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9722-9728: フローニンゲンからの便り 2023年1月9日(月)




No.4365 スピリチャルアート_A Spiritual Art


本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)

No.2113, Deep Breathing

Taking a deep breath is like getting a treasure from the universe.

Deep breathing is sacred and nutritional for us.

Groningen; 08:44, 1/9/2023

No.2114, A Peaceful Mind

My soul wants a peaceful mind.

A peaceful mind is the body of our healthy soul.

Groningen; 11:54, 1/9/2023


No.2115, A Graceful Afternoon

A graceful afternoon is manifested in front of my eyes.

It’s my treasure.

Groningen; 13:03, 1/9/2023


No.2116, Weight Training Like Meditation

Training my muscles in the gym is like doing meditation for me.

Weight training invites my consciousness into a meditative state.

Groningen; 19:33, 1/9/2023


下記のアートギャラリーより、本日のその他の作品(3つ)の閲覧·共有·ダウンロードをご自由に行っていただけます。

本日の2曲


全ての楽曲はこちらのMuseScore上で公開しています。

楽曲の一部はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています。

タイトル一覧

9722. 再生医療技術やアンチエイジング技術に関する書籍を調べて/今日の箏のレッスンに向けて

9723. 今朝方の夢

9724. 箏の稽古(58):新年最初の箏のレッスンを終えて

9725. 箏の稽古(59):箏の無限の可能性に触れた喜びの中で

9726. バッハのコラールと箏歌について

9727. 不老不死と老年学/世界の宗教と不老不死

9728. 今日のジムでのトレーニングを振り返って


9722. 再生医療技術やアンチエイジング技術に関する書籍を調べて/

今日の箏のレッスンに向けて


時刻は午前9時に近づいている。夜が明け、静けさに満ちた朝の世界が広がっている。


先ほど、再生医療技術やアンチエイジング技術に関する書籍を調べていた。先週のテクノロジー哲学の講座でもそれらに関する話題が出ていて、そうした技術に特化した学術書を読んでいないように思えたので、今それらの分野に関する学術書で良さそうなものを探している。それらの分野については何冊も学術書を購入する必要は今のところない。別にそれらの分野に関する専門医になるわけではないからである。しかし、それらの技術についてはとても関心があるし、いつか自分もお世話になるかもしれないので、良さそうな書籍をまずは1冊ずつ購入したいと思う。


今日は1時間後に箏のオンラインレッスンがある。今日のレッスンでは、先日に先生から送っていただいたいくつかの楽譜をもとに演奏指導をしていただこうと思う。いずれも2箏パートがあり、ソロで演奏する際には、1箏パートだけではなく、1箏が休みの時には2箏パートを演奏してみたり、あるいは1箏と2箏の部分を入れ替えて演奏するなどの工夫もできる。そうした工夫の可能性についても今日のレッスンの中で模索したい。


先生に以前送っていただいた箏の演奏の動画の音が綺麗に入っていて、何か特別なアプリを使っていたのかを確認したい。Zoomの録画機能であれだけ綺麗に撮れているのであれば素晴らしく、以前自分がZoomで録画した際には音が割れてしまうことがあったので、録画の仕方に工夫の余地があるのだろうか。この点については冒頭で尋ねてみたい。その他に技術的に何か尋ねてみたいことがないかはまた少し考えてみようと思う。もしなさそうであれば早速楽曲練習に入る。


今後は、ここ数日で数字譜にしたバッハのコラールを改めてエクセルを使って綺麗な楽譜にしていこうと思う。それも少し工夫をすれば比較的簡単にできるだろう。その完成した楽譜を先生に送り、レッスンの中ではアレンジの可能性を模索し、バッハのコラールを箏で演奏する技術の幅と深さを獲得したいと思う。フローニンゲン:2023/1/9(月)09:04


9723. 今朝方の夢


朝の静けさは心を落ち着かせてくれ、呼吸は自然と穏やかなものになる。昨夜、呼吸というのはこの宇宙からの大切な贈り物であり、また宇宙からの贈り物を受け取る行為でもあることを思った。呼吸というのは私たちの心身にとっての栄養補給に欠かせないものなのである。自身の呼吸を見つめ直すことの大切さを思う。


