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1989. 今日の読書から


昼食を摂り終えた後、書斎の窓から外の景色を眺めると、辺りが妙に静かな感じがした。午前中は太陽の光に恵まれていたが、今は太陽が薄い雲に隠れてしまっている。

街路樹に植えられた裸の木々が風に揺れている。今日は午前中に、“A guide to musical analysis (1987)”のある章を読んでいた。

仮に音楽が人間の感情や感覚を十分に表現しうるものであれば、音楽分析を通じて人間の性質に迫っていくことができるのではないか、という考えを得た。

もちろん、この考えの前提が破綻してしまっては元も子もないが、音楽は自然言語にはない形で人間の感情や感覚を表現してくれるものであるため、音楽の分析を通じて、言語の分析にはない観点で人間本質に迫っていくことができるだろう。

本書を読みながら、楽曲分析の方法には様々なものがあることを改めて知り、これから少しずつ分析の観点を獲得していきたいと思う。ただし、私は音楽分析の専門家になろうというわけでは決してなく、あくまでも音楽を通じた人間理解のため、そして何より自分の作曲技術の向上のために分析の観点を身につけていく。

楽曲分析の観点が一つ増えるたびに、作曲技術が一つ進歩を見せる。そしてそれは、人間理解のさらなる一歩につながっていくと実感している。 今日はこれから、以前ライデンの古書店で購入した、“Society and spirit: A trinitarian cosmology (1991)”という書籍に取り掛かる。本書は外部宇宙に関するものではなく、ヒュームやカント、そしてホワイトヘッドの流れを汲むコスモロジーに関する書籍である。

200ページほどの本書を一読するのにどれだけの時間がかかるかわからないが、夕方までの数時間をかけて本書を読み進めていく。本書の一読が完了するか、半分程度まで読んだ時の感覚に応じて、それ以降はある小説を読みたい。

それは先日日本から持ち帰ってきた、福永武彦氏の小説である。数ある全集の中でも、今日手に取ったのは、『草の花』が収められた全集である。

この作品を選んだ理由は自分でもわからない。とにかく今日この作品を読んでみたいという衝動が芽生え、本書を直感的に手に取った。

この250ページほどの小説から、なぜだか静かな音色が聞こえる。この小説を読みながら、どこか深くて静謐な世界の中に沈んでいけそうな気がする。フローニンゲン:2018/1/9(火)13:21

No.624: Visual and Auditory Beauty of Music

I almost confirmed the validity of my hypothesis that visual beauty of music scores correspond to auditory aesthetic experience.

Distinguished computer programmers can perceive excellent codes as pictorial beauty, and eminent mathematicians can grasp the perfection of mathematical equations from their beauty.

It is true to music. Proficient composers create beautiful music with exquisite music scores.

They can intuitively comprehend the perfection of music in both visual and auditory ways.

Then, they can represent it in the form of music and a music score. Groningen, 19:46, Tuesday, 1/9/2018

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