No.3230 チャクラの解剖図_Anatomy of a Chakra
本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)
No.1192, A Brain Wave for Healing
I enjoyed taking a sauna today, too.
I experienced a specific brain wave which is suitable for healing.
This brain state can cause harmonious synchronization with others.
Groningen; 16:00, 1/31/2022
No.1193, A Circle
My mind is a circular shape.
It is not a straight line.
My mind can embrace everything because it is a circle.
Groningen; 19:14, 1/31/2022
No.1194, I Die to Live
I die to live.
It is not the other way around.
Groningen; 19:19, 1/31/2022
下記のアートギャラリーより、本日のその他の作品(4つ:コメント付き)の閲覧·共有·ダウンロードをご自由に行っていただけます。
本日の3曲
全ての楽曲はこちらのMuseScore上で公開しています。
楽曲の一部はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています。
タイトル一覧
7781. 今朝方の夢
7782. 今朝方の夢の続き
7783. ジークンドートレーニング33:シャッフルステップの練習/重心の位置を保つこと
7784. 体重を伝えること/様々な心理学とマーシャルアーツとの繋がり
7785. 別れと祈り/ジークンドートレーニング34:質の高い練習
7781. 今朝方の夢
時刻は午前7時半を迎えた。明け方に雨が降っていて、その雨音で1度目が覚めた。どうやら今日は午後にも小雨が降るらしいので、ジムに行く際には折り畳み傘を持っていこうと思う。
今朝方の無意識に映し出された夢の世界。夢の中で私は、自分の背骨がスッと伸びるという体験をしていた。背骨がスッと伸びると、背骨に通っている軸のようなものが天高くどこまでも伸びていき、同時に地球の芯に向かってまっすぐ降りていく感覚があった。それによって、自分は天とも地とも深くつながっている感覚があった。
その他の夢としては、私はオフィスビルにいて、ある新しいゲーム会社に専門家として雇われて働いている場面があった。その会社のメンバーたちは若く、活気はあったが、如何せん彼らの経験がまだ浅いため、様々な仕事が積もりに積もっているようで、とても忙しそうにしていた。
そんな中、彼らはある暗号資産のプロジェクトに積極的に関与していて、その暗号資産を普及させるべく、その暗号資産のマークが入ったコーヒーを提供するということを行っていた。私も密かにその暗号資産を保有していたので、せっかくだからコーヒーを一杯もらおうと思った。
どのようにすればコーヒーがもらえるのかを確認したところ、スマホの暗号資産ウォレットから、その会社のウォレットにその暗号資産を小額送金すればいいとのことだった。そうした送金は初めてでだったので、私はやり方がいまいちわからず、メンバーの1人にお願いして、送金を代わりにやってもらうことにした。
なぜかわからないが、スマホのSIMカードを渡して欲しいと言われ、それを渡すと、彼はそれを自分のSIMカードと差し替え、そこから送金の操作を行った。その時に、彼は自分のウォレットに入っている暗号資産の量に驚いていた。
実はそれで全てではなく、スマホのウォレットではなく、パソコンのデスクトップのウォレットにはその40倍ほどの暗号資産を保有していたのだが、それについてはあえて言及しなかった。
送金手続き自体はすぐに完了したが、相手のウォレットに到着するまでしばらく時間がかかるようだったので、待つことにした。その間に、先日の請求書が無事に届いているかを他のメンバーに確認した。
ところが、今はそれどころではないようで、話を聞き流されてしまった。そうこうしているうちに送金が完了しただろうと思ってコーヒーをお願いしたが、コーヒーについても誰も相手にしてくれず、私は少し困ってしまった。
その日はどうしても請求書を受け取りたかったし、喉が乾いていたのでコーヒーも早くほしかった。結局待てどもどちらも受け取れなかったので、私は諦めてオフィスを後にすることにした。その際に、もう金輪際その会社と一緒に働きたくはなかったので、契約を打ち切ってもらうことにした。
すると、メンバーは慌てて私を止めてようとしたが、彼らの言い分をもはや聞く気にはなれず、その場で契約を解除して、もうこの会社と関わることはやめにした。そのような夢を見ていた。フローニンゲン:2022/1/31(月)08:01
7782. 今朝方の夢の続き
