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1357. オランダ政府への感謝


昨日の天気予報は晴れを示していたのだが、実際には今日は終始雲が空を覆っていた。そうした中、私は午前中の仕事を終えた後、ランニングに出かけた。

もし天気が快晴であればより爽快な気分になったのだろうが、それでも身体を動かすことは爽快さをもたらす。ランニングの帰りに、いつもトレーニング後に立ち寄るインドネシアンレストランに行き、昼食を購入して持ち帰ることにした。

自宅に向かう最中、一つ重要な気づきが姿を現した。それは論文を執筆することに関してか、あるいは仕事の進め方に対する態度に関してかのどちらかだったが、具体的な内容を覚えていない。

重要な気づきが自分の中を通ったという跡だけが内側に残っているような感覚がある。この気づきは、再びしかるべき時に自分の内側に現れることになるだろう。しかも、その時の気づきは今日のものとはまた違う深度を持ったものであるはずだ。

早朝に、南アフリカの哲学者ポール・シリアーズが執筆した “Complexity & Postmodernism: Understanding Complex Systems (1998)”の残りの半分を読み終え、米国の哲学者かつ認知科学者でもあるジェリー・フォーダーが執筆した “The Modularity of Mind (1983)”を読み終えた。

前者の書籍は私の現在の関心にとても合致していたのだが、後者はそうではなかった。昨年に途中まで一読し、そこから先を読み進めるのを止めていたのがなんとなく理解できた。今の私の関心を踏まえてみても、やはりフォーダーのその書籍は今読むべきものではないのだと再認識した。

どんよりとした雲を眺めながら、昼食を摂った。そのインドネシアンレストランでいつも持ち帰ることにしている “Nasi Rames”は極めて美味しい。

味と量ともに申し分なく、実際には量が多いため、一回の昼食では食べきることができず、いつも次の日の夜に残りを食べることにしている。

いずれにせよ、このレストランを勧めてくれた友人のニックには感謝しなければならない。昼食後、Eメールを確認すると、オランダの文部科学省から連絡が届いていることに気づいた。

昨年は、オランダの文部科学省から返済義務のない奨学金を支給してもらい、フローニンゲン大学での研究をする上で非常に助かった。昨年の奨学金は留学生を対象にしたものであり、それは原則一度しか支給されない。

しかし偶然にも、二年目に所属するプログラムが教育関係のものであり、今年は教育関係の奨学金に応募できる可能性があることを数ヶ月前に知った。その奨学金が日本人にも支給されるのかどうかを確認するメールを、オランダの文部科学省に先週送っていた。

その返事が先ほどあった。どうやら幸いにも、日本人に対してもこの奨学金が支給されるそうだ。

金額は昨年のものよりも少ないが、一年間の食費を賄うほどのものであり、そうした奨学金をいただけるだけでも有り難いことである。必要な手続き書類がメールに添付されてあったので、オランダ語を英語に翻訳しながら記入を進めた。

アドバイザーのサインと大学の印がいるようなので、八月末に新しいアドバイザーであるマイラ・マスカレノ教授のオフィスに足を運ぼうと思う。一年目のみならず、二年目においても奨学金が支給されることになると、いよいよ私はオランダに対して本当に恩返しをしていかなければならない。

特に二年目の研究は、フローニンゲン大学のMOOCに関するものであり、その研究成果をフローニンゲン大学の教育のみならずオランダの教育に還元していきたいと強く思う。 奨学金の支給に必要な資料を記入し終えた後、森有正著『デカルトとパスカル』の残りの数章を読み進めることにした。先ほど全てを読み終えたのだが、日本語がほとんど頭に入ってこなかった。

とりわけ、「パスカルにおける「愛」の構造」の章を深く理解したいと思っていたのだが、単に字面を追うだけに終わった。パスカルの思索方法に関する章は大きな共感の念を持って読み進めることができたのに対し、パスカルの愛に関する思索は、今の自分には時期尚早であったのだと思われる。

本書を本棚にしまい、またしかるべき時に本書を紐解くことにしたい。夕方からはオンランゼミナールに向けた準備をし、それが終われば、ローレンス・コールバーグが執筆した論文 “Development as the Aim of Education (1972)”を読み、今日の仕事を終えたいと思う。2017/7/27(木)

No.2: The Time Has Come

The time has come, which is what I most wanted to avoid. My mother tongue and other natural languages began to mingle. It is not an integration but a mere fusion.

I have no idea of why it happened to me today. However, this phenomenon might have been inevitable. The gist is whether I can overcome such an invincible force.

If I can transform the “latitude” of the current place into the “gratitude” of the reality at this moment, I will find the second meaning of latitude, which is liberty. Thursday, 8/3/2017

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