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6249-6251: アートの国オランダからの便り 2020年9月23日(水)


No.1424 トランスファクチュアリティー_Transfactuality

本日の言葉

Mindfulness is life. Whenever we don’t have mindfulness, when we are heedless, it’s as if we are dead. Ajahn Chah

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本日生まれた7曲

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タイトル一覧

6249. 政治への関心/トットナム·ホットスパーを取り上げたドキュメンタリー

6250. 今朝方の夢

6251. 音楽の乱れ/自己作品化としての創作活動


6249. 政治への関心/トットナム·ホットスパーを取り上げたドキュメンタリー

時刻は午前6時を迎えた。今朝の起床はゆったりと5時半だった。

昨日は、ズヴォレの移民局に行き、午後には美容室に行っていたこともあり、仮眠を取ることはなかったが、1日の終わりまで集中力を持って自分の取り組みに従事できていたように思う。

今日は、一瞬一生の会の第2期の第5回目のクラスがあり、その後、オンラインミーティングが1件ほどある。ちょうどその2つの間が1時間ほど空いているので、その時に仮眠を取ろうかと思う。

昨日ふと、政治に関して黙ってはいられないという気持ちになった。とりわけ、日本の政治事情に対する問題意識が突如として強くなった。そのきっかけについては複合的な要因であるため、いちいちそれについて書き留めることはしないが、いずれにせよ、日本の政治に強く関心を持ち始めたということである。

調べてみると、非居住者にも選挙権があるようであり、届出をして投票行動に出ていこうかと思った。日本の内部にいるのとは違う形で、国の外にいるからこそ日本の惨状が至るところで見聞きできるようになった。

政治は経済や教育に多大な影響を及ぼし、国民の健康や安全とも密接につながっている。ここからは政治についても深く学習をしていき、真っ当な政治家を支援するための投票行動に乗り出していこう。政治の基礎知識を学習し、あとは個別具体的な政治的現状や政策を見ていきながら、政治に参画していく。

確か、オランダの永住権を取得すれば、それは市民権の取得を意味するため、外国人であっても政治に参加できるのではなかったかと思う。フローニンゲン大学に在籍していた時、オランダ人の友人たちが政治にかなり関心を持っていて、誰でも政治についてある程度の知識を持っていることに驚いた。それは男女年齢問わずである。

おそらくこのあたりもオランダでは教育がしっかりなされているのだと思う。政治に関心を持てるような、そして政治の基礎を教える教育があるからこそ、彼らは政治の基礎知識を持った上で政治に関心を持っているのだろう。

ここからしばらくはオランダで生活をしていきたいと思っているため、オランダ永住権の取得後に選挙権が与えられるのであれば、オランダの政治にも参画していこうと思う。そうすることによって、日蘭の政治事情を比較することができるだろう。

ちょうど先日、政治学に関する図鑑のような書籍を購入し、その初読を終えた。ここからもう一度その書籍を読み返し、あとは今具体的に起こっている政治的問題や取り上げられている政策を見ていくことにしたい。

先日から一昨日にかけて、英国プレミアリーグの強豪サッカチームのトットナム·ホットスパーを取り上げた9話にわたるドキュメンタリーを見ていた。これまで、サッカチームを取り上げた映画や1話完結のドキュメンタリーなどがあったが(例:リバプールの「イスタンブールの奇跡」を描いたものなど)、1話1時間弱のものが9話に及ぶ長編ドキュメンタリーはこれまでなかったように思う。

プロサッカーチームの組織運営や内情について理解する上で、このドキュメンタリーは面白かった。選手や監督の心の機微も色々と察することができ、そしてサッカーチームが1つの有機体であることを改めて確認し、経営の難しさもまた見えてきた。そうした意味で、自分の世界をまた少し広げてくれるような作品だった。フローニンゲン2020/9/23(水)06:36


6250. 今朝方の夢


時刻は午前7時に近づきつつある。今、空がダークブルーに変わり始めた。

サマータイムが終了するのは来月の最終日曜日であり、その時はもう自分は日本にいる。

昨日、アロマキャンドルを購入し、早速寝る30分ぐらい前に書斎と寝室の置いたそれに火を灯した。揺らめく火をしばらく眺め、ラベンダーの香りを楽しんでから火を消し、就寝に向かった。

今朝も起床してすぐに書斎のアロマキャンドルに火を灯した。これからは毎朝毎晩アロマキャンドルに火を灯し、寛ぎの中で1日を始め、1日を終えていきたいと思う。

自分があることを考え、あることを感じる時、世界は自己にそのような体験的局面を提示しているのではないかと昨日思った。あることを考え、あることを感じる人間がいなければ、世界にはそのような体験的局面が存在しなかったことになる。

この世界は自分を通して何かを語らしめようとしていること。この世界は自分を通して何かを表現させようとしていること。そうしたことを考えると、なお一層のこと言葉·音·絵を通じて表現活動に励んでいこうという思いが強くなる。

