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2760. 芸術教育と投資教育の重要性


今日は夕方に行きつけのチーズ屋に行ってきた。早朝のヨガの実践にせよ、このところ再び自分の身体状態を健全なものにする意識が高まっているからか、散歩がてらチーズ屋に歩いていくことがとても心地良かった。

今日は散歩にはちょうど良い気温であり、一日のうちで最も気温が高い四時あたりに自宅を出発したため、半袖で外出することができた。歩いてチーズ屋に向かっている最中に、ふとロンドンの光景を思い出した。

それはホームレスが道で横たわっている光景だ。その光景を目の当たりにしながら、私はマルクスが30年間通い続けた大英図書館に到着した時、カネに対する正しい思想と知識を持つことの重要性を思った。

まず正しい思想というのは、少なくとも後慣習的発達段階に立脚するような経済思想を自分の中で持つということである。決して、前慣習的段階でも慣習的段階でもなく、それらを超越した経済思想を自身の中に育んでいくことの大切さを思った。

一方でそうした思想のみならず、実際にこの経済社会で生きていくためのカネに対する知識が不可欠だと改めて思った。これは厳密には経済学や会計学の知識というよりも、投資に関する知識である。

さらには投資に関する技術を含めるべきかもしれない。現在の私の関心は子供や成人に対する芸術教育にあるが、この現代社会で充実した人生を送るためには経済的な基礎が確立されている必要があるのも確かだろう。

そうした中で、投資教育についての重要性は極めて高いと思うのだが、この現代社会では芸術教育のみならず、投資教育も非常に劣悪なものしか提供されていない——いや、投資教育については提供すらされていないと言った方がいいだろう。

現代を生きる私たちのほとんどは、芸術や投資に対する教育を受けていないのではないかと思われる。その結果として、人生を豊かにしてくれる芸術的な感性が私たちの内側で育まれることはなく、経済的な事柄を絶えず心配し、常に金銭の獲得に躍起になった人生を生涯送り続けるような状況にほとんどの人が陥っているのではないかと思う。

芸術教育と投資教育の重要性は極めて高いと思うのは私だけだろうか。現在仮想通貨をはじめとして、カネのあり方を含め、経済と金融の枠組みが大きく変容する過渡期にあるように思う。

今すぐにではないが、今から数百年後の世界において、一体何人の人が自らの労働を通じて所得を得ているのか疑問に思う。大英博物館の中に通貨の歴史に関するコーナーがあり、それを大変興味深く眺めていたことを思い出す。

カネを一生心配し続けるという課題は通貨が誕生した時から今にかけて受け継がれているものだ。仮にカネに対する思想と投資に関する知識と技術が多くの人間に備われば、カネを生涯にわたって心配し続けるという課題を乗り越え、実存的な課題などもっと別の課題に人類は向き合うことになるのではないかと思う。

芸術的な感性もなく、カネに対する知識もなくて実際のカネもないというのでは、この現代社会を生きるのは本当に地獄のようなのではないかと思われる。表立った関心領域は芸術教育に据えたまま、引き続き投資教育のあり方についても考えていこうと思う。フローニンゲン:2018/6/27(水)18:00

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