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6672-6676: アートの国オランダからの便り 2021年2月24日(水)


No.1922 朝の木々_Morning Trees

本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)


No.321, Birds’ Singing

A few little birds are celebrating the fresh morning, singing a mellifluous song.

My mind is synchronizing with their singing now.

My mind becomes clearer and clearer.

Groningen; 08:00, 2/24/2021


No.322, Zephyr & Euphoria

A zephyr is caressing the face of my being.

Indescribable euphoria comes to me.

I’m in the zephyr and in elation.

Groningen; 10:40, 2/24/2021


No.323, A Silent Night

A silent night comes.

Is it a usual silent night?

It could be, but it’s always a little bit different

because I’m reincarnated every day.

I’m a different being at every night.

So, the silence of night is always different.

But every night and I return to the common ground which is permanently invariable.

Groningen; 21:42, 2/24/2021


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アート・ギャラリー

本日生まれた7曲

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タイトル一覧

6672. 今日からの引っ越し準備

6673. 今朝方の夢

6674. 発見・記憶・原点

6675. 宗教的テキストを紐解く知識と訓練

6676. 荷造りを始めて


6672. 今日からの引っ越し準備


時刻は午前7時を迎えようとしている。今、空がダークブルーに変わり始めていて、日の出の時間が日を追うごとに早くなっているのを感じる。今日も朝焼けが見れるかもしれない。


今日は特に暖かく、午後には17度近くにまで達するようだ。ここ数日間は春の陽気を感じることができたが、明日からはまた少し寒さが戻る。最高気温は10度前後、最低気温は3度前後になるようだ。

当初は3月に入ってから本格的に引っ越しの荷造りをしようと思っていたが、今日からそれを始めようと思う。昨日、現在お世話になっている不動産屋から連絡があり、部屋の貸し出しに向けて写真を数枚ほど撮りたいということだったので、それまでにできるだけ部屋を綺麗にしておこうと思ったのだ。


とりわけ書斎は本で埋め尽くされており、大きなソファには本棚に入らない本が所狭しと山のように積まれていて、それ以外の場所にも本の山ができている。さすがにそれらを写真に収められては新しい借り手が見つからないであろうから、写真撮影に向けて引っ越しの準備をしようと思ったのである。


早めに荷造りをしておこうと思っていたので、写真撮影の話はちょうど良かったように思う。まずはソファの上を綺麗にして行こう。


午前中はいつものように、朝の貴重な時間を活用して創作活動や探究活動に励み、午後に仮眠から目覚めてから荷造りに取り掛かる。最初のうちは作業効率があまり高くないだろうが、今日一日作業をしてみれば、その手順がわかってくるはずだ。


まずは段ボールを組み立て、そこに主題ごとに本を入れていく。そしてそれをエクセルで管理していくことを計画している。


書籍の入った段ボールを部屋に置いておくと邪魔なので、部屋の外にある上の階のイェルと共有で使っている倉庫にしまっておこうと思う。そうすれば、段ボールの山に囲まれて残り1ヶ月生活しなくてすむ。


予定としては今日の午後、明日の午後、そして明後日は休憩し、明々後日からの週末の午後に荷造りを進めていく。その4日間で随分と荷造りが終わり、ほぼ完了するような気がしている。そうすれば、残り1ヶ月間は余裕を持って生活できるだろう。

写真撮影に向けては、本を段ボールに入れていくだけではなく、それがあらかた済んだら、部屋を掃除しておきたい。水回りや浴槽の掃除を合わせて、部屋全体を一度綺麗にしておこう。部屋を綺麗にすれば、風水的な観点において、何か運気がさらに上がるような気がしている。

引っ越しをする良さは、一度荷物を大々的に整理し、捨てれるものは捨てることができることだろうか。それは、物への執着や過去への執着を手放すことにつながっているように思う。


最近はもうドラマやアニメをオンライン上で見るようになっているため、手持ちのドラマやアニメのDVDやBlu-Rayは親友のメルヴィンに渡そうかと思う。そのようなことを昨夜考えていた。フローニンゲン:2021/2/24(水)07:08


6673. 今朝方の夢


時刻は午前7時を迎えた。辺りがゆっくりと明るくなり始めている。書斎の窓から外を眺めると、赤レンガの家々が立ち並ぶ住宅街に灯っていた街灯がちょうど今消えた。


ゆっくりと目覚めを迎えるフローニンゲンの街。この眺めを見れるのもあと1ヶ月だ。


来月末からの新居での生活を通じて、また違った顔のフローニンゲンを見ることができるだろう。今住んでいる住宅エリアも街の中心から離れていることもあって静かなのだが、家が比較的大きな通りに面していることもあり、新居の周りに比べればやはり静けさは劣る。