この思いもまた、この世界から自己に投げかけられたものなのだ。今日もそうした思いを大切にし、それを体現した1日にしていく。

夢もまた、自分に何かしらの体験的局面を提示してくれるものなのだろう。今朝方は夢の中で、私は大きな図書館にいた。

その図書館には本棚で囲まれた雰囲気の良いセミナールームがあった。そこで私は、参加者の1人1人が自分の物語を紡ぎ出すワークショップを開催していた。

参加者はみんな日本人であり、全員が成人であった。高齢者はいなかったが、かなり年配の人たちも参加していた。

私はまず、日本の国民的アニメの1つを取り上げ、参加者各人に好きなキャラクターを選んでもらい、そのキャラクターのどのような点が好きなのかを考えてもらい、紙に書き出してもらった。その後、過去の自分の成功体験や最も嬉しかったことを思い出してもらい、それをもたらしてくれた個人の内面外面要因、そして集合の内面外面要因を考えてもらうことにした。

最後に、アニメのキャラクターの好きな点に関する物語と、自分の成功体験あるいは最も嬉しかった体験に関する物語の2つを統合し、大きな物語を作ってもらうことを参加者に促した。参加者全員が見事にそれを行い、これまで分離していた2つの物語から1つの統合的な物語を紡ぎ出すことによって、治癒と変容を体験しているようだった。これはとても好評なワークショップであった。

次の夢の場面では、小中高時代から付き合いのある親友(SI)の家に私は遊びに行った。彼の家、ないしは彼の部屋は不思議な空間にあった。それは迷宮のような建築物の最上階にあったのである。

うねった建物の中を歩き回っていると、途中で小中高時代の別の友人(YU)と出会い、彼とその場で立ち話をした。最上階に向かえば向かうほど、辺りは不気味なほどに静まり返ってきて、人の気配が感じられなかった。

いよいよ最上階に到達した時、そこに広がっていたのは彼の部屋ではなく、神社の本殿だった。その本殿はとても開放的であったが、それほど神聖なエネルギーを感じることはなかった。

ふと私の横を見ると、そこには小中学校時代のまた別の友人(SH)がいて、これから彼と協力して、襲いかかって来る悪い坊主たちを倒すことになった。友人と組み、悪い坊主たちを一蹴したところで夢の場面が変わった。フローニンゲン2020/9/23(水)07:07


6251. 音楽の乱れ/自己作品化としての創作活動


時刻は午後7時半を迎えようとしている。今から2時間前ぐらいに、天気予報の通り、激しい雨が降った。それは本当に激しい通り雨であり、地上の全てを押し流してしまうかのような力があった。少なくとも私にはそのように感じられた。

ひるがえって、今はとても穏やかな世界が広がっている。あいにく空には雲がかかっているため、夕日を見ることはできないが、静けさがあることは確かだ。振り返ってみれば、今日もまた非常に充実した1日だった。

生命の流れとしてのメロディー、あるいは内的感覚の流れとしてのメロディーについて考えている。孔子はかつて、音楽の乱れは社会の乱れであると指摘した。

個人の内側に流れる音楽が乱れている時、それは自分の世界の何かが乱れているのだ。それは身体的な次元の乱れかもしれないし、精神的な次元の乱れかもしれない。はたまた、その両者かもしれない。

いずれにせよ、個人の内側と社会の内側に流れている音楽的なものに敏感になっていき、それが乱れていないかを確認することは大切だろう。

自己作品化としての創作活動について考える。創作活動は、自己の内的感覚を形にするゆえに、それは自己作品化とでも形容できるような営みである。実際に、自分が作り出す1つの小さな曲の中に、自己のフラクタルを見ることができる。

それだけではなく、自己を超えた巨大な超越的なものもまたそこにフラクタルとして顕現している。端的には、自分が作る1つの小さな作品は、小宇宙と大宇宙のフラクタルとしての現れなのである。

昨夜、映画を社会学や政治学の観点から取り上げている専門書を8冊ほど見つけた。昨夜の調査では、あえて和書を調べていて、今回一時帰国した際にそれらを読みたいと思ったのである。

ちょうど数日前に、すでに何冊か書籍を注文して実家に送ってもらうことにしているが、新たなに8冊を研究のために購入しようと思う。購入に際して、母にもう8冊ほど書籍が届くことを伝えておこう。

映画やドキュメンタリーの鑑賞を通じて、人々を呪縛しているバイオパワーやカテゴリー化の所在を明らかにし、それらの変容とそれらからの解放を促す道を探っていきたい。それらはこれまでの自分のアプローチにはないものであるが、それに向かわせるものが自分の内側にある。

映画やドキュメンタリーの鑑賞と分析を通じて、個人や社会の中に蔓延る病理的信念体系や病理的ディスコースの特定と治癒·変容を行っていくこと。それは自らの新しい実践として自分を呼んでいる。フローニンゲン2020/9/23(水)19:37

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