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5163-5171:ヴェネチアからの便り 2019年11月10日(土)

November 12, 2019

本日生まれた2曲

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タイトル一覧

5163.【ヴェネチア旅行記】天空からの時空を超えた贈り物

5164.【ヴェネチア旅行記】自由になりたかったハエ~彼が伝えたかったこと

5165.【ヴェネチア旅行記】いつもと変わらない食生活

5166.【ヴェネチア旅行記】機内から見たアルプス山脈の絶景を思い出して

5167.【ヴェネチア旅行記】永遠に受け継がれる旅〜ヴェネチアという街が優しく語りかけて来てくれたもの

5168.【ヴェネチア旅行記】本日の計画

5169.【ヴェネチア旅行記】小松美羽さんの作品を鑑賞しにサン・マルコ広場に行ってみたところ・・・:驚きの光景が広がっていたヴェネチア

5170.【ヴェネチア旅行記】I Musici Venezianiのコンサートに参加して〜ヴィヴァルディの四季より

 

5163.【ヴェネチア旅行記】天空からの時空を超えた贈り物

 

満天の星空。まさかヴェネチアの地でかくも美しい早朝の空を眺めることができるとは思ってもいなかった。

 

午前5時のヴェネチア上空には、なんとも見事な満天の星空が広がっている。この歴史的かつ風光明媚な街は、街そのものが輝きを体現しているだけではなく、輝く星空によっても光を授けられている。

 

昨夜、空港から市内に向かっている最中、ヴェネチアもまた近代化された街なのかと思っていたが、街に到着してみると、世界の多くの大都市のようにギラギラとした光はなく、むしろ外灯は少なく、幾分暗さを持っていた。逆にそれは私を喜ばせた。

 

確かにヴェネチアは観光名所なのだが、人工的な明かりで飾り立てることをせず、そうした明かりを最低限に保っているように思う。だからこそ昨夜も今朝も、このように美しく光り輝く星空を眺めることができているのだ。

 

昨日はいつもより1時間ほど遅く就寝したのだが、ヴェネチアに到着した興奮と感動があったのか、今朝は昨日とほぼ変わらず4時半に起床した。昨日は4時に起床したので、30分ほどのズレである。

 

目覚めてから、持参したココナッツオイルでオイルプリングを始め、それをしながらまずはヨガをしようと思った。それはいつものルーティーンなのだが、そこで私は部屋の窓を開け、換気をしようと思ったのである。

 

窓を開け、ふと空を見上げた瞬間に、その満天の星空が広がっていたのである。私はそれを想像していなかったので、随分と驚いてしまい、ヨガそっちのけで、今オイルプリングをしながらこの日記を書いている。

 

早朝の空に輝く無数の星々を眺めていると、彼らの名前が知りたくなった。もちろん、それらは人間である私たちが勝手に付けたものなのだが、それらを発見した人が何かしらの思いで付けた名前があるはずである。星に名前をつけた人の物語を読みながら、彼らの思いを汲み取り、そして星々とより親しくなるために、それらの名前が知りたい。

 

来年日本に一時帰国した際には、ぜひとも星の名前のわかる辞典を購入しよう。それと合わせて、空の名前、花の名前などの辞典を購入したい。

 

世界には、私がまだ名前も知らない存在者たちで溢れているのだ。そうした存在者たちの名前を知りながら、まだ名も無き存在者とは、お互いに裸で向き合おう。

 

名前の無い彼らは、まだ何者でもないのだが、すでにもう完全に何者なのであり、私もまた何者でもないのと同時に、すでに完全に何者なのだから。

 

今からもう気の遠くなるような遥か昔に、この宇宙での役割を終えた星々たちの輝き。星の輝きは、彼らが自分の寿命を全うしたときに発する光だと言われている。

 

もう何千、何万、下手をすると何億年も前にこの宇宙を去った星もあるかもしれない。そうした星々の生命の輝き、いや魂の輝きが、こうして時空を超えて自分の目に届けられていることを思うと、感慨深い思いになる。

 

それらを肉眼のみならず、心眼や魂眼で見届けるということ。それが、こうした宇宙からの素晴らしき贈り物を受け取った者が果たすべき最低限の姿勢ではないだろうか。ヴェネチア:2019/11/10(日)05:21

 

5164.【ヴェネチア旅行記】自由になりたかったハエ~彼が伝えたかったこと

 

 

昨夜11時まで起きてしまっていたのは、確かにヴェネチアに到着した静かな興奮によるものだったように思う。その他にも、昨夜の最後の日記で言及したように、その日記を書いていたために就寝が遅れてしまったこともあるし、今日から三日連続で参加するクラシック音楽のコンサートのチケットを手配していたこともある。それらのコンサートについては、また後ほど改めて書き留めておきたい。

 

