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1218. 夢とエジプト


昨日は様々なことを考えさせられるような一日だった。ここでは、その一つ一つを取り上げることをしない。

というのも、それらの一つ一つが、自分の内側を真に通過し、大きなまとまりとしての言葉になっていないからである。それらが大きなまとまりとしての言葉の形になるには、しばらくの熟成期間が必要だろう。 今朝起床してみると、七月に入ろうかという時期を迎えているにもかかわらず、その寒さに少しばかり驚いた。昨夜は、寝室の窓もドアも閉めて就寝していたはずなのだが、室内の気温が下がり、寒さを感じさせる形で今朝は目覚めた。

まとわりつく寒さと共に、昨夜の夢の印象が私を捉えていた。夢の中で私は、父から一通のメールをもらった。

そのメールは、全て英語で書かれており、何やら日記の書き方に関する内容だった。具体的には、日記の中で、他の研究者や学者の発言や仕事に言及する際には、学術論文の引用形式を採用するべきではないか、というものだった。

なぜ父がこのような内容について、しかも英語でメールをしてきたのかは定かではない。だが、間違いないのは、その文体は父のそれであり、英語の節々から父の言葉であることが明確に伝わってきたということだった。

改めて考えてみると、日本語と英語に関係なく、このように、その人の文章から人となりが明確に分かるというのは、非常に興味深いことだと思った。あの英語を書けるのは、父しかおらず、そこには文体とその人物との完全な一致があった。

ここに、その人の存在とその人が発する言葉との一致、特にその人の文章と存在が見事なまでに一致する姿を見たのである。文章の巧拙とは関係なく、一人の人間の文章は、欺くことができないほどにその人を表すということを見て取った。

そのようなことをまず思っていた。次に、日記における引用形式についてであるが、これは学術論文のような形で厳格に示す必要はないであろう、ということを思っていた。

それをしてしまうと、もはや日記の体をなさないだろうし、書き手も読み手も、あまりに形式ばった姿に嫌気がさしてしまうだろう。そのようなことを思いながら、受け取ったメールの最後の文章を読み終えた。

そこで目が覚めると、父の英文メールに込められていた存在感のようなものが、依然として自分の内側に残っていた。文体には存在が宿り、それはどこか別の世界に刻印された、永遠に消えることがないもののように思えた。 起床直後、書斎に向かった私は、すぐに音楽をかけ始めた。昨日、上の階に住むピアニストの友人に勧めてもらったサン=サーンスのピアノ協奏曲第5番「エジプト風」を聴く。

それは、先日訪れたライデンの古代エジプトの印象を思い起こすには十分な曲であり、そこでの印象をより強く喚起させるような曲であった。エジプトに足を運ぶ日が、刻一刻と近づいているのを感じる。2017/6/26

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