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1467.「ポイエティック・ロジック」と「内省的反復」


ほっと一息つくような黄昏時である。今日は本当に、企業人として働いていた時と同じぐらいに様々な関係者にメールをし、返信をもとにまたいろんな人にメールをするような慌ただしい一日だった。

今日は大学の関係者にあれこれメールをし、一年目のプログラムの終了手続きに関する問題を解決させるべく奔走していた。企業人だった頃を思い出してみると、このように毎日様々な人にメールをしては、それらの人から返ってくる返信にまたメールを返したり、また別の関係者にメールを送ったりしていた日々であったことを思い出す。

本日改めて痛感したのは、このようにメールの送信や返信に追われていては、落ち着いて専門書や論文を読みながら何かをじっくりと考えることができないということである。いつもは昼食後にしかメールを見ないようにしているのだが、今日はそのようなことをしていられず、止むを得ず一日の中で絶えずメールを確認していたが、案の定、そんなことをしていては精神エネルギーが拡散漏洩してしまうということが明らかになった。

今日は極めて例外的な日であり、絶えずメールを確認しながら適宜連絡をしていたおかげもあり、早朝自分の心を煩わせていた問題をほぼ解決することができた。明日少しばかり何人かの関係者に連絡をすれば、今回の手続き上の問題は無事に八月中に解決しそうである。

そうしたこともあり、今は大きな安堵感に包まれている。ようやく書斎の窓から外の景色を眺める心のゆとりを持つことができ、景色を眺めてみて、夕方の落ち着いた雰囲気にさらに気分が鎮められる。

明日からはまたメールを開くのは、一日一回、昼食後だけにして、自分の仕事に集中したいと思う。 今日全ての章を読む予定だった “Chaos, Complexity, Curriculum, and Culture (2005)”は、結局半分までしか読み通すことができなかった。予定通りに本書を読むことができなかったのは残念だが、いくつかまた発見事項があったのは確かである。

一つは、チャールズ・サンダース・パースが「ポイエティック・ロジック」という大変興味深い概念を提唱していたことだ。それは「詩的論理(ポエティック・ロジック:イタリアの哲学者ジャンバッティスタ・ヴィーコが提唱)」ではなく、ポイエティック・ロジックは「創出的論理」とでも呼べばいいだろか。

この概念は複雑性科学の「オートポイエーシス」の考え方と関係しており、一つの思考や感覚が新たな思考や感覚を生み出すという私たちの特質を見事に捉えたものだと思う。私たちは、一つの思考や感覚から別の思考や感覚を生み出し、そのプロセスが延々と続いていく。

このような特性を考えてみると、本質的に人間は、やはり何かを絶えず生み出すことを宿命づけられているのだと思う。絶えず自らの表現物を創出し続ける人は、もしかすると例外的な特性を持っているのではなく、むしろ逆に、人間が持つ本質的な特性に純粋に従っているのではないだろうか、と思った。

絶えず自己の表現活動に励み、絶えずこの世界に自己の表現物を生み出していくことは全くもって例外的なことではなく、人間本性に従った至って普通のことなのである。

本書を読みながらもう一つ重要なこととして、学習や発達において、単なる反復をしても無意味だということを再認識させられた。ダイナミックシステム理論に従えば、確かにダイナミックシステムとしての私たちは、絶えず何かを反復することによって日々を過ごしている。

上記の「ポイエティック・ロジック」でも見たように、私たちの思考や感覚が絶えず新たに生み出されているというのはそうした反復の一種である。しかし、無自覚にこうした反復を繰り返していては何の学習も発達もない。

重要なのは、こうした反復には微細な差異が常に内包されているということであり、発達はそうした差異に自覚的にならなければ育まれるものではないということだ。そのため、「内省的反復」という考え方が重要になるだろう。

反復される思考や感覚を絶えず内省的に見つめ、それらの中に存在する差異を掴み、また新しい思考や感覚と内省的に向き合っていくというプロセスが、どのような学習にも重要だということを痛感させられる。

これらの論点についてはその他にも言及したいことがあるのだが、今日はここまでとしたい。また明日から落ち着いた探究の日々を過ごしたいと思う。2017/8/24(木)

No.113: Muzio Clementi I came across Muzio Clementi’s music work. He was a great Italian composer in the mid 18th century to 19th century.

Clementi and Mozart were contemporaries. As Beethoven highly esteemed Clementi’s work——particularly his piano works, Clementi’s gigantic edifice of piano music is respectable.

I have been listening to his piano music for more than 10 hours today. His piano sonatas or sonatinas would be proper learning materials for my music composition.

Not only because his piano works are valuable learning materials but because he has been called “Father of the Piano”——he was a very prolific composer of piano works, I decided to purchase his music scores to analyze them for my music composition. Tuesday, 8/29/2017

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