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1472. 日々が新たな誕生日であるように


今日も昨日に引き続き、六時前に起床した。一日の活動を始めるために、毎朝の習慣である身体運動を行い、今日という一日を開始させた。

書斎の机に着く頃はまだ夜明け前であった。静かで暗い世界が外に広がっている。だが、もはやそうした闇の世界の中に飲まれそうになる自分はいない。

もちろん、目の前に広がる闇の世界は今後より深くなっていくだろう。しかしそれでも、そのように屹立する闇の世界に圧倒されることはないだろう。

今はそのように述べておきたい。なぜなら、再び闇の世界に圧倒される日が来るであろうから。

今日の起床直後に考えていたのは、日々が新たに始まることと自分自身が日々生まれ変わるというその感覚についてである。夜明けに呼応するかのように、一日が新たに始まることによって、自分の中で何かが明けていることに気づく。

自分の内側の世界における夜明け。こうした夜明けの様子を毎朝確認することができるのだ。

一日が始まることは、新たな自分が誕生することであるという思いがやってくる。そうであるならば、私たちの誕生日は一つではない。日々が新たな自分の誕生日となる。

そのようなことを静かに考えていた。グレン・グールドの演奏するバッハのゴルトベルク変奏曲が書斎に流れている。

その旋律は夜明けを乗せる音の流れであり、まるで自己の再生誕を祝っているかのようである。気づかないうちに辺りの闇が消え、フローニンゲンの空が薄青く光っている。

今日という日がまた始まる。新たな自己がまた始まりの時を迎える。 エマーソンは、自然とは豊かな意味が重層的に梱包された聖なるテキストであると述べている。確かにそうだ。

今目の前に広がる自然から、私はいつもその時その時に異なる意味を汲み取り、それら一つ一つの意味は、自己の深層に染み渡る聖なる水のように思えることがよくある。

自然が持つ意味の梱包力に対して畏怖の念を持ち、またそうした豊かな意味を常に私たちに開示してくれる寛容性と解放性に対しても畏敬の念を持つ。自然の中に私がいて、私の中に自然がいる。

自然と自己が共存するという真の意味はこの感覚であろうという確信。自然即自己・自己即自然の感覚を大切に、今日も一日を豊かなものにしていきたい。2017/8/26(土)

No.118: Classic and Jazz Piano Music The progress of my music composition goes well. In the morning, I slightly changed how to establish my style of composition.

What I have learned so far is classic music composition. I think that it can build the robust foundation of my music composition that is prerequisite for shaping what I want to express as music.

Yet, since my intention is to express my inner world as music in a diverse way, I would like to add jazz piano music in the repertory of my composition. Wednesday, 8/30/2017

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