No.3328 光玉_A Ball of Light
本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)
No.1280, A Walking God
A God is walking in the beautiful morning.
It is radiating and shedding light on our world.
Groningen; 13:00, 2/26/2022
No.1281, The Secret of Our Spirit
Our spirit comes out and starts to radiate once we discard our mental wastes.
Groningen; 14:41, 2/26/2022
No.1282, Boundlessness
Our growth is boundless.
So our learning is.
Groningen; 15:06, 2/26/2022
No.1283, Hotei
I’m Hotei who is the vagabond Zen monk.
It symbolizes perfect freedom.
Groningen; 15:14, 2/26/2022
No.1284, A Dance of Becoming
Are you always dancing a dance of becoming?
I’m always doing it.
It is the key to our continuous growth and a joyful life.
Groningen; 15:31, 2/26/2022
No.1285, Yin & Yan of Movement
I am moved because I move.
I move because I am moved.
Groningen; 15:34, 2/26/2022
No.1286, An Eternal Cosmic Dancer
I’m constantly becoming something new.
I’m an eternal cosmic dancer.
Groningen; 15:40, 2/26/2022
No.1287, Not New, Yet New
Everything I create is not new, yet new.
That may be an essential aspect of all creations.
Groningen; 20:45, 2/26/2022
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本日の3曲
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タイトル一覧
7914. 昨日のサウナでのやり取りを振り返って/週末の過ごし方
7915. 真性な顔/新たな習慣/今朝方の夢
7916. 今朝方の夢の続き
7917. 朝日の恵み/今朝方の夢の続き
7918. ジークンドートレーニング57:即興性を楽しむこと
7919. ポッドキャストと神道の音楽/復習の大切さ
7914. 昨日のサウナでのやり取りを振り返って/週末の過ごし方
時刻はゆっくりと午前9時に向かっている。今、小鳥たちが歌声を上げている。この時間帯は換気するようにしていて、窓を開けているため、彼らの鳴き声がいつもより大きく聞こえる。とても軽快なリズムで、とても伸びやかなメロディーだ。
今の気温はマイナス1度と低いが、外の世界は晴れ渡っていて、爽快な空気が部屋を出入りすることは気持ちがいい。背中を湯たんぽで温めながらこの日記を書いていて、依然として冬の寒さが残っているが、それでもゆっくりと季節の進行を感じる。少なくともこの日記を書き終えるまでは窓を開けたままにして、新鮮な空気を部屋に入れることにしよう。
昨日、ジムでサウナに入ろうとしたときに、休憩所でサウナ仲間のおじさんの姿を見かけた。その方はそこで素っ裸のままくつろいでいて、とても気分が良さそうだった。どうやらすでに何度かサウナに入ったようであった。
その方はペンキ塗りの仕事を普段していて、もう歳は60歳を過ぎている。昔はマーシャルアーツを長らくやっていたらしいが、最近はマーシャルアーツに代わる運動をしているそうだった。
その方は私にとってサウナ仲間であり、彼は毎週金曜日にジムに来ているので、昨日は金曜日であったから、「今日は私たちのサウナの日ですね」と声を掛けると、嬉しそうに微笑んで言葉を返してくれた。そんなやり取りが思い出される。
サウナというのはコミュニケーションの場としても良いものがある。普段なかなか話さないような人と気軽に話すことができる。また、何も隠すことなく素の自分でその場にいられることもいい。文字通り、裸の付き合いが生まれる場がそこにあり、そうしたこともサウナの良さの1つではないだろうか。昨日の体験からそのようなことを思う。
