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2220. 文筆行為と今朝方の夢の続き


一日の活動を始めるにあたって、まだ少しばかり文章を書きたりないような感覚が内側に残っていた。この感覚が残っているうちは、何の活動も始めない。

例外として、文章を書くという激しい活動だけに取り組む。あえて「激しい」という形容詞を付けたのは、もしかすると先週の金曜日にふと文章について考えていたことと関係しているかもしれない。

インターン先のオフィスの姿が視界に入り、キャンパス内にあるテニスコートの枠を歩いている時、「文章に一体何ができるのか?」という問いが突如自分に襲いかかってきた。

言い換えると、それは文筆行為の持つ社会的な意義について考えさせることを促す問いだった。果たして、文章を書くという行為、そして書かれた文章は一体この社会でいかような役割を果たしうるのか。

その問いは時折私の脳裏をよぎる。そのたびに、私はその問いにあえて答えないようにしていた。

そもそも答えようとしたところで自分が真に納得する答えを提示できないのはわかっているからだ。そして、それ以上に重要な理由は、この問いに答える最良の方法は、文章を書き続けるという行為を通じてその問いに「応えていく」ということにあるのではないかと思う。

問いに答えようとしない。だが、問いに応えようとする形でその行為をどこまでも愚直に続けていく。その先に納得のいく答えが待っていなくても何ら問題はない。

自己の深層に立脚した問いに答えるというのは、問いからの促しによる行為を絶えず継続させ、それに答えを提示するのではなく、応えていく試みなのではないかと思う。

七時を迎えると辺りが本当に明るくなった。今はもうライトブルーの世界が完全に優位であると言っていい。

赤レンガの家々の屋根の上を、小鳥の群れが飛んでいく。赤レンガの家々のいくつかの煙突から白い煙が小さく出ている。その家の住人は今日の活動を始めたのだろう。

ここでまた再度今朝方の夢について思い出していた。結局、今朝方の夢では二回ほど「飛行」に関するシンボルが現れた。一回目は、まさに自分が飛行をしていた。

ジムのプールのような場所で、水の中から天井に向かってどんどんと身体を浮かび上がらせていた。そのプールの天井は極めて高く、ミケランジェロが描いたシスティーナ礼拝堂の天井画のようなものがプールの天井一面にあった。

天井まで身体を浮かばせた私は、それらの絵を一つ一つ眺めていくことに夢中であった。そんな場面を覚えている。

その後、目が覚める直前に見ていたのは、今度は私ではなく、別の人が空を飛ぼうとしている場面だった。正確には、ある一人の若いオランダ人女性が気球に乗ってどこかに向かって空を飛びたいと私に申し出た。

出発の場所は彼女の家の庭であり、大きな庭の中に気球が準備してあった。私たちは気球の打ち上げ準備に取り掛かり、程なくして出発の時を迎えた。

彼女はこれから空を旅する期待と不安の入り混じったような表情をしていた。「良い旅を」と私が述べたところで、気球は空に向かって上がっていった。

すると突然、ある高さで気球が止まってしまい。上にも下にも気球が動かない状況になってしまった。

助けを求める彼女に対して、全身を包む空気袋の役目を果たすようなものが近くにあったので、それを気球に乗っている彼女に向かって投げた。それに身を包んだまま地面に落ちてくれば、空気袋が衝撃を吸収し、無事に地上に帰ってこれることを彼女に伝えた。

すると彼女は私の言った通りに、大きな空気袋に身を包み、勢いよく地面に落ちてきた。地面に落ちた彼女を抱きかかえて救出した瞬間に夢から覚めた。

空が完全に朝の色となった。その色を見たとき、一日が完全に始まったのだと知る。

これから午前中の活動を開始しようと思う。フローニンゲン:2018/3/4(日)07:17    

No.839: Ecological Psychology and Cognitive Psychology

It is interesting for me to think about the different notion toward human behaviors between ecological psychology and cognitive psychology.

In ecological psychology, human behaviors are thought to be derived from affordances.

On the other hand in cognitive psychology, human behaviors are regarded as the products generated from cognitive structures.

In other words, the former camp emphasizes perception, whereas the latter highlights cognition.

Although both ideas are true, affordances may be more valid in the case of human behaviors toward concrete (physical) objects, while behaviors mediated by cognition may be more valid toward abstract objects. Groningen, 16:28, Wednesday, 3/7/2018

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