り続けていたのかもしれないということを思った。今このようにして創作活動に打ち込んでいるのは、幼少期の頃からすでに内在的に自分の内側にあった最大の関心事項を守り続けていった結果によるのではないかと思ったのである。

端的には、学校教育を通して、自分の創造性の芽が摘まれてしまうことから自己を守り続けた結果、そこから長大な時間を経た後に、今こうして創作活動に没頭する自己が生まれたのかもしれないということに気づいたのだ。

学校教育において、音楽と美術の授業を徹底的に手抜きをしていたのは、学校のカリキュラムによって自分の内側の音楽的な何かと絵画的な何かが損なわれないようにするための小さな反抗だったのかもしれない。そうした反抗を企て続け、自分は内側の創造性を守りに守り抜いて来たのだ。

それを守るための防波堤、ないしは城壁を築き上げ、今度はそれらを取り壊し、真に自分の内側の創造性を解放するプロセスに向かった。創造性を守るための殻は厚く、それを解体するには長大な時を要した。

それが欧州の地にやって来てから溶解し、そこからようやく自分は己の創造性を見つけ、創作活動を開始したのだろう。そのようなことを早朝に考えていた。

その他にも今日は、自分は決してストイックに生きているわけではなく、学びたいこと·実践したいことだけを毎日やっているのだから、それは禁欲主義とは真逆のもののように思えるということについても考えていた。自己の最奥が望む創作活動に没頭していることは、禁欲主義よりも、むしろ快楽主義的ですらあるように思える。そうした気付きがあった。

日々が気づきの連続であるということ。発見の連続であるということ。今日も様々な自己発見がある日であった。明日もまたそうした発見があるだろう。それはこの世界の中で他者と関係し合いながら生きていくことを通じてなされる自然な事柄なのだ。フローニンゲン:2020/5/19(火)19:32

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