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984. 三つの表現形式の比較


昨日少しばかり、文章を書くということに関して、いくつかの表現形式を比較していた。具体的には、学術論文、書籍、日記を書くという三つの表現形式に絞って比較をしていた。

それらは表現形式の違いから、表現されるものを変化させる性質があるように思える。端的に述べてしまうと、それらの表現形式には固有のルールがあり、そのルールに則って文章を書くことによって初めて表現される現象がある一方で、開示されるものを制限するという特徴がある。

例えば、学術論文においては、既存の科学的な知を検証し、新たな知を加えていくことを主目的とするため、それを実現するための固有のルールがあり、それに従う形で表現されるものは、知の検証と新たな知の創出である。

一方、日記を執筆する場合においては、その目的は当人の意図によって様々である。また、そこでは基本的に、学術論文を執筆するようなルールのようなものはない代わりに、個人個人の中で暗黙的なルールを設け、それに従って日記を書いていくという特徴がある。

日記が持つルールは属人的であり、なおかつ、その自由度が高いために、そこで表現されるものは、学術論文や書籍に比べて自由なものとなる。現在、私が研究者として身を置いているのは知性発達科学という領域であり、ここでは基本的に、人間の知性や能力という内面的な現象を扱いながらも、それを記述する言語は客観的なものが要求され、主観的な言語表現は許容されない——もちろん、研究テーマの設定や方法論の選択は主観的なものであり、ここで述べているのはあくまでも表現形式の話である。

一方で、日記というのは、私にとって唯一、主観的な言語表現を用いながら内面の現象に迫っていくことができる表現形式だ。米国の大学院に留学している時、私は毎日日記を書くということはなかった。

思い立った時に時折何かを日記に書き留めておく程度だったように思う。当時は、学術論文を読むことと書くことに集中していたのだが、それが結果的に、自分を客観的な言語表現だけの世界に閉じ込めてしまうことにつながり、何とも言えない閉塞感をある時から感じるようになった。

そうした閉塞感から私を救い出してくれたのが、日記という表現形式であった。もちろん、私は科学者として学術論文を執筆し、そこでの知見を広く世の中に公開するために、書籍の形で文章に再編成していくことも大切にしている。

一方、それだけでは精神的な均衡が崩れてしまうため、日記という表現形式がどうしても私の日々の生活には必要なのだ。学術論文だけを書くのでも、書籍だけを書くのでも、日記だけを書くのでもなく、それら全ての表現形式を通じて絶えず文章を書いていきたい。 最後に、それら三つの表現形式をその建築性の観点から捉えるということも昨日行っていた。あたかも建築家が一つの建物を構築していくように、一つ一つの言葉をどれだけ緻密に構築していくことが要求されるのかの度合いも、三つの表現形式で異なる。

言うまでもないかもしれないが、やはり学術論文はその建築性の度合いが最も高い。学術論文を執筆していて思うのは、一つ一つの言葉を吟味し、それらのつながりを絶えず考慮しながら、一文一文形にしていく様子は、本当に建築作業と同様のものだと思う。

そこで要求される正確性と厳密性はとても厳しい。書籍を執筆する際においても、一つ一つの言葉を選んでいくことがもちろん要求される。

商業的に一つの書籍を世に送り出すとき、それを読んでくれる人を考慮して言葉を選び、言葉を組み立ていくのは著者としての最低限の責任だと思う。

一方、それらの対極にあるのは日記だろう。対極にあるというのは、日記において正確性と厳密性が要求されていないということを意味しない。

そこには、別の形の建築性がそこにあるように思うのだ。これは表現形式とそれによって開示されるものの違いに関する上記の点と重なっているかもしれないが、そもそも建築素材が三つの表現形式においては異なる。

日記の場合においては、特に内面的な現象を素材とする。そして、それらを組み立てていく方法というのも、内側の現象が持つ流れそのままに形にしていくという緻密性が要求されているように思える。

客観的知識と呼ばれるものをゆっくりと構築していくのが学術論文を執筆する際の感覚であり、主観的知識と客観的知識が折り混ざったものを、それらが一つの形として外側に出てこようとする速度と同じ速度で構築していくのが日記を執筆する際の私の感覚だ。

これら二つの感覚をどちらも感じながら日々を過ごすことは、私の精神を健全に保つことに不可欠のようだ。2017/4/25

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