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5370-5375:フローニンゲンからの便り 2019年12月21日(土)

December 23, 2019

本日生まれた9曲

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タイトル一覧

5370. 純粋意識が立ち現れる体験

5371. 「有るや無しや」の自己を通じて

5372. 今朝方の夢

5373. 取れてきた感覚:気を伝達する曲作りに向けて

5374.「有りや無しや」の自己:前回のゼミナールの同窓会の動画を拝見して

5375. トランスパーソナル的体験を音化して伝達したヨーゼフ·マティアス·ハウアーに範を求めて

 

5370. 純粋意識が立ち現れる体験

 

時刻は午前4時を迎えた。今朝も昨日と全く同じ時間に起きた。文字通り、1分違わず同時刻であり、起床したのは午前3:23であった。

 

物理的な時計など使わなくとも、体内に時計が備わっており、それが時を教えてくれる。自分の内側の時を通じて生きる日々が常態化している。

 

昨夜就寝前に、久しぶりの体験をした。それは不思議と言えば不思議なのだが、禅仏教の観点から言えばそれほど不思議ではない体験だった。それはどのような体験だったかと言うと、我の外に我が立ち、元々の我をどこか別存在として眺めている状態だった。

 

それが起こったのは、ちょうど就寝前の歯磨きを終えたときだった。鏡に映った自分を見たとき、何か自分の存在に憑依していたものがスッと抜けていき、そこにあったのは純粋意識とでも言えるようなものだった。

 

スッと抜けていったもの。それが囚われとしての我であった。

 

憑依していた我が抜けていき、純粋意識となった私は、そこでまた不思議な気づきを得た。「何かが自分を通じて生きている」そのような気づきが降ってきた。より厳密に言えば、そうした自分さえをも生じさせている何かが自分を通じて存在しており、純粋意識さえをも生じさせる何かが自分を通じて存在している感覚があったのである。

 

「なるほど、自分とはそうした力の通り道に過ぎず、器に過ぎないのだ」そのような気づきが次に生じた。自己が何かの働きの通り道または器として存在しているというありありとした感覚がそこにあった。

 

そこから私は、その力の働きに委ねられる形で、いくつか連続する形で別の気づきを得ていた。一つには、自分に与えられた名前、ないし本名というのは本当の名前ではなく、名前もない自己の存在が確かに存在しており、それが今この瞬間にいるというものだった。厳密には、それは昨日の日記でも書き留めていたように、「存在」即「非在」の類の自己であるから、名前のない自己はいるようでおらず、いないようで常にいるということに気づかされたのである。

 

自分の本名の背後にいる純粋な自己。あるいは、それは自己を自己たらしめている「力」ないしは「働き」と言えるかもしれない。それそれのものは形を持たないのだが、自己を自己たらしめることによって形を生み出すものである。

 

なるほど、ひょっとすると、形を生み出す創造力というのはこの力あるいは働きのことを言うのかもしれない。創造の源泉はこれなのではないだろうか。そのようなことを今思う。

 

洗面所の鏡の前で私はしばらくの間、鏡に映った自分のようでいて自分ではない存在、そして自分のようではない自分という存在に対して微笑みかけていた。微笑みかけられたのは我では無く、純粋自己だった。

 

そこで私はふと、米国で生活を始めた最初の年に起こった例の体験は、この体験と同種のものなのではないかと思ったのである。あの時の自分の身に突如として降りかかったのは、我から超出していく体験だったのだ。

 

純粋意識としての自己に憑依していた我がスッと抜けていき、そこに残ったのは純粋意識だけだった。だからあの時の私は、頭の中が真っ白になり、全てのものが自分を通して現れているという存在感覚を得たのだと思う。

 

あの体験をしたのは、もう8年も前になる。8年前のあの体験の本当の意味が少しずつ見えてきている。

 

一つの体験の意味を紐解くのにそれだけの時間がかかるらしい。体験の意味が深ければ深いほど、その体験の意味を紐解くには時間が必要なのだろう。

 

