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4194-4200:フローニンゲンからの便り 2019年4月20日(土)

April 22, 2019

タイトル一覧

4194. 豊かで多様な関係性:五年にも満たない事柄

4195. 書くことを見守る存在

4196. 芸と思想

4197. 津波によって荒れ果てた神社と無人島にある巨大図書館に向かう夢

4198. 巨大な遊園地と監視の厳しい寮に関する夢

4199. 怒りを爆発させる仮眠中のビジョン

4200. 至福の夕食:道行く馬車より

 

4194. 豊かで多様な関係性:五年にも満たない事柄

 

今朝は四時半に起床した。目がさめた瞬間に、小鳥たちの鳴き声が耳に届けられ、今日は彼らの方が私よりも早く起床したようだった。

 

昨日は午前三時過ぎに起床していたこともあり、小鳥たちよりも早い目覚めだったのだが、今日は逆転したようだった。「逆転」というよりも、いつもは大抵小鳥たちの方が早く起きていたのであるから、今日のこの関係性が普通なのかもしれない。

 

だが、ここで考えてみたいのは、この普通だと思っている関係性についてである。小鳥は私よりも早く起床し、素晴らしい鳴き声を世界に発し、それを自分の耳に届けてくれることは果たして普通なのだろうか、ということである。

 

私はこうした関係を単に普通だとは片付けたくはなく、何か小鳥たちと深く結びついている大切な関係だと捉えたいのだ。こうした関係性を普通だと述べてしまう時、何かが崩れてしまいはしないだろうか。

 

人間として、自然と共存していくための大切な何かがもろく崩れ去ってしまうように思えるのだ。

 

今朝も満月がとても綺麗だ。ちょうど今、書斎の机から一直線に向かった上空に浮かんでいる満月を眺めている。

 

満月と今の私が座っている場所との物理的な距離は遠いが、心的距離はとても近い。物理的な距離と心理的な距離は、別に比例関係にあるわけでもないのだ。そこには非線形的な関係、いや数学的な座標空間では示されえないような、もっと豊かで多様な関係があるように思える。

 

小鳥たちは静かに早朝の歌を奏で続けている。彼らにとって、鳴き声を上げることは自己表現の一つであり、同時に、この世界への彼らなりの関与の形なのだろう。

 

昨日から、作曲家の武満徹氏に大きな影響を与えた、フランスの作曲家オリヴィエ・メシアンの“The Technique of My Musical Language (1956)”の再読を始めた。メシアンは類まれな作曲家であったが、作曲家としての顔だけではなく、野鳥の研究者としての顔もあった。メシアンが野鳥を研究していた気持ちが今の私はどことなくわかる。

 

上記の書籍を最初から一言一句丁寧に読み返し始めてみると、やはり様々な気づきや発見がある。

 

私は昔から本を読むことが苦手であり、苦手というよりも、大学に入るまで本などほとんど読んだことがなかった。そして何より、日本語が読めるようになってきたなと思い始めたのは28歳ぐらいの頃であった。

 

他者が書いた文書を一行目から読み始めると、大抵二行目から飽きてしまうことが長らく続き、それはもちろん、自分をのめり込ませてくれる良書と出会えていなかったことを意味しているのかもしれないが、とにかく本を読むことが苦痛な形で大学生となった。

 

大学時代には、読書家の友人に啓発されて、そこからは本を読んでみようとするものの、それまで本を読んだことがほとんどなかったのであるから、どのような本をどのように読むかは難題であり、手探りな形で本と向き合うことが四年間続いた。

 

それ以降も、私は基本的に他者が書いた本を最初から最後まで読むということはほとんどなく、その転機を迎えたのは、自分の中に「自分の日本語」とも呼べるものが芽生え始めた28歳あたりのことだったように思う。

 

自分の日本語を持ち始めた私は、ようやく他者が書いた日本語が理解できるようになってきたのである。そこからは、もちろん自分の興味関心に合致し、真に自己を深めてくれる本に限るが、なんとか最初から最後まで読める本が増えてきた。

