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1110. 書斎と自然が作る開放系システム


昼食前にふと、左の首筋に少しばかり痛みを感じた。その痛みは往々にして、読むことと書くことに長期間にわたって没入していた時に生じる。

それは、活字情報の飽和を知らせるサインのようなものである。私はこのサインが出てくるまで読むことと書くことをやめない。

先ほどそのサインが出たことに気づいたので、少しだけ休憩を取ることにした。「成人発達とキャリアディベロップメント」でお世話になっているアニータ・ケラー教授に先日質問した内容をもとにすれば、私は「ワーカホリック」の状態ではなく、「ワークエンゲイジメント」の状態だと言える。

両者の主な違いは、活動に従事する際に否定的な感情を持っているのか、肯定的な感情を持っているのかにある。欧州に渡って以降、私の生活は今まで以上に規律と克己に満たされたものになっている。

その様子はどこか、修道僧の生活を彷彿とさせる。こうした生活態度こそが、私が最も望むものであった。

全てが今日から始まるという気持ちと共に起床し、仕事への無心的没入、そして祈りにも似た気持ちを持って就寝すること。この三つを主な構成要素として一日が過ぎていく。

この生活態度はもはや今後一生続くに違いない。 活字情報の飽和状態を鎮めるために、私は休憩を取りながら、書斎の外の景色をぼんやりと眺めていた。その時、自分が毎日毎日、精力的に己の探究活動に打ち込むことができているのは、書斎の開放的な窓から広大な空を常に眺めることができることと関係しているかもしれない、と思わずにはいられなかった。

確かに、私は基本的に一日中書斎の中にいるため、その環境は外部の自然と仕切られたものである。だが、この開放的な窓を通じて、常に外の景色が視界に入ることによって、書斎と外部の自然との境界線がないような印象を受ける。

書斎と外部の自然とが、まるで一つの開放系システムを構成しているかのようである。「絶えず自然の中で仕事に取り組んでいる感覚を持っていたのはそういうことだったのだ」と思った。

そうした感覚に付随して、自分の内側から湧き上がる膨大なエネルギーは、結局、天地自然との一体化からもたらされたものに違いない、と思うに至った。そうした恩恵を受けながら日々の仕事に取り組めることがどれだけ有り難いことか。

こうした有り難さの気持ちがまた、私を仕事へと駆り立てる。つくづく、自然が目に入らない閉じられた環境で仕事などしていてはならない、という思いが強くなる。

自分と外部の自然とが一つの閉鎖系システムを成してしまっては、創造エネルギーが枯渇してしまうことを強く実感する。今後、別の国で仕事をすることになったとしても、絶えず自然との調和の中で仕事ができる環境を選択していきたいと思う。2017/5/28

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