実は、それ以外にも就寝を遅らせた要因がある。それは何かというと、自分の部屋に迷い込んできた一匹のハエであった。

 

昨夜、軽い夕食を自室で摂った後に、風呂に入ろうと思った。いつもは風呂に入ってから夕食を摂るのだが、昨日はその逆だった。コンサートの案内パンフレットや、宿泊先のポーターの男性からもらった街の地図を眺めていると、ついつい時間を忘れてしまい、先に夕食を摂ることになったのである。

 

いざ入浴をしようと思い、ベッドルームに備え付けられている洋服を収納する家具——最近、名詞の名前をさっと思い出せないことがあり、「クローゼット」という名前であることを数分後に思い出した——を開けると、一匹のハエが中から飛び出してきたのである。それは随分と大きく、最初私はそれをアブか何かだと思った。だがそれは大きめのハエだった。

 

そのハエは大きな羽音を立てながら、寝室を動き回っていた。それを見た時、「困ったな」と私は思った。

 

しかし、こうした家のような広々とした場所に私一人だけでいるよりも、ハエと一緒の方がかえって楽しく過ごせるかもしれないと思った。とはいえ私は、このハエをまずは窓の外に逃がそうと思った。だが窓を開けてもハエが逃げる保証はなく、またもうすでに外は寒い時間となっていた。

 

そのようなことを考えていると、ハエはリビングルームの方に移動し、そこからさらにキッチンルームの方に移動していった。そこで彼の姿を一度見失い、もうハエのことは気にせずに、入浴をしようと思った。

 

浴室に行き、服を脱いだところで、再び大きな羽音がした。そう、先ほどのハエがここにいたのである。

 

まさかハエが一緒にお風呂に入りたがっているとは考えられず、このハエをどうするかを考えていた。すでに浴室の扉を閉めており、私は浴室の中で、ハエと二人っきりになった。

 

「一寸の虫にも五分の魂」という言葉を耳にしたことがあるかと思う。私は普段、できるだけこの言葉の原義に則る形で生きており、できるだけ小さな虫でも殺さないようにしている。

 

部屋で虫に遭遇した時には、その種類にもよるが、可能なかぎり外に逃すようにしている。ハエもそのうちの一つだ。

 

そうしたことからハエをやはり外に逃がそうと思ったが、それは密室にいるのだから、この際弱らせてトイレにでも流してしまおうかと思った。やはり自分の手で息の根を止めることは気が引けるため、弱らせるところまでは自分でやっておき、彼の命がどうなるかはトイレに委ねるという幾分責任を転嫁しようとする自分がいる。

 

虫をどうしても殺さないといけない時は、このようにして半分生きたままトイレに流すことがある。昨夜はそれをしようと思った。

 

そのためには、まずはハエを弱らせた上で捕まえなければならない。飛行する虫を弱らせる一番良い方法は、地面に叩きつけることであるということを経験上知っていたので、まずはバスタオルを使って、ハエを地面に叩き落とそうとした。すると、バスタオルが大き過ぎたため、それはうまくいかず、今度はコントロールが利きやすいハンドタオルに変えた。

 

しかし、ハエの動きは想像以上に素早く、それもうまくいかなかった。しばらくハエと格闘したのだが、結局ハエを地面に叩き落とすことはできず、もうすでに私は裸だったから、いったん諦めて入浴を先に済ませることにした。

 

宿泊先の浴槽にはなんとジャクジーが付いており、それを使ってゆったりと入浴を楽しもうと思っていた。ところが、密室の浴室というのは、ちょっとした音響施設であって、ハエが飛ぶ音がやたらと響くのである。

 

一寸の虫が奏でるちょっと不気味な低音を聞きながら、しばらくゆっくりと浴槽に浸かり、浴槽から出た後に再びハエを捕まえることを始めた。そこからいくらやってもハエを捕まえることができず、あまりタオルを振り回し過ぎていると、化粧鏡やそれに備え付けられているライトを壊してはならないと思い、ハエをいったんリビングルームに解放し、やはり窓から外に逃がそうと思った。

 

すると、リビングルームに戻ったハエは、窓を開ける前にどこかに消えてしまった。寝室の方に移動してしまったのかなと思った私は、そこからは他にやることがあったので、一旦はハエのことを忘れようと思った。

 

そこで、運河を望むことができるリビングルームの窓を開け、輝く満月と夜空の星々を眺めることにした。しばらく満月と星々の輝きに見入ったところで、体が湯冷めしそうだったので、窓を閉めることにした。

 

するとその瞬間である。先ほどのハエが部屋の窓から外に逃げ出していったのだ。

 

彼の姿を見た時、彼は自由を求めていたのだと分かった。そして彼はまだ生きたかったのである。彼の命を奪わなくて本当に良かったと思った。

 

