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3253. 夢の中の人物との思わぬ遭遇


辺りが徐々に闇に包まれていく時間帯となった。夕食を摂り終え、これから就寝に向けて、本日の最後の取り組みに従事したい。

実は夕食前に、驚くべき偶然の出来事に遭遇した。夕食前に私は、“A History of Art Education: Intellectual and Social Currents in Teaching the Visual Arts (1990)”を読み始め、大きな感銘を受けていた。

本書のページを開くたびに、新たな研究アイデアが浮かんできて、それを書籍の中に書き込んだり、あるいはノートに書き留めることをしていた。するとあるページの箇所で、一人の人物の名前に目が止まった。

それは“John Ruskin”という人物の名前だ。その名前を心の中で読み上げた時、どこかで聞いたことのある名前だった。

そう思った瞬間に、私は今から四ヶ月前に見た夢の中で、「ラスキン」という謎の人物の人生について語るという行為を行っていたことに気づいたのである。まさかと思って過去の日記を調べていると、夢の中で本当に「ラスキン」という人物について語っていたのである。

その時の日記の一部を下記に抜粋したい。

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雨の目覚まし時計が鳴る音が聞こえて来る直前、私は最後の夢を見ていた。それは無意識の世界で見た夢というよりも、ほぼほぼ覚醒意識の状態で知覚されたものであったかもしれない。

私はそのような半覚醒の状態で、「ラスキン」という国籍不明の見知らぬ人間について物語を紡ぎ出していた。彼の生涯を辿るような形で、私は彼にまつわる物語を読み上げていた。

言葉だけが夢の中でこだまし、こだました言葉がイメージとなって喚起されるような夢だった。窓ガラスを打ち付ける雨の音が聞こえてきたのはその夢が終わりに差し掛かる頃だった。

雨音によって目覚めてから、起床直前に見たこの夢について少しばかり考えていた。ラスキンとは一体誰だったのだろうか。6/9/2018(日記2673)

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おそらくこの夢に出てきたのは、夕方に読み進めていた時に出くわした、ジョン・ラスキン(1819-1900)のことだったのだろう。ラスキンは英国の美術評論家であり、思想家でもあった。

調べてみると、私が作風を好んでいるターナーの芸術作品を擁護するような評論を残していることがわかった。また後に、オックスフォード大学の芸術学科の教授を務め、芸術や経済社会に関して広く執筆活動を行っていた人物だったことを知る。

上記の書籍を読み進めていくと、ラスキンの芸術思想は、先日私が訪れたハーバード大学が提供する芸術コースの基礎になっていたことを知り、何か目には見えない様々なことが自分の人生の中で繋がっていることに驚きを隠せない。

ラスキンの思想についてさらに調べてみると、芸術、自然、社会のつながりを説く考え方に私は興味を示し、ラスキンの仕事についてより深く理解したいという思いが湧いてきた。まさかこのような形で、数ヶ月前の夢の中に出てきた謎の人物と出会うことになろうとは思ってもいなかった。

現在の私が芸術教育に関心を示しているのは、やはり何かの導きによるものなのではないかと思えてくる。ラスキンの芸術論については必ず参照する必要がある。

辺りは完全に闇に包まれ、遠くの空にかすかに三日月が見える。月の満ち欠けの量から判断するに、それは「繊月(せんげつ)」と呼ばれるものだ。繊月が静かに空に佇んでいるのが見える。

ラスキンとの偶然の出会いについて入浴中に考えていると、そういえば私は知らず知らずのうちに芸術の世界に導かれていたことに気づき、今自分が住んでいる家の通りは、オランダ人画家ジョージ・ヘンドリック・ブライトナー(1857-1923)にちなんで名付けられた「ブライトナー通り」という名前であり、その向こう側の通りの名前は、「ヴァン・ゴッホ通り」だ。

二人はオランダを代表する画家であり、同時代人ということもあり、二人は親交があったようだ。芸術家にちなんだ通りの上で自分が毎日生活を送っているということも、きっと何かの縁と意味があるに違いないと思わざるをえない。フローニンゲン:2018/10/11(木)19:51

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