 

そのように考えてみると、真に日本語が理解され始め、自分の読書体験が始まったのは、まだ五年にも満たないことがわかる。

 

美しい満月の浮かぶ早朝に、なぜこのようなことを考えていたのだろうか。フローニンゲン:2019/4/20(土)05:25

 

No.1873: A Cone of Ripples

 

I can see the beautiful sky which has no clouds above Groningen in the early morning. Groningen, 07:56, Sunday, 4/21/2019

 

4195. 書くことを見守る存在

 

先ほど、なぜ私は自分の読書体験について書き留めていたのだろうか。それは自分にもよく分からない。

 

かかりつけの美容師のメルヴィンは、幼少期の頃に「ADHD(注意欠陥多動性障害)」と診断され、学校の中で何か目立つ行為をすると、周りの友人からは「メルヴィンはADHDだから仕方ない」などと言われたり、その障害を理由に色々と嫌なことを言われたことがあるとのことであった。

 

私はいつも極端な考えを持ちがちであり、ADHDは現代社会では精神障害として扱われているが、それは現代社会に特徴的な、何でもボックス化する病の表れであり、ADHDと言われている事柄もまた、その人の一つの才能でさえありうるということをメルヴィンと話していた。

 

また、そもそもそうしたボックス化した概念が一人歩きしているような学校などに行く必要はなく、そうした概念が存在している社会に所属する必要さえもない、というのは少しばかり極端な発想だろうか。

 

いずれにせよ、幼少期の自分や現在の自分を冷静になって眺めてみると、現代の精神医学においては、何か精神障害と診断されてしまうような特性を自分も持っていそうな気がするため、そうした点もまたメルヴィンとの深いつながりを生んでいるように思える。

 

読書の話に話題を戻すと、幼少期の頃は本当に本が読めなかった。本のページを開くとすぐに、外に遊びに行くたくなったり、他のことをしたくなったりしていたことを覚えている。

 

小学校時代の夏休みには、毎年読書感想文が宿題に出されるのだが、私はいつも、書籍のタイトル、最初の一ページの一行目、最後のページの最後の一行の三箇所だけ読んで、あとは自分の空想的感想で原稿用紙を全て埋め尽くすようにしていた。

 

不思議なことに、当時の私は他者が書いた本の面白さに気付くことはできず、本を読むことはとことんつまらない苦行的なものであったが、空想だけで原稿用紙を埋めることの中にはえも言わぬ恍惚感があったのを覚えている。

 

また、私は小学校時代は一切本を読まなかったが、六年間継続して日記だけは毎日飽きずに書いていた。私の通っていた学校では、「ひとみ」という連絡帳があり、それを開けると、上段に明日の日課を書く欄があり、下段に日記を書く欄があった。

 

下段に書いた日記を毎日先生に提出することが求められていたが、私はそれに義務感のようなものを一切感じておらず、ただ好きなことを好きなように書いていた。そして、六年間を通じてお世話になったどの先生もそれを許容してくれていた。

 

ここ最近は、一日一食生活や断食を始め、さらには自分の心身を本当に健全化させてくれる良質な食べ物しか口にしなくなったことに伴い、心身の調子がこれまでの自分とは別人のような状態になっている。

 

これまでの私の心身の調子は、間違いなく極めて良好だったのだが、今のそれはその比ではない。そうした状態の中、ここ最近は別に書こうと思っているわけでもないのに、日記を書く量が増えているように思う。

 

私は大抵、読書、作曲実践、協働プロジェクト関係の何らかの仕事に従事しながら一日を過ごしており、日記を書くだけの日というのはない。そうしたことを考えてみたときに、この三年間は大抵毎日4,000字から6,000字ほどしか日記を書いていなかったのだが、ちょうど先日は、15,000字近くの日記を書いており、10,000字前後の日記を書く日が増えている。

 

