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1942. 寺田寅彦全集と作曲実践より


今日は随分と読書と作曲実践がはかどったように思う。実家に帰省してから三日が経ち、探究活動のリズムを完全に掴んだようだ。

日本に一時帰国してからの体調不良も完全に回復し、今は十分な食事を取ることができている。今日の読書では、寺田寅彦の全集を三冊ほど読んだ。

そのうちの二冊は日記形式のものであり、もう一冊は随筆形式のものである。寺田氏の本業は物理学者であったが、日記の中の記述を見ると、ニーチェ、ベルグソン、エマーソンなどの哲学者の書籍を熱心に読んでいたことがわかる。

さらには、ウィリアム・ジェイムズなどの心理学者の書籍も積極的に目を通していたことが日記から伺える。まず最初に私が共感をしたのは、本業の物理学の領域を超えて、哲学的・心理学的な探究を寺田氏が行っていたことである。

寺田氏の文章に思索の跡が滲んでいるのはおそらく、彼が思想的・心理的なものへの関心が強かったからなのではないだろうか。読んでいる書物以外にも、寺田氏が芸術について造詣が深いことも共感の念を私に抱かせた。

とりわけ、寺田氏自身がヴァイオリンの演奏を趣味にしており、さらには絵も描いていたという事実を日記を通じて初めて知った。日記や随筆の節々に、芸術によって涵養された独特な感性のようなものを感じることができるのはそのためだろう。

三冊の全集の中身に関して、いくつか印象に残っていることがあるが、特に「思想家の本当の腹の底の考えは、かえってまとまらない断片の中に見出される」という言葉が強く記憶に残っている。

私が思想家の真の思想を汲み取ろうとする際に、いつも全く同じことを思う。思想家の思想を深く理解しようと思う時に、実は彼らが執筆した専門書や論文よりも、日記を読んで初めて彼らの思想が理解できることが多々ある。

それはまさに、彼らの思想がまとまりの中に立ち現れるというよりも、断片的に日々の日記の中に滲み出すからであろう。真の思想家にとって、日々の生活は思想の拠り所となり、日記は思想の泉のありかとなる。 午前と午後を通じて、作曲理論の学習を進めていた。ちょうど母が外出中に、電子ピアノの前に座り、即興であれこれと音楽を作ることを行っていた。

ふと鍵盤の左の方に目をやると、ピアノの音だけではなく、オルガンの音やヴァイオリンの音など、他の様々な楽器の音に変えられる機能があることに気づいた。さらに色々といじっていると、コーラスの音が出せることもわかった。

どうも人間の声には不思議な力が備わっているようであり、コーラスの音に設定して演奏をし始めた途端に、背筋に音の波が駆け上がった。その体験は病み付きになり、私はその後しばらく電子ピアノの前にいた。

この体験後、今後の作曲においては、比較的ゆったりとした速度であり、なおかつ人間が歌えそうな曲であれば、ピアノの音ではなく、コーラスの音として表現してみるのもいいかもしれないと思いついた。

このあたりも含め、年末から年始にかけて色々と実験を行いたい。2017/12/28(木)20:59

No.587: Inspiration by Hokusai

How can I compose music like Katsushika Hokusai’s paintings?

I visited the Sumida Hokusai Museum two weeks ago.

Unfortunately, I was so sick on that day that I could not concentrate on his works in detail, but I remember his paintings and his way of living inspired my artistic soul.

I’m thinking about the possibility and approach to embody Japanese tastes in my music. 11:53, Wednesday, 1/3/2018

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