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6783-6785: アートの国オランダからの便り 2021年4月1日(金)


No.2071 夜の祝い花_ Celebrating Flowers at Night

本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)


No.487, The Beginning of a Contemplative Life

My new life has begun since yesterday.

I moved to a new house.

This house is very charming and comfortable.

The surrounding environment is very quit.

The quietude would cultivate my spirituality in a profound way.

My contemplative life has begun.

I want to celebrate the beginning.

Groningen; 09:08, 4/1/2021


No.488, Everything Looked Fresh and New

The memorable first day to live in a new house is coming to the end.


Interestingly enough, when I went to a supermarket near my house in the evening, everything I see on the way looked fresh and new.

Literally, everything that I see in my eyes looked shining brilliantly.


I might have opened my eyes at a deep dimension, which enabled me to touch the creative ground that constantly creates everything anew.

Groningen; 21:53, 4/1/2021


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アート・ギャラリー

本日生まれた4曲

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タイトル一覧

6783. 素晴らしき1日の スタート

6784. 観想的な生活の始まり

6785. 幸せに包まれて


6783. 素晴らしき1日の スタート


時刻は午前8時を迎えた。今朝は午前7時半まで熟睡をしていた。

昨夜はいつもと同じように、午後10時頃に就寝し、そこから一度も目覚めることなく7時半まで寝ていた。昨夜の段階で気づいたが、辺りは本当に静かだった。


昨日は天気が良かったこともあり、周りのアパートの学生たちがバルコニーでくつろいでいる姿を見かけ、夜に騒々しくならないか気になっていたが、その心配も杞憂に終わり、就寝を迎える頃にはすっかり辺りは静寂に包まれていた。


旧邸も静かな環境ではあったが、新居と比較してみると、静寂さは雲泥の差である。旧邸では、交通量が少ないとは言え、目の前にある通りを走る車の音が静かに聞こえていたし、旧邸はアパートという都合上、上の階の人の足音を含めた物音が聞こえて来ていた。


新居の寝室は、就寝を迎える頃には完全な静寂に包まれていて、深い静寂の中にいると聞こえてくる独特の音を耳に感じ取っていた。


4月1日。本日から本格的に新居での生活が始まる。とても切りがいい日である。


2021年4月1日は、これからの自分にとって、特別な日になるだろう。そこからまた全てが新しく始まる。

新居での初夢。今、それについて思い出そうとしている。


昨夜はあまりにも深く眠れ過ぎてしまったせいか、夢についてほとんど覚えていない。かろうじて覚えていることと言えば、前職時代に同じ大学を卒業したマネージャーと、2人であるクライアント企業についてディスカッションをしていたことである。


そのディスカッションは、何か経営戦略を練るためのものだったのか、税務戦略を練るためのものだったのか、そのあたりは定かではないが、お互いに意見交換をしていたのを覚えている。

ふと、窓の外を眺め見た。今この日記を書いている左の壁には窓があり、その窓から外の庭を眺めると、桜の木が見える。ここ三日間の暖かさもあり、なんと桜の花が開いているではないか!


オランダでは桜など見ることができないと思っていた。しかし、今このようにして目の前に、本当に桜が存在しているということを心底喜ぶ。


新居の敷地内にはいくつも木が植えられている。それらはオーナー夫妻が植えたものである。倉庫の横に植えられた桜の木は、後ほど話しかけに行ってみようかと思う。


木々との交流という観点で言えば、この家の真横にも木が植えられていて、それは夏の頃に美しく青々とするそうだ。新居での新しい習慣にしようかと思っている朝風呂を今朝方入り、その時に浴室の天窓を眺めながら、その木を観察していた。


この家の2階の3つの大きな窓は、どれも教会にあるような窓なのだが、浴室の窓は長方形の形をしている。その窓から見える景色は、生きた絵画であり、景色の中に映える木の枝を今後も観察をしていこう。


早朝の青空を眺め、木の姿を眺めながら朝風呂を堪能するという1日の素晴らしいスタートとなった。フローニンゲン:2021/4/1(木)08:32


6784. 観想的な生活の始まり


時刻は午前9時に近づきつつある。昨日までの天気予報とは異なり、今日もまた晴れてくれるようだ。実際に、今は空に雲1つなく、快晴の表情を見せてくれている。


新居では夜だけではなく、朝にも風呂に入ることにしてみようかと思う。毎朝のヨガの実践は引き続き継続していて、ヨガをして少し体をほぐした後に朝風呂に浸かる。そうすると、1日の活動が以前よりもスムーズになるように感じている。


朝風呂にはどうやら目覚めの効果があるようであり、夜風呂には入眠しやすくなる効果があるので、両者の効果の違いをうまく取り入れた生活にしていこうと思う。朝はシャワー程度で済ませようとも考えていたが、リラックスする効果が全く違うため、やはり朝もゆっくりと風呂に浸かることにした。


先ほどの日記で言及した通り、何よりも浴室の天窓から見える空の景色が素晴らしいこともあり、それを見るためにも朝風呂に入ろうと思う。

昨日、引っ越しを手伝ってくれたトーマスも似たようなことを感じていたが、この家はどこか教会のような造りに見えなくもない。家の形だけではなく、2階の西の方向を除いた3面の壁に付けられた大きな窓が、どこか教会にあるステンドグラスを思わせる。