今の私は、小学校時代の時と同じような気持ちを持ち、かつあの頃とは質的に異なったものを携えながら日記を書いている。そうしたことが今この瞬間に実現されているというのは、やはり小学校時代に「ひとみ」を書くという仕組みがあり、好きなことを好きなだけ書かせてくれた先生たちのおかげかと思う。

 

自分の日記に対して何も言わず、静かに自分を見守っていてくれた存在がその時にはあった。果たして今は、そうした存在はあるのだろうか。

 

少なくとも、私は日記を書く自分自身を見守る存在でありたい。フローニンゲン:2019/4/20(土)05:51

 

No.1874: The Aroma of Rooibos in the Early Morning

 

I’m drinking a cup of Rooibos tea now. 

 

I’ll start to write an article about career consulting from the perspective of my expertise, which is adult development. Groningen, 09:12, Sunday, 4/21/2019

 

4196. 芸と思想

 

時刻は午前六時を迎えようとしている。書斎の窓は、実家にある大型テレビ以上の大きさであり、その窓の向こうには、自然が生み出す千変万化する美しい映像が絶えず映し出されている。

 

今この瞬間はなんといっても、明け方の空に浮かぶ満月がただただ美しい。そして、外の世界は色だけが溢れているのではなく、音だって溢れている。

 

輝く色を発する満月を眺めながら、小鳥たちの輝く声を聞いている。世界は、本当に色と音で構成されているのではないかと思ってしまうぐらいだ。そして、そうした色や音に共振する自分の姿を見るとき、世界にはまた振動というものが存在していることもわかる。

 

昨日、身につけた芸と醸成された思想だけが最後に残る、ということをふと思った。学校で学べるような、学校で教わるような知識を増やすことに人生を費やすのはほぼ無益であることがこの年になってようやくわかってきたのだが、それと同時に、そうした情報的知識ではなく、自らの芸と思想を育んでいくことの尊さのようなものを最近改めて見直している。

 

ここで大変興味深いのは、確かに今の自分には芸も思想もほぼないと思われるが、仮にあったとしても、自らの真の芸や思想というのは、簡単に定義づけることのできないものなのではないかと思ったことである。

 

自分にとっての真の芸や思想というのは、自らの定義からこぼれ落ちる。そんな特性を持っている可能性はないだろうか。

 

もし仮に誰かが私に「あなたの芸はなんですか?」と尋ねた時に、発達測定、人財開発コンサルティング、発達支援コーチング、文章執筆、作曲等々を挙げたとすると、それは単なる馬鹿ではないだろうか。そんなものはどれも自分の真の芸にはなりえない。

 

それらは全て、芸的な行為ないし実践であることは確かだが、そんなものが自分の真の芸になってしまうのは途方もなく寂しいように思う。そのようなことを考えてみると、やはり私はまだ自分にとっての真の芸が何なのかを一切把握しておらず、芸の道を歩み続ける一人の人間に過ぎないということが見えてくる。この問題は、そっくりそのまま思想においても当てはまるだろう。

 

この日記を書き始めてから10分ほど経ってみると、空の表情が変わった。ダークブルーの空からライトブルーの空へと移行しつつある。ライトブルーの空に浮かぶ満月もまた見事なものである。

 

つい先ほど、いつもと同じように、オーガニックの八丁味噌を白湯二杯に溶かした具なしの味噌汁を飲んだ。その色と香り、そして味はいつ飲んでも素晴らしく、味噌に含まれる生きた酵母たちが自分の腸を整えてくれることを思うと、味噌汁に本当に感謝をしたい気持ちで一杯である。

 

一つ残念なことは、そうした感謝の念を伝える際に、味噌汁を直接手で撫でながらお礼を述べることができない点だ。味噌汁は熱いから。

 

その代わりに私は、味噌汁が入った容器を撫でるようにして、自分の感謝の念を伝えるようにしている。今日もそのようなことを早朝の五時前に行っていた。

 