今朝方は1つ印象に残る夢を見ていた。夢の中で私は、見慣れない一軒家にいた。どうやら私は家庭教師として、その家の高校生になったばかりの女の子の勉強を見ているようだった。彼女には妹がいて、妹は中学校に上がったばかりだった。彼女の部屋に入ると、そこで彼女は床の上に正座をして眠っていた。その姿はまるで坐禅をしているかのようで、彼女の意識状態は深く、こちらの世界に意識はないようだった。ふと気がつくと、彼女の横に妹も床の上に座っていて、同じように瞑想をしていた。しかし妹の方は少し姿勢が崩れていて、それ以上崩れると瞑想の意識状態から覚醒してしまうのではないかと思った。案の定、妹の方は今にも起き出しそうになった。実際に彼女はぶつぶつと何かを呟き始め、間も無く起きることが予想された。私は家庭教師としてその部屋に入ったのだが、彼女たちが目覚めた時に部屋にいるのは何か気まずく思えたので、部屋の外に出ることにした。しかし、外に出るときに彼女たちを起こさないようにする必要があり、どこから外に出るのがいいのかと迷った。部屋のドアから出ると、まだ家の中にいることになるので、いっそのこと窓の外に飛び出ていこうと思った。窓を開けると風が強く、果たしてうまく飛び立つことができるか少し不安になった。しかし、妹の方が目覚め掛け、きっと姉をすぐに起こすだろうと思われたので時間がなく、私は窓から外に出ていくことにした。そのような夢を見ていた。


確かこの夢の前には、ゲームの世界にいるような場面があったことを思い出した。それはファミコン版のマリオのゲームで、自分がその世界の中でマリオと同じくジャンプしたり、雲の上に乗ったりしている場面があった。もしかしたらこの夢は、前述の夢の間に挟まれていたものかもしれない。なんとなく窓の外に飛び出していく際に、マリオと同じような動きをしようと思っていたことが記憶として脳裏に残っている。フローニンゲン:2023/1/9(月)09:42


9724. 箏の稽古(58):新年最初の箏のレッスンを終えて


つい今し方、新年最初の箏のレッスンを終えた。新年早々、とても実りの多いレッスンだった。今、手元のメモを見返しているのだが、今日も先生からいくつもの洞察をいただいた。ちょうど昨日、先生から送っていただいた楽譜をコピー屋に演奏をお願いしていた。これまではパソコンに保存されたPDFを開いて演奏していたのだが、やはり手元に楽譜があった方が遥かに演奏がしやすいので印刷のお願いをした次第だ。今日の午後にジムに行く前にコピー屋に立ち寄って楽譜を受け取りたいと思う。


さて今日の稽古では、まず最初にドラゴンクエストの主題曲を取り上げた。自分で演奏していた時には気づかない演奏上の工夫の観点を今日も先生からいくつもいただいた。例えば冒頭の箇所で、2箏の音を借りてから1箏パートの演奏を始めるとさらにカッコよく響くことに気づいた。演奏上の技術的な事柄で言えば、トレモロを用いる際に、ある箇所ではてっきり巾の音を鳴らしてからトレモロを始めるのかと思っていたが、そこの箇所がやってきた瞬間からトレモロで巾の音を鳴らすのだと教えていただいた。


その他には、箏が持つ無限のアレンジの可能性として、例えば2箏パートのある部分だけ抜き出して、1箏パートの休符のところにそれを差し込んでみたり、アルペジオの代わりに流し爪にしてみたりと、色々と応用可能性があることは楽しい限りである。また、曲の終わり方に関しても、あえて消し爪で音を消す形で演奏を終えてみるというのもありであるということを教えていただいた。演奏上の工夫に関して言えば、手が忙しくなりすぎると演奏の難易度が上がるが、逆に言えば、演奏に余裕があれば、あえて手を忙しくするような工夫をしてみるといい。特に華やかな曲の場合は、そうすることによって賑やかさが増すだろう。逆に言えば落ち着いた曲であれば、手を忙しくさせない工夫によって静かな感じを作り出すことができる。例えばバッハのコラールなどは後者に該当するだろうか。このように色々な工夫を施すことによって、右手での演奏だけではなく、左手も所々入れることによって見栄えも華やかなものになっていくだろう。両手を使って演奏することは、脳への刺激もきっと変わるだろう。今日のレッスンでは、バッハのコラールの話はしなかったが、次回以降にその話をして、パソコン上で作った数字譜を先生に送り、バッハのコラールをアレンジする可能性も探究していきたい。フローニンゲン:2023/1/9(月)11:20


