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6861-6862: アートの国オランダからの便り 2021年4月28日(水)


No.2175 神聖な寺院_A Sacred Temple


本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)

No.562, Touching Vast Emptiness and Form

The self is touching vast emptiness and form.

It feels freedom and a sense of fulfillment.

I’m also feeling liberated and fulfilled at this moment.

Groningen; 07:13, 4/28/2021


No.563, Nonduality

Nonduality showed up.

It caresses me.

I’m returning back to the ground of being.

The more I experience it, the more I become non-dual.

Groningen; 21:44, 4/28/2021


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本日生まれた5曲

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タイトル一覧

6861. 安心感をもたらす所属感

6862. 突然の停電/サトルボディを通じた読書


6861. 安心感をもたらす所属感


時刻は午前7時に向かっている。今、聞き慣れない鳥の鳴き声が聞こえてきている。


今朝も寒く、今の気温は3度である。今日は日中は14度まで気温が上がるそうであり、昨日と同じぐらいの暖かさとなる。


今日は晴れとのことなので、夕方にまた買い物に出かけようと思う。明日と明後日は雨となるようなので、それが賢明だろう。


昨日と同様に、今朝方もあまり印象に残る夢を見ていなかった。ぼんやり覚えていることといえば、比較的若い見知らぬ日本人の男性と欧州のどこかの街で話をしていたことぐらいである。話の内容も覚えておらず、ただそうした場面があったことだけが記憶に残っている。


夢についてほとんど覚えていないのだが、今朝方の目覚めはとても良かった。心身にエネルギがー充満していて、今日の活動の充実さを予感させてくれるには十分だった。今日もまた自分の取り組みを自分のペースで進めていこう。

昨日は祝日だった。夕方に買い物に出かけた時に、なんとも言えない安心感があった。それは、この国に根を下ろし、ここに属しているという安心感、さらには故郷にいるという感覚だと言ってもいいだろう。


オランダという国にいることがこうも安心感をもたらしてくれていること、そしてこの国が故郷の1つになっていることを有り難く思う。オランダという1国に所属している感覚を超えて、大宇宙に所属しているという絶対的な安心感もある。


オランダへの所属と宇宙への所属。この所属の感覚は、欲求の段階における低次の所属の欲求を満たしながらも、同時に高次の欲求も満たしているように思える。


所属という現象を取ってみても、どうやら段階があるらしい。昨日感じたのは、トランスパーソナルな所属欲求と言えるかもしれない。

自己が空(くう)に向かっていく過程で、自己はより自由になり、自己が色(しき)性を増す方向に向かっていく過程で、自己はより充実したものとなる。人間発達は、やはり自由と充実さの拡張過程なのだとわかる。今日もまたその歩みを一歩進めよう。フローニンゲン:2021/4/28(水)07:06


6862. 突然の停電/サトルボディを通じた読書


時刻は午後7時半を迎えた。先ほど夕食を摂り終え、今振り返りの日記を書き始めた。


昨日と違い、今日のこの時間帯は曇っていて、夕日を拝むことができない。明日はほぼ1日中雨とのことであり、これから天気が変わっていくことが予想される。

今日は電気の有り難さを改めて実感する出来事があった。朝の8時半ぐらいに洗濯物を干そうとして、1階の洗濯機がある場所に向かい、洗濯機の蓋を開けた直後に、急に洗濯ルームの電気が消えた。ブレーカーが落ちたのかと思い、それを確認してみると、そうではなかった。


何が原因かわからなかったので、オーナーフレディさんに電話をしたところ、地域一帯で停電になったようだった。洗濯機が回り終えた後だったので、ちょうどいいタイミングだったが、そこから電気が使えない時間がしばらく続いた。


いつもは温めて飲んでいるベジブロスを、冷蔵庫から取り出して冷たいまま飲んだ。冷たいベジブロスに味噌を溶かすのも容易ではなく、電気が使えないことの不便さを感じた。


そこからしばらくして電気が復旧し、通常の生活に戻った時、改めて電気が使えることの有り難さをしみじみと思った。電気が使えることも当たり前と思うのではなく、そこにも感謝の念を持ちたいと思う。

昨日は暖かく、祝日だったこともあり、隣人のインド人のサハルと息子のフィンが庭いじりをしていた。空いているスペースに何か育てないものがあればなんなりと植えてもいいというテキストメッセージがしばらくしてから届いた。


今年はサハル一家ともう1人の隣人であるマークに土づくりを任せる形になってしまい、来年は土づくりから一緒に行いたいと思う。そうすることによって、自分が育てた植物に対してより思い入れが深まるだろう。


さて、何を植えようかと考えてみた時、先日サハルがホウレン草の種をくれると述べていたので、ホウレン草でも植えてみようかと思う。もしまだスペースがあれば、何か育てやすい果物を植えてみたいと思う。

今日もまた創作活動と探究活動に自分なりのペースで従事していた。探究活動について言えば、最近は学術書を音読することによって、身体感覚を通じて概念にアクセスし、身体感覚を通じて意味を捉えている自分がいることに気づく。


まさにグロスボディだけではなく、サトルボディを通じた読書が行えているということである。それによって、知識が文字通り体現されていくのを実感しているため、今後も継続して毎日音読をしていこうと思う。


音読の効果を実感するだけではなく、音読の快楽のようなものを感じている自分もいる。それが毎日自分を音読に向かわせているようだ。フローニンゲン:2021/4/28(水)19:42

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