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738. 夜明けを待つ概念の蠢き


今日の午前中は論文の読み込みから始まり、午後から就寝までは論文の執筆を行っていた。自分が関心のある論文を読み、論文を緻密にじっくりと執筆できる今日のような週末は、充実感に溢れており、夢のように早く過ぎ去った。

明日もまだ日曜日であることが、どれほど自分にとって嬉しいことか。明日も今日と同様の生活を送りたい。

夜の就寝前に論文執筆の手を止めた時に、イマニュエル・カントが体系的かつ建築的な方法で思想を構築していったことを改めて見習いたいと思った。私も論文の執筆を通じて、少しずつ独自な方法で、体系的かつ建築的に知識体系を構築していきたいという思いを改めて持った。 一日の振り返りとして、どうしても今日の午前中の文献調査の一件が頭から離れない。午前中に読んでいた論文に関して、本来であればより多くのことを書き留めておきたいというのが正直なところである。

能力の文脈依存性の特徴についても、まだ言及しきれていないことが多々あり、同時に、まだ不明瞭な点も多々あるのだ。さらに、その論文で取り上げられているその他の論点についても、書き留めておきたいことが随分とあるのだ。

だが、今の段階でそれを行うのは少しばかり困難さがつきまとう。それは、単純に英語から日本語への変換がうまくできないということではなく、そもそもそれらの論点が自分の身体にまだ染み渡っていないために不可能なのだと思う。

つまり、論点が形作る意味の総体を、私はまだ完全に掴んでいないということだ。それでは、論点の構成する主要な概念についてはどのようなことが言えるだろうか。

どうやら、論点を構成する概念の姿をイメージすることはできるし、その概念が持つ味もわかるのだ。ただ今の私にできないのは、そうしたイメージや味を自分の言葉に変換することである。

そう考えてみると、論点が作る意味の総体を把握する前に、まずは個別の概念を自分の言葉に置換させる作業が重要になるだろう。こうしたことを考えながら、言葉というものを真に掴むことには、多大な時間が要求されると改めて痛感した。

本日取り上げた “soft assembled”という概念との出会いは、かれこれ二年以上も前のことであるにもかかわらず、ようやく自分の言葉として徐々に姿を表すようになるには、今日という日まで待たなければならなかった。

一つの言葉との出会いから、その言葉が自分の言葉になり始めるまでに、実に二年の時間を要したのだ。その言葉が自分の内側で一つの形になったのではなく、その言葉が自分の内側から姿を現し始めるまでに二年がかかったのだ。

その言葉が真に自分の言葉になるためには、さらに膨大な時間がかかるだろう。

しかし、数年間放っておいた概念がこのような形で、徐々に自分の内側でその真の姿を現し始めたことはとても喜ばしい。学習というのは、本来的にこのように長大な時間をかけて緩やかに深まっていくプロセスなのだと思う。

自分の内側に、説明のできない無数の概念が蠢いているのを知っていたが、その蠢きは不気味なものではなく、至って正常なものである。また、そうした無数の概念が、来るべき時に真の姿を見せる準備をしているのだとわかると、安堵感がもたらされるとともに、日々の探究活動の励みとなった。

こうした励みをもとに、明日からもまた、自分の内側で蠢いている無数の概念と向き合い、その中から一つでも真の姿が顕現されるようにしていきたい。こうした試みを一つ一つ焦らずに実行していくことが、いつか自分の内側に高くそびえ立つ体系を作ることにつながるのだと信じている。2017/2/11

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