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1578. 伝えようとする意志

October 4, 2017

先ほど無事に、来年の5/31から6/2にかけてアムステルダムで開催される、国際ジャン・ピアジェ学会の論文発表の部に応募する書類を提出した。今回の内容は、昨年の修士課程での研究が元になっている。

 

応募書類の申し込み期限は12月中旬と随分先だったのだが、その時期には他の仕事が立て込むことが予想されたため、早めに提出することにした。無事に提出を終え、後は応募結果を待つだけである。

 

ピアジェに端を発する発達心理学の歴史的系譜を辿る一人の研究者として、この学会で自分の研究を発表できたらとても栄誉なことである。今から結果が楽しみだ。

昼食を摂った後、休憩がてらに作曲実践を行っていた。具体的には、シューベルトの曲を範とし、コードトーンだけを抜き出すことを行っていた。

 

その後、抜き出されたコードトーンを元に、独自の曲を生み出す試みに従事した。分析をしたシューベルトの曲の構造は実にシンプルでありながらも、極めて美しい音楽を奏でる。

 

このようにとてもシンプルに思える外見から、あのように恍惚的な美しさを持った曲が生まれるというのは実に神秘的である。おそらく自分が辿るであろうプロセスを書き留めておくと、まずはいかにシンプルな構造から美を創出するかに焦点が当てられるように思う。

 

このプロセスの中で、一つ一つの作曲技法を確かめるかのように、多くの技術を組み合わせるのではなく、できる限り数の少ない技術を用いて曲を生み出していく。その過程を経る中で、徐々に一つ一つの技術を高めていくのである。

 

この過程を通じて、おそらく同時に音楽理論に関する理解もより深まっていくだろう。この段階を経た後に、単純さから美を生み出すことから一旦離れ、複雑さが生み出す特殊な美の創出に向けて作曲を行っていきたい。

 

ここで述べている複雑さというのは、複数の作曲技術や音楽理論が一つの曲の中に重層的な構造を持つことを指す。そうした重層的な構造から生み出される特殊な建築美を求めることを次の段階としたい。

 

最初の段階にどれだけの年数がかかるかわからず、ましてや次の段階にどれだけの年月を要するのか見当がつかない。しかし、二番目の段階の後に待っているのは、再びシンプルさに回帰することだろうと予感している。

 

シンプルさを経て複雑性に至り、複雑性からまたシンプルさに戻るのだ。おそらく、その過程を経た後に生み出される美は、最初の段階の美とは質的に異なったものになるだろう。

先ほどの作曲実践から改めて学ばせられたのは、今このようにして自然言語を用いているのとは根本的に異なった表現形式で、自分の考えや感覚を形にすることが可能なことだ。

 

自然言語はどうしても線形的なプロセスを経て、自分の思考や感覚を伝えることになるが、音楽という表現形式は非線形的に相手に何かを伝えることができるのではないかと思う。

 

もちろん、自然言語の中にも、詩的言語のように、線形性を崩す形で意味を伝えようとする表現形式があるのは確かだが、それでも自然言語における制約を完全に乗り越えることはできない。

 

最近ふと思うのは、自分が作曲を始めたのは、どうも私的な理由のみならず、様々な表現形式でこの世界に何かを発していくことが求められているという感覚があったからである。

 

文章だけでは伝わらないことを作曲によって伝えようとし、作曲だけでは伝わらないことを文章で伝えようとする強い意志が自分の中に渦巻いている。2017/9/23(土)16:32

 

No.224: Nominal Literacy VS Practical Literacy
Some of you might be familiar with the fact that Japan is one of the best countries in terms of literacy rate. 

 

In fact, almost all of the Japanese adults have literacy skills. However, their literacy can be called as “nominal” literacy that is so naive and fragile for our emancipation. 

 

Furthermore, that kind of immature literacy cannot solve any social issues accumulated in the Japanese society. 

 

It is often heard that Japanese people do not have their own voices——more accurately, it is not so deft for Japanese people to articulate their thoughts and feelings. 

 

One of the underlying factors of this issue could be the current educational practice in Japan to develop nominal literacy. Education aiming to facilitate nominal literacy encourages people to accept others’ thoughts without questioning. 

 

It also compels people to write without expressing their authentic thoughts. This kind of education impedes emancipation, and in fact, it confines people and suffocates their true voices. 

 

I insist that Japan should implement a new type of educational practice to develop not nominal literacy but “practical literacy” that can emancipate people and enable them to tackle social issues. 13:17, Sunday, 9/24/2017

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