実は私は、ハエを地面に叩き落とそうと奮闘している最中に、「あれっ。もしかすると、このハエは以前は人間だった魂の生まれ変わりかもしれないな」ということを思ったのである。それは突拍子もない考えだったが、どこかそう思わせるようなハエだった。

 

前世は人間だったかもしれないハエ。そしてその前世としての人間が、今の私と何らかの繋がりがあったがゆえに、私は安易にそのハエを捕まえて命を奪うことができなかったのだと思う。

 

一つの部屋に紛れ込んだ一匹のハエは、満月と星々で照らされた広大な世界に飛び出していった。その世界がいくら危険や未知に満ち溢れていたとしても、ハエの佇まいは凛としており、その背中には解放感が滲み出していた。そして、自由を得たハエには、魂が持つ本来の輝きがあった。

 

それはもしかすると、満月や星々の輝きよりも美しかったと言えるかもしれない。「君にもそうした輝きがあるんだよ」ということを教えてくれるために、あのハエは私のところにやって来てくれたのかもしれない。ヴェネチア:2019/11/10(日)05:52

 

5165.【ヴェネチア旅行記】いつもと変わらない食生活

 

つい今し方、シャワーを浴び、心身共に目覚めさせた。とはいえ、それは無理やり心身を活動に向けて目覚めさせるようなものではなく、あくまでもゆっくりと今日の活動に備えるための準備のようなものであった。

 

自然の中での生活への憧れが高まるにつれ、本当に私の生活は自然の中に還っていくかのようなものになっている。それは食生活に現れているだけではなく、こうした入浴一つ取ってみてもそうだし、歯磨きなどを取ってみてもそうだ。

 

歯磨きの際には、もう市販の歯磨き粉やマウスウォッシュなどを使うことはなく、オイルプリングをした後にブラッシングをするようになっている。市販の歯磨き粉やマウスウォッシュは、口内にいる悪い細菌だけを殺すのではなく、良い細菌までも殺してしまいそうであり、それはマウスウォッシュに関してはその通りだそうだ。

 

心身の健康を育むためには、腸内環境が鍵を握るのだが、腸内に入る食べ物が入ってくる口内環境をまず整えなければ何も始まらない。入りの部分が大事なのである。

 

そうしたことから、歯磨き粉やマウスウォッシュなどを使わずに口内環境を整えていく生活を始めてもう7~8ヶ月となる。それに合わせて、自然と私は入浴の際にも石鹸やシャンプーなどを一切使わなくなった。もうお湯だけで体や髪を洗っているのである。

 

それによって肌質や髪質が変わって来たように思う。しかもそれは良い方向にだ。

 

一体これまでの人生における数十年において、石鹸やシャンプーで体や髪の毛を洗っていた自分はなんだったのかと思ってしまうほどである。物質消費経済の罠と網に完全にかかった自分がそこにいたようだ。

 

その圏外に出てみると、驚くほど自然かつ身軽な生活がそこにあった。浴室に置くものも減り、物質的にも精神的にも身軽になった自分がいる。そのようなことをシャワーを浴びながらぼんやり考えていた。

 

今、フローニンゲンの自宅から持って来た小麦若葉のパウダーを水に溶かしたものを飲んでいる。起床直後に飲む一杯の水の後は、毎朝必ずこれを飲んでいる。その前に、持参したヘンプオイルを小さじ一杯ほど摂取した。

 

今回は、それ以外にも毎朝飲んでいる大麦若葉のパウダーを持参することはなかった。そちらは瓶詰めのものであり、少々重たいと考えたからである。

 

ヴェネチア滞在中も有り難いことに、食生活が大きく変える必要がない。一人旅であるがゆえに、レストランに入って食事をすることは馬鹿らしく、基本的には近くのオーガニックスーパーで調達したものを食べていこうと思っている。

 

宿泊先から徒歩1分ぐらい——小走りで20秒ほど——のところに、オーガニック製品を扱ったこじんまりとした店がある。昨夜はそこに立ち寄って来た。

 

店に入ってすぐのところには、オーガニックのサプリメントや化粧品のようなものが並んでいて、食品はあまり期待できないかと思っていたら、店の奥に食品も置かれていて、そこで八丁味噌、ピーナッツバター、豆腐、そして豆乳を購入した。特に私は、八丁味噌が置かれていることが嬉しかった。

 

味噌を持参するかを迷ったのだが、味噌も液体物に分類され、機内持ち込みのスーツケースしか持参しない私にとってみると、味噌を小瓶に移すのは少々面倒であるし、何よりも量を詰めることができず、量を詰めるならば小瓶をいくつも準備しないといけなかった。

 

美味しそうな八丁味噌をその店で入手できたので、そうした手間が省けた。店員のイタリア人の男性はとても親切であり、レジで会計を済ませている最中に、「あなたは今日二人目の日本人ですよ」と笑顔で声をかけてくれた。

 

