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6741-6743: アートの国オランダからの便り 2021年3月17日(水)


No.2009 還る魂_Returning Souls

本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)


No.442, Melting

Calmness and white light are in front of my inner eyes.

The former melts into the latter, and vice versa.

I’m also melting into both of them.

Groningen; 09:13, 3/17/2021


No.443, Afterlife

After the promise of life, everybody returns to the universe.

All of us return to the one and become it after our life.

Groningen; 19:41, 3/17/2021


No.444, Integral Semiotics and Poems

Integral semiotics proposed by Ken Wilber helps to unveil rich and deep meanings of everything.

For me, it is very useful to decipher profound dimensions of spiritual and religious poems.

Groningen; 19:44, 3/17/2021


No.445, The Shared Invisible Storehouse

Truths that I found can be stored somewhere in an invisible space in this reality.

All of my experiences and knowledge can also be so.

The invisible storehouse is shared by all sentient beings.

Groningen; 20:15, 3/17/2021


No.465, A Kosmic Address

Each of my thoughts, feelings, and experiences has a specific kosmic address.

Any interpretations of mine also have a particular kosmic address.

The address is both epistemological and ontological.

We cannot ignore both aspects.

Groningen; 20:24, 3/17/2021


下記のアートギャラリーより、本日のその他の作品(3つ:コメント付き)の閲覧·共有·ダウンロードをご自由に行っていただけます。

アート・ギャラリー

本日生まれた4曲

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タイトル一覧

6741. 初日の夜と同じ出来事/今朝方の夢

6742. 今朝方の夢の続き

6743. 歯のクリーニングを終えて/「統合的記号論」の探究と活用


6741. 初日の夜と同じ出来事/今朝方の夢


時刻は午前7時半を迎えた。今、穏やかな朝の世界が広がっている。


昨夜は雨が降っていたが、今はそれが止み、小鳥たちが清澄な鳴き声を上げている。今日は夕方過ぎまで雨は降らないようだが、それ以降は小雨が降るとのことである。


先日の半年に一度の歯科検診に引き続き、今日は歯のクリーニングをしてもらう。それが終わり、買い物から帰ってくるまでは雨が降らないで欲しいものだ。

いよいよこの家で生活できるのも残すところ2週間となった。ここにきて数日前から、浴室の洗面台の排水管の水の流れが悪くなっていた。


思い出してみると、この家にやってきた初日の夜にも同じ問題に直面し、それを自分では解決できなかったので、翌日にすぐに便利屋に来てもらって直してもらったのを覚えている。初日の夜に見舞われた事態と同じことが起こっている様子を見て、どこか懐かしくなった。


昨日は夜に排水管の修理を自分でやってみた。これまで数回ほど自分で修理をすることができていたので、今回も大丈夫かと思ったが、うまく行かなかった。排


水管の汚れを落とすことでこれまでは詰まりの問題が解決していたのだが、今回はそれでは解決しなかった。簡単に述べると、水を溜めたり流したりするレバーの動作がおかしくなっていて、これを直さないことには水がきちんと流れないことがわかった。


ここから引っ越しまでの間に便利屋を呼ぶのが面倒に思えたので、あと2週間の生活の中では、浴室の洗面台はもう使わないことにした。手洗いや歯磨きなどは、全て台所の水を使うことにした。


引っ越しが終了した日の夕方に、部屋の最終チェックがあり、そこで不動産屋の担当者に口頭で本件について連絡をしておく。新しい借り手がやってくる前に、業者による部屋の掃除があり、それに合わせて便利屋にこの問題を解決してもらえばいいだろう。

今朝方はいくつか印象に残る夢を見ていた。いつものようにそれらを書き留めておこう。


夢の中で私は、日本の見慣れない温泉街にいた。そこには歴史のある旅館や料亭などが数多くあり、その場所は非常に栄えている温泉街だった。


ある料亭の前を通りかかったところ、そこから小学1年生ぐらいの小さな男の子が料亭から飛び出してきた。そして料亭の主人と何か話をし、彼は突然駆け出してどこかに行ってしまった。


話の内容としては、彼は将来料理人になりたいらしく、修行の過程で、提供した料理にふさわしい対価をきちんと客から取れなければならないということを厳しく教えられているようだった。


どういうわけか、駆け出していった彼は女装をしていて、走り方も女走りだった。どうやら料亭の主人によってそうさせられているようだった。

次の夢の場面では、私はオフィスビルにいた。私はそこの33階のフロアで働いていて、その日は祝日だった。祝日にもかかわらず、結構な人たちが働きにやって来ていた。


いつもは33階まで一気に行けるエレベーターがあるのだが、祝日はそのエレベーターを使うことができず、2回ほどエレベーターを乗り継いで行く必要があった。私は途中階までのエレベーターに乗り、いざ上に向かおうとしたところ、同じ会社の方々が乗り込んできた。その中には私の上司もいた。


途中階に到着し、そこからエレベーターを乗り換え、次のエレベーターに乗った時、上司が間違えて1階のボタンを押してしまった。もうすでに20階近くまで辿り着いていたので、そこから再び1階に戻ってしまってはたまらないと思い、私はすぐに途中の階を押して、エレベーターを乗り直そうと思った。


