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7366-7369: ボン旅行記 2021年9月29日(水)



No.2769 約束の鎖_A Chain for a Promise


本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)

No.939, A Shower of Beatific Sounds

A shower of beatific sounds is falling down to the earth.

I’m just listening to it with a sense of awe.

Today will be blissful and fortuitous.

Bonn; 08:19, 9/29/2021


No.940, Thunderous Applause

Thunderous applause has emerged in my inner world.

It celebrates the whole of my today’s experience.

Being here in this world today was applauded sincerely and deeply.

This applause can be nourishment for my being.

Bonn; 21:46, 9/29/2021


下記のアートギャラリーより、本日のその他の作品(4つ:コメント付き)の閲覧·共有·ダウンロードをご自由に行っていただけます。

本日の3曲


全ての楽曲はこちらのMuseScore上で公開しています。

楽曲の一部はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています。

タイトル一覧

7366.【ボン旅行記】ボン滞在の4日目に見た印象的な夢

7367.【ボン旅行記】今日の予定/精神と感覚世界の結びつき

7368.【ボン旅行記】朝食からの気づき:時空間的習慣を持つ人間

7369.【ボン旅行記】ヨーゼフ·ボイスという美術家から得られた気づきと発見


7366.【ボン旅行記】ボン滞在の4日目に見た印象的な夢


時刻は午前7時を迎えた。ボン滞在の4日目が始まった。


今、ようやくボン上空の空が明るくなり始めた。どうやら今日は昼前から雨が降るらしい。降りはじめの頃は雨が強く、そこから徐々に雨脚が弱まっていくとのことである。


今日は折り畳み傘を持参する必要があるだろう。しかし今日は、観光する2つの美術館に行く際にたいして歩く必要がないことが幸いだ。


ボン中央駅からトラムに乗って、昨日ドイツ歴史博物館を訪れた際に使ったHeussallee/Museumsmeileという駅で降りれば、もう目と鼻の先にHeussallee/MuseumsmeileとKunst- und Ausstellungshalle der Bundesrepublik Deutschlandという美術館がある。まずは前者の美術館から訪れ、次に夜の10時まで開館している後者の美術館を訪問する。


それともう一つ、今日は最高気温が14度までしか上がらないようなので、冬用の暖かいセーターを着て外出しようかと思う。


今朝方も目覚めの直前に印象的な夢を見ていた。その夢の激しさから、起床した直後に随分と寝汗をかいていることに気づき、起きてすぐに着替えをした。


夢の最後の場面では、私は見慣れない広大な体育館でバスケをしていた。バスケをしていたメンバーが面白く、確かに小中高時代の友人や他校の知り合いもいたが、メンバーの中に宇宙人が混じっていたのである。


その宇宙人は人間の姿をしていて、女性のように思われた。宇宙人にも性別があるのかとツッコミたくなったが、その話題には触れず、その宇宙人を交えてバスケをしていた。


紅白戦の開始のジャンプボールの際に、どういうわけかこちらのチームでは私がその役目を買って出ることになった。本来であれば一番背が高い人がそれを務めるものであり、実際に相手チームは、小中高と同じ学校ではなかったが、サッカークラブなどを通じて知っていた背の高い知り合いがその役目を買って出た。


いくらこちらにジャンプ力があっても相手も運動神経が抜群であり、ジャンプ力も高かったので、身長差を補うことなど不可能だと思った。実際にジャンプボールが上げられてジャンプしてみると、彼の方が高く跳び、私はボールに触れることができずに、彼の手を叩いてしまった。それがファウルとなり、ジャンプボールはもう一度やり直しとなった。


手を叩いてしまったことを彼に謝ると、彼は気にしなくていいということを述べてくれた。次のジャンプボールの際には手を叩くことなく、それでいて彼に思ったところにボールを落とさせないようにする工夫をすることにした。


いざ2回目のジャンプボールが上がったときに、私はその策を講じると、それがうまくいき、味方が見事にボールを拾ってくれ、すぐさま私にリターンパスを送ってくれた。そこからは一気に速攻を仕掛け、私はドリブルで相手陣内まで一挙に侵入し、そのままの勢いでレイアップシュートを決めた。


相手のゴール下から再びコート内にボールが入り、試合が再開されると、突然宇宙人の女性が何か高音の奇声のようなものを発した。その場にいた全員はその音に耳を塞いだが、私はそれをする必要がないように思えた。


高音のそれは体育館中に響き渡り、私を除く全員が身動きが取れないような金縛りになっていた。奇声だけではなく、宇宙人はその場に50メートルの高さの地球外生命体を召喚したのである。それはエイリアンのようなグロテスクなものではなく、黄緑色に近い緑色をした不思議なパイプのような生き物だった。


その生命体が50メートル上の頭からボールをリングに落とし、それが見事に入って得点になった。この生命体はそこでフッと消えたのだが、宇宙人の奇声と生命体のインパクトからか、そこからこちらのチームは試合を優位に進めることができた。