さて、今日から週末を迎えたのだが、土日は少しゆっくりしようかと思う。これまではTOEFL対策をしていたが、その量を抑え、マーシャルアーツに関する書籍を読んだり、ジークンドーやシステマに関するDVDを視聴したりと、ゆったりとした時間を過ごしたいと思う。とは言え、TOEFL対策を全くしないかというとそうではなく、スピーキングのindependent taskの対策だけは例外とし、様々な問題を解いていこうと思う。
つまり、毎日行っているスピーキングの新しい問題を1セット解くことは週末にはせず、リーディングやリスニングにおいても新たな問題のセットは解かないようにする。その代わりに、リーディングやリスニングにおいては、問いの種類ごとに小さな問題が1、2問紹介されている良いウェブサイトを見つけているので、普段はそちらの問題を解くことができないので、休日にそちらの問題を楽しみながら解いていこうと思う。
それと今日は、昨日撮影した動画のタイトル付けを行ったり、先日行われた発達理論マスターコースの録画を見て、いくつか音声ファイルを作成したいと思う。フローニンゲン:2022/2/26(土)09:01
7915. 真性な顔/新たな習慣/今朝方の夢
朝の世界が穏やかな表情を浮かべたまま佇んでいる。そんな朝の世界の表情を見ながら、昨夜考えていたことを思い出した。
昨夜、洗面所で歯磨きをしている最中に、人は鏡に映った自分を自分だと思い込んでいて、それを全く疑おうとしないということを思った。人は自己の存在というものを客観的に見つめたり、自己の虚構な側面に目を向けようとしないのだ。
それに対して自分は、できる限りそうしたことを試みる。それは自分の存在を疑っているわけではなく、自分が存在しているということを疑いもしない自分に待ったをかけるような試みである。
自我は自己保存に奔走し、自分を守ろうとする特徴を持つ。そんな自我は、冷静に自分の存在を見つめられることが怖いのだ。それによって、自我の化けの皮が剥がされてしまうことを恐れているのだ。自分はあえてそこに踏み込んでいき、自我の奥にある自分の真性な顔を見ようとする。そんなことを昨夜歯磨きしながら考えていた。
ここ最近は食生活に変化が見られるだけではなく、些細なこともメモしていく習慣が再び生まれ始めた。具体的には、就寝前に思いついたことを書き留めたり、起床した瞬間に夢を素早く書き留めるために枕元にノートとペンを置くことにし始めた。
寝る前や寝ている最中、そして起床直後には思わぬアイデアが生まれたりするので、それらを書き留めておきたいと思ったのだ。良いアイデアほど逃げ足が早かったりするので、それを素早く書き留めておくための工夫をしてみた次第だ。
今、早速今朝方取ったメモを見返しながら、今朝方の夢について振り返っている。夢の中で私は、ヴェネチアの街にいた。時刻は夜で、辺りはすっかり暗くなっていた。
私はヴェネチアの街の小さなコンサートホールでオペラを鑑賞していた。オペラの前半部分が終わると、辺りが少し騒がしくなった。何やら、これから暴風がヴェネチアの街を襲い、街中が浸水するとのことだった。それを聞いて、私は後半の鑑賞をすることを諦め、すぐにホテルに戻ろうと思った。
ところが、コンサートホールを出てみると、自分がヴェネチアに足を運んだのは数年前のことであり、コンサートホールからホテルへの道がわからなくなっていたのである。そこですぐにスマホを取り出し、地図を開いてみたところ、自分はホテルがある方向とは違う方向に歩いていたことに気づいた。そのため、すぐに方向を変えて、正しい道を歩こうと思ったが、どういうわけか、ホテルからどんどん離れていく方向に自分は歩いていた。
しばらく歩き続けると、ヴェネチアの街の対岸にある街の姿が見えてきた。その街はヴェネチアと橋でつながっていて、自分は橋を渡ってそちらの街に行こうとしていた。何台もの車が橋の上を次々に走り去っていくのを横目に、自分はゆっくりと歩きながら橋を渡っていた。そのような夢を見ていたことをまず思い出す。
最後のシーンにおいて、次々と走り去っていく無数の車は現代人を象徴しているのかもしれない。彼らは自分の足で歩くことをせず、利便性を求め、流行に流される形で真の目的地ではない場所に流されていく。一方自分は、自らの足を地につけ、ゆっくりとだが着実に歩みを進めている。そのようなことを象徴しているように思えた。フローニンゲン:2022/2/26(土)09:21
7916. 今朝方の夢の続き
時刻は午前10時を迎えた。早朝に引き続き、小鳥たちが清澄な鳴き声を上げている。彼らの鳴き声に耳を傾けながら、今朝方の夢の続きについて書き留めておきたいと思った。
夢の中で私は、長年の付き合いのある知人と旅館に泊まっていた。その方は近くを散歩に出かけ、私もちょっと息抜きに辺りを1人で散歩していた。
散歩から帰ってきて旅館の部屋に行くと、そこにはなんと緑色の豆が畳の上にびっしりと置かれていて、部屋の隅っこに見慣れない人がいた。その男性は私に、「この豆の上で寝転んだり、足踏みをすると、ツボが刺激されて気持ちいいんです」と述べた。
それを聞いてぜひ試してみようと思ったら、部屋に敷かれていた2つのうちの片方の布団が膨らんでいることに気づいた。そこに誰かが寝ているとすぐにわかったのだ。
