995. 生きることは奏でること


生きることは奏でることである。そのことを教えてくれるような夢だった。

カントのせいにしたくはないのだが、昨夜の夢の始まりは、夢の中で私が受講している授業が退屈極まりないという感情を引き起こすものだった。昨夜の就寝前に、カントの“Critique of Judgment (1790)”の中に光るものを感じ、その感覚のまま私は眠りについた。

この書物には難解な箇所も多く含まれているが、それでも本書を貫く一筋の光の輝きは私を捉えてやまないものがある。この書籍の中心テーマが光の筋となり、それが私の心を射抜くような感覚が昨夜もあった。

ある種の感動を抱きながら、眠りについたはずなのだが、夢の始まりは退屈さの伴ったものだった。おそらく夢の中の私は、カントから受けた光の筋のようなものをその講義の中に見いだすことができなかったのだろう。

夢の中で進行する講義は内容的に極めて退屈なものであり、当然ながらそこに精神性の輝きのようなものを見出すことは不可能であった。これは夢から醒めた後になって思うのだが、やはり私は就寝前にカントから受けたある種の感動と何かを比較しているようだった。

より厳密には、感動を持たすものと感動をもたらさないものを比較しているようだった。さらに私の無意識に奥底には、聖なるものと俗なるものの区別があり、高潔なものとそうではないものの区別が明確にあるようなのだ。

それら二つのものが、異なる次元にあることは間違いなく、それらを混同しないことは極めて重要である。だが、そうした区別が、得てして差別に繋がりうる危険性を持ったものであることに気づかされる。

私の中で、次元の異なるものは断固として区別しなければならないのと同時に、断固として差別を排除しなければならないという難しい問題を依然として抱えているようだ。区別が差別に変わる瞬間は非連続的であり、区別から差別に移行することを避ける手立てが今のところ私にはなく、いつも差別的な発想が生まれた後にそこから脱却するような発想を生み出していることに気づく。

区別から差別へ、差別から区別へ戻るという段階を踏まなければならないのは致し方ないのかもしれないが、それでも区別が差別に変わるときの後味の悪い感情は罪の意識に似ている。守るべき区別が区別のまま留まり続けるためには、私は罪の意識を生み出すものを乗り越えていかなければならないだろう。 夢の中で、日本人の退屈な授業を聞いた後、今度は私の友人が世界の地理について大教室で講義をし始めた。この講義は何かと面白く、大教室の後ろの方に座っていた私は、友人の講義に対して所々で質問をしたり、茶々を入れていた。

友人の講義が終わると、今度は小さな教室に移った。その教室にはホワイトボードはなく、昔ながらの黒板が置かれていた。

この講義を担当したのはドイツ人であり、ドイツ語と英語を織り交ぜながら講義を進めるスタイルが少しばかり不快であった。彼の講義の後半に、さらなる不快と同時に、大きな感動を引き起こす現象が待っていた。

その教師は、生徒に対して事前に課題を提出しており、課題の答えは全て数字で答えられるような作りになっていた。教室の右端の最前列に座っていた私から順番に答えを述べていった。

するとその教師は、黒板全体をピアノのような鍵盤楽器に変え、生徒が述べた数字を鍵盤に対応させながら曲を生み出していったのだ。その曲の出だしを聞いたとき、それが一瞬にしてベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章の『歓喜の歌』であることがわかった。

その教師がこの曲に向き合う姿勢が浅薄なものに見えたため、演奏される音を聞いている私は幾分不快であり、崇高さと滑稽さは紙一重であると思った。生と死、常人と狂人が紙一重であると言われるように、崇高なものと滑稽なものも紙一重であり、それらのものは全て実は表裏一体なのではないかと思った。

確かに、私はその教師が演奏する姿にある種の滑稽さを見て取り、不快な感情になっていた。だが、いつしか滑稽さがどこかに消え去り、教室内に荘厳極まりない歓喜の歌が流れ始めたのだ・・・。

私は思わず歓喜の歌を口ずさみ、全身でその音楽を表現せざるを得ないような巨大な力がそこに顕現していたのだ。教室の天井を突き抜け、それはどこまでも高く昇っていくような音楽であった。

曲が全て終わった後、それは授業でもあり演奏であったことに気づいた。生きることは授業を受けることであり、生きることは音楽を奏でることなのだ、と教えられた気がした。

これまでの私は、生きることは学ぶことである、という一点しか見ていなかった。生きることは学ぶことだけではなく、奏でることなのだという気づきを私は生まれてはじめて得た。

全てのものと共に学び、全てのものと共に奏でることが生きることなのだ。それを教えてくれたこのドイツ人教師に私はお礼を述べようと思った。

しかし、その演奏に言葉を失っていた私は言葉でお礼を述べることができなかった。そのドイツ人教師は「それでいいのだ」ということを伝えるような笑みを浮かべながら教室を去っていった。

言葉を失った私にできたのは、お礼を述べることではなく、存在を通してお礼を奏でるということだった。

昨夜の夢に関する日記を書き終えた私の眼には、涙が滲んでいた。夢の中で感動の涙を流すことはあっても、夢を思い出しながら感動の涙を流すことはこれが初めてであった。2017/4/27

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