今日の分の必要なものはすでにあり、今日はその店が休みとのことなので、また必要なものがあれば、明日にでも店に立ち寄りたい。残念ながらその店には果物や野菜は置かれていないので、それらに関しては、街の中心部にあるオーガニックスーパーに立ち寄ろうと思う。その店も日曜日の今日は休みなので、明日にでも足を運びたい。

 

今の宿泊先は、食器、鍋、フライパン、ガスコンロが付いており——さらには塩や胡椒などの調味料まで置いてある——、なんでも揃っているので、調理もやろうと思えばできる。明日にオーガニックスーパーに立ち寄った際に、ジャガイモやサツマイモがあれば、レンジも付いているので、いつものようにそれをレンジで茹でて夕食にしようかと思う。また、玉ねぎやシイタケも購入できれば、いつものように味噌汁まで作ることができてしまう。

 

鍋はあるが、さすがにベジブロスまで作るのはやり過ぎかと思うので、そこまではしないが、いずれにせよ、フローニンゲンの自宅にいる時となんら変わらない食生活を送ることができそうで何よりである。

 

今、目の前の運河からカモメたちの鳴き声が聞こえて来た。外を見ると、いつの間にか明るくなっていて、一日の始まりを告げている。運河を運行する船の汽笛のようなものが鳴り、ヴェネチアの街も活動に向けて目覚めたのだと知る。ヴェネチア:2019/11/10(日)06:44

 

5166.【ヴェネチア旅行記】機内から見たアルプス山脈の絶景を思い出して

 

ヴェネチアの気温は、フローニンゲンのそれと比べて、最高気温·最低気温ともに5度から6度ほど高いのだが、それでも朝晩はやはり冷え込む。冬用のジャケットのみならず、マフラーや手袋を持って来て正解だったし、ヒートテックを履いて来て良かったと思う。

 

つい今し方、部屋の窓辺に近づいていき、窓を開けて外の景色を再度眺めた。今日は雲ひとつない快晴であり、スカイブルーの空をカモメが優雅に飛んでいった。視線を下げると、そこには深緑色の運河が静かに揺らめいていた。

 

今回この宿泊先を選んで本当に正解だった。それは昨日の日記で書き留めたように、この場所が一つの美術館のようであったり、立派な家具や装飾品、そして調理器具が揃っているというだけではない。周りの環境がとても静かなのだ。

 

この宿泊先は、1400年代に作られた建物であり、いくらリノベーションをしているとはいえ、古さを感じさせるのは仕方なく、それがまた趣きを感じさせてくれていると言える。もっと綺麗でモダンな宿泊先は探せばいくらでもあり、確かに中央駅近くに良さそうなホテルを見つけたのだが、そこは人通りが多く、夜は少々騒がしいとのことであった。

 

結果として、そちらを選ばずに、こちらの宿泊先を選んで正解であった。ここには、朝と夜の静けさが約束されている。

 

今もカモメたちの鳴き声がどこからともなく聞こえている。フローニンゲンの自宅で聞く小鳥たちの鳴き声とはまた違う声を発している。彼らには彼らなりの固有の声があるのだ。

 

私もまた、自分の声を発していこう。言葉や音、それは自分の固有の声である。しかもその一つ一つの声は、人生のその瞬間でしか生み出されないものなのだ。そこに尊さと何物にも替えがたい価値のようなものを感じる。

 

アムステルダムのスキポール空港からヴェネチアのマルコ·ポーロ空港に向かっている機内の中で、絵に描いたような、いや絵に描きようのないほどに美しい雄大な雪山を見た。地理に疎い私は、最初それをピレネー山脈かと思ったが、それはスペインとフランスの国境線あたりにあることを以前調べた時に知ったことを思い出した。

 

フライトの経路を考えると、私が見た絶景はアルプス山脈だったのである。雄大な雪山たちが連なる姿は本当に見事であった。

 

フライトの時間は夕方であったから、夕焼けの薄赤紫色が上空に広がっていて、その下に雄大な雪景色があった。私は思わず息を呑んだ。

 

隣に座っていたオランダ人らしき中年女性が写真を撮りたがっていたので、窓際に座っていた私は、彼女が手に持っていたゴミを預かり、写真を撮影することを彼女に促した。その方は嬉しそうに写真を何枚か撮影し、私にお礼を述べた。

 

夕日に映えるアルプス山脈の雪景色を眺められるとは思ってもいなかったので、しばらくその見事な景色をぼんやりと眺めていた。すると、ぜひともこうした素晴らしい自然の美によって喚起された感覚を曲にしたいと思った。

 

自分が見た自然の美しさを曲にし、その情景を眺めた時に感じられたことを曲にしていくのである。それを改めて行いたいと思った。

 

現在学習中の教会旋法の何をどのように用いれば、目の前の景色とそれが喚起する感覚·感情を表現できるのかをぼんやりと考えていた。ヴェネチア:2019/11/10(日)07:12

