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1277. エグゼクティブマインド


小さく美しい鳴き声を奏でるいつもの小鳥ではなく、カモメが独特の鳴き声を発しながら空を飛んでいく姿を見た。書斎の窓からカモメを見ることは滅多にないため、とても新鮮であった。

早朝からおとなしくしていた天気が崩れ始め、突然雨が降り始めた。数日前に四日分の食料を購入しておいて正解だったと思う。

降りしきる雨を時折眺めながら、森有正著『デカルトとパスカル』を開くことにした。昨日の予定では、今朝は “The Executive Mind: New Insights on Managerial Thought and Action (1983)”を読もうと考えていた。

本書は、発達心理学の観点から企業社会におけるエグゼクティブの思考形態を取り上げたものであり、出版年は古いが、内容としては今読んでも洞察に溢れるものである。日本でお馴染みのクリス・アージリスやヘンリー・ミンツバーグも本書に論文を寄稿しており、拙書『成人発達理論による能力の成長』の中で言及したビル・トーバートやデイヴィッド・コルブも本書に論文を寄せている。

本書の中で私が最も注目をしているのは、カール・ワイクが執筆した論文である。発達心理学者のロバート・キーガンは “meaning-making”という言葉を提唱したことで有名だが、カール・ワイクは “sense-making”という言葉を提唱したことで有名である。

今からおよそ四年前に、私がオットー・ラスキーに師事していた時、ラスキーはキーガンの “meaning-making”のみならず、ワイクの “sense-making”という言葉を頻繁に用いていたことをふと思い出した。あれから四年が経ったというのに、私はまだ後者の言葉に最適な日本語を見出せずにいる。

自分の内側の中に絶えずそうした未消化感があり、顕在意識に上らない悶々とした思いが自分の中に四年間ほどあった。数日前にワイクの他の論文をダウンロードしたのはおそらく、ようやくその言葉を真に咀嚼するべき時が来たのだろう。

米国で過ごした最後の年以降、日本の企業社会と再び接点を持つことになり、中でもエグゼクティブの思考形態というのは私が密かに関心を寄せていたテーマである。これまでは課長や部長などのマネジャーを対象とした仕事をする機会が多かったが、そうした中にあっても、なぜか私の関心はエグゼクティブの思考形態にあり続けた。

それはおそらく、エグゼクティブが置かれている環境の複雑性とそれに伴う彼ら自身の思考の複雑性によるだろう。マサチューセッツ州のレクティカに在籍していた時に、エグゼクティブの能力測定に従事することがあり、エグゼクティブが獲得している高度な能力に対して、時に感銘を受けることがあった。

これは一人の研究者としての純粋な探究心によるのだろうが、研究対象とする能力が複雑であればあるほど、高次元であればあるほど、私の関心を強く惹き付けるというのは偽ることのできない事実である。そうしたこともあり、マネジャー層の能力測定や能力開発のみならず、エグゼクティブに対するそれらに強い関心があるようなのだ。

午前中に読み始める予定であったが、本書を午後からゆっくりと読み進めたいと思う。何気なく文章を書き留めていると、雨がいつの間にやら止んでいることに気づいた。

あと一日分ほどの食料はあるが、明日は晴れとの予報があり、ランニングに出かけたいため、トレーニング後に摂取するべき食べ物を含め、今から買い物に出かけたい。

知らず知らずのうちに、夏季休暇が始まってから三週間弱の時間が過ぎていることに気づいた。当初の予定に反するかのように、そして探究の本質に合致するかのように、私の日々の歩みはゆっくりと進んで行く。2017/7/8

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