9725. 箏の稽古(59):箏の無限の可能性に触れた喜びの中で


毎回の藤田先生との箏のレッスンは刺激に満ちていて、自分の創造性が掻き立てられる。同時に、自分の音楽的な完成も少しずつ育まれていることを実感させてくれる。自力の道だけではなく、他力の道も歩みながら実践をしていくことの価値を感じる次第だ。


今日のレッスンの内容を改めて振り返っている。ドラゴンクエストの主題曲を取り上げた後は、世界共通の曲と言っても過言ではない“Happy Birthday to You”を取り上げた。この曲は誕生日によく聞くものであり、今後欧米での生活において歌う機会があれば、自分は箏の演奏でこの曲を弾きたいと思う。楽譜上はセクションAから始まるが、実際に私たちがよく耳にし、よく歌うのは反復のないバージョンのため、セクションBから演奏してもいいと先生に教えていただき、確かにそのほうが良いように思った。セクションBからは2箏パートがメロディーラインを担当し、指の使い方にも華がある。繰り返し練習し、楽譜を見ずして暗譜する形でこの曲が弾けるようになれば、いつでもどこかでも誰かの誕生日の際にこの曲を演奏することができるだろう。


そこからは、中島みゆきさんの『糸』を取り上げ、最後に『幸せなら手を叩こう』を取り上げた。前者に関して言えば、イントロ部分があまりピンとこないため、セクションAから演奏を始める方向性を採用し、終わり方に関しても、セクションDで終わってもいいのではないかと先生と意見交換した。ただし、最後のセクションFの終わり方を取り入れることも可能であり、この曲の終わり方については次回に向けてお互いに再検討してみるということになった。このように、アレンジの仕方に関して色々と意見交換をして、それぞれの感性に従って色々な演奏の仕方ができることはとても楽しく思う。


最後に、『幸せなら手を叩こう』の曲では、ばつ印のような謎な記号が表記されている箇所があるが、これは箏を叩いて音を鳴らしたり、足で地面を踏み鳴らしたり、観客に拍手を求めたりすることを促す記号のようだった。古典曲にはそのような記号はないそうであり、弦楽器である箏を打楽器のように活用したりする面白さや、足で地面を鳴らしたり、観客にも演奏に加わってもらうことを可能にすることは現代音楽的で面白く思った。フローニンゲン:2023/1/9(月)11:39


9726. バッハのコラールと箏歌について


時刻は午後2時を迎えた。今週から、ジムに行く時間を1時間遅らせることにした。その理由としては、ジムのサウナの利用時間の変更による。午後3時半ぐらいに自宅を出発し、近所のコピー屋で箏の楽譜を受け取りたい。そこからジムに行き、今日もジムで十分な運動とサウナで良い汗をかいてきたい。


今日の箏のレッスン後、そう言えば、手持ちのバッハのコラール集には巻末にドイツ語の歌詞が付いているので、ドイツ語で歌い上げることもいつかしてみたいと思った。ドイツ語の読み方や歌の歌については、この夏からアメリカに移ることになったら、ドイツ語を専門とする外国語学部の教授にドイツ語の歌詞の発音の仕方を教えてもらったり、歌については音楽学部の教授に指導してもらうのも良いかと思った。箏でバッハのコラールの演奏をしながら、実際に自分でそれを歌ってみることの実現に向けて、これからも毎日箏の稽古を楽しみたいと思う。


それで言えば、箏と歌を掛け合わせた伝統的な曲で何かいいものはないかを来週のレッスンの際に先生に尋ねてみようと思う。ちょうど箏をやっている知人から、「箏歌」というものが存在していることを聞いたので、神道の世界観を感じさせてくれるような箏歌で何か良いものはないかを探してみたい。これについては今から早速調べてみよう。その調査が終わったら、今日のレッスンを振り返りながら箏の稽古を再度行って、そこからジムに向かおうと思う。


***

調べてみたところ、「神楽歌(かぐらうた)」というものがあるようであり、神事で催される神楽において歌われる伝統的な歌らしい。早速いくつか聞いてみたところ、こうした歌を歌うためには特殊な訓練が必要そうであり、すぐにその実現は難しいが、日本の古典的な歌謡曲も自分のレパートリーの1つに入れたいものである。フローニンゲン:2023/1/9(月)14:29