昨夜の体験、及び8年前のあの体験に内包されている意味を、これから少しずつ紐解いていこう。それは起こるべくして起こったのだと思うし、その意味を紐解いていくことによって、純粋意識は我からの囚われから解放されていくだろう。フローニンゲン:2019/12/21(土)04:19

 

5371. 「有るや無しや」の自己を通じて

 

今日は土曜日らしい。そして、明日は日曜日らしい。一応、今日は土曜日であり、明日は日曜日であることを認めながら、今日と明日を生きる。本当のことを言えば、今日は土曜日ではなく、明日は日曜日でもないと思うのだが、世界がそのように定めているので一応それをある程度認めることも必要かと思う。

 

時間というものが外側にあるのではなく、また内側にあるのでもなく、自分を通ったものが時間になる感覚。自己は時間が通る通路であり器であるという感覚。通路に流れた時間が自分の時間として知覚され、器に堆積していった時間が時間の積み重ねとなるように感じられるこの感覚。

 

時刻は午前4時半を迎えた。日が昇るまでにあと4時間ほどある。あと10日したら、私はマルタ共和国へ行く。マルタに数日間滞在し、そこからミラノに滞在をする。それらの場所を滞在している時、どのような時間が自己を通過していくのだろうか。

 

今外に広がる世界は、そっと何かを自分に語りかけている。とても静寂な世界。

 

昨夜は、いくつか興味深い気づきを得ていた。まだ日記に書き留められていないことがある。

 

走り書きされたメモを今改めて眺めていると、そこにはこのようなことが書かれていた。「『有無を言わず』···。有るでもなし、無しでもない。あぁ、そういうことか。有るままに無く、無いままに有る。有るままに無い自己。無いままにある自己。それは、とてもとてもシンプルな真実」そのようなメモが残されていた。

 

また続きのメモを見ると、「『元々』···。そう、元々!元々、ここに絶えず有るや無しやの自分。そうそれは、元々そうだったのだ。どうやら自分は元々に帰ってきたようなのだ。元々の自分が今ここにいる。元々の自分は、常に元々の自分として、いついかなる時も元々ここに有るや無しやの状態で絶えず「有るや無しやしていた」のである」

 

それらの一連のメモを改めて眺めると、それらは大変興味深い気づきのように思えてくる。自己は有無を言わず、そして有無を言わせない存在のようだ。それが一番しっくりくる定義あるいは存在認定の仕方のように思える。

 

自己は有無を言わないし、有無を言わせない。本当にそうだ。純粋意識としての自己はまさにそうした特性として存在しており、これまで純粋意識としての通路ないしは器として生きてくる中で、自分の人生を大きく変えてくれた決断や行動の類はどれもみな、有無を言わせないものだった。

 

アメリカに渡った時やオランダに渡った時もそうだった。発達理論を学び始めた時や作曲実践を始めた時もそうだった。それら全てにおいて、私は一度も有無を言ったことなどなかった。

 

その背後には、純粋意識からの働きかけがあり、それに素直に応じた自分がいたのだろう。逆に言えば、有無を言うような決断や行動の類は純粋意識から生まれたものではなく、良からぬ方向に私たちを向かわせるのではないかと思う。そこには、想像もしないところに私たちを運んでくれる純粋意識による導きが欠如しているのだ。

 

これからも、純粋意識の導きに基づいて生きていこう。それが自己を通過する過程で生じた有無を言わさないアクションを継続させていこう。それが真の実践道のはずだ。

 

その道を再度また新たな足取りで歩こうとする自分は、「元々」の自分に帰ってきた。元々の自分が今ありありと認識される。それそのものは有るや無しやの自分であるため、それをありありと認識するというのはおかしいかもしれないが、とにかく自己が何かを通して立ち現れ続けているという確かな感覚がある。フローニンゲン:2019/12/21(土)04:49

 

5372. 今朝方の夢

 

時刻は午前5時を迎えた。これからいつものように少しばかり今朝方の夢について振り返り、早朝の作曲実践に取り掛かりたい。今日は作曲実践に打ち込むだけではなく、昨日届いた“Serial Composition and Tonality: An Introduction to the Music of Hauer and Steinbauer (2011)”を読み進めていきたい。

 