 

5167.【ヴェネチア旅行記】永遠に受け継がれる旅〜ヴェネチアという街が優しく     語りかけて来てくれたもの

 

私が高校二年生の時、父は数年間に及ぶマレーシアでの単身赴任を終えて日本に帰って来た。それまでの数年間は母と二人で生活をしていたため、数年ぶりに父と一緒に生活を始めることが最初は少し違和感があったのを覚えている。

 

そんな中、ある日父が、ドイツに出張に出かけ、出張から帰って来た時に旅行話をしてくれた。それは以前の日記でも書き留めたが、ドイツとの国境沿いにあるオーストリアの小さな街オーベルンドルフを訪れた話だった。

 

オーベンドルフという街は、モーツァルトが生まれた街ザルツブルクから少し北上したところにある。数年前に私は、国際非線型ダイナミクスの学会に参加するためにザルツブルクを訪れた。その旅行計画を練っている最中に、ふと高校二年生の時に父から聞いた話を思い出したのである。

 

オーベルンドルフの街には、「きよしこの夜」が生まれた教会がある。その教会の名前は、“Stille Nacht Kapelle (Silent Night Chapel)”という。

 

学会のためだけにザルツブルグを訪れるのはもったいないと思い、その5日前ぐらいからオーストリアに行き、まずはウィーンを十分に観光した後に、ザルツブルグでも数日間滞在する計画を立てた。その際に、ぜひとも足を運びたいと思って実際に足を運んだのがこの教会だった。

 

私は、当時15年以上も前に父から聞いた話をもとに、自分もまた父と同じようにその小さな教会の中にいることが不思議でならなかった。父から旅の話を聞いていなければ、私は決してその教会を訪れることはなかっただろうし、オーベルンドルフという街に足を運ぶことすらなかったであろう。

 

私にはまだ子供がいないが、もし仮に自分に子供ができて、万一この日記を読む日が来たのであれば、自分がどのような場所に旅に出かけ、そこで何を考え、何を感じたかを書き留めておくことにも幾ばくかの意味があるのではないかと思われた。

 

今私が宿泊しているのは、マルコ·ポーロ空港から一本で行けるシャトルバスが止まる大きなバス停から歩いて数分のところにあるResidence Palazzo Odoniという場所だ。この小さな宮殿のような宿泊施設には、おそらく5家族分ぐらいの部屋しかない。そのうちの1室に私は滞在している。

 

昨晩、ポーターに案内されて部屋に入る際に、部屋のドアに名札が取り付けられていることに気づいた。そこには、“Caravaggio”と記されており、それはこの部屋の名前を伝えていた。

 

“Caravaggio”というのはどういう意味かを調べてみたところ、それはどうやら事物の名称ではなく、人名であった。そうそれは、バロック期に活躍したイタリアの画家ミケランジェロ·メリージ·ダ·カラヴァッジョ(1571-1610)の名前だったのだ。

 

調べてみると、ヴェネチアとの縁は不明であったが、いずれにせよ、この部屋は彼の名前から取ったものだろう。いつか自分の子供や孫がこの日記を読み、ヴェネチアに訪れることがあったら、この部屋から眺められる小さな運河や夜の星空の美しさをを伝えたい。

 

ある一人の人間の旅は、その人間の人生の中だけで完結するようなものでは決してなく、それは開かれたものであり、その旅を受け継ぐ者がいるのだと思う。私が父の旅を受け継いだのと同様に、もしかしたら、自分の子供や孫、あるいは全く知らない人がこの旅を受け継いでくれるのかもしれない。

 

それは自分がこの世を去った後かもしれず、いつかは不明である。ただし、自分のこの人生が決して閉じられたものではなく、仮に生涯を閉じたとしても、そこで生きられた人生そのものは永遠に向かって開かれたものであり、他者の人生と果てしなくいつまでも繋がっているのだと思う。

 

朝日が降り注ぐ早朝のヴェネチアは、そのようなことを優しく私に伝えてくれた。ヴェネチア:2019/11/10(日)07:38

 

5168.【ヴェネチア旅行記】本日の計画

 

まだ日中に街を歩いたわけではないのだが、私はもうヴェネチアの虜になってしまったようだ。街の建物は歴史を感じさせ、それは幾分古びた印象を与えるのだが、人工的に無理に新しいものを求めず、古いものをそのままに守っていく心意気を感じさせる。

 

本日訪れるサン·マルコ広場では飲み食いが禁止されており、ヴェネチア中に張り巡らされた運河をかける橋の上では立ち止まってはならないそうだ。また、ゴミを路上に捨てると罰金の対象になるとのことであった。

 

ヴェネチアがその歴史的な景観を保持する試みや制度にはその他にもいくつかある。そうした形で長きに渡って残っている街の景観を思うと、この街の取り組みには共感が持てる。

