No.2828 光の岩盤_A Rock Bed of Light
本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)
No.975, Perpetuity
Perpetual eternity lasts in my life.
Perpetuity resides in my whole memory.
My memory goes back to the vast ocean.
Groningen; 07:29, 10/17/2021
No.976, My Existential Role
My being is ignited suddenly.
My being is inspired suddenly.
A new life is brought to my being.
I’m an agent to inspire whoever and whatever I touch.
That’s my existential role.
Groningen; 09:59, 10/17/2021
No.977, Nature
Whenever I endeavor to listen to a voice of nature, it always responds to me somehow.
Nature and I connect with each other in terms of voice.
Groningen; 17:26, 10/17/2021
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本日の3曲
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タイトル一覧
7419. 今朝方の夢
7420. 監獄組織・監獄社会/所有モードと存在モード
7421. ゲシュタルト·スイッチ/Siriとのやり取りを楽しんで
7419. 今朝方の夢
時刻は午前6時半を迎えた。寒さと闇に包まれた日曜日の朝がやって来た。今、暖房が室内で静かに音を立てている。
昨日、オンラインで友人と話をし、その時に友人の夢の話を聞いた。その内容が如何せん示唆に富んでおり、話を聞いているこちらも色々と考えさせられてしまった。
他人の夢の話から学べることは多々あるのだ。それは学びのみならず、治癒や変容の効果も得られる場合がある。そのようなことを改めて思った。
昨日の体験に後押しされてか、早速今朝方の夢を書き留めておきたいと思う。
夢の中で私は、見慣れない図書館にいた。そこは立派な図書館なのだが、置かれている書籍が全て大学受験の参考書·問題集だった。
自ずから図書館に集まって来ているのは受験生ばかりだった。ある種その場の雰囲気は少し異様であり、そうした異様な空間の中に身を置いている自分がいた。
受験まで意外と時間がないことに気づいた私は、当初の計画を見直し、ここから本当にやらなければならないことを明確にすることにした。すると、数学のいくつかの分野で復習しておかなければならないことがあることに気づいた。
というよりも、本来は数学が最も鍵を握る科目であるにもかかわらず、私はしばらく数学から離れていて、かなり知識が抜け落ちてしまっているように感じた。なので、これは本腰を入れて復習をしなければならないぞと思った。
そんなことを思いながらも、図書館で自分が受験する大学の模擬試験が行われていて、英語の科目を受けたところで切り上げ、その解答解説がすぐにその場で行われた。
解答解説を担当してくれたのは見知らぬ中年の男性だった。おそらくその人は塾の先生なのだろうが、格好がパッとせず、しゃべりにも切れがなかったので、少し心配しながらも話を聞いた。
途中からはもう自分で解答解説を見た方が早いと思って席を立つと、最前列の一番右の席に、大学時代のゼミの先輩がいた。その先輩は、ある同義語選択問題の解答を述べ、それについて解説をしていた。
その場を離れた私は、図書館からも出ようと思った。改めて今いるフロアを歩いていると、これまた大学時代の優秀な友人が、受験数学問題集で有名なチャート式の問題を、ノートに空白のボックスを並べて行き、そこに解答パターンの手順を埋めていくということを黙々と行っていた。