昨夜就寝前に少しばかり全体の中身を確認したところ、我ながら非常に良い買い物をしたと思った。2019年に購入した書籍全体を振り返ってみると、今後も繰り返し読みたいと思うような書籍と20冊ぐらい出会うことができ、読書においても非常に実りのある一年だったように思う。

 

中でも、昨日ドイツの書店から届いた上記の書籍は、自分にとって大変意義のあるものになるだろう。今日から、本書の主題であるヨーゼフ·マティアス·ハウアーの思想と作曲技術を少しずつ汲み取っていき、それらを養分にしながら作曲実践を行なっていく。

 

それでは、今朝方の夢について振り返っていこう。夢の中で私は、小中高時代の友人(HY)とサッカーの話をしていた。場所は見慣れない山小屋の前であった。季節は冬のようだが、それほど寒くなく、時間帯は午後だった。

 

その日はとても天気が良くて、午後の太陽の光は柔らかかった。私たちは柔らかい太陽の光に包まれながら、思い思いにサッカー談義に耽っていた。

 

しばらくすると、部活の時間となったようであり、彼は近くのグラウンドに向かおうとした。しかし私はその山小屋のような宿泊施設に残り、そこで筋力トレーニングをすることを彼に伝えた。

 

すると彼は、「確かにグラウンドは雪で覆われているだろうから、室内で筋トレをした方が良さそうだね」と述べた。私はうなずき、独り先に宿泊施設の中に入っていった。

 

施設の中は日本の旅館のような作りをしていた。私は一旦自分の部屋に戻り、着替えをしようと思った。

 

自分の部屋に到着すると、部屋の窓が換気のためか開いており、誰かによって布団が干されていた。太陽の光を浴びる布団の上をそよ風が小走りで走り抜けていた。

 

部屋に差し込む太陽の陽光は輝いており、私は誰が布団を干してくれたのかと考えていた。するとそこで夢の場面が変わった。

 

次の夢の場面では、私は体育館の中にいた。そこは立派な体育館であり、その所有者はどこかの街であった。

 

体育館の中は真っ暗だったが、そこにたくさんの人がいることがわかった。その場にいた人たちは、綺麗に整列をしており、突然流れ始めた音楽に合わせて、彼らはダンスを始めた。そのダンスは特に統一感はなく、みんな好きなように踊っていた。

 

なぜだか私はバスケットボールを手に抱えていて、そのボールを誰かに奪われないように注意していた。すると、私の背後からそのボールを奪おうとする人がいて、振り返ってみると、中学時代のバスケ部の友人(KM)だった。

 

彼は遊びの一環として私からボールを奪おうとしているようであり、私もそれを遊びと認識した上でボールを取られないようにした。しばらくそのような遊びを彼としていると、辺りは一瞬にして光に包まれ、その場から自分以外の人たちが消えた。

 

体育館に1人残された私は、歌の練習でもしようかと思った。今度学校の出し物で合唱があり、それに向けて歌の練習をしたかったのである。

 

自分の歌声を人に聞かれるのは少しばかり気が引けたため、このように1人で体育館を使えるというのは有り難かった。いざ練習を始め、少し経ったところで、体育館の入り口の前を通る人の姿が見えた。私はそこでパタリと歌うことをやめた。

 

見ると、体育館の入り口の前を通過したのは、部活の後輩であり、同時に同級生の女性友達(YY)の弟だった。彼に自分の歌声を聞かれてしまったかもしれないと思った私は、逃げるようにしてその場を去ろうとした。

 

彼の姿が見えた扉とは反対側の扉から外に出ようとしたところ、「先輩!」という声がした。振り返ると、その彼が私を呼び止めてきたのである。

 

私の体はもう半分以上扉から外に出ており、そのままどこかに行ってしまおうと思っていた。彼は私に声をかけてきたのと同時、「先輩、そこは『ミ·ラ』ではなくて『ミ·ソ』ですよ」と音程関係の間違いを指摘してくれたのである。私は一瞬そんなはずはないと思いながらも、改めて彼の意見を考えてみると、確かに彼の言い分が正しいことがわかった。

 