振り返ってみると、今朝方の夢はとても印象的である。高音の奇声を発した宇宙人と、その宇宙人が召喚した不思議な生命体が示唆することはなんなのだろうか。


宇宙人が発した高音は、ベートーヴェンの交響曲第9番の合唱に出て来るソプラノパートの音を思わせる。そして音の迫力もまた似たものがあるように思う。ボン:2021/9/29(水)07:28


7367.【ボン旅行記】今日の予定/精神と感覚世界の結びつき


時刻は午前8時を迎えた。もう少ししたらレストランに降りて行き、朝食を食べようと思う。


昨日、8時半頃からレストランに降りて朝食を摂ったのだが、その時間帯は意外と人がいた。観光目的のために宿泊している人、そして仕事目的のために宿泊している人がいることが身なりや雰囲気から伝わって来た。


午前9時を過ぎると徐々に人が減っていったことを考えると、今日は昨日よりも遅めの朝食でもいいかもしれない。朝食を摂っている最中に、ドイツ人の中年女性に「良い朝食を!」と笑顔で話しかけられた。


最初ドイツ語が理解できず、なんと声をかけられたのかわからなかったが、そこからは英語で言葉を交わした。その方はどうやら仕事でこのホテルに宿泊しているようだった。


今日はこちらの時間帯の午前11時から午後1時までオンラインミーティングがある。ちょうど今日は筋トレをする日であり、午後はずっと美術館の訪問に時間を充てるであろうから、朝食後しばらくして、そのミーティングが始まる前にトレーニングをしておきたい。


いつものように1時間ぐらいかけて体の様々な部位を鍛えることはできないと思われるので、大胸筋と上腕三頭筋を集中的に鍛え、インターバルとして足のトレーニングをしようと思う。今日は腹筋と背筋のトレーニングをする時間はなさそうだ。


ベートーヴェンが残した一連の言葉には考えさせられることが多々ある。例えば、「音楽とは精神と感覚の世界を結ぶ媒介のようなものである」という言葉がそれである。


確かに、作曲実践を4年前に始めてからというもの、精神と言葉にならない感覚世界が結びつき、それらが相互作用し始めているように感じる。それはとても肯定的な影響を自分にもたらしてくれていて、それが日々の充実感の源泉になっていることは疑いようもない。


今日もまた時間を作って作曲実践をしていく。朝食までまだ時間があるので、今から2曲ほど曲を作ろう。


天気予報では今日は昼前から雨だが、今のボンの上空は晴れていて、黄金色の朝日が輝きながら地上に光を降り注いでいる。ボン:2021/9/29(水)08:11


7368.【ボン旅行記】朝食からの気づき:時空間的習慣を持つ人間


時刻は午前10時を迎えた。天気予報よりも少し早く、小雨が降ったり止んだりを繰り返している。


起床してしばらくしてからは朝日の姿を拝むことができたのだが、今日は雨が降ったり止んだりの天気と付き合っていく必要があるようだ。


先ほど朝食を摂っているときに、改めて人間は習慣の産物であることを思わされた。1人1人がそれぞれ異なった習慣を持っていて、人々はそれに無自覚なまま習慣的行為をしながら日常を送っていることが改めてわかったのである。


それは、朝食時に人間観察をしているときに気づいたものだ。厳密には、自分が腰掛けたテーブルが昨日と同じ場所だったことにハッとさせられ、自分が習慣的にその場所を選んでいることに気づかされたのである。


もっと言えば、自分がそのテーブルを選ぶ何かしらの隠れた理由があり、それは多分に心理的かつ精神が持つ歴史と関わっている。端的には、無意識に集積した何かが自分をそのテーブルに向かわせ、今日もまたそこに向かわせたのだ。


初日の朝食の時は窓際の通り沿いのテーブルに腰かけたのだが、通行人と目が合うことが時折あり、落ち着いて朝食を食べるにはそこはあまり好ましくないかと思った。そのため、レストランの真ん中にあるテーブルに腰掛けることにした。


ここは360度見渡そうと思えば見渡せる場所だが、視野の範囲の都合上、食べている最中にはエントランスの方向に向かってある程度の視野しか確保できない。


世界にはどのような人がいて、何が起こるかわからない世の中になっているので、自分の防衛本能か、エントランスの方向からレストランに入って来る人の人相や雰囲気を確認して、万が一に備えようとする自分がいるようだ。そうした無意識の本能的な何かがレストラン中央のテーブル席を選ばせたのかもしれない。


また自分は、空間の隅っこで身を潜めるようなパーソナリティーではなく、どちらかというと常にオープンで、空間の中心にいて目立つようなことを好むパーソナリティーがある——もちろん、ときには目立たないように身を潜めることもあるが——。そんなパーソナリティーが昨日と今朝のテーブル席に腰掛けさせたという見方もできなくはない。


