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1157. 爽快かつ鈍重な朝


心地の良い音楽のような小鳥の鳴き声が、吹き抜けるそよ風に乗せられて自分に届いていくる。爽やかさの原型とも言えるような爽やかな早朝。

こうした爽快な朝がやって来ながらも、私の身体は少しばかり重かった。連日、大量の論文を読んでは文章にまとめるということだけを繰り返し行ってきたためだろうか。

昨夜はいつも通りの十時に就寝し、今朝は六時に目覚めた。目覚めた瞬間に、自分の脳がより多くの睡眠を欲しているように思えたため、さらにもう一時間ほど睡眠を取ることにした。

特にここ数日間、普段以上に論文を読むことを自らに課していたため、どうやら脳が情報の咀嚼に追いついていないようだった。一年目のプログラムがあと一週間で終わりを告げるが、最後の最後まで自らを鍛錬し続けるような形で終わりを迎えることになるだろう。 大量の情報によって脳が飽和しそうな状況の最中、これは私にとって望ましい状態であるように思えた。脳が情報を咀嚼するための時間を必要としている一方で、自分の内側に確かに新たな知識体系が確立されつつあるのを実感しているからである。

連日連夜読み続けていたのは、心理統計学と能力測定に関する論文である。それらの論文で展開される固有の言語体系にも随分と親しくなり、それらの言語体系を自分自身で活用できるようになっていることに気づく。

絶えず読みながら絶えず書くということを自らに課すことによって、新たな知識体系が自分の内側に構築されていく様子を見れば見るほどに、読むということと書くということにさらに深くのめり込んでいく。そのような循環が自分の内側に生まれている。

一点ほど、読むことに関しては、これまで以上に音読を心がけている。単純に声を出しながら文章を読んでくという音読ではなく、自分自身を教師と生徒の双方に見立て、教師役の私は生徒役の私に質問や説明を行い、生徒役の私は教師役の私に回答とさらなる質問を投げかけるというようなやり取りを音読の最中に行っている。 昨夜、偶然にも、音読に関係する夢を見た。夢の中で私は、ある日本人が英語の文章を音読する姿を観察していた。

その男性の英語は米国英語であり、発音は極めて明瞭だった。文章の内容は、植物の生育に関するものであり、その男性の音読を聞いていると、聴覚から文章の内容を鮮明に想起することができた。

文章を音を通じて聞くことには、目で文書を追いかけるのとは違った感覚が引き起こされ、情報が内側に入っていくる感覚そのものにも違いがあった。昨夜の夢のその他の内容は全て記憶からこぼれ落ちているが、この場面だけ強く印象に残っている。 早朝に身体の重さがあるときは、朝一番の仕事を少しばかりゆったりとしたものにすると、十時あたりから嘘のように身体の重さが払拭される。これは身体に重さが残っているというよりも、脳に鈍重さを感じると言った方が正確だろう。

脳からこうした重さが自然に取り除かれるまで、ゆったりと仕事を進めたい。自分の脳には申し訳ないが、今日も大量の論文を読み、文章を書くということをやめはしない。

自分の精神がそれを遂行することを強く望んでいるからだ。2017/6/11

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