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9740-9744: フローニンゲンからの便り 2023年1月12日(木)



No.4377 存在の宝_A Treasure of Being


本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)

No.2122, The Rhythm of the Afternoon World

I’m wondering what the rhythm of the afternoon world tells me at this moment.

It would disclose the secret of the world.

Groningen; 15:15, 1/12/2023


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本日の2曲


全ての楽曲はこちらのMuseScore上で公開しています。

楽曲の一部はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています。

タイトル一覧

9740. 雨漏れ/今朝方の夢

9741. 『糸』と『やさしさに包まれたら』の弾き込みに向けて

9742. アマニ油とヘンプオイル

9743. テクノロジー哲学の講座を終えて:大きな期待と希望を胸に

9744. 充実したトレーニングを終えて


9740. 雨漏れ/今朝方の夢


時刻は午前7時半を迎えた。今朝は朝から雨が強い。深夜にも相当な雨音が伴う雨が降っていて、一度目覚めた。今朝方目覚めた後に浴室で顔を洗っていると、地面が濡れている異変に気づき、見上げると、雨漏れをしていることを発見した。それほど激しい雨漏れではないが、地面を拭いた後にバケツを置き、先ほどオーナーのフレディさんに修理のお願いをしておいた。これまで雨が降っても雨漏れをせず、雨漏れに関する閾値を超えたことを興味深く思った。きっとこれまでも静かに今日の雨漏れをもたらすまでのプロセスが進行していて、長大な時間の堆積が雨漏れをもたらしたのである。そう考えてみると、雨漏れに拍手を送りたい気分であるし、よくぞ長きの時間に渡って誰もみていないところでプロセスを積み重ねていったものだと感銘を受ける。今日もまた、自分もこの雨漏れのように地道に自分のできることを積み重ねていく。


今朝方は2つほど少しばかり記憶に残る夢を見ていた。それらは断片的なものだが、いつものように書き留めておきたい。夢の中で私は、サッカー日本代表の優秀なサイドアタッカーの選手とドリブルの練習をしていた。その選手は知的な選手でもあり、単にドリブル練習をしていたのではなく、ドリブルの原理やメカニズムをお互いに探求しながら、そこで発見されたことを共有し合って練習をしていた。すると、2人のドリブル技術はさらに向上していき、その過程がとても楽しかった。最後に、その選手と一対一を何度か繰り返し、お互いに抜いたり取られたりを繰り返しながら、終始笑顔が絶えない練習をしていた。


その次に見ていたのは、書籍の編集を編集者の方と一緒に進めていたものである。私が送った最終稿をその場でパソコンに表示させ、一緒にそれを編集していった。最初は編集者の方が黙々と作業を進めているのを横で眺めているだけだったが、途中からは自分も意見を出しながら、一緒に編集作業を進めていった。しばらく作業に没頭していると、原稿はあれよあれよという間にほぼ完成した。そこで作業を一旦中断させ、そこからは編集者の方と雑談をした。そのような夢を見ていた。ちょうど昨日に、編集者の方に原稿の最終版を渡したことがこの夢を導いたのかもしれない。古い原稿を編集者の方に年始に送ってしまったていたことが昨日に発覚し、最終版を探したところそのデータがなくて焦ったが、なんとかバックアップすることができ、最終版を安堵の気持ちと共に渡したことの心理的な動きが夢を生み出したのかもしれない。フローニンゲン:2023/1/12(木)07:47