 

今朝は4時半に起床し、すでに時刻は8時を迎えようとしている。今、持参したカカオパウダーをお湯に溶かした飲み物を飲んでいる。

 

ヴェネチアを観光する本格的な一日が今ゆっくりと始まろうとしている。明日からは雨が続くようだが、今日はすこぶる天気が良い。雲ひとつない秋晴れであるから、今日中に思う存分ヴェネチアの街を歩き、市内の地理を把握しておこう。

 

Google マップや手持ちの地図だけではなく、実際に街を歩くことによって、身体に地理を染み込ませていくのである。それはその街と同化することであり、より親密になるための手段でもあり、そうしてその街が自分の人生の一部になることは旅の一つの醍醐味だろう。

 

今、午前8時を告げる鐘の音が聞こえて来た。これはどの教会から聞こえて来ているのだろうか。

 

教会から聞こえてくる鐘の音に耳を傾けながら、今日の計画について簡単に記しておきたいと思う。昨晩ホテルに到着した時に、偶然手に取ったパンフレットに掲載されていたクラシックコンサートに今夜出かける。それはヴィヴァルディの作品『四季』をメインとしたもので、二部構成となっており、その他には下記のような演目になっている。

 

前半

1. A. VIVALDI

Symphony in G major RV 149

Allegro molto - Andante - Allegro

2. J. PACHELBEL

Canon

3. A. VIVALDI

Concerto for strings and harpsichord in G minor F XI n ° 17

Allegro - Adagio - Allegro

 

後半

1. A. VIVALDI

The Four Seasons

1-1 “La Primavera" Op.8 n.1 in E major

Allegro - Largo - Allegro

1-2 “The Summer" Op.8 n.2 in G minor

Allegro not very much - Adagio soon - Soon

1-3 “Autumn" Op.8 n.3 in F major

Allegro - Adagio - Allegro

1-4 “The Winter" Op.8 n.4 in F minor

Allegro - Largo - Allegro

 

会場は、8世紀に建てられたScuola Grande San Teodoroという場所で、ここでI Musici Venezianiというオーケストラが演奏を行う。今日はまず最初に、会場の下見がてらここの場所を確認しておく。

 

今日のメインはなんと言っても、小松美羽さんの作品を見にいくことである。小松さんの作品が展示されているギャラリーは、サン·マルコ広場にあり、そこは午前11時から開くことのことである。

 

宿泊先からギャラリーまでは、歩いて25分ぐらいの距離であるから、宿泊先を出発するのは午前10時半ぐらいでいいだろう。今日は快晴であり、本日初めてヴェネチアの朝を堪能することになるため、街の景色を味わいながらゆっくりと歩いて行こうと思う。

 

小松さんの作品を含め、ギャラリーでの観賞を十分に楽しんだら、どこかのカフェでひと休憩入れるかもしれない。普段はパンやお菓子を食べないが、カフェでイタリア名物のパンかお菓子をコーヒーと一緒に食べてみようかとも思う。

 

その後、音楽博物館に立ち寄り、そこでしばらく時間を過ごす。明後日はまた違う場所でクラシック音楽のコンサートに参加することにし、その会場である“Interpreti Veneziani”も下見をしておきたいと思う。

 

その会場の前を通って場所を確認し、帰りはアカデミア美術館が近くにある橋を渡って宿泊先に帰ってこようと思う。ホテルで少し休憩をし、入浴や夕食を済ませてから、午後8時半からのコンサートに出かけていく。

 

一応30分前を目処に会場に到着しておくことが勧められているようなので、ホテルを7時半過ぎに出発しようかと思う。今日と明後日はその場所で、同じオーケストラの演奏する異なる演目のコンサートに参加する。コンサートについての感想はまた後ほど書き留めておきたい。ヴェネチア:2019/11/10(日)08:56

 

5169.【ヴェネチア旅行記】小松美羽さんの作品を鑑賞しにサン・マルコ広場に行ってみたところ・・・:驚きの光景が広がっていたヴェネチア

 

「な、なんじゃこれは~!」

 

午前10時半に宿泊先のホテルの一階に降りた時に私は思わずそう叫んだ。

 

そこに何が広がっていたかというと、昨晩足を着けていたはずの地面が水に覆われて見えなくなっていたのである。つまり、運河が氾濫し、ホテルの一階まで水が上がって来ていたのである。

 

当初の計画では、今日と明後日に行われるクラシックコンサートの会場を下見した後に、サン·マルコ広場にあるギャラリーで小松美羽さんの作品を見ることをとても楽しみにしていた。それが今回ヴェネチアまで足を運んだ最大の目的であった。

 

小松さんの作品を見た後は、音楽博物館に移動し、その足で、明日のコンサート会場の下見をしてホテルに戻って来る計画を立てていた。ところがである。

 