9727. 不老不死と老年学/世界の宗教と不老不死


トランスヒューマニズムに関する探究を続ける中で、改めて老いることとはどういうことなのかを考えている。老いることの意義や価値は何であり、不老不死の実現によってそうした意義や価値が希薄化、ないしは存在場所を失う可能性についても真剣に考えなければいけないと思う。その点において、老年学(gerontology)という分野の探究を進めていくことは不可欠となる。ちょうど、老年学と不老不死を絡めた学術を見つけたので、昨日に書籍の一括注文を終えたばかりだが、再度その書籍を注文したい。それに加えて、再生医療に関する書籍とアンチエイジング技術に関する書籍の2冊を見つけたので、それらも注文をしておきたいと思う。


老いることについてもそこに選択肢を与え、各自の自由を認めていくことが大切なのだろうか。それは幾分リバタリアン的発想のように思えるが、仮に老いないことが実現された場合に、やはり老いる意義や価値の変質可能性が気になるし、老いる人間と老いない人間の間での新たな格差が生じることなども考えておかなければならない。技術が先なのか社会的価値観が先なのかわからないが、どちらにせよ、老いを緩やかにする技術や老いを完全に止めてしまう技術、さらには若返りの技術が生み出され、広く用いられるようになってくると、老いという現象に伴う社会的価値観は必ず変化するだろうし、老いにまつわる社会的ディスコースも必ず変化するだろう。


最終的には生き方に関する個人の価値観が問われることになるのは間違い無いだろう。肉体的な老いを止めたり、若返りを図ったとしても精神を深めていくことは可能なのであれば、つまり老いることに伴って得られる叡智の獲得が可能なのであれば、アンチエイジングの技術を肯定したい気持ちになる。しかし、肉体と精神が密接に結びついていて、ある種肉体が機能低下に陥ることによってしか得られない精神性が存在するのであれば、アンチエイジングが実現してしまうことは人間の可能性を逆に狭めることにもなる。これはとても興味深いテーマである。


その他にも、世界の様々な宗教を眺めてみると、そこには不老不死の話が出ていたりする。ヨガの世界においてもソーマという不老不死の実現に効くとされていた薬草をもとにした飲み物があるし、道教の世界においても神仙道の中で不老不死の話が出てくる。西洋世界でも、錬金術との接合でエリクサーという不老不死を実現する飲み物の話が出てくる。こうしたところにも関心を広げていこうと思う。おそらく魔術や錬金術の長大な研究は無駄にはならず、それが科学を切り開いた側面があるのだろう。仮に不老不死を目指した今の最先端技術の研究が、その目的を果たせずとも、今後の人類や地球に資する新たな研究や新たな技術の開発につながるのではないかという思いが芽生えてくる。フローニンゲン:2023/1/9(月)15:05


9728. 今日のジムでのトレーニングを振り返って


時刻は午後8時を迎えた。今日は午前中に箏のオンラインレッスンを受け、その他にはいつものように創作活動や読書を少々進めていた。テクノロジー哲学に関する書籍を少し読み進めたり、明日から始まる批判的実在論の講座について、クラスの構成について少しばかり考えていた。午後になると、近所のコピー屋に立ち寄って、楽譜の印刷を受け取り、そこからジムに向かった。今日からジムでのトレーニングを1時間遅らせてスタートさせたのだが、今日はジムが盛況で、いつも以上に人がいるように思えた。時間を後ろにずらしたことが影響しているのかわからないが、いつもより活気があった感じがする。時間を1時間遅らせたからと言ってトレーニング内容やトレーニングに充てる時間が変わったわけではなく、今日も充実した形でトレーニングをすることができた。準備運動がてらジークンドーの稽古を鏡のあるダンススタジオで行い、そこから1時間強かけて筋力トレーニングをしていった。今週の木曜日にはパーソナルトレーナーのエリーザについてもらってトレーニングをすることになっていて、そこでは前回のトレーニングと同じメニューでトレーニングをしてもらうようにお願いしようと思う。いくつかの器具の使い方に関して、角度を含めてまだエリーザのアドバイスが必要である。


トレーニングはいつも通りだったが、今日はサウナが満席の状態になっていた。午後5時からサウナのスイッチが入り、サウナが温かくなるまで20分ほどの時間を要した。実際には、自分が適温だと感じる温度になるのは2セット目に入ってからだったので、電力問題のせいで午後2時から5時の間にサウナが使えないのは残念である。木曜日にもサウナを使う予定だが、その混雑度合いを確認したい。また、来週の月曜日もサウナの利用状況がどれほどかを確認してみて、今後のサウナの使用を含め、ジムに行く時間を見直してもいいかもしれないと考えている。フローニンゲン:2023/1/9(月)20:16

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