ところがそれがうまくいかず、結局私たちは1階まで戻ってきてしまった。すると、会社の同僚が、裏のエレベーターを使うと一気に33階まで行けると述べた。そのエレベーターは、本当はある会社の専用のものであり、私たちが乗ってはならないものなのだが、祝日でその会社に行く人はいないようだったので、そのエレベーターを使わせてもらうことにした。


同僚の述べる通り、そのエレベーターは無事に33階まで一気に向かった。オフィスに到着すると、そこには同期の男性がすでに出社して働いていた。どこか全身が痛そうであり、話を聞くと、働きすぎで全身が凝っているとのことだった。


彼のかかりつけの鍼灸医からは、仕事以外のことをもっとした方がいいと勧められたらしい。彼の話を少し聞いたあと、自分の仕事に取りかかろと思ったところで夢の場面が変わった。


この夢について改めて考えてみると、エレベーターの上下動は、どこか自分の意識状態や意識段階の上下動とも関係していなくもないように思えてくる。ある目的の階に行こうとしたらうまくそこに行けず、一度一番下の階まで行き、そこから目的階に到着したこと。


それはどこか、過去の積み残しになった発達課題と向き合うために低次の段階まで降りていき、そこでそれと向き合い、治癒が完了した後に再び上昇の道を歩んでいる自分の姿を表しているように思える。フローニンゲン:2021/3/17(水)07:58


6742. 今朝方の夢の続き


小鳥たちの鳴き声が活気を帯びている。時刻は午前8時を迎えた。


今日は空に雲がほとんどなく、朝日が燦々と地上に降り注いでいる。赤レンガの家々たちも、輝く朝日を思う存分に浴びて、とても幸せそうである。それを見ている自分もまた幸せな気持ちになる。


外的世界と内的世界の太いつながりを見る。いやそもそも両者の世界には、本来区別などないのである。


一としての世界。自分はその世界の中にいて、その世界そのものである。

昨夜は、食後に排水管の修理に取り掛かり、それが思うようにいかずに時間を食ってしまい、結局いつものように夜に日記を書くことができなかった。1日の振り返りとして日記を書かずに終わることは滅多にないのだが、それが昨日に起こった。


その代わりに、昨夜は夢が振り返りを補うような形で作用していたように思う。先ほど書き留めていた以外にも、まだいくつか夢を見ていた。

夢の中で私は、道路が植物で覆われて全く見えない不思議な土地にいた。どうやら近くに、父方の祖母の家があることがわかり、久しぶりに祖母に会って話をしたいと思ったので、そこに向かった。


そこに向かうと言っても、道路はジャングルのように植物で繁茂していたのでうまく歩くことはできず、私は空を飛んで祖母の家に向かった。少しばかり空を飛ぶと、祖母の家を見つけることができた。


私が祖母の家の庭に着地をすると、祖母が出迎えてくれ、そこで早速話をし始めた。しばらく話を楽しんだところで、そろそろお暇しようと思い、これから道路を一本離れた場所にある実家に立ち寄ると祖母に述べた。


すると祖母は、そんなところに実家はないと言い、私の両親が住む実家はもっと遠いところにあると述べた。私はそんなことはないと思って、早速両親が住む実家に向かって空を飛び始めたところ、確かに一本奥の道路に両親の家はなかった。


そこから私は、あてもなく街の中心部に向かって飛び始めた。すると私はすぐに道に迷ってしまった。端的には、その街の土地勘が全くなかったのである。


私は空を飛ぶのをやめて、街を走る大きな道路の交差点のガードレールに降りた。そこでスマホを開いて地図を確認してみたところ、GPSがうまく作動せず、地図はオランダの自宅周辺を示したままだった。


今の現在地がわからなというのは困ったことだなと思い、道路の標識などを確認して、今自分がどこにいるのかをなんとか突き止めようとした。ここは日本のはずなのだが、標識は全て英語になっていて、地名が見慣れないものばかりだった。


とりあえずどちらに行くのかを決めようと思ったところで、私は高速道路の高架下にいた。そこに、私と同じ目的地に行こうとしている数人の中年男性が現れた。


どうやら彼らも私も、その目的地に早く辿り着くことを競うゲームに参加しているようだった。私は特にそのゲームにこだわっておらず、自分のペースで目的地に到着しようと思っていた。


すると私の体は、高架下近くにある一軒家の浴室に瞬間移動した。その浴室はガラス張りになっていて、ジャグジー付きの立派な浴槽があった。


私は体の凝りをほぐそうと思って浴槽に浸かり、ジャグジーのボタンを押した。ジャグジーに入る前にデトックスとして水を飲んでおけば良かったと一瞬思ったが、夢心地の気持ち良さに襲われて、そんなことはどうでもよくなった。


しばらくジャグジーで寛いでいると、家の横を通っていく観光用のバスに乗っている乗客たちが私の方を見て通り過ぎて行った。そこで私はそろそろ風呂から上がろうと思い、立ち上がろうとしたところ、自分の体はもう別の場所にあった。