今日は祝日明けの土曜日であり、今日もまた休日であることに変わりはない。今日は特に、メシアンが執筆した作曲理論に関する書籍の続きを読んでいき、正午あたりから、依頼を受けている原稿の執筆に取り掛かりたい。

 

そちらの原稿は最大で6,000字ということであり、何を執筆すればいいのかについても具体的に先方から話を聞いているので、正午から夕方にかけてドラフトが完成するかもしれない。仮に今日完成しなくても、当初の予定通り、今日と明日の二日に分けてドラフトを完成させていこうと思う。

 

今の私は、関心領域がまた広がっているのだが、それでもとにかく、音楽理論と作曲理論の学習に多くの時間を捧げたい。これから半年、ないしは一年間ぐらいは、現在手元にある理論書を集中的に繰り返し読み、その後は、音楽理論に関する学術的な専門ジャーナルを一誌か二誌年間購読したいと思う。そして、そうした学習以上に作曲実践を継続させていく。

 

音楽言語を通じて、今この瞬間に聴こえてくる小鳥たちの鳴き声の美しさから喚起されるもの、満月の美しさから喚起されるもの、一杯の味噌汁の美味さに喚起されるものなどを、どうしても曲の形にしたいのだ。それが実現された時、私は本当にそれらと共にその瞬間を生きていたのだと言えるだろう。フローニンゲン:2019/4/20(土)06:22

 

No.1875: A Fountain of Sounds

 

The world is a fountain of sounds. 

 

Various sounds are always emerging out of the fountain. Groningen, 13:06, Sunday, 4/21/2019

 

4197. 津波によって荒れ果てた神社と無人島にある巨大図書館に向かう夢

 

そういえば、まだ今朝方の夢について振り返っていなかった。今朝方の夢は、自分にとって色々と緊張感のある夢だったので、そこにはやはり何かしらの重要な意味があるだろうから、夢を覚えている範囲でそれらを書き留めておきたい。

 

夢の中で私は、日本なのだが日本ではないようなある国の、一つの漁村地域にいた。その漁村には、何かを奉っている神殿があり、それは村民にとって神聖な場所だった。

 

神社の敷地は広く、とても立派な種々の建造物がそこにあった。私は神社に詳しくはないため、それらの一つ一つの名前が何なのかはわからなかったが、赤い門や神殿を守っている動物の像などが印象に残っている。

 

その場で私は一つおかしなことに気づいた。どこをどう探しても、神殿そのものがないのである。ちょうど私の横には村民の男性がいて、私はその方に尋ねてみた。

 

村民の男性:「先日の大きな津波で神殿は流されてしまったんです。あれは本当にひどい津波でしたよ。この村の多くの人たちも流されてしまい、私たちはたくさんの命を失ったんです」

 

村民の男性はうつむきながらそのように述べた。その話を受けて、私はまた二、三質問をした。

 

その後、津波によって荒れ果てた神社の中を歩き、神社から離れようとした時、この小高い山の上に建てられた神社の敷地から、その向こう側に広がる大きな海を見たのである。私はその海を見た時、「この海の先にある図書館に行けば、神殿を復活させ、津波によって失われた命を復活させることができる」と直感的に思った。

 

私はそれを、先ほどの村民の男性に伝えた。すると、「そのお考えは本当に有り難いです。ですが、あの海を越えて行くのは相当過酷かと・・・」と述べた。

 

それでも私は、海の向こうにある島に存在する巨大図書館に行く必要があると強く感じていた。私は村民の男性を安心させるかのように、「大丈夫です。無事に帰ってきますから」とだけ述べた。

 

いざ巨大図書館に向かうために砂浜に降り立った私は、海の上を飛んでいく準備を始めた。すると私の横に、小学校時代の友人が二人(KSとTM)いて、巨大図書館に行くのに付き添ってくれるとのことであった。

 

私は二人がいることが心強く思われ、彼らの申し出を有り難く受け取った。一人の友人がふと、「あれっ、そのサンダル大丈夫?」と私に尋ねた。

 