ホテルの出発から出鼻を挫かれる形になった。運河の水が溢れるというのはオランダでも見たことがなく、私は本当に驚いてしまい、思わず笑ってしまった。

 

なんとか水の少ない場所を爪先立ちしていけば扉まで辿り着けるかと思ったが、水深は思っていたよりも深く、靴が濡れ、靴の中まで水が浸水して来る恐れがあった。観光からの戻りがけであればまだしも、出だしから靴の中が濡れるのは避けたかったが、もう前に進むより仕方なかったので、意を決して扉まで辿り着いた。

 

そして扉を開けるとそこに広がっていたのは、当然ながら運河の水で浸水しきった道だった。建物の脇がまだなんとか水深が浅かったので、引き続き爪先立ちのような形でさっと浸水がない道まで出た。

 

確かに靴は随分と濡れてしまったが、なんと幸運にも、靴の中には浸水しておらず、とても助かった気分になった。今回旅に履いて来たのはスエードの靴であり、スエードの靴は雨に弱いだろうと思っていた。

 

ところが先ほど調べてみると、ヨーロッパでは、スエードの靴は「レインシューズ」と呼ばれるほどに雨に強いことがわかったのである。道理で水が中に染み込んでこなかったわけである。なんとか無事に浸水していない道まで出ることができた私は、とはいえその先が思いやられた。

 

少し歩いたところに出店があり、偶然外にビニールで出来た長靴が売られているのを見つけた。もうこれは購入するしかないと思った私は、それを購入することに決めた。

 

ちょうど店員の女性の方が外に出て、長靴を眺めている私がいることに気づき、声をかけてくれた。その店員曰く、「冬の時期になると、運河の水が溢れ出し、このように浸水してしまうことがあるんですよ」と教えてくれた。私はそんなことがあるなどと全く知っておらず、改めてとても驚いた。これもまた地球の環境異変か温暖化の影響なのだろうか。

 

いずれにせよ、今日も含めて残りの5日間でもまだまだ長靴を使う機会がありそうであるから、Mサイズのものを迷わず購入した。店を出発してみると、確かに浸水していない道もあり、そうした道の方が多かったのだが、一方で完全に水に浸りきっている道もちらほらあった。そして何より、私と同じような長靴を履いている人が数多く道を歩いていたのである。

 

そこから私はまずコンサート会場を目指した。すると、携帯のGPSがうまく機能せず、すぐさま道に迷った。

 

だが幸いにも、ヴェネチアの入り組んだ道をつぶさに眺めてみると、主要な観光名所の名前と方向が記された看板が随所にあり、それを辿っていけば目的地に辿り着けると思った。そこからは、その看板を目印にして歩みを進めていった。

 

ヴェネチアを代表する橋、通称「白い巨象」とも呼ばれるリアルト橋を目標地点にしていたのだが、その橋の前の通りが完全に浸水しており、そこで再び長靴を履き、早速長靴が活躍した。橋を無事に渡ると、また乾いた道になったので、そこでまた長靴を脱いだ。

 

そしていよいよサン·マルコ広場に到着し、広場を一目見た瞬間に、またしても驚くべき光景を目の当たりにした。サン·マルコ広場はもう完全に水で浸水しきっており、30cm近く水で浸りきっていた。

 

「長靴を持たらざる者サン·マルコ広場に立ち入るべからず」とでも言わんばかりの光景がそこに広がっていたのである。私はもう可笑しくなってしまって、笑ってしまった。

 

そこでまた長靴を履き、水の中をズンズンと進んでいくと、そこには長靴を履いた人たちが楽しげに広場をゆっくりと進んでおり、いろいろな形で記念撮影をしていた。それはもう愉快な光景であった。

 

また面白い光景としては、アジア人の二人の新郎新婦が、結婚式のドレスを着たまま長靴を履いて広場を歩いていたことだ。それを見ていたイタリア人の中年の女性が、「結婚おめでとう!忘れられない結婚式になったわね」と笑顔で述べていた。それもまたとても微笑ましい光景であった。

 

そこから私は、水浸しになったサン·マルコ広場を歩きながら、目的のギャラリーに向かった。サン·マルコ広場は宗教的にも非常に重要な場所であり、格式高い場所なのだが、ハトがプカァ~っと優雅に浮かぶ姿を見て、また笑みが溢れて来てしまった。私は思わずハトに向かって、「今日は君の方が早いね」と独り言を呟いた。

 

水をかき分けながら、子供の頃に戻ったかのような気持ちで水中を歩いていると、ようやくギャラリーを見つけた。このギャラリーは毎日午前11時から開いており、時刻は11時半ごろだったので、水浸しの中、扉を開けてみようとしたところびくともしなかった。

 

「あれっ、おかしいなぁ?浸水のせいかなぁ」と私は思い、再度扉を開けてみようとした。中を見ると、薄暗くなっており、人の気配が全く感じられなかった。

 

