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1315. この時の流れのように


初夏の優しい太陽光と吹き抜ける清々しい風。今日は快晴に恵まれ、しかも初夏にふさわしい気候だった。

昼食を済ませた私は、大学の学生支援課に足を運び、二年目のプログラムの学費を納めた。二年目のプログラムは、気づけば欧米で取得する三つ目の修士号となる。

自ら時間をかけて研究するべき大きな主題が具体的に明確になったため、数年以内に欧米のどこかの大学院の博士課程に進むことになるだろう。自宅を出発する時の私の心は晴れ渡っていた。

久しぶりに半袖で外に外出することができるぐらいに、今日は暖かい気温だった。フローニンゲンの街の中心部にある学生支援課に向かう道中、私は晴れ渡る青い空をしきりに仰ぎ見ていた。

夏季休暇に入ってから、私の生活リズムは、晴れの日にランニングに出かけることがなければ、四日間置きに外に食料の買い足しに出かけるだけである。そのため、ここ四日間は一階の郵便受けに書籍を取りに行く以外は、文字どおり一歩も部屋の外に出なかった。

そうしたこともあってか、大学のメインキャンパスに向かう私の気持ちは高揚しており、この世界を初めて眺めるような眼差しで道ゆく景色を眺めていた。外出中、何気なく世界を見渡しながら歩いていても、必ず一つや二つは新たな発見がある。

それを考えてみると、この世界はやはり未知なもので溢れていることがわかる。誰かが工事をしてくれた、舗装された石畳の歩道の上を一歩一歩進むたびに、今日というこの瞬間にこの場所に存在していることに対して、たまらなく感激した。

学生の大部分は夏季休暇に入っており、大学のメインキャンパスにはほとんど人はいなかった。500年を越す歴史を持つこの大学のメインキャンパスに到着すると、重厚な雰囲気に自分が包まれていることに気づいた。

普段以上に何かが高くそびえ立っているような気がしたのである。荘厳なメインキャンパスの入り口の重たい扉を開け、私は学生支援課に向かった。

ほどなく学費を収めることができ、二年目のプログラムの開始が今からとても楽しみだ。仮に自らの熱情によって自己を完全に溶かすことができるのなら、そうしたい。

一年目以上に熱情的な探究の中にあって、それでいて自己の存在が立脚するたった一つの静寂点の上に立ち続けたいと思う。もう、私は自分が見ようと思っているものが見えるまで、他のものは一切見ない。

そのような思いを胸に、私はキャンパスを後にした。その足で次に向かったのは、社会科学キャンパスにあるコンピュタールームだった。

そこで私は、同年代の探究者の中で最も敬意を持っているザカリー・スタインの論文を11本ほど印刷しようと思っていた。社会科学キャンパスの裏手から学内に入ると、そこには深閑とした林が広がっている。

私はこの中を通ることが非常に好きで、そこはこの季節でも若干肌寒いぐらいだが、薄暗い林が醸し出す独特の雰囲気と香りが好きなのだ。林に一歩足を踏み出すと、私は突然めまいに襲われた。

それは小さなめまいであり、身体的な現象ではなく、存在的な現象だった。林に一歩を踏み出した瞬間、衝撃的な事実を知ることになった。

地面に転がっている一つ一つの石や砂粒の多様さ、辺りに咲いている雑草や花々、そして林の木の下に生えているキノコを見た瞬間、この世界がこれほどまでに多様な存在で満ち溢れていることに対して私はめまいを覚えたのである。

同時に、このような世界を生み出した創造者なる存在に思いを馳せていた。林の途中に置かれている材木でできたテーブルや、遠目に見えるキャンパスとその横にあるブルドーザーなど、人工物も含めて、この世界が多種多様な創造物で溢れていることに対して私は畏怖心を持ったのである。

それは私の足をすくませるほどの思いであり、こんな世界に自分は生きることができているのだということに、言語を絶する神妙な気持ちになった。一つの創造主から多数の存在が生まれ、多数の存在の中から一つの創造主に向かうものが現れることにも不思議な思いがした。

目的の論文を全て印刷し、私は自宅に向かった。ノーダープラントソン公園を横切ろうとしていた時、アヒルの群れが池の近くに集まっていた。その中で顔を体に丸めながら眠っているアヒルを見つけ、近寄ってその様子をつぶさに観察しようと思った。

観察をしようという意図が伝わってしまったのか、私が近づくと、そのアヒルは顔をパッと上げ、私の方をじっと見た。眠りを妨げしまったことを少し申し訳なく思い、私はそのアヒルを観察することなくその場を後にすることにした。

自宅近くの運河をかける橋に近づくと、ちょうど運河を通る船のために橋が上に上がっていた。オランダ国旗をぶら下げた大きめの船がゆっくりと通り過ぎていく姿を、平和な気持ちで私は眺めていた。

その船には三人家族が乗船しており、すでに成人期を過ぎているように思える長男らしき男性が、船の先端でリンゴをかじりながら船の進行を見つめていた。その一艘の船が通り過ぎると、続けざまに、スウェーデン国旗をぶら下げた船、ドイツ国旗をぶら下げた船、最後には再びオランダ国旗をぶら下げた船がゆっくりと私の目の前を通過していった。

橋が上がっている間、通行人は特に焦るような表情も見せず、静かに船の進行を眺めているようだった。そこで私はふと、この国の時間の流れ方を改めて好きになった。

ゆったりとした時の経過の中で日々の生活を営むというこのあり方。私はこの一年間、フローニンゲンに流れるゆったりとしたこの時の流れにどれだけ支え続けられたことかを改めて知る。

この時の流れのように、私はこれからの人生を緩やかに着実と形づくっていきたいと思う。2017/7/17(月)

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