だが私は、『ミ·ラ』の音程関係を押し通すことにし、それをするために音楽理論そのものを書き換えてしまえばいいと思った。端的には、自分だけの音楽理論を作ろうと思ったのである。そう決意したところで夢から覚めた。フローニンゲン:2019/12/21(土)05:27

 

【追記】

改めて上記の夢の最後の場面を振り返ると、世間一般で正しいと思い込まれていることを正しいとせず、何か自分なりのモノの見方や枠組みを自らの手で作り上げようとする自分の意思のようなものを見る。また、上記の夢は、理論も技術も自分独自のものを創造していこうとする今の自分の姿を映しているように思えた。2019/12/23(月)07:27

 

5373. 取れてきた感覚:気を伝達する曲作りに向けて

 

時刻は午後の4時を迎えた。つい先ほど、気分転換がてら外の空気を吸いに、街の中心部のオーガニックスーパーに行ってきた。もう街はクリスマスムードであり、今日は土曜日ということもあってか、スーパーまでの道には普段ないような出店が出ていた。道端では、クリスマスソングを歌う人たちの姿も見かけ、通りを行き交う人々の表情は幸せそうであった。

 

スーパーに到着し、バイオダイナミック農法で作られたゴマのペーストと4種の麦類のフレーク、そして豆乳を購入した。スーパーからの帰り道、後ろからやってきたオランダ人の若い男性に、「你好(ニーハオ)」と声を掛けられた。以前にも、中学生ぐらいの男の子たちに同様に声を掛けられたことがあるのだが、彼らは一様に私を中国人だと思っているようだ。

 

そういえば、今年の秋に日本に一時帰国する際に利用したJALの機内でも、日本人のCAの方から最初英語で話しかけられた。日本人から英語で話しかけられることはこれまでの8年間の欧米生活でほとんどなかったように記憶している。

 

確かに、今回は機内食でジャイナ教のベジタリアン食を注文しており、事前にCAの方がそれを知って、私のことを日本人ではないと思ったのかもしれない——名前はどう見ても日本人のものだと思うのだが——。今日の出来事や直近一年の体験を踏まえてみると、どこか日本人の雰囲気が取れてきたのであろうか?それは自分ではよくわからない。

 

「何かが取れてきた」ということで言えば、偶然ながら、今朝方に、「何かをしようという感覚がなくなってきたな」という気づきを得ていた。これまでは、私はどちらかというと探究や実践という名の下に、何かをしようとし続けていたように思う。

 

それがとりわけ今年からは不思議なことに、そうした意識が極度に薄まってきたのである。どこか自分の中で凝りがほぐされたというか、より肩肘張らずに生き始めたというか、とにかくそういう感じなのである。端的に言えば、生きることしかなくなったと言えるかもしれない。

 

探究、実践、仕事、そしてライフワークというものすらなくなり、生きることのみがあるようなのだ。肯定的な意味で生きがいもなく、生きることそのものが生きがいになっているという状態。そうした感じなのだ。

 

小鳥たちがピヨピヨと鳴き声を上げている。早朝のみならず、いつもこの時間になると再度小鳥たちが鳴き声を上げ始める。彼らの生活リズムの中で、この時間帯は何か特殊な意味があるようだ。

 

午後に作曲実践をしていると、気を伝達するような曲が作れないかと考えていた。ひょっとすると、そうしたことを意識せずとも既にそうしたことが実現されているのかもしれないが、自分の気を曲の中により込めて、曲を通じて気を伝達するようなことができたら面白いと考えていた。

 

その気は治癒的·変容的作用のあるものとし、そうした気を込めた曲を作る方法を模索してみよう。例えば、今聞いているハウワーの曲などにはそうした作用が多分にある。とりわけ、トランスパーソナル領域へ誘う力があることは大変興味深い。

 

ハウワー自身が述べている傑作の“Zwolftonspiel”というピアノ曲を紐解いていこう。その構造的な特性を含め、様々な角度からこの曲をまずは解析していき、自分の気を世界に共有するための曲作りにつなげていきたい。フローニンゲン:2019/12/21(土)16:19

 

5374.「有りや無しや」の自己:前回のゼミナールの同窓会の動画を拝見して

 