見ると、私はなぜだかスポーツサンダルを履いていて、左右異なるサンダルを履いているようだった。しかもよくよく見ると、サンダルの下にまた別のサンダルがあり、合計で二足のサンダルが絡まっているような状態だった。

 

私は一足をちゃんと履き、そこから出発に向けた最終準備を始めた。友人の一人は、巨大図書館への途中にどのような困難があるのかを把握しており、特に地形上的な過酷さについて事前に話をしてくれた。

 

:「ということは、途中で飛び石を使って荒れた海の上を通っていかなければならないってこと?」

 

友人:「そう。そこはかなり厄介で、きちんとした飛び石を置かないと、足場がぐらついてしまって、荒波に流されちゃうんだ」

 

友人はそのように答えた。だが私たちは途中まで空を飛んでいく必要があり、あまり大きな石を持っていくことはできない。

 

なんとか程よい大きさの石をその辺に見つけ、私たちはいざ出発した。飛行に関しては何も問題なく進み、いよいよ友人が述べていた関門にやってきた。

 

そこは海が渓谷とぶつかるような場所であり、そこの磁場がそうさせるのか、飛行高度がどんどんと下がっていき、人間に飛行させないような力が働いていた。高度が徐々に下がっていくと、渓谷と海が作る巨大な河のような水面に、数多くの人たちが飛び石を使って、巨大図書館がある島に向かっている様子が確認された。

 

私はその光景を見た時、そもそも河の流れがあまりにも急であり、河の色を見ると、それは深海にも達するような深さがあるように思われてゾッとした。そこからさらに高度が下がっていった時、とてつもない恐怖感が私の身を包んだが、渓谷そのものの景観はとても美しく、恐怖感と恍惚感の双方が入り混じっているような状態に陥った。

 

すると突然、私の体は巨大図書館のある島の砂浜にあった。海の向こうを見ると、幾人もの人たちがクロールでこちらの砂浜に泳いで向かっている光景が見えた。

 

彼らが陸に近づき、一人の男性が海面から顔を上げると、それは小中高時代の友人(YU)だった。私はそれを驚き、彼に「あれっ、こんなところで何してるの?そもそも泳げたっけ?」と思わず尋ねた。

 

すると、彼はニコリとした笑みを浮かべて、「泳げるよ」とだけ述べた。そこで夢の場面が変わった。フローニンゲン:2019/4/20(土)06:48

 

4198. 巨大な遊園地と監視の厳しい寮に関する夢

 

昨日に引き続き、今日も暖かい一日となるようだ。天気予報を確認すると、今日から数日間はフローニンゲンでいうと初夏のような暖かさであり、来週の半ばからまた肌寒い日々が続くようだ。

 

来週末からはバルセロナ・リスボン旅行が始まり、両都市の気温を確認してみたところ、どうやらどちらの都市も20度を下回るような気温が続きそうであるから、秋用のジャケットは必要だと思う。フローニンゲンを出発する際には、間違いなくマフラーと手袋が必要となるだろうが、現地入りしてからはあまり使う必要はないだろうし、そうであることを願う。

 

今朝方の夢にはまだ続きがあるので、それらについても忘れずに書き留めておく。夢の中で私は、巨大な遊園地の中にいた。

 

そこでは、一つ一つのアトラクションを楽しむというよりも、一つの大きな迷路のようなゲームを行っているようであり、その中に一つの一つのアトラクションを攻略していくような感じになっていた。

 

私は、山をハイキングするようなゲームに参加した後に、フリーフォールのような絶叫マシンに乗ろうとしていた。実際に自分の体がマシンに括り付けられた時、斜め上の席に、サッカー元日本代表の選手がいた。

 

その方は前回のワールドカップが終わった後に代表を退いた選手であり、今もドイツで活躍している。その方とは年齢も近く、お互いに知り合いであることもあってか(現実世界では知り合いではない)、今から始まる絶叫マシンに対する興奮を少し語り合った。

 