9741. 『糸』と『やさしさに包まれたら』の弾き込みに向けて


振り返れば、昨日は随分と『糸』の楽曲に時間を充てていたように思う。箏で演奏をしたり、歌ったりと、合計すればかなりの時間をこの曲と共に過ごしていたように思う。当面は箏の楽譜を暗譜するほどに弾き込んでいき、歌に関しても歌詞を暗記するほどに歌い込んでいこうと思う。これまでは様々な曲を演奏することを通じて箏の演奏を楽しんでいたが、これからは自分が「これだ」と思う曲を人前で披露できるほどに集中して弾き込んでいくことをしたい。それが歌詞のある曲であれば歌い込むことも行っていく。当面は『糸』に集中し、その完成度が相当に高くなってきたら、もう1曲何か加えたいと思う。歌詞の中に神様が出てくる『やさしさに包まれたら』は1つの候補として挙がっている。先生にハ長調の楽譜をお持ちでないか今度尋ねてみよう。古典曲として、『越天楽今様』を神道的な歌曲として歌って演奏ができるようにし、同様に現代版の神道的な歌曲として『やさしさに包まれたら』を自分の中で意味づけてして歌って演奏ができるようになりたいと思う。この曲は『魔女の宅急便』で流れているものであり、ジブリ作品は世界の多くの人が見ているので、国外で演奏する時に多くの人に親しみを持ってもらえるのではないかと思う。仮に神学大学院にこの秋から通うことになったら、神道のコースのどこかのクラスで『越天楽今様』と『やさしさに包まれたら』を披露したいと思う。それで言えば、中島みゆきさんの『糸』は、仏教の縁起説を彷彿させる大変素晴らしい歌詞となっていることを鑑みて、仏教関係のコースを履修する際に、担当教授と話し合ってどこかのクラスで時間をもらってこの曲を箏で演奏しながら歌うということをしてみたいと昨夜考えていた。そして実際に、『糸』に関しては既に頭の中で日本語の歌詞を英訳していて、英語でもぶつぶつと呟いていた。実際に歌うのは日本語で行おうと思うが、クラスメートには英語に翻訳された歌詞を配布したいと思う。フローニンゲン:2023/1/12(木)08:37


9742. アマニ油とヘンプオイル


今朝方、いつものようにオメガ3の脂肪酸を摂取するためにアマニ油をスプーン2杯分摂取した。すると、瓶のオイルを全て使い切り、瓶を洗っていると、そう言えばここからはアマニ油の代わりに朝もヘンプオイルを摂取しようと思ったことをふと思い出した。先日アムステルダムのマリファナ·ヘンプ博物館を訪れて以降、ヘンプ食材をより積極的に摂るように、今は夕食の野菜を茹でたものにヘンプオイルをかけて食べているのだが、朝もヘンプオイルをスプーンで少々摂取しようと思った。オメガ3の含有量だけ取ってみれば、ヘンプオイルも非常に優秀だが、アマニ油の方がその含有量が多い。しかし、ヘンプオイルはオメガ6の脂肪酸もバランスよく入っているので、ヘンプオイルは一石二鳥なのではないかと思ったのである。様々な必須脂肪酸の宝庫であるヘンプオイルをジムの帰りに今日は2本ほど購入しようと思う。


そこから改めてオメガ3について調べてみると、初めて知ったこととして、どうやらアマニ油のオメガ3脂肪酸とヘンプオイルのオメガ3脂肪酸は若干性質が違うようである。これまで全く同じ1つのオメガ3脂肪酸に括っていたが、何やらアマニ油の方は“alpha-linolenic acid (ALA):αリノレン酸”と呼ばれるようで、一方のヘンプオイルの方は“stearidonic acid (SDA:ステアリドン酸)”と呼ばれる。しかしながら、他のインターネット情報ではヘンプオイルの方もALAに括られていて、それは以前の自分が思っていたような誤っている情報なのかもしれないが、そのような見解も見つけた。これについてはもう少し調査を進めてみよう。いずれにせよ、アマニ油の方は酸化の速度が速いような感じがしていて、それは脂肪酸の性質の違いに由来しているのかもしれない。どちらも植物性のオイルであるから同じ脂肪酸の性質を持っていると思っていたが、どうやら少し異なるのだろう。ひょっとしたら、アマニ油にもSDAが多少含まれていたり、ヘンプオイルの方にもALAが含まれているのだが、両者の中でALAが優位なのか、SDAが優位なのかという違いがあるのかもしれない。このあたりもとにかく調査が必要だ。ちなみにALAは、魚から摂取できるオメガ3よりも吸収効率が悪いらしい。そのように考えてみると、オメガ3は魚から摂取することを優先し、それを補完する形でヘンプオイルを摂取するのが望ましいだろうか。フローニンゲン:2023/1/12(木)08:55


9743. テクノロジー哲学の講座を終えて:大きな期待と希望を胸に


時刻午後1時を迎えようとしている。つい今し方、全6回にわたるテクノロジー哲学の講座を終えた。今回の講座は、これまで4年間協働させていただいたアントレプレナーファクトリーさんとの一旦の最後の講座だったこともあり、今日のクラスは尚更自分にとって記憶に残るものになった。最後のクラスにふさわしい密なやり取りを参加者の皆さんとさせていただき、秀逸なファシリテーションをしてくださった嶋内さんに深く感謝している。その感謝の念が自分の体の中を静かに巡っている。