そこにいる誰かは、布団を頭から被っていたので誰がそこにいるかはわからなかったが、おそらく知人の方だろうと思った。その方が寝ているところを起こしては悪いと思ったので、私は静かに緑の豆の上に横たわったり、足踏みをしたりした。確かに、これは気持ちがよく、病みつきになってしまうかもしれないと思ったところで夢の場面が変わった。
次の夢の場面では、私はオランダの海岸線にいた。実際には、海岸線を車で走っていた。その車にはオランダ人の見知らぬ若い女性が乗っていて、その他にも数名外国人がいた。
私は、オランダの治水整備の凄さについて尊敬の念を持っていて、オランダがどうしてここまで整備された治水システムを持つに至ったのかをそのオランダ人の女性に尋ねてみた。すると、その女性は自分が知っている限りのことを全て教えてくれ、私にとってはそれらは全て知らないことだったので、とても参考になった。
また、治水システムに加えて、オランダの運河についても尋ねてみた。オランダの運河はどのような歴史的背景から作られるに至ったのか、また今の目の前に見えている運河はどこからやって来て、どこに向かうのかについても尋ねてみた。
すると、そのあたりの歴史については諸説あるようであり、その中で彼女が一番信憑性が高いと思っているものを紹介してもらった。何やら、6世紀ぐらいに重要な出来事があったらしく、そこから運河が網の目のように張り巡らされるようになったとのことである。彼女の話を聞きながら、私の脳裏には地図が浮かんでいて、目の前の運河が北欧につながっている姿がイメージされた。そのような夢を見ていた。
後半の夢において、運河はひょっとしたら自分の神経ネットワークかもしれないと思った。また、運河は人生そのものでもあると思えたのである。
自分の神経ネットワークがどんどんと張り巡らされ、刷新されていく感覚が最近強くある。また、運河がひょっとしたら北欧につながっているのではないかというのは、自分がいつか北欧での生活を始めることの予兆なのかもしれないと思えたのである。フローニンゲン:2022/2/26(土)10:12
7917. 朝日の恵み/今朝方の夢の続き
時刻は正午を迎えた。今日は本当に天気が良く、2階の窓の両側のカーテンを開けていると、部屋がとても明るく、電気をつける必要が朝からなかった。また、今の自宅は冬のこの時期は朝に太陽の光が部屋に差し込んでくるので、朝の太陽の光を浴びる意味でも、カーテンを開けておくというのは良い。
朝に太陽の光を浴びることによって、体内の活動サイクルが整う。それは心身に肯定的な影響を与えてくれる。朝の太陽の光は自分にとって恵みであり、それに感謝したい。
改めて今朝方起床した時に取っていたメモを見返すと、もう1つ夢を見ていたことに気づき、それをまだ書き留めていなかったので、それを書き留めておきたい。メモがあるおかげでこのような形で、起床してから随分と時間が経っても夢について思い出すことができる。
夢の中で私は、薄暗い洞窟の中にいた。洞窟の中は松明で光が灯されていて、微かに周りが見えるような状況だった。しばらく洞窟を歩いていると、広い場所に出た。その場所には大量の松明が周りに置かれていて、空間の中心だけが明るく、そこに何があるかがよく見える形になっていた。
空間の中心を見ると、なんとそこに人間の形をした怪物がいた。その怪物は大きくなく、子供ぐらいの大きさであったが、その内側には巨大な力を秘めているように思えた。それは佇まいからわかったのである。
私はその場で身動きすることなく、そこに佇んでいた。すると、1人の見知らぬ男性がその怪物の方に近寄っていくのが見えた。
よくよく目を凝らしてみると、どこかで見たことのある人だった。しかし、彼が誰だか思い出すことができず、自分にとっての心の師匠のような存在であることだけがわかった。
その人物が怪物のところに近づくと、突然戦いが始まった。戦いの始まりと共に、周りにあった松明の火が強くなり、松明がゴォーという音と共に燃え上がった。その雰囲気は、どこか密教的な儀式の最中のようだった。
私は目の前の戦いの一瞬一瞬を見逃さないようにと目を凝らして戦いを眺めていた。すると、怪物が一瞬気を緩めたその瞬間を見逃さず、マーシャルアーツの達人と思われるその男性は、一気に怪物を仕留めた。
私の目の前に、怪物の首がゴロリと転がって来て、私はそれに対して過度に驚くこともせず、君悪がることもなく、スッと足を後ろに移動させて首を避けた。転がった怪物の首を眺めると、怪物はまだ生きているようだった。怪物は最後の力を振り絞って、首を動かして地面を這いつくばっていたが、少しして息絶えた。
この夢もまた印象深い。この夢が何を象徴しているのかは定かではないが、自分の深層心理の何かを表していることは確かだろう。そのシンボルの意味を自分なりに心の中で紐解いていこうと思う。フローニンゲン:2022/2/26(土)12:20
7918. ジークンドートレーニング57:即興性を楽しむこと
時刻は午後4時半を迎えた。今日は朝からずっと天気が良く、窓から外を眺めているだけでも嬉しい気持ちになり、カーテンを開けて太陽の光を浴びると大変気持ち良かった。