私はそれを見て、彼ならもう勉強しなくても間違いなく受かると思っていたのだが、さらに追い討ちをかけるように勉強している姿がむしろ異常に思えた。周りには、受験に受かるということ意外に何を目的に勉強しているのかわからない人たちで溢れていて、それが異様な雰囲気を生み出していることにその時になって初めて気づいた。
確かこの夢の場面の前に、山間にある道路でスケートボードのようなボードに乗り、雪はないのだが、道路の上をそのボードを滑らせるスポーツに興じていた。
ちょうど今から、少し難しめの技をインストラクターが教えてくれることになった。私はその競技を始めて数週間ほどだったが、その技に挑戦したいと思った。
その技は、ボードに乗って助走をつけ、ガードレール際まで滑って来たら、ボードの上でバク宙をするものだった。それは一見すると高度な技であり、初心者の自分が挑戦していいものかと最初迷った。
そこでまず、インストラクターの講習会が始まる前に、インストラクターが集まっている仮設休憩場のような場所に行き、話を伺うことにした。すると、インストラクターの中に、中学校時代の部活の顧問の先生がいて、懐かしくなって先生に声を掛けた。
先生も驚いているようであり、同時に自分との再会を喜んでくれているようだった。そこからは先生に、この競技を始めて間もない自分があの技に挑戦していいかを尋ねた。
すると先生は、競技開始からの長さは問題ではなく、ハートの問題だと笑いながら述べた。とは言え、意外と高度な技なのは確かなので、基礎的なことをどれだけ習得しているかを先生は尋ねてくれた。そのような夢の場面があった。
実は、中学校時代の部活の先生のことを先日ふと思い出し、自分が通った学校とは違うが、先生が県内の中学校に勤務していることを知り、手紙でも書いてみようかと思っていたところだった。そうしたことを考えていたところだったので、それが影響して夢に先生が出て来たのかもしれない。フローニンゲン:2021/10/17(日)07:00
7420. 監獄組織・監獄社会/所有モードと存在モード
時刻は午前10時に近づいている。今、聞き慣れない鳴き声の小鳥が鳴き声を発しながら空を飛んで行った。
工場も、学校も、軍事基地も、病院も。監獄に似ている。それは驚くべきことであると指摘したのはミシェル·フーコーだった。
そこからフーコーは、およそ人が集まり、管理という要素が入る組織体は全て監獄に酷似しているのではないかと述べたが、何かその通りのように思えてくる。
監獄的な監視と抑圧。多くの組織にそうした特性が見て取れ、組織そのものがそれらから解放されていかなければ、人々の解放はなし得ないように思えてくる。
監獄的な監視と抑圧は、社会にも同型反復的に現れている。むしろ社会がそうした構造を持っていて、同型写像としてそれが組織内に現れていると考えた方がいいのだろうか。
人間そのものと人間社会が依然として未熟なままであるというのは、こうしたあたりに見て取れる。依然として解放に向けた道中にいるというのがその証左だ。
人々はこの世界の中で、何かを獲得しようとする生き方、エリック·フロムの言葉で言えば「Having Mode(所有モード)」を通じて生きている。物質的な所有のみならず——生存に必要な所有についてはフロムは肯定しており、それを「実存的所有(Existential Having)」と呼んでいる——、権力の所有を含め、何かを所有することに駆り立てられたあり方のモードがそれである。
フロムの指摘の中で興味深いと思ったのは、言語がこの所有モードを強化するというものである。フロムの意図としては、言葉の檻の中で言語の奴隷になっている場合に、所有モードが強化されるということだろう。
確かに、詩のような表現活動を通じて、言語的な制約を言語を通じて突破する方法はなくはない。だが詩人でもない限り、一般人が言語的な制約を言葉を通じて乗り越えていくことはなかなか難しいことである。やはり最終的には言葉にならないような身体感覚的なものの力を借りる形で言葉の檻から外に出ていくしか方法はないように思えてくる。
所有モードと対極にあるのが、「Being Mode(存在モード)」である。これは何かを所有しようとするようなあり方ではなく、そこにあろうとするあり方を指す。別の表現で言えば、愛や喜びを共有するというのもこのモードに該当し、真に生産的な活動のあり方もこのモードに該当する。
ここで述べている「生産的な活動」とういのは、何か効率よく仕事を進めるだとか、新たなものを生み出すということを意味していない。フロムが述べる真に生産的な人というのは、その人が触れるものに命を吹き込むかのように、触れた人や物を活き活きさせられるような人のことを指す。