時刻はゆっくりと午前9時に向かっている。先ほど、朝の呼吸法のエクササイズと動的ストレッチを終えた。とりわけ、バンダ、ナウリ、火の呼吸の実践を始めてから、内臓がマッサージされているのか、身体が内側から調子が良くなっているのを実感する。これからもそれらを継続していき、身体の変化を感じていこう。
この時間帯になって今朝方の夢の続きを思い出した。夢の中で私は、あるオフィスビルにいた。しかしそこはとても閑散としていて、人が全くいなかった。それがとても不気味に思えた。
確かに人は誰もいないのだが、どこか人の気配を感じた。そこで私はフッと宙に浮き、天井に張り付く形でその気配の主を特定しようと思った。
すると、槍の使い手らしき小柄な女性がやってきて、キョロキョロ辺りを見渡していた。どうやら彼女も私の気配を感じ取ってそこにやって来たようだった。
私は天井で息を潜め、彼女が去っていくのを待った。彼女は見た目は小柄だが、槍の扱いに関してはマスターのように思えた。それはオーラから察したことである。
彼女はスッとどこかに消えて行き、それを確認してから再び私は地上に降りた。少し離れたところにエレベーターがあり、それを使って上の階に行ってみようと思った。
エレベーターに誰かが乗っているかもしれないと思ったので、再度宙に浮き、エレベーターの中を確かめてから乗ることにした。すると案の定、エレベーターにはたくさんの人が乗っていて、彼らはどこかサイボーグのように思えた。彼らと目を合わせると襲われてしまう危険性があったので、私は薄っぺらい紙に化けて、エレベーターの上の方の空間にスッと張り付いて上の階に向かった。
それ以外にも、小中高時代の親友(SI)と外国の都会を歩いている場面があった。彼としばらく歩いていると、横断歩道で信号に一度捕まった。赤の最中に彼と少し話をして、彼はトイレに行きたいということを述べた。
信号が青に変わり、ちょうど横断歩道を渡り切ったところに公衆トイレがあった。一度地下に降りたところにそのトイレはあったが、少し汚いように思えたので、私はそこで用を足すことはしなかった。
トイレの前には列ができていて、友人はそこでしばらく待つ必要があった。少し時間がかかりそうだったので、私は彼に、自分は先に美術館に行ってそこで待っているということを伝えた。彼はそれを承諾し、いったん彼と別れたところで夢の場面が変わった。
昨年末から1月の初旬にかけて滞在していたロヴァニエミではあまり夢を見ていなかったように思うが、ここ最近はまたよく夢を見ているように思う。その理由が何なのかはわからないが、自分にできることは夢をつぶさに書き留め、それについて内省をして、治癒と変容の肥やしにすることである。フローニンゲン:2022/1/31(月)08:56
7783. ジークンドートレーニング33:シャッフルステップの練習/重心の位置を保つこと
時刻は午前10時を迎えた。今日も昨日と同様に天気がとても良い。
早朝の天気予報では小雨が降るとのことだったが、今は全くそのような様子はない。だが、オランダの天気は変わりやすく、やはり午後からは小雨が降るようなので、ジムに行く際には折り畳みの傘を持って行こうと思う。
先ほど、午前中のジークンドーのトレーニングを終えた。今日は午後にジムでもジークンドーのトレーニングをするので、午前中はシャッフルステップに絞って練習をした。
以前より、シャッフルステップとペンデュラムステップの違いがいまいち分かっていなかったが、今日の練習の際にそれらを改めて調べてみることによって違いが明確になった。シャッフルステップは主に間合いの調整をする時に使われ、瞬時に相手の攻撃を後ろに回避する際や、一気に間合いを詰めて攻撃に移る際に活用される。
ペンデュラムステップと動きは似ている部分はあるが、ペンデュラムステップは、その場で足を振り子のように入れ替える特徴があり、シャッフルステップはその場に居続けるのではなく、必ず前後への移動が伴う。
シャッフルステップをやりながら、自分の頭の位置が変わってしまうことに気づいた。これは避けなければならないことである。頭の位置はできるだけ変えずに行うことと同時に、重心の位置をできるだけ変えずにこのステップを行うことができるかが鍵のように思えた。
頭の位置や重心の位置を変えないように意識すると、自然と重心が下がって来たのだが、ここも注意が必要だ。というのも、重心が下がりすぎるとフットワークが重くなることに気づいたのである。
なので理想は、オンガードポジションの重心をできるだけ保って、よく言われるように、頭のてっぺんが天から糸で吊るされているような感覚イメージを持ち、重心が変わらないでいて、同時にフットワークも軽やかになることである。この点については午後のトレーニングの際にも意識したい。
それでは今から作曲実践を挟み、再び身体操作の鍛錬に移りたい。昨夜ふと、どこかのタイミングでバッハの曲に絞って、バッハの曲を参考にしながら作曲実践を続けてみようということを思った。
これまでは実に様々な作曲家の曲を参考にして来たが、ここらへんで誰かに絞って範を求め、自分なりの曲を作っていく方向に舵を切って行こうかと思ったのだ。このアイデアをいつ実行に移すかはもう少し考えてみたい。
というのも、やはりまだまだ色々な作曲家の様々な曲を参考にしたいと思う自分も残っているからだ。いずれにせよ、仮に誰かに絞るのであればバッハが最有力候補であることを昨夜改めて思った次第である。フローニンゲン:2022/1/31(月)10:13