見ると、その方の横には奥さんがいて、二人でこの遊園地を楽しんでいるようだった。いよいよ絶叫マシンが動き出すかというところで、私はこのアトラクションではなく、別のアトラクションに早急に向かう必要があることに気づいた。

 

私は二人に別れを告げ、次のアトラクションに向かった。次のアトラクションは、太い丸太の陰に隠れながら、忍者のようなキャラクターが前方から投げてくる円盤のような物体に当たらないようにするというものだった。

 

周りの人たちは忍者のキャラクターを相手にゲームを楽しんでいたのだが、私の相手をよくよく見ると、なんと小中高時代の親友(HO)だった。彼は人一倍運動神経が良く、円盤を投げることに関しても極めて巧みだろうと思われたため、このゲームを攻略するのは少々厄介かもしれないと思った。

 

案の定、彼は不規則に振動する円盤を私に向かって投げてきた。だが私は、不規則性の中に規則を見出す力が高かったのか、彼の攻撃を交わすどころか、円盤をキャッチすることさえできてしまうと思った。

 

そして一度丸太の背後に隠れた後に、実際に円盤をサッとキャッチしたのである。すると、友人はとても驚いた表情を浮かべ、「いや〜、参ったよ。自分が投げた円盤をキャッチする人なんてこれまでいなかったよ」と述べた。

 

私も一言友人に何かを述べ、次のアトラクションに向かおうとしたところで夢の場面が変わった。次の夢の中で私は、公民館のような場所の会議室にいた。

 

その部屋は狭く、幾つかの長机が長方形を作るように置かれているだけだった。そこで私は、何人かの人たちと会議を行っていた。議題は、ある寮の監視の厳しさについてであった。

 

その寮には監視カメラが付いていて、夜の七時までは寮生の行動が全て監視されるようなシステムになっている。寮の各階はT字型になっており、監視カメラは「T」の縦方向と横方向の部屋を監視するために二つ設置されていた。

 

会議の中では、寮生をこのような監視カメラで監視するのは不健全なのではないか、ということが話し合われた。確かに私もそう思うが、ふと自分自身の経験を思い出し、自分は夜の七時までではなく、四六時中監視カメラが作動している寮で一年間生活をしていたことがあり、そこでの経験に比べれば、話題に挙がっている寮の監視レベルはさほど高くないことを指摘した。

 

それにとどまらず、私は当時自分が生活していた寮の規律の厳しさなども幾分冗談を交えながら紹介した。すると、私はそれまで一切気がつかなかったのだが、今まで一緒に議論をしていたうちの一人がまさに私が生活していた寮の寮長であり、さらにもう一人は、元自衛官のとりわけ厳しい副寮長であることに気づいたのである。

 

当時二人は、すでに65歳を確実に超えていたと思われるが、当時と変わらない面影がそこにあった。私は二人がそこにいるにもかかわらず、お世話になった寮の厳しさを面白おかしく取り上げてしまったことに気まずさを感じたが、二人は全くそれを気にしていないようだった。というよりも、夢の世界の二人は、その寮とは無関係のようにさえ思えたのである。

 

会議が終わりに向かっていこうとしている時に、会議室に突然一人の男性が入ってきた。見ると、一つ前の夢で出てきた親友であり、今から先ほどの夢のアトラクションに関するプレゼンをしたいと述べたのである。

 

どうやら彼は、一つ一つのアトラクションの魅力と遊園地全体の魅力をPPTでまとめ、それをスクリーンに投影しながら紹介したいとのことであった。「もし今この瞬間に見たくないのであれば、そのPPT資料を100円で販売します」と親友が述べると、副寮長が「100円も払って見る価値のあるものなのか?」と厳しい問いを親友に投げかけた。そこで夢から覚めた。フローニンゲン:2019/4/20(土)07:32

 

4199. 怒りを爆発させる仮眠中のビジョン

 

つい今がた仮眠から目覚め、ルイボスティーを淹れ始めた。急須にお湯を注ぎ、今、ルイボスを蒸らしている最中である。

 