それでも私は何度も扉を開けようとしたのだが、結局扉は開かず、今日はおそらく臨時休館となったのだろうと思われた。それを知った時、小松さんの作品を見ることを楽しみにここまで来たのでとても残念な気持ちになった。しかし、ここまでの道中でとても珍しい光景を眺めることができ、そして私自身がその光景の体験者でもあったこともあり、妙に気分が明るくなった。

 

今時刻を確認すると、コンサートに出かけていく時間となっていた。まだまだ書きたいことがあるのだが、その続きはコンサートが終わってホテルに戻って来てからか、また翌朝書き留めておきたい。

 

いずれにせよ、ヴェネチア初日の観光は本当に忘れられない体験ができたため、ある意味で大満足であり、今後の人生においても記憶に残り続けるだろう。ヴェネチア:2019/11/10(日)19:30

 

浸水したサン・マルコ広場 

 小松さんの作品が展示されているギャラリー

 

5170.【ヴェネチア旅行記】I Musici Venezianiのコンサートに参加して

〜ヴィヴァルディの四季より

 

つい先ほど、ヴィヴァルディとパッヘルベルの楽曲を楽しむコンサートから戻って来た。

 

今日もまた満月が見事である。満月の姿を眺め、月明かりを追うかのようにしてコンサート会場に向かう私の足取りはとても軽かった。

 

会場に向かった時間はもう辺りは真っ暗であり、昨日の日記で書き留めた通り、ヴェネチアの街には人工的な明かりがそれほど多くない。そうしたことから、入り組んだ路地の道は一段と暗さが増しているのだが、危険な香りはせず、むしろどこか安心した気持ちで道を歩いていた。

 

また、人工的な光がなくても、月が照らす月道を歩くことはどこか気分を高めてくれていた。満月の見事な輝き、そして星々の輝きを今夜もまた堪能できたことを有り難く思う。

 

会場までの行き道に関しては、午前中に歩いていたこともあり、迷うことなく会場に到着できた。会場に到着すると、30分前にもかかわらず、すでに客が会場に入り始めていた。

 

コンサートに参加する機会はそれほど多くないため——何せ普段は就寝時間が早いため、夜のコンサートに行くのは滅多なことでない限りない——、コンサートに参加するときは大抵良い席を確保するようにしている。今回も一番良いカテゴリーの席を予約した。

 

今回演奏するオーケストラは、I Musici Venezianiという名前であり、彼らのユニークなところは、バロック時代の衣装を忠実に再現していることである。なんと、会場の案内役の人たちまでもがバロック時代の衣装を着ており、どこかタイムスリップしたかのような感覚があった。

 

会場が開いてからは開演まで非常にスムーズであり、席に案内されてからしばらくしてコンサートが始まった。演目に関しては、今朝方の日記に書き留めた通りである。

 

今日の昼間に音楽博物館に行き、ヴィヴァルディがヴェネチア生まれであることを初めて知り、ヴェネチアでしか育まれぬ感性を持って一連の楽曲を生み出していたのだと改めて感じた。演奏を聴きながら、今この瞬間にヴェネチアにいる自分は、その曲が醸し出すヴェネチアらしさを汲み取ろうとしていた。

 

ヴィヴァルディの曲がひと段落し、次はパッヘルベルのカノンが演奏された。カノン進行は、私のお気に入りのコード進行の一つであり、その原曲であるパッヘルベルのカノンを聴けたことは大きな幸運であった。

 

その後前半では再度ヴィヴァルディの曲が演奏され、いったん小休憩に入った。休憩後、前半にはいなかった一段派手なバロック衣装に身を包んだヴァイオリニストが登場し、彼がステージの中央に立って演奏を始める形で後半が始まった。

 

演奏者のすべての衣装がお洒落であり、華やかだったのだが、彼の衣装はより一層ゴージャスさがあった。そして、ヴァイオリンの演奏もまた格別であった。

 

後半は、ヴィヴァルディの『四季』が演奏された。私はこの曲をかつて大学時代に一日中、文字通り睡眠中もかけていた日があったことをふと思い出した。四季だけを延々と30時間ぐらい繰り返し流していたことがあったのである。

 

そんな思い出にも浸りながら、全ての演奏を十分に楽しんだ。コンサートの余韻を噛みしめながら、私は再び満月に照らされた入り組んだ道をかいくぐっていきながら帰路についた。

 

今日の演奏もまた、色々と忘れらない体験になった。この体験はこれからゆっくりと自分の内側で消化されていき、ふとした時に何度も今日の体験を思い出すだろう。

 

明日以降も今日の体験を思い出した都度、何か文章を書き留めておきたい。そして何より、今日のコンサートから得られた感覚を曲の形にしておきたい。ヴェネチア:2019/11/10(日)22:51

 

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