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2005. 音楽のアルファポイントと自己組織化能力


夕食前の入浴中に思考が完全に止む無の状態に陥った。それは突然やってきた。

いつものように浴室で音楽をかけようとし、私はバッハの曲を選択した。バッハの音楽が高らかに鳴り始めたのと同時に、私は浴槽に浸かった。

すると突然に思考が完全に消えた。思考が音になったのである。

言葉は完全に止み、音だけが思考空間の中を漂っている。普段頭の中のおしゃべりは止むことを知らないが、その時は完全に思考が黙っていた。

そこにあったのは本当に音だけであった。

意識の状態というのは本当に不思議なものである。それは確かに一時的な仮の現象なのだが、一瞬にして私たちはそれまでとは全く異なった意識のスペクトラムに入ることができる。

私が浴槽の中で経験した意識状態は、おそらくかなり深い瞑想状態のようなものであったに違いない。思考が完全に止み、音楽だけが意識の全領域を占めている時間は長くなかったが、ふと我に返ったときに、音楽が生まれる出発地点のようなものを掴めそうになっていたように思う。

それは音楽の「アルファポイント」と呼ばれるようなものであった。残念ながら、私はそれを完全に掴んだわけではない。

ただし、その一端を掴んだ、もしくはその一端に触れたという確かな余韻が残っている。今回の経験は、瞑想と音楽、そして意識と音楽との関係性についてさらなる探究をしていこうという思いを喚起するには十分であった。

今日は一日を通して、多くの時間を作曲実践に充てることができた。来週から再び大学が始まるが、基本的に今後の週末は今日のような形で時間を過ごしたいと思う。

平日はやはり学術研究に時間を充て、わずかの時間でもいいので作曲実践も行う。週末はできるだけ多くの時間を作曲に充てる。そのような形で来週からの生活を形作っていく。 昨日、自分の曲が持つ自己組織化の力はまだまだ脆弱だと思わされた。曲というのは不思議なもので、本当に命があるようなのだ。

しかもしれは自己生成的に発展をしていく力を内在的に持っている。どうやら私はまだその力の引き出し方を分かっておらず、どうも曲の生成力を殺してしまっているようなのだ。

そのため、曲の発展の形が歪であったり、曲の発展がままならぬ形で曲が終わってしまうということが生じる。今後は、曲が内在的に秘めている自己生成力をいかに促進していくかに焦点を当てていきたい。

それに合わせて、自分の曲にはまだ部分が一つの全体に変容するという姿を認めることが難しい。つまり、部分部分が一つのまとまりになることなく分離したままの状態であることが多い。

部分が一つの全体になることも自己組織化の力と密接に関わっているため、これは上記の問題と本質的には同一のものなのかもしれない。曲が宿している生命があるべき姿に発展していくことを妨げることなく、その力を活かす術を習得していきたい。

それができれば、一つの躍動する生命を帯びた曲が生まれてくるに違いない。フローニンゲン:2018/1/13(土)19:52 No.640: Uncrossing Flows

There are uncrossing flows in our life even though they seem to cross each other.

The fact might cause a forlorn feeling, but it plainly represents the core of our life. Groningen, 08:59, Saturday, 1/13/2018

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