今日もまた本当に良い天気であり、昨日と同様に、今日は日中にヒーターをつける必要はない。窓を開けたままで問題なく、今は書斎の窓を開け、外の空気を部屋に取り入れながら書斎で過ごしている。

 

太陽の光は幾分強く、窓のカーテンを半分ほど閉めている。昨日の祝日を終え、今日と明日はまだ休日であり、穏やかな時が流れ続けるだろう。

 

先ほど仮眠を取っている最中に、印象に残るビジョンを見た。だがそれは、断食中のビジョンよりも鮮明ではなかった。

 

今ここでふと、昔見たアメリカのテレビドラマの中で「ビジョンクエスト」という言葉が用いられていたのを思い出した。確かあのドラマの中では、主人公が砂漠地帯に行き、飲まず食わずの状態からビジョンを見出すというような場面があったように思う。

 

やはり、断食というのは身体上の変化と意識上の変化の双方を引き起こし、ビジョンを見せやすくさせるのだろう。先ほどの仮眠中に見ていたビジョンは、まず最初に、私は実家のマンションの階段を上り、両親の家がある階に到着した。

 

現実世界のそのマンションには外国人は住んでいないはずなのだが、私はその階の端にある両親の家に行くまでに何人かの外国人とすれ違い、挨拶を交わした。一人は、両親の家の隣に住んでいる中年の白人女性であった。

 

彼女は、自宅の前をほうきか何かで掃除をしている最中であり、にこやかに私に挨拶をしてきた。それに対して、私も微笑みながら挨拶を返した。

 

両親の家のドアに手をかけ、ドアを開けてみると、そこに広がっていたのは、大きな大学教室だった。それは段差のある教室であり、教壇には大学時代のゼミの恩師がいた。

 

だが奇妙なことに、恩師の容姿は確かに先生に違いないのだが、なぜか国籍が日本人ではなくアメリカ人になっており、先生は日本語を一切しゃべることができなくなっており、英語しかしゃべれないようだった。目の前に立っている人物はもう恩師でもなく、全くの別人だと私は思った。

 

そのクラスで議論されていた話題は、私も大きく関心を寄せているものであり、私は真剣に議論に加わっていた。私は自分が心底感心のあることや深く熱中することに関しては、我を忘れてしまうことがあり、それが時にコミュニケーション上の問題になることがある。

 

教壇に立っている教授のファシリテーションがあまりに下手であり、私はそれに少しずつ苛立ちを強めていった。あるところから、議論がまとまらなくなっていき、教室中が騒がしくなった。

 

そこで私は突然怒りを爆発させ、教室中の生徒を英語で罵倒し、全員を黙らせた後、教壇に立っている教授に対しても、誹謗中傷の言葉の嵐を英語で浴びせかけた。すると、教室全体が静まり返り、教授も黙り込んだ。

 

そこでビジョンから覚めた。ビジョンから覚めても私はまだアイピローを目の上に置いたままであり、仰向けの状態のままでいた。

 

自分の心臓の鼓動が途轍もなく高鳴っており、それが徐々に穏やかな波に変わっていった。今日のビジョンはそのような内容であり、ビジョン後の身体感覚をまとめると上記のようになる。

 

これからもビジョンの観察を続けていこうと思う。そこから得られることは夢と同程度のものがある。

 

今から出来上がったルイボスティーをゆっくり味わいながら、メシアンの書籍を読み、依頼を受けている原稿のドラフトを再度読み返し、今夜中に先方に提出したい。フローニンゲン:2019/4/20(土)14:41

 

4200. 至福の夕食:道行く馬車より

 

先ほど夕食を食べ終えた。今日の夕食もまた、本当に幸福感をもたらしてくれるものであった。

 

