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3609. 大晦日の午後に


時刻は午後の二時を迎えた。つい今しがた仮眠を取り終え、これから午後の活動に入っていく。

大晦日も普段と変わらずに、自分のライフワークに従事することができている。明日もそのような一日になるだろう。

午前中に引き続き、午後から主に取り掛かるのはウィルバーの書籍の監訳の仕事である。年末年始にかけて本書の監訳を進めていきたいという思いが自分の中にあり、そうした思いが今の自分を後押ししているようだ。

本書が無事に世に送り出されたら、きっと私はこの年末年始の自分の思いについて思い出すだろう。

とにかく自分の知見と経験を共有していくこと。その考え方に基づいて、大晦日であっても関係なく、自分の仕事に取り掛かる自分がいる。

振り返ってみると、これまでの人生において大晦日と元旦に仕事に従事していたことは一度もないのではないかと思う。そう考えると、今年の年末年始は特別だ。そのようにして始まる新たな年はきっとまた特別な年になるだろう。

午前中より、フローニンゲンの町中が花火や爆竹で賑やかだ。今も時おり花火が打ち上げられる音や爆竹の音が聞こえて来る。

そのように書いていたところ、今もまた「バン、バン、バン」と花火が上がった。

以前の日記で書き留めていたように、花火は市が打ち上げるものではなく、一般市民が打ち上げるものであり、それは派手なものではなく、幾分滑稽に思えるほど小さなものだ。

忘れた頃に花火や爆竹の音が時折鳴り響く奇妙な一日が続いている。

午前中に誰かが打ち上げた花火を見たとき、もう何発か続くのかと思っていたら、単発に終わって少々笑ってしまった。その瞬間、実家にいる愛犬と遊ぶ際に、私がすぐに遊びを終えようとすると、「もうおしまい?」と寂しそうな表情を浮かべる愛犬の姿を思い出した。

たった今、「ヒューヒュー」と鳴る音が聞こえ、誰かがねずみ花火に火をつけたようだ。その後、銃声のような爆竹音が聞こえてきた。今日のフローニンゲンは、どこか滑稽な戦場のように思える。

昼食中も、食卓の窓から誰かが打ち上げた小さな花火を見ていた。花火で新年を祝うよりも、私は除夜の鐘の方が趣が深いように思える。これは私が日本人だからだろうか。

一方で、こうした寒々とした冬に、花火を盛大に——大きさではなく単に量が多いだけ——打ち上げることは、周りの雰囲気と対極をなしており、それはそれで面白いと言えるかもしれない。

そのようなことを考えていると、今から一年半以上も前に訪れた、ウィーンでの出来事が思い出された。市内から少し離れた場所を散歩しながら、ベートーヴェンの博物館に向かっていた時に見つけた日本庭園のことを思い出していた。

あの時に感じた、どこか安らぐ感覚を忘れることができない。外国にいながらにして日本にいるかのような感覚があった。

あのような場所が身近にあれば、私はこれからもこの世界のどこかで生活を営んでいくことができるだろう。物理的な場所だけではなく、精神的な意味での安らぎの場所をこれから見つけていきたい。

人生の季節に応じて、物理的・精神的な安住の地が絶えず目の前に現れてくるだろう。フローニンゲン:2018/12/31(月)14:31

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