目的地付近に私はいて、その辺りにはとても長閑な田園風景が広がっていた。すると、後ろから自転車に乗って私に声を掛けてくる人がいた。振り返ると、小中高時代の親友(HO)だった。


彼も同じ目的地に向かっているらしく、そこから一緒に行くことにした。目的地に行く前に、広大な敷地の上に建てられた大きなショッピングセンターのスーパーで昼食を買って行こうと彼が持ちかけたので、一緒にスーパーに行くことにした。


ここで胃に食べ物を入れすぎてしまうと残りの道のりがキツくなってしまうだろうし、夕食が美味しく食べられないだろうと思ったので、私はオーガニックのバナナを1本だけ購入することにした。本当はコーヒーを飲みたいところだったが、ペットボトルや缶のコーヒーには全く信用できない物質しか入っていないことを私は知っていたので、それらには目もかけず、1Lのペットボトルの水を購入することにした。


その店の店員は全員アメリカ人のようであり、黒人の男女が多かった。置かれている品々は米ドル表記かと思ったらそうではなく、全てユーロ表記だった。


500mlのペットボトルの水と1Lのペットボトルの水のどちらを購入するのか一瞬迷ったが、そこからもう少し道のりがあることを考えると、1Lのものを購入しておくほうが無難かと思った。私は1Lのペットボトルを手に取り、レジに向かった。その途中で、黒人の男性の店員に気さくに話しかけられ、少し言葉を交わした。


今朝方はそのような夢を見ていた。上記の夢も、色々と意味を汲み取ることができそうである。ここから少しそれらの意味に考えを巡らせてみよう。フローニンゲン:2021/3/17(水)08:44


6743. 歯のクリーニングを終えて/「統合的記号論」の探究と活用


時刻は午後7時半を迎えた。今日は天気が良く、先ほどまで美しい夕暮れ空が見えていた。


今はもう暗くなってしまっているが、先ほどの空はちょうど鮮やかな濃い青色の空が広がっていて、遠くの方に輝く星が見えていた。まだまだ寒い日が続くが、この時期の晴れた日のフローニンゲンの夜空は透き通っている。

今日は午後に、歯医者に行ってきた。先週は定期検診であり、今日はクリーニングをしてもらった。


これまで半年に1度の検診をしていたが、歯の状態を綺麗に保つために、今後の検診とクリーニングは3ヶ月に1度にすることを勧めてもらった。確かに4半期に1回歯を見てもらい、そこでクリーニングをしてもらえば、常に歯を綺麗に保つことができると思った。


また、定期的に歯医者に通うと、歯科医から歯の磨き方などを含めた助言を得ることができ、日頃の歯磨きの意識が変わってくる。今後は3ヶ月に1度のペースで歯医者に通おう。


先日、左下の親知らずを抜いてもらうためにリファーレターを担当の歯科医に執筆してもらった。歯を抜いてくれる病院にはどのようなものがあるのかわかっておらず、今朝方調べたところ、2つの大きな病院が出てきて、今日担当の歯科医に尋ねたところ、その2つであれば歯を抜いてもらえるとのことだった。


1つはマルティニ病院というところであり、フローニンゲンの少しばかり郊外にある。もう1つは、フローニンゲン大学病院であり、こちらは街の中心部にある。


以前、フローニンゲン大学の医学部が主宰するオンライン学習に関するワークショップに参加した時、その会場がこの病院だった。雰囲気も知っているので、引っ越しが落ち着いた5月の最初の週にでも、この病院で親知らずを抜いてもらおうと思う。病院への予約は4月の中旬に済ませておこう。

昨日より、浴室の洗面台を使わなくなった。歯を磨くときには、キッチンの窓から外をぼんやりと眺めてくつろぎながら歯を磨いている。


ぼんやりとした意識と同時に、マインドフルネスに歯を磨くことを行ってみよう。ぼんやりとした意識とマインドフルネスの意識は矛盾するように思えるかもしれないが、実際のところは相性が良いように思う。


外を眺めて寛いだ意識の中でマインドフルネスに歯を磨いていくこと。早速今夜からそれを試してみよう。

ウィルバーの“The Religion of Tomorrow”の書籍の音読が佳境に入っている。音読から得られることは非常に多く、音読をする中で色々と考えさせられる記述に出くわした。


ウィルバーが指摘するように、霊性に関して多様な観点で多様な関係者と対話ができるような「統合的記号論(integral semiotics)」の必要性を感じる。統合的記号論の応用範囲は極めて広く、それは霊性を取り巻く対話に対して活用することができるだけではなく、地球規模で進行している種々の問題の解決に向けた対話においても重要な役割を果たすだろう。


それは意識を開き、意識を涵養する包括的な語彙体系なのだ。ウィルバーが述べるように、統合的記号論の目的は、人々に変容と解放をもたらすことであり、今の自分の関心事項と実践領域と親和性が高い。


1つとして、霊性的な詩を統合的記号論で読み解き、それを通じて人々に変容と解放をもたらす道を探っていこう。今夜は引き続き、ウィルバーの書籍を音読していく。フローニンゲン:2021/3/17(水)20:00

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