旬の有機野菜をふんだんに使った生野菜サラダにアーモンドとナッツ、しいたけ、ニンニクを乗せ、その上にエクストラバージンオリーブオイルと玄米味噌をかけて、それらを和えながら食べた。その味は本当に美味であり、サラダの前に食べた有機豆腐もまた美味であった。

 

いつも私は、豆腐、生野菜サラダ、食後のデザートにサツマイモを茹でたものを食べている。毎日こればかりを食べているが、飽きることは一切なく、もはやこれらだけを食べていければ十分であるという幸福感が毎日訪れる。

 

もちろん、時々マグロの刺身を購入しようと思うが、それは本当に身体が欲した時だけにする。今もまだ夕食の幸福感が持続していることは驚くべきことである。

 

今日は、街の中心部のオーガニック食品店で購入した、アルコールフリーのシャルドネを飲んでみた。すると、確かに全くアルコールがなく、味は爽やかなシャルドネであった。

 

おそらく、アルコール入りのワインの味に慣れている人にとっては物足りないのかもしれないが、私にとっては十分上質なワインだ。やはり生野菜サラダとの相性は良い。

 

食事中に無駄に水分を取ることは消化酵素を薄めてしまうため、食事中に飲み物を飲むことは望ましくないということが先日読んだ二冊の書籍の中に書かれていた。そのため、今日もサラダを食べている途中に一口だけシャルドネを飲むに留め、基本的には食後に残りを飲むことになった。

 

飲み物を飲みながら食事をすることが社会的に一般化されている背後には、過食の蔓延と同様の社会的な仕組みがあるのかも知れないと思う。いずれにせよ、生野菜には十分に水分が含まれているのだから、現在の食事においては、確かに食事中に水分を取るというのは全くもって理にかなっていない。

 

今後も、夕食中には、上述のアルコールフリーの一杯のオーガニックシャルドネを一口だけ飲むことに留め、残りは食後の楽しみとしたい。

 

このシャルドネが置かれているスーパーに以前足を運んだ時、同じシリーズのアルコールフリーの赤ワインが置かれていないことを不思議に思っていたことを以前の日記に書き留めていたように思う。だが先日店に訪れてみると、私の見間違いであり、ボトルが全く同じなのだが、ラベルだけ異なる形で赤ワインのカベルネ・ソーヴィニヨンが置かれていた。

 

以前の日記の中で書き留めた理由により、基本的には白ワインのシャルドネを飲んで行くことにしているが、今度一度カベルネ・ソーヴィニヨンも試してみようと思う。

 

時刻は午後の七時半を迎えた。まだ西日が燦然と地上に降り注いでおり、暗くなるのは二時間後ぐらいからだろう。

 

昨日の夕方、突然窓の外から、馬のひづめの音が聞こえてきた。また、馬の独特の香りが書斎の窓を通して室内に漂ってきた。

 

何かと思って見てみると、二匹の馬に引かれた馬車が道路を優雅にゆっくりと進んでおり、馬車の後ろにはバイクや車がゆっくりと続いていた。昨日は祝日だからなのか、祝いの意味も込めて、馬車に乗って移動する人がいたのかもしれない。

 

フローニンゲンにやってきた最初の夏も、街の中心部で馬車に乗って観光する人の姿を見かけていた。馬車が道路を自由気ままに進む姿は大変微笑ましく、それもまたなんとも言えない幸福感をもたらしてくれた。

 

そういえば、以前羊飼いが大量の羊いを連れて道路を進んでいる姿を見たのを思い出した。その光景をもとに作曲したのを覚えており、あれは一年半ほど前の秋のことだったかと思う。

 

その時は、大量の羊が道路をゆっくりと移動していることに本当に驚いた。それと同時に、昨日馬を眺めていた時と同様の平穏な気持ちになったのを覚えている。

 

動物は私たちの気持ちを温かくしてくれるものを持っているようだ。フローニンゲン:2019/4/20(土)19:39

 

4月20日(土)に生まれた曲たち

Op.1063 早朝の心地良さ

Op.1064 春の小神殿

Op.1065 名もなきあの頃

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過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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