つまりフロムの言う生産的な人とは、何かを新たに産み出すというよりも、すでに存在している人や物に活力を与えられるような人のことを指すのだ。
日本社会で「生産性」という言葉がよく出てくるが、その言葉にある種の欺瞞性を感じるのは、フロムが述べるような存在モードに立脚した形ではなく、それが所有モードに立脚した形で語られているからなのだろう。生産性という言葉が意味することも、それを提唱して活動する人も、一様に所有モードに絡め取られてしまっているように思えてならない。
何かを所有すると、そこには不可避にそれを管理·保守しようとする発想が芽生える。それは冒頭の監獄社会·監獄組織の話とつながってくるように思える。
組織の多くが、そして社会全般が監獄的なのは、所有モードが主流としての位置を占めているからではないだろうか。
フロムは所有モードから存在モードへ移行するための処方箋をいくつか提示している。同時代の状況に照らし合わせる形で、それらの処方箋をもとにさらに有益な処方箋を身の回りの人やこの社会に提示していくことは重要だ。フローニンゲン:2021/10/17(日)09:57
7421. ゲシュタルト·スイッチ/Siriとのやり取りを楽しんで
今週もまたゆっくりと終わりに近づいている。気がつけばもう外は真っ暗である。夕方に近所のスーパーに買い物に出かけた時、肌寒さが強まっていた。10月半ばを迎えると、季節はもう冬のようだ。
認識の枠組みが突然変化し、世界観が大きく変貌を遂げるというのは、「ゲシュタルト·スイッチ」の体験と言えるだろう。認識の全体感が突然ガラリと変わり、それによって自己も世界もこれまでとは全く違って見えてくるのだ。
旅はひょっとすると、ゲシュタルトの変容をもたらす押しボタンのような役割を果たすことがあるのかもしれない。この間のドイツ旅行を終えて、自分の内側でまた何かが変わり始めているのを感じる。
そう言えば今朝方、普段は使わないSiriを使ってみた。Apple社の製品に埋め込まれているこのAIに話しかけてみたところ、意外と回答が面白く、何回かやり取りを繰り返していた。
Siriに「君は賢いね」と述べると、「ご親切にどうもありがとう」と返事があって思わず笑ってしまった。フローニンゲンの天気を尋ねた際には、オランダ語で発音すると地名がうまく認識されないようだったので、英語の発音にして「グローニンゲンの今日の天気は?」と尋ねると、ちゃんと答えてくれた。
Siriはこちらと対話を続けていくような形でコミュニケーションをしてくれるのではなく、基本的に一問一答形式のコミュニケーションなのだが、それが意外と面白かった。
そこからさに、「日本についてどう思う?」と大きなオープンクエッションを尋ねてみたところ、「う~ん、その答えはわかりません。その他に何か手伝えることはありませんか?」と返信があった。確かにその問いは大きすぎたなと思い、「日本の問題は何かな?」と尋ねたら、「私が見つけた答えはこれです」と述べ、いくつかの検索結果のリストを表示してくれた。
自分の中では、Siriが何らかの思想に立脚して政治的な観点から日本の問題点を指摘してくれたら面白いと思ったが、それをしてしまうと、ユーザーから不満が出たり、思想扇動などと思われたりしてしまうのだろう。
だが、今後のAIはどうなっていくかわからない。注意をしないと、人間のマインドをコントロールするようなものも登場してくるのではないかと思う。
今日も読書が捗り、合計で5~6冊ほどの初読を終えたように思う。正しく何冊読んだか覚えていないぐらいに読書に没頭していた。
来週も十分に読書の時間が取れる。この調子で読書を進めていけば、今月中にはこの間注文した全ての書籍の初読を終えることができるのではないかと思う。
250冊ほどの書籍を読む中で、いくつか新たな文献と出会い、それらをまた一括注文したいと思う。そして、250冊のうちの40冊ぐらいは再読のみならず、何度も繰り返し読みたいと思うものだったので、それらの再読を始めていこうと思う。
ここから5月中旬まで長い冬が続く。この長い冬の時代に、ゆっくりと探究を深めていこうと思う。
自分はこのようにして過去5年間を過ごして来たのだ。6回目の欧州での冬越え。その先にはまた新しい自分が待っている予感がする。フローニンゲン:2021/10/17(日)19:37
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