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1073. 言語的麻痺


今日は早朝から、「成人発達とキャリアディベロップメント」のクラスに参加した。このコースもちょうど半ばを超え、最終課題と最終試験が少しずつ近づいてきている。

それにしても、このコースはいつも不思議な感覚を私に引き起こす。このコースは、産業組織心理学科に属するものであり、産業組織心理学は経営学と心理学の横断的な学問領域でありながらも、私からしてみれば、そこで扱われる文脈が企業組織のものであるがゆえに、心理学よりも経営学に寄っているのではないかという印象を持っている。

私の学士号はまさに経営学であり、さらには、最初のキャリアも経営コンサルティングであったにもかかわらず、このコースで取り扱われる諸々の言葉が真新しく思え、たいていの場合、それらが意味することがすんなりと頭に入ってこない。

つまり、いつもこのコースを受講している最中は、頭の中が真っ白になるような状態に陥るのだ。そこから私は、このコースで取り扱われる諸々の言葉を経営学に属するものと考えるのではなく、ましてや、心理学に所属するものとみなさすのでもなく、自分にとって新しい言語領域だと思うようにした。

一年目のプログラムの最後の学期に、まさかこのように理解が及ばない領域と遭遇することになるとは思ってもみなかった。また、そこで扱われる言葉が確かにこれまでの私には馴染みのないものであるのと同時に、産業組織心理学の研究手法と根幹の発想が、やはり旧態依然としたものであるという印象を拭うことができず、それが私の内在的な関心を弱めているのかもしれない。

このコースで取り上げられている論文を全て読んだが、どれも集団を相手とし、古典的な統計手法を活用することによって、一方向的な因果関係に基づくモデルを検証したり、何らかの介入手法の効果の前後を測定することに留まっている。

もちろん、そうした研究アプローチに一定の価値があることは確かだが、私の関心はやはり、個人の発達プロセスであり、集団であったとしても、発達の前後ではなく、そのプロセスを探究することにあるのだと思う。

発達を促進する介入手法の効果を測定する際も同じことであり、その前後を単純に比較するのではなく、介入手法を導入している最中に個人や集団でどのような現象が起こっているのかを見ていくことに強い関心がある。

ひとたび、ダイナミックシステム理論や非線形ダイナミクスの発想やアプローチを学んでしまうと、旧態依然とした科学的な発想やアプローチに立ち返るのが非常に難しい。こうした思想的な相容れなさも、このコースで取り上げられている言葉の理解を妨げている要因なのかもしれない。 ただし、このコースで参考になっているのは、学習項目を毎回アクティビティを通じて学べるということだ。今回は、ある理論を活用して10分程度のコーチングセッションを他の受講生と実践した。

私はトルコ人の留学生と共にエクササイズを行うことにした。いざクライアント役としてセッションを始めてみると、思わぬことに自分が課題意識を持っていることがわかったのは大きな発見であった。

いつも私は日記を書きながら、日記を執筆するというのはある種の「セルフコーチング」や「セルフセラピー」のような要素が入っていると思っていたのだが、やはりこれは一人称の実践であるがゆえに、固有の利点と盲点がある。

今回、そのトルコ人留学生とコーチングの対話を行ってみて、それが二人称の実践であるがゆえに浮き彫りにされた自己の新たな側面に気づかされたような思いになったのである。何をトピックとして話そうかと思って一瞬考えた時に浮かんできたものは、私の無意識が抱えている問題だったに違いない。

他者と話し言葉を通じて行うコーチングやセラピーのような実践の意義を再確認した。2017/5/16

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