7784. 体重を伝えること/様々な心理学とマーシャルアーツとの繋がり
時刻は午後12時半を迎えた。まだ空は明るく、小雨が降る様子はこれっぽっちもない。
先ほど、2階のキッチンの前の倉庫の上で、2匹の猫がお互いを見つめ合いながら唸っていた。時々動物は、こちらから見て何をしているのかわからないことをする。
それはお互いに威嚇をし合っているのか、それとも交流をしようとしているのがよくわからなかった。ただし、声の質感としておそらく威嚇し合っているのだと思われたが、如何せんお互いの距離が近く、そしてしばらく硬直状態が続いていたのでその真意を理解することは難しい。
さて、昼前の身体操作のトレーニングについて少し書き留めておきたい。その時のトレーニングでは、とりわけ相手に触れられた時に自分の体重をどうやって相手に伝えるかの鍛錬をしていた。
筋力や体重を増やすのではなく、体重をどうやって相手に伝えるか、自分の体重をどのように技に乗せていくかの探究は、自分のように体重の軽い人間にとって重要だろう。身体的なハンデがあるからこそ、筋肉などの力に頼らない身体操作の探究に向かわせてくれることには逆に感謝をしなければならない。
体重を相手に伝える際には、昨日鍛錬していたように、相手の無意識的な筋肉反射をキャッチして、的確な量を加えていくことが求められる。ステップを書き留めておくと、まずは相手に筋肉反射を起こさせる微動をこちらが行い——相手に筋肉反射を起こさせない形で技を発動させることもできる——、相手が筋肉反射を起こしたことを感知しなければならない。あとは力を無駄に込めるのではなく、相手に反発力を生まない形でうまく相手に体重を伝え、相手を崩していくことができる。
このあたり、まずは自分の体重移動を感じてみることから練習を出発させるべきだろう。前後左右のゆっくりな動きを通じて、体重移動を感じてみる鍛錬を、後ほどジムの鏡を見ながら行いたい。今日のトレーニングでは、体重移動と天から糸を吊るされたような姿勢を意識することにとりわけ集中したい。
今から少しばかり文献調査をしよう。トランスパーソナル心理学とマーシャルアーツ、超心理学とマーシャルアーツ、身体心理学とマーシャルアーツを架橋するような学術書がないかを調べてみよう。きっと数冊まだ見つけていないものと出会えるのではないかと思う。
これまで様々な心理学領域を探究して来たことが、今マーシャルアーツという切り口でさらに深い探究に向かっていることを嬉しく思う。フローニンゲン:2022/1/31(月)12:41
7785. 別れと祈り/ジークンドートレーニング34:質の高い練習
時刻はゆっくりと午後5時に近づいて来ている。幸いにも、天気予報が外れ、午後から小雨が降ることはなく、ジムの行き帰りに傘を刺す必要なかった。
ジムから自宅に戻っている最中に、行きつけのピザ屋の目の前を通ろうとした時、店主の男性に呼び止められた。そして、奥から店主の女性が出て来て、残念な知らせを聞かされた。
どうやらピザ屋を閉めるとのことだった。突然のことだったので、訳を聞いてみたところ、コロナによる影響ではなく、店主の女性がビジネスから離れ、ゆっくりしたいとのことだった。
店主の2人は、今ままで自分がピザ屋に通ってくれていたことにお礼の言葉を述べてくれた。むしろお礼を言いたいのはこちらであり、いつも美味しいピザを提供してくれたことに感謝の意を伝え、これまでピザ屋を長らくやって来たことに労いの言葉をかけた。
すると2人は笑顔になり、お互いのこれからの人生が充実したものになることを願って別れた。ピザ屋が閉まってしまうことは残念だったが、とても気持ちの良い別れだった。
さて、今日のジムでのジークンドーのトレーニングについて振り返っておきたい。今日はいくつかの項目を意識的に取り組もうと思って、携帯にメモをし、それを見ながらトレーニングをした。すると、意識するべき項目を確認しながらだったので、より精度が高く、密度の濃いトレーニングができたように思う。
ジークンドーの技を護身上仮に発動することがあったとしても、それは一瞬のこと、あるいは数秒のことであるから、連続で何度も同じ技を繰り返して練習するのではなく、本当にその一瞬に全てを賭けるようにして集中力を凝縮した形で技を繰り出しては呼吸を整え、そして技をまた繰り出しては呼吸を整えということを行っていた。
量より質である。そしてこうした質の高い鍛錬を地道に積み重ねていけば、結果としてそれが量になるのだ。
打撃の練習の際には、相手の様々な身長に適用できるように、打撃の高さを変えるなどの工夫もしていた。そして、できるだけ緊迫した状況を想定した形で技を繰り出すようにすると、なお実践的な練習になったのではないかと思う。
トレーニング後のサウナにおいては前回と引き続き、同じメニューでマッサージを行なっていった。特に3回目の時に行う内臓マッサージは、デトックスにとても効果的なように思う。
今夜はもうトレーニングをすることはせず、ストレッチぐらいに留め、マーシャルアーツ関係の書籍を読み進めていこうと思う。フローニンゲン:2022/1/31(月)17:01
Comments