今回の講座を開講する以前は、テクノロジーというものを忌避していた自分がいた。これまでの自分は内面探究に焦点を当てていたこともあり、テクノロジーが持つ価値や意義というものを見出すことに失敗していたし、テクノロジーの危険性や限界ばかりを見ていたように思う。ある時からふと、テクノロジーの価値や意義を見つめることになり、テクノロジー哲学という領域を多くの人に知っていただきたいという思いから今回の講座を開講することになったことを改めて思い出す。


テクノロジーという存在は、かつての自分にとってのシャドーだったのだろう。そしてテクノロジー哲学を通じてテクノロジーと向き合うことは、自分にとっての最良のシャドーワークだったのだ。そのようなことを思う。


今日のクラスの最後にも言及したが、改めて自分にとってテクノロジーとは、人間の写し鏡かつ分身でもあるのだと思う。それは人間の欲望や恐れ、さらには社会を良くしたいという思いや純粋な好奇心などが反映·投影された存在なのだ。こうしてテクノロジー哲学を学んできた自分は、そうした存在としてのテクノロジーと友達としての関係性を築けるような気がしている。今後は友達を超えて、まさにトランスヒューマン的発想をすれば、テクノロジーは自分自身となるだろう。そんな予感がある。


この予感を受けて、テクノロジー哲学とは何なのかを改めて問うと、端的には、人間の写し鏡としての、分身としてのテクノロジーへの理解を深めることを通じて、己を知り、社会を知り、世界そのものを知ることを促してくれる学問領域なのだろう。そしてテクノロジー哲学は、人間とテクノロジーが良好かつ相互発達的な関係性を創造していけるように導いてくれる実践的な羅針盤的学問領域なのだと思う。そうしたテクノロジー哲学を携えて、何か今後の実践が新たな次元と広さで展開されていくことがビジョンとして立ち現れている。大きな期待と希望を胸に携えている自分にしばらく寛ぎたい。フローニンゲン:2023/1/12(木)13:06


9744. 充実したトレーニングを終えて


時刻は午後7時を迎えた。風が強く吹いていて、雨脚も強い。夕方にジムに行く際には雨は降っていなかったが、帰り際に強い雨風に見舞われた。


さて、今日のジムのトレーニングを振り返ってみると、今日のトレーニングもまた非常に充実していた。今日は、今年最初のパーソナルトレーニングを受けた。ジムに到着すると、パーソナルトレーナーのエリーザが既に自分のワークアウトを終えていて、準備運動を済ませていた。エリーザに挨拶をして、着替えを済ませてから、自分も準備運動が必要だったので、準備運動がてらしばらくジークンドーの稽古を1人で鏡のあるダンススタジオで行っていた。それを終えてから今日のトレーニングに入った。


今日のトレーニングは、基本的に前回のパーソナルトレーニングで行ったことを繰り返していった。それはこちらの要望であった。というのも前回エリーザから色々と新しいトレーニング法を教えてもらい、1人ではまだ身体や道具の使い方に疑問があるものがいくつかあったので、それらを復習する意味でも前回と同じメニューにしてもらった。一度に色々なことを指摘されてもなかなか実行に移すことができないことがわかってか、エリーザはフィードバックの優先順位を考えて指導をしてくれるので助かる。そのおかげで毎回新しい発見や学びがある。例えば、ポールを持ち上げるエクササイズの際にこれまではあまり手首を意識していなかったが、手首を曲げないように注意してもらったり、ポールを最後まで上げて腕を伸ばし切ってしまうと過度なストレッチになるのでそれをしないようにすることを教えてもらったりした。そのようなことを含めて、今日もまたいくつも発見があった。


先日の月曜日に結構追い込んでトレーニングをしたせいか、今日はいくつかのエクササイズで特定の部位の疲労が極度に達し、回数を完遂することが難しい場面もあった。「そういう日もある」とエリーザに慰めてもらいながらも、そうした場合にはインターバルの休憩を少し多めにとってみると、最後までなんとか完遂することができた。今後はもしかしたら月曜日のトレーニングは適度に刺激を入れるぐらいにしたほうがいいのかもしれないとも思った。このあたりも体と相談である。いずれにせよ、今日もまたジムで良いトレーニングができ、サウナに入って良い汗をかくことができて大満足である。フローニンゲン:2023/1/12(木)19:31

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