そんな中、今日もまたジークンドーのトレーニングをしていた。今日はいくつものステップを組み合わせながら自由にフットワークを行う練習をまず行った。ステップの組み合わせは無限にあり、その場で即興的にステップを組み合わせることは、どこかジャズ的であり、自分の創造性が刺激される。
そもそも私たちの魂は即興性を好む性質があり、自分の魂も喜んでいるようだった。ジークンドーのステップの練習が魂の養分になるというのは願ってもないことである。
そこらは打撃の練習をした。まずはパンチに関して、いくつかのコンビネーションの練習を行ったり、フックパンチだけを取り出して練習を行ったりした。また、ジークンドーの代名詞であるビルジーについても、いくつかの種類を練習していった。
ビルジーをする際には独特の指の形が鍵を握り、指を強化するために、壁や机に指を突くような練習も行っていった。そこからは蹴り技の練習に入った。
ジークンドーの蹴り技の練習をすればするほどに、股関節の可動領域が広がっていき、柔軟性も増しているように思う。というよりも、ジークンドーの種々の蹴り技を行うために股関節の開発を行って来た成果が現れ始めていると言ってもいいかもしれない。
いずれによせ、股関節の開発とジークンドーの蹴り技の練習が相互作用をしていて、股関節の可動領域や柔軟性の拡張と、蹴り技の向上が互いに良い影響を与え合っていることは嬉しい限りである。明日は、ジークンドーに関する手持ちのDVDを見ながら、自主的に色々な技を練習していこうと思う。
さて、ジークンドーの鍛錬の前にふと、神仏習合以前の日本の精神性を探究するためには、やはり古神道を学んでいく必要があるということについて考えていた。今の自分の大きな関心はそこにある。
古神道とマーシャルアーツを絡めた研究ができれば理想だが、それらを無理に絡める必要はなく、古神道だけでも探究に値するテーマだと思っている。来月末にTOEFL試験を終えたら、早速その日にでも文献リストに溜まった書籍を一気に購入して、古神道を含めた神道に関する探究を強い推進力を持って進めていこうと思う。
ジークンドーのトレーニングを終えて晴れ晴れした気持ちの中、ここからまた読書に取り掛かりたいと思う。今日も実に充実した1日だった。それは魂の肥やしになり、精神の輝きにつながっている。フローニンゲン:2022/2/26(土)16:52
7919. ポッドキャストと神道の音楽/復習の大切さ
時刻は午後7時半を迎えようとしている。午前と午後は自分の好きな英語のポッドキャスト——いくつかの分野で複数ある——を聴いており、夕食後は神道の音楽を聴いてリラックスするようにしている。そのため、今は神道の音楽が背後にかかっている。
夕食後に人の話し言葉を聞くと脳が活性化してしまい、寝つきに影響があるように思える。そうしたことから、午前と午後に好きなポッドキャストを聴き、夕食後は神道の音楽で寛ぐというのが自分にとっての理想である。
今日もマーシャルアーツのトレーニングに加えて、TOEFLの対策をしていた。しかし、土日はゆっくりとしたいこともあり、スピーキングの対策だけに留めた。independent taskだけに焦点を当て、いくつか問題を解いていった。
independent taskの問題の種類はいくつかあるが、ある事柄のメリットとデメリットを述べさせるタイプの問題では、メインのメリットを1つ、メインのデメリットをまず1つ挙げることが重要かと思う。
仮にメインのメリットを2つ述べ、デメリットを1つも述べることができずにタイムアップをしてしまったら、問題の要求事項にきちんと答えていないことになる。そのため、回答時間が短いことを考慮して、まずはそれぞれの項目に対して少なくとも1つ自分の意見を述べるようにする。もしそれで時間が余っているようであれば、メリットかデメリットを加えればいい。そのような形でこの種の問題をいくつか解いていた。
それと今後は、土日には、過去のスピーキング対策で書き出した自分の発話表現を何度も音読していき、自分の得意な定型表現やよく使う観点を記憶に定着させていこうと思う。土日は読書により時間を充てたいという思いと、平日よりもゆっくりとしたいという思いから、新しい問題のセットは解かないようにする。
TOEFLの対策において今の自分が焦点を当てているのはとにかくスピーキングであり、このセクションに含まれるindependent taskとintegrated task共に、土日のそれぞれで過去の自分の回答例を10問から15問ずつをめどに何度か音読して復習する。
そうすると、自分の具体例の特徴や論の展開の仕方などのパターンが見えてくるだろうし、それらをより洗練させる必要があればより洗練させていくことができるだろう。また、問題のパターンそのものにもより習熟していくであろうから、やはり土日は時間を取ってこうした復習をしていきたいと思う。
今日もまた小さな気づきと発見に溢れた1日であった。毎日が気づきと発見の宝庫として立ち現れてくれることに感謝したい。フローニンゲン:2022/2/26(土)19:32
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