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2664. 早朝に思うこと


早朝のこの時間帯は、いつもゆっくりと一日の活動を始めるようにしている。起床してすぐに短めの身体運動をし、その後に内的感覚をデッサンする。

その後に日記を書くというのが早朝にまず行うことの流れである。この流れに乗りながら一日の流れをゆっくりと前に進めていく。

全く焦ることをせず、とにかくゆっくりと朝の習慣的な実践に取り組んでいくことが大切だ。早朝のこの時間帯は、私が最も好む時間帯であり、今この瞬間には優しい朝日が街路樹の葉を照らし、小鳥たちの美しいさえずりが聞こえて来る。

書斎の窓を開けてみると、その美しい鳴き声がよりはっきりと聞こえて来る。朝日に照らされる街路樹の葉を眺め、小鳥たちの鳴き声に耳を傾けながら体を動かしたり、デッサンをしたり、日記を書いたりするのが早朝の実践となっている。

今日は一段と風が穏やかであり、朝日に照らされた街路樹が時折小さく揺れる。その揺らぎを眺めることもまた私を落ち着かせてくる。

自己は絶えず揺らぎを経験している存在であるがゆえに、外界の揺らぎを見ることは心を落ち着かせることに繋がるのかもしれない。揺らぎ同士が共鳴し合い、そこに同調現象が起こる。

その同調が私たちにとってみれば癒しや安らぎになるのかもしれない。そのようなことをふと思う。

先ほど将来の生活地について書き留めていたが、本当のところはこれからどこに住むのか全くわかっていない。北海道に一年ほど住んでみたいという思いは若干あるが、今のところその選択肢の優先順位は低い。

やはり私はまだ欧州や米国の地で学ぶべきことがたくさんあり、欧米の土地でしか養えないものを養う必要があると強く自覚する。将来の生活拠点について今この瞬間にあれこれ考えていてもしょうがないのだが、生活したいと望む場所に出会えるように感覚は絶えず解放しておきたいと思う。

探索的な意思を無意識の層に絶えず置いておき、場所に対して感覚を解放させておくこと。それだけは心がけておこうと思う。

結局のところどこに住むかだけではなく、どこで何をしているかが一番大切なのだろう。とりわけ何をしているかについては本当によく考えていかなければならない。

いや、何をするのかについてはもう決まりきっているのだが、それをどのような次元で推し進めていくのかについて考える必要がある。自分の納得の行く場所で、毎日納得する形でライフワークに取り組んでいく。そうした意思と気概だけが強く自分の中に渦巻いている。

今日もそろそろ本格的に一日の仕事に取り掛かることにしたい。フローニンゲン:2018/6/7(木)07:03 

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