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1730. ライトブルーの空が伝えるもの


何度でも、何度でもこの人生について書き留めておきたいと思う。絶えず絶えず、この人生について書き留めておきたいと思う。

今日は午前中に、現在一つの大きなプロジェクトをご一緒させていただいている日本企業の方たちとオンラインでミーティングを行っていた。正式にサービスの開発プロジェクトが始まり、これから来年の春まで開発に着手していく。

仕事の種類にかかわらず、プロジェクトが開始を告げる時、必ずタイムラインというものが設定される。ミーティングの最後に、何気なくプロジェクトの終わりの日を確認した時、そのプロジェクトはこれから本格的に開始されるというのに、なぜだか静かに込み上げてくるものがあった。

生活のために仕事をすることを止めてから、一つ一つの仕事が自分の人生の中に激しく流入している感覚を持ち始めている。これは不思議な感覚である。

同時に、人間の仕事というのは本来こうしたものを指すのではないかと思う。生活のため、金銭を獲得するための仕事は、真の意味での仕事ではないのである。そのようなことを絶えず思う自分がいる。

だが、現実として、生活のために仕事をしなければならないケースもあるだろう。しかし、私はもはやそのような形で仕事をしないと常に自分に言い聞かせている。

自分の人生を冒涜したくないからだ。自らの人生を尊重し、自分の人生を真に生きようとする自らの意志を欺くことはもはやできない。

昼食前にミーティングを終え、近所のスーパーに四日分の食料を購入しに行った。明日はランニングに出かける予定だが、それ以外は外には出ない。

スーパーからの帰り道、昨日と同様に、昼間でも随分と寒くなっていることを改めて実感した。自宅に近づいた時、私は何気なく空を見上げた。

群れをなす雨雲の隙間に、ぽっかりと雲のない空間ができていた。ライトブルーのその空に、私は引き込まれそうになった。

これから冬がやってくるという考えと同時に、冬の終わりを予感させる切ない感覚が自分の中に起こった。同時に、その切ない感覚は、なぜだか私の表情を緩め、笑顔にさせるのだ。

そして、それは私の心を大きく打つ体験として知覚される。雨雲から地上に雨が降り注ぐのと同じぐらいに自然な現象が、自分の両眼に起こる。

生きるということ、仕事をするということは、一体どういうことなのか。それを絶えず問い、そうした問いの中で日々が過ぎ去っていく。

過ぎ去っていく方向は、絶えず終わりに向かっており、それはまた一つの大きな儚さを生み出す。 ヨーロッパで過ごす冬は、もしかすると今年の冬を過ぎれば、しばらくはやってこないかもしれない。

また雨が降り始めた。その雨は、これからやってくる冬の始まりを静かに告げているかのようであり、同時にその終わりを暗示していた。

さらにその雨は、ヨーロッパの冬との別れを先取るような哀愁を内側に秘めていた。2017/11/2(木)13:39

No.375: Hidden Grace of Wisdom I was briefly looking at Clementi’s music scores. Beautiful music scores are like blueberries because both of them refresh our eyes.

Interestingly, taking a brief look at his music scores sparked my music mind to generate various ideas.

The latent insights in great music scores are transmittable to other composers. It may be called “hidden grace of wisdom.” 20:31, Sunday, 11/12/2017

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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