明日は昨日と今日の自分に別れを告げるような意味で、また実験的に、ちょっと違ったテーブルに腰掛けてみようと思う。そこでどのような違和感を感じるかを確認したい。


違うテーブルに腰掛けている自分を想像すると、すでに違和感を感じているのだが、それはやはりエントランス側に背を向けて食べるということや、ビュッフェの食べ物が置かれている場所に背を向けること、そして外の世界の通路に背を向けることが好ましくないと思っている自分がいることによるのかもしれない。


空間のどこに位置することを好むのかによって、その人の人となりが色々と見えて来ることは面白い。


視線をレストランの他の客に向けてみると、昨日と同じような顔ぶれがあった。やはり朝食をいつ食べるのかという時間的習慣、そしてテーブルのどこに座るのかという空間的習慣があるようであり、同じ人が同じ時間帯の同じ場所に座って朝食を食べていることが面白く、少し笑みがこぼれた。


私は普段は朝食は摂らないが、旅行中は日中に動き回るために朝食を摂るようにしている。旅は習慣を見直させてくれ、習慣を変えるきっかけを与えてくれる効能を持つ。


今朝得られた気づきは、人間は時空間的な習慣を持つ生き物であり、それは多分に個人の無意識の何かが生み出したものであり、そうした習慣はその人の様々なことを語るということである。ボン:2021/9/29(水)10:13


7369.【ボン旅行記】ヨーゼフ·ボイスという美術家から得られた気づきと発見


時刻は午後4時を迎えた。今日は2つの美術館を訪れ、先ほどホテルの自室に戻って来た。


今日は昼前から昼過ぎまでオンラインミーティングがあり、そこから美術館に出かけたのだが、思ったよりも早くホテルに帰って来ることができた。それは決して2つの美術館で見るものが少なかったことを意味しているわけではなく、十分に作品を鑑賞してもそれぐらいの時間で済んだという話である。


初日はベートーヴェン·ハウスに訪れ、ベートーヴェンの生涯を辿る旅に出かけた。その翌日は、戦後から現在に至るまでのドイツの歴史を辿るためにドイツ歴史博物館に足を運んだ。今日は、ドイツの現代アートを理解したいと思い、 Kunstmuseum BonnとKunst- und Ausstellungshalle der Bundesrepublik Deutschlandを訪れた。


この2つの美術館は隣接していて、コンバインチケットがあったのでそれを購入した。その際に、「学生ですか?」とチケット売り場の窓口で尋ねられた。実は昨日も実年齢よりも10歳ほど若く思われていたことがあり、絶えず若さ、あるいは新鮮さを維持·涵養したいと思っている自分からすると嬉しい反応である。


さて、まずは前者のKunstmuseum Bonnであるが、こちらは特別展示と常設展示のいくつかの作品から、絵画の創作と音楽の創作に関するインスピレーションを得ることができた。早速今夜の創作実践で得られたことを具現化したいと思う。


ゆっくりとこの美術館の作品を鑑賞した後は、隣接するKunst- und Ausstellungshalle der Bundesrepublik Deutschlandに向かった。それは目と鼻の先にあり、ちょうどそのタイミングで強い雨が降っていたが、傘をほとんど差す必要のないぐらいにサッと移動することができた。


この美術館では、ヨーゼフ·ボイス(1921-1986)という美術家の展示物が印象的だった。ボイスは彫刻家でもあり、同時に大変興味深いドローイングをいくつも残している。


いくつかの解説文を読んでいたときに思わず足を止めた。思わず足を止めた解説文の1つは、ボイスが思考というものは本質的に彫刻的であるという考え方を持っていたことを示していた。


まさに自分も、思考というのは造形作業ないしは造形芸術的な側面があると思っていたので、ボイスの考え方に大変共感するものがあった。この解説文と関連して、ボイスが人間の創造的な思考を蜜蜂における蜂蜜に例えていたことが印象に残っている。


すなわち、蜂蜜というのは流動的で動的なものであり、それと同じく人間の思考というのもまた流動的かつ動的なものなのだ。さらに、蜂蜜は豊潤なエネルギーが含まれた産物であり、そこには温もりがあって、そうした性質は人間世界における愛や気遣いを象徴し、それらは社会の隅々に浸透しなければならないものであるとボイスが考えていた点が興味深い。


ここまでの考えを辿っていると、蜜蜂の研究をしていたルドルフ·シュタイナーのことが脳裏をよぎった。すると後ほど、ボイスがレクチャーをしているドキュメンタリー映像が壁に投影されていて、その言葉の中にルドルフ·シュタイナーが登場したのである。それはとても大きな驚きであると同時に、やはりなと思った。


そのドキュメンタリー映像の解説文を読むと、ボイスは一時期集中的にシュタイナーの思想を研究していたそうだった。まさにシュタイナーが人間という生命体(有機体)を蜂の巣に喩えていた発想がボイスにも受け継がれていたのである。


今日もまた気づきと発見に満ちた1日であった。明日はボン滞在の実質上最後の日であり、明日もまた2つの美術館に足を運ぶ予定だ。そこでもたらされるものに対して期待しながら、感謝の念と共に今日という日を終えていこう。ボン:2021/9/29(水)16:25

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