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3673. 無調の曲からの学び


時刻は午後の二時半を迎えた。つい先ほど仮眠を取り終え、これから午後の活動を始めようと思う。

今日も相変わらずの天気であり、先ほどはまたしても雨が降っていた。今は雨が止んでいるのだが、幾分風が強そうである。裸の街路樹が、木枯らしに揺られている。

風が強い日に、街路樹はどこかに身を隠すこともせず、ただそこにあり続けている。凛として、そこにあり続けている街路樹の姿を私は眺めている。

午後の作曲実践として、これからまずはバッハに範を求めて作曲実践を行いたい。昼食前に、12音技法に関する専門書を参考にして、一曲ほど曲を作った。その際には、書籍に掲載されている音列を活用し、具体例として一部か切り取られている楽譜をいくつ眺めながら曲を作っていった。

先日、12音技法ないしは、無調の曲が収められた楽譜はないかと探していたのだが、あまり良い楽譜を見つけることができなかった。もちろん、個別の楽曲の楽譜を購入することはできたのだが、私としてはまとまりのある楽譜を購入したいと思っており、望むようなものがその時にはなかった。

そうしたこともあり、無調の曲を作る際には、書籍に掲載されている断片的な楽譜を参考にして曲を作るようにしている。しばらくはこうした形で実践を続け、また近い将来に、正式な楽譜を購入したいと思う。

先日見つけたメシアンとショーンバーグの楽譜はオランダに郵送してもらうことが難しいようだったので、また別の国に住んだ時にでも購入しようと思う。

昼食前に無調の曲を作っている際には、それこそ本当に手探りの状態であった。今読み進めている専門書も、12音技法に関する学術的な解説書であり、決して作曲技法に関する指南書ではないため、自分で試行錯誤して曲を作っていく必要がある。

これは12音技法に限った話ではないと思うが、この手法に関しては特に試行錯誤を要するだろうと思われる。一方で、こうした試行錯誤があるからこそ、12音技法を活用する妙味があると言えそうである。

また、調性のない曲を作っている最中には、これまで自分が慣れ親しんでいた調性のある世界から自分を引き剥がすかのような感覚がある。それは自分のこれまでの作曲経験で積み重ねてきたもののみならず、耳として慣れ親しんでいる調性のある音楽からの脱皮を促すかのような感覚だ。

ショーンバーグや他の現代音楽家が見出したように、調性のない音楽世界には固有の感覚があるようだ。そうした感覚を養っていくことは、自分の作曲の幅を広げてくれるだろう。

数多くの実験をして、試行錯誤をしながら実際に曲を作らないことには何も始まらないので、今後も少しずつ調性のない音楽を作っていこうと思う。

最後に、いつも作曲実践を終える際には、その曲を繰り返し聴きながら、曲から喚起される感覚を作曲ノートに絵として表現している。昼食前に無調の曲を作った時にも同様のことを行っていると、普段調性のある音楽を作った後に描く絵とは随分と雰囲気の異なる絵が生まれた。

この点も非常に興味深く、12個全ての音を使う12音技法が、固有の感覚を自分に引き起こしているからなのだと思う。フローニンゲン:2019/1/13(日)14:44

No.1570: “Shiwasu (December)”

Shiwasu, which is December to describe busy time at the end of the year, already passed, but our life could always pass like that way. Groningen, 15:57, Monday, 1/14/2019

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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