時刻は午後7時半を迎えた。今日も「有りや無しや」の人生の1日があった。

 

ある瞬間において自覚的に自分は有って、ある瞬間には自分は無かったかのような感覚。明滅する自己のようなものがそこに···、そこに有りや無しやだった。

 

午後に近所のスーパーに買い物に出かけた帰り道、クリスマスの雰囲気に包まれた街中を歩いていると、オランダ名物の光景に出くわした。それは基本的には夏の風物詩なのだが、今日もそれに出くわした。

 

オランダでは船を所有している人が多く、夏の季節になると、船の所有者たちが近場の運河から遠くの運河や海に出かけていく際に、運河を架ける橋が上がる姿をよく見るのである。もちろんこれは夏だけではないが、夏の季節が一番多いことは間違いない。今日は偶然ながら、一艘の船が運河を出発するところであり、通ろうと思っていた橋が上がっていた。

 

今日は休日ということもあり、そして街がクリスマスモードのためか出店も増えていることもあって、人が多かった。橋の前にも船がゆっくりと通り過ぎていくのを待つ人たちで溢れかえっていた。その中で私は、周りの人々の表情や運河の方をぼんやりと眺めていた。

 

すると、パッと私は消えた。そしてしばらくすると、パッと私は戻ってきた。やはり、自己は「パッ」なのだ。

 

パッと消えている時間においては、「眼」と呼ばれる「眼」と認識されているらしきものから映る全てのものが、自己を通して立ち現れており、それらがしかるべき形でしかるべきように動いていた。なるほど、世界は「しかるべき」であったか、という気づきがパッと自己に戻ってきた後に降ってきた。そしてどうやら、この世界というのは自己を通じて立ち現れるらしく、自己は世界を通じて立ち現れるらしきことがわかったのである。

 

運河無くして自己無し。自己無くして運河無し。そうなのだ、それがこの世界の全ての事物に当てはまる。

 

先ほど夕食を食べている最中、「逢茶喫茶·逢飯喫飯(ほうさきっさ·ほうはんきっぱん)」の実践を放棄して、あることをしながら夕食を食べていた。私は普段、「逢茶喫茶·逢飯喫飯」を通じて全ての活動をするように心掛けている。中には意識せずとも行えている活動もあれば、中には意識しないとそれができない活動もある。

 

そもそも「逢茶喫茶·逢飯喫飯」とは、お茶を飲むときはお茶を飲むことに成り切ること、飯を食べるときは飯を食べることに成り切ること、という意味の仏教用語である。夕食は夕食に成り切ること。そして感謝の念を持って、ダイニングの窓の外の闇を見ながら独り静かに夕食を食べているのが常である。

 

だが今日は、前回のオンラインゼミナールの後に行われた、受講者同士が集まって開催された「同窓会」という名の飲み会の様子が映された動画を見ながら夕食を食べていた。ある方がこの動画を撮影してくださっており、それを昨日私に送ってくださった。

 

動画を通じて、みなさんがとてもリラックスして楽しんでおられる様子が伝わってきて、こちらも嬉しく思った。そして動画を通じて、随分とゼミナールの主催者の私がイジられていることを知って微笑ましく思った。

 

動画としては30分ほどだったが、お一人お一人のシェアを聞きながら、何とも言えない喜びの感情があった。動画の中で語られていることに耳を傾けていると、色々とこちらからも話したいことが出てきてしまった。今回のゼミナールには、前回のゼミナールにご参加いただいた方々もいらっしゃるので、今から同窓会についてのコメントを音声ファイルとして言葉の形にしておこうかと思う。フローニンゲン:2019/12/21(土)19:48

 

5375. トランスパーソナル的体験を音化して伝達した

ヨーゼフ·マティアス·ハウアーに範を求めて

 

今日は珍しく、午後9時前を迎えるこの時間に日記を綴っている。実はもう一回ほど作曲実践をしようと思ったのだが、音を生み出すよりも言葉を生み出したいという思いが勝ったようだった。それなのに、今から私は音に対して書こうとしている。そんな不思議な状態だ。

 

