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851. シューベルト記念館とフロイト博物館への期待


午前中の仕事がひと段落したところで、ウィーンの旅行計画を練っていた。幾人かの偉大な作曲家の記念館がこの街にはあり、中でも今日は、シューベルトについて少し調べていた。

シューベルトは、31歳という若さでこの世を去ったのだが、非常に多産な作曲家だったことで知られている。シューベルトが敬愛していたベートーヴェンも、非常に多産な作曲家で知られている。

しかし、シューベルトが実際に活動できた期間を考えると、彼が残した楽曲の数は、尋常ではない。ぜひシューベルトの記念館を訪れた際には、その多産さの秘密について何かを得てきたいと思う。

シューベルトがこの世を去った年齢で、私はシューベルトの記念館に足を運ぶことになったのも、何か運命的なものを感じざるえをえない。私はシューベルトと違い、この世界にまだ何も仕事らしい仕事を残すことができていない。

だが、シューベルトと同じように、何かをこの世界に具現化させずにはいられない性分を持ち合わせているのは確かなようである。衝動的なものに駆られて、内面世界の現象を音楽という形で表現したシューベルトから、私は多くのことを学ぶことになるだろう。 ウィーンでどんな場所を訪問するかをおおよそ決定したところで、肝心のザルツブルグでの滞在時間中に訪れる場所を具体的にしておかなければならないと思った。合計で五日間ほどザルツブルグに滞在する期間中、初日はウィーンからザルツブルグに夜に到着する計画にしており、中三日間は完全に学会で缶詰になる。

そのため、ザルツブルグをゆっくり観光できるのは、オランダに戻る前日だけとなるだろう。その日には、ぜひともモーツァルト博物館に足を運びたい。

ウィーンでモーツァルト記念館を訪問し、そこからさらに、ザルツブルグでモーツァルト博物館を訪れることによって、モーツァルトという巨匠が、私にとってより近い存在になることを願っている。今回は、ウィーンとザルツブルグに短期間宿泊するだけだが、これらの街が自分にとって、長期的な期間にわたって生活する拠点としてふさわしいものなのかについても考える機会にしたいと思う。

旅行計画に目処がたったところで、昨年の夏にスイスを訪れたことと今回のウィーン訪問の関係性について思いを巡らせていた。あの夏、私がスイスのニューシャテルを訪れたのは、発達心理学に多大な貢献を残したジャン・ピアジェの軌跡を辿るためであった。

ピアジェが生誕から長らく生活をしていたニューシャテルという街を訪れることによって、私は、ピアジェが日々取り込んでいたであろう同じ空気を吸いたかったのだ。これは非常に不思議なことなのだが、それが音楽家であろうと学者であろうと、偉大な探究者たちが活動した場所に実際に足を運んでみると、必ず自分の内側に励ましと促しがもたらされるのだ。

それは、ライプチヒで訪れた一連の音楽家の博物館でも得られたことであったし、シュツットガルトのヘーゲル博物館でも得られたものである。今回は、ウィーンでシューベルト、モーツァルト、ベートーヴェンといった音楽家のみならず、精神分析学を打ち立てたシグムント・フロイトの博物館を訪れる。

これはあまり知られていないことかもしれないが、ピアジェはフロイトから多大な影響を受けているのだ。特に、フロイトが考案したインタビュー手法を基礎として、ピアジェが独自の発達測定手法を作り上げたという史実がある。

また、フロイトは、ピアジェよりも先に、発達心理学の世界に多大な功績を残した人物だと言える。フロイトが提唱した発達段階モデルは、現在の発達科学の研究からすると、確かに批判の対象となり得る箇所が存在しているが、フロイトが持っていた観察眼と演繹的・帰納的な思考の鋭さは尊敬に値する。

フロイトの全集を読むと、クライアントの精神現象をつぶさに観察し、一つの観察事象から他の観察事象を次々と導き出しいていく姿には、まさにシャーロック・ホームズが自身の調査アプローチを「演繹の科学(science of deduction)」と呼んだのと同じぐらいに鋭い演繹的な思考が見て取れる。

また、そうした無数の観察事象と演繹的に得られた無数の現象から、精神分析学という一つの学問体系を構築していった帰納法的思考の鋭さにも目を見張るものがある。フロイトは、当時、組織や社会の後ろ盾がない中で、独自に精神分析学という領域を打ち立てていった。

その姿勢からは、様々なことを学ばされる。ウィーンでフロイトの博物館に訪れることも、自分にとって非常に楽しみなことの一つである。2017/3/19

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