教会を思わせるような家の形と窓があるからと言って、宗教色が濃いかというとそうでもない。置かれている物は確かに西洋風であるが、2階の梁(はり)やフロアの木材は西も東も関係なく、自然物であり、それらは心を深く落ち着けてくれる。


2階は食事や仕事ができる広々としたスペースが広がっていて、2階の香りはコーヒーの香りにしていきたいと思っている。カフェの扉を開けた時、コーヒーの香ばしい香りが漂ってくるのを感じたことは誰しもあるだろう。そのような形で、2階にはコーヒーの香りが漂うような工夫をしてみたい。


毎日飲んでいるコーヒー豆の搾りかすを芳香剤として活用することは旧邸でも行っていて、それをまた本格的に行っていこうかと思う。コーヒーの香りに包まれながら、リラックスして創作活動や探究活動に取り組んでいければと思う。

一方で、1階の寝室や浴室がある空間においては、リラックスしたラベンダーの香りが漂うようにしたいと思う。これについては手っ取り早く、市販の芳香剤を購入する方向を考えている。

静けさと良き香りに包まれた観想的な生活の始まり。家の形や窓がどこか教会を思わせるというのは、この家が自分の霊性を深めることに大きく寄与してくれることを暗示している。


今日から数日間かけて、午後に少しずつ荷ほどきをしていこうと思う。あまり読まない本や論文に関しては、もう段ボールのまま保管しておいていいのではないかと思う。


焦らずにゆっくりと荷ほどきを完了させて、少し落ち着いた頃にでも、友人のメルヴィンと彼のパートナーであるスシを自宅に招待しようと思う。フローニンゲン:2021/4/1(木)09:04


6785. 幸せに包まれて


時刻は午後8時を迎えた。昨日の午後に引っ越しをしたことを考えると、今日が実質上新居で過ごす最初の1日だと言えるかもしれない。


新居の周りの静寂な環境のおかげで、本当に観想的な生活を送ることができている。午後に近所のスーパーに買い物に出かけたとき、これまでフローニンゲン大学に通う際に何度も通り抜けていたノーダープラントソン公園がとても新鮮に見えた。新たな表情を見出したと言っても過言ではない。


ノーダープラントソン公園だけではなく、本当に何もかもが真新しく見え、そして輝いて見える。これはなんとも不思議な現象である。


しかしよくよく考えてみれば、アンリ·ベルグソンやアルフレッド·ノース·ホワイトヘッドが指摘するように、この世界は絶えず新たに創造されており、このリアリティの創造的本質に触れることができれば、世界は絶えず新しく見えるのだろう。そう、おそらく自分は、このリアリティの創造的存在基盤を見出してしまったのだ。


オランダには2大スーパーのユンボ(Jumbo)とアルバート·ハイン(Albert Heijn)があり、自分は前者の方を好んでよく使っている。旧邸から歩いて10分ほどのところにユンボがあり、新居から歩いて7分ほどのところにもユンボがある。今日はそこに行って来た。


行き道はこれまで通ったことのない道であり、色々と発見があった。新居の近くに教会があることを知り、また途中で桜のような木を見つけた。ひょっとしたら自分がこれまで気づかなかっただけであり、フローニンゲンにも桜の木が結構存在していたのではないかと思った。


その桜も新居の庭の桜と同じく、薄桃色の綺麗な花を咲かせていた。その光景に心が動かされ、ノーダープラントソン公園の噴水が湧き出る池にやって来た。これから何度も近所のスーパーに足を運ぶことになると思うが、そのたびにノーダープラントソン公園を通れることは嬉しい。


この公園は大きく、前述の通り、池がいくつもあり、芝生もあって、市民の憩いの場所である。公園内にはレストランもあり、様々な形でこの公園を楽しむことができる。


昨日は、これまた近所のEkoplazaというオーガニック専門店に足を運び、この店と同様に、本日訪れたユンボも以前使っていたユンボよりも大きく、品揃えが豊富であった。いつもこの2つのスーパーを使い分けていて、色々とオーガニックな食品を購入している。


以前のユンボからは突然消えてしまったクロレラの瓶詰めを見つけることができ、とても嬉しく思った。これと味噌の組み合わせは抜群であり、これまでは街の中心部のオーガニック専門店のHolland & Barrettまで行って、クロレラとスピルリナがミックスされたパウダーを購入していたのだが、クロレラだけの方が好きだったこともあり、新居の近くのユンボでクロレラパウダーの瓶詰めが置かれていたのは大変嬉しかった。

そのような嬉しいことが今日の午後にあった。先ほど夕食を摂り終えた後、フローニンゲン大学に在籍していたときにお世話になった3人の教授に久しぶりに連絡をした。その3人とは、最初のプログラムのプログラム長を務めていたルート·ハータイ教授、初年度の研究アドバイザーのサスキア·クネン教授、そして2年目のプログラムのプログラム長を務めていたマイラ·マスカレの教授である。


3人と最後にやり取りしたのは2019年の春であったから、もう2年ほど連絡を取っていなかった。コロナ下において、3人が元気かどうか知りたかったのと、自分の近況についても連絡をしておきたいと思ったのである。自分から誰かに連絡することは滅多にないのだが、3人は本当に色々とお世話になっていたこともあり、3人に連絡をして見たいと思った次第である。

スーパーに行くことにせよ、誰かに連絡することにせよ、日常の些細なことが幸せに満ちていることに気づかされる。今、自分は本当に幸せである。心からそう思う。フローニンゲン:2021/4/1(木)20:38

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