いやはや、オーストリアの作曲家ヨーゼフ·マティアス·ハウアーの作曲思想と作曲技術には本当に感銘を受けてばかりである。今日は、“Serial Composition and Tonality: An Introduction to the Music of Hauer and Steinbauer (2011)”を午前中より食い入るように読み進めていた。

 

自分にとって響く箇所に自分なりのコメントを書籍の中に書き込み、掲載されている譜例をもとに、あれこれと試行錯誤をしながら実験的に短い曲を作っていった。今日の大部分の作曲実践はそのような形で進んでいた。明日もまたそのように作曲実践をしようと思っている。いや、ここからしばらくはハウワーの作曲思想と作曲技術を中心にして、リズムやメロディーに関しては補足的にバッハに範を求めていこうかと考えている。

 

ハウワーは、ショーンバーグよりも先に12音技法を提唱したと言われているが、私はそうしたことよりも、ハウワーの音楽思想、とりわけトランスパーソナルな領域に価値を置いた考え方に強く共感している。

 

トランスパーソナルな領域を曲として表現していくこと。いや、それは表現というよりも、聴き手にトランスパーソナルの領域を垣間見せ、曲を通じてトランスパーソナル領域の体験を促すことに重きを置いていたのがハウワーなのだ。しかもそれを理想論で終わらせず、実際にそれを実現させる技術を模索し、それを実現させていった点にハウワーの偉大さがある。

 

先日読んでいた“Style& Idea: Selected Writing”の中でショーンバーグは、ハウワーの作曲について批判的な見解を表明していたが、今の私にとっては、ショーンバーグよりもハウワーの技術の方が優れているように思える。少なくともハウワーの技術の方が魅力的に感じる。

 

今日から読み進めている書籍は、引用文献リストを含めて170ページほどと短いのだが、中身は途轍もなく濃い。これは年内から年明けにかけて何度も読み返そうと思う。

 

本書で書かれている理論と譜例を参考にしながら、過去の自分のトランスパーソナル的な体験や今の自分のトランスパーソナル的な考えや感覚に合致するような音をまず選び出していく。それらを複数個組み合わせる形で、ハーモニーを生み出すための塊を作る。

 

そこから、その塊をメロディーとして押し広げていく。その押し広げられていく音楽的な時間と空間が聴き手に対してトランスパーソナルな何かを喚起させる、ないしは追体験させるような仕掛けをしていきたい。ハウワーの書籍は、まさにそうした仕掛けを考案する上でうってつけの書籍であり、上記の書籍は今年に購入した中で最良の書籍だと思われる。

 

アメリカのアマゾンにもイギリスのアマゾンにも在庫が置いてなく、ドイツのアマゾンにだけ在庫が置いてあったことは本当に幸運であった。本書は出会うべくして出会った本なのだと思う。

 

本書を起点にして、今後はハウワーの作曲に関するドイツ語の書籍を読み進めてもいいかもしれない。以前述べたように、ハウワーの作曲技術に関しては英文書籍よりもドイツ語の書籍の方が数が圧倒的に多い。というよりも、英語の書籍で読めるのは上記ぐらいしかない。まずは上記の書籍を何度も繰り返し読み、実践をしばらく積んだ後、自分の関心に合致するドイツ語の書籍を数冊購入することを検討する。

 

文献調査をしていると、書籍ではなく、"The Zwolftonspiel of Josef Matthias Hauer (1992)”という35ページほどの論文を見つけた。早速ダウンロードしてざっと眺めてみたところ、これは腰を据えて読むべき論文だとすぐにわかった。

 

そこからさらに、同じ著者が執筆したハウワーに関する博士論文もダウンロードした。こちらの博士論文はボリュームがあり、300ページ弱ほどある。まずは、上記の短い論文の方を近所のコピー屋で印刷しようと思う。

 

これは自分にとって、PDFで読んでは決してならない論文であり、とにかく紙で読み進めていきたいと思う。マルタ旅行に出かける前にダウンロードし、マルタとミラノの旅の際に持参しることも検討に入れる。とにかくこれからは、ハウワーの作曲思想と作曲技術の理解習得に向けて学習と実践を進めていこう。フローニンゲン:2019/12/21(土)21:10

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