今度の新居は本当に静かな場所にある。新たな生活の始まりをきっかけにして、創作活動も探究活動も、そして人生も、全く違う次元に向かっていくだろう。

今朝方の目覚めに際して、興味深い体験を久しぶりにした。目覚めた時に目をすぐに開けるのではなく、しばらく目を閉じていると、黄色い光を脳内に知覚したのである。


このように、まぶたを閉じた時に光を脳内に知覚する体験が時々ある。これも現在進行している脳内の組成変化の現れだろうか。脳と意識が違う次元に発達する際に、そのサインとしてこうした体験が現れるように思える。

今朝方はいくつか夢を見ていた。最初の夢の場面で私は、京都にいた。京都の立派なホテルに私は宿泊していて、時刻は朝だった。


ちょうどこれからヨガスタジオに行ってヨガをしたいと考えており、ロビーにいるホテルのコンシェルジュの女性の方にバスの路線を教えてもらおうと思った。すると、3分後にやって来るバスに乗れば、スタジオまで1本で行けるとのことだった。


だが私はまだ出発の準備をしておらず、それには間に合いそうにないと判断した。そのバスは1時間に1本しかないようであり、その他の路線はないかを尋ねたところ、それ以外の路線だと3回ぐらいバスを乗り換えないといけないとコンシェルジュの方が述べた。それはかなり面倒だと思ったので、ホテルの自室で少しゆっくりし、1時間後に出発をしようと思った。


そのホテルにはこれからしばらく滞在し、ヨガスタジオにはもう何回か通う予定なので、8回分のバスの回数券を購入することにした。すると夢の場面が変わり、私は見慣れない会議室のような場所にいた。その建物はどこか外国にあるようだった。


突然私の目の前に、白人の細身の中年女性が現れ、私の髭を突然カミソリで剃り始めた。ここしばらく私は髭を剃っておらず、それがみっともないと判断されたのだろうか、その女性はいきなり私の髭を剃り始めようとしたのである。


私はそれを少々驚いたが、ちょうどこれから動画の撮影やミーティングがあったので、ちょうどいいと思った。髭を剃ってもらうと随分とさっぱりしたのだが、どういうわけか顎の下の部分の髭は剃り残されていた。


顎の下をさすり、残った髭の感触を確かめていると、夢の場面が変わった。最後の夢の場面では、私は日本のどこかの街のコンビニの前にいた。すると突然、私の近くに小中学校時代の友人の男女が数名ほど現れた。


彼らはにこやかに私に話しかけてきて、これからコンビニで食事会をすることになっていると述べた。「コンビニで食事会?」というような疑問を持った表情を浮かべると、友人の1人が口を開き、「自分たちで用意した食材をコンビニの中で調理し、それをコンビニの食事スペースでみんなで食べるんだ」と述べた。


そのようなことを過去にしたことがなく、またそもそもそのようなことがコンビニでできるのかということに疑問を持ったが、最近のコンビニはそうしたこともできるようになったのかもしれないと思った。


私たちは、外で購入してきた食材を持ってコンビニ入っていくことしにた。そこでまた夢の場面が変わった。実際のところは、もう少し細かな描写があったように思う。コンビニの夢の前に挿入されていた場面において、食について小中学校時代の女性友達(KE)と会話をしていたような記憶がある。


そう言えば、コンビニの場面において、オーガニックの1リットルのパック詰のヨーグルトを購入しようとしていた姿もあった。これは昨日の現実世界において、街の中心部のオーガニックスーパーで、バイオダイナミクス農法で作られたヨーグルトを買い忘れてしまったことと関係しているかもしれない。フローニンゲン:2021/2/24(水)07:31


6674. 発見・記憶・原点


時刻は午前9時半を迎えようとしている。優しげな青空が上空に広がっていて、朝日はほのかに柔らかい。小鳥たちの鳴き声も早朝と変わらずに鳴り響いている。


どの街にどれだけ長く住んでいても、その街の全てを知ることはできない、ということをふと思った。むしろ、知れることの方が少ないぐらいではないだろうか。


自分が生活している街に、お宝のような場所やお宝のような体験を日々発見していく生活。それはどの街に住んでいても可能なのだということを改めて思う。


今年の夏からはフローニンゲンでの生活も6年目に入り、欧米での生活は10年を迎える。10年という時は長いようで短く、短いようで長い。


その期間において自分が積み上げてきたもの。それはわずかばかりのものかもしれないが、それを大切にしながらにして手放していく。また逆に、手放していきながら大切にしていく。


これからの数年間は過去10年の欧米での生活を棚卸しし、新たな方向に舵を切っていく準備の期間になるだろう。それに向けて、自分のエネルギーは高まってきており、今の自分には想像できないような場所に数年後に辿り着いているような気がする。そういうものを発達と呼ぶ。

今朝方、どういうわけかふとある記憶を思い出した。ジョン·エフ·ケネディ大学のキャンパスビジットのためにサンフランシスコに訪れた、今から11年前の記憶が蘇ってきたのだ。


具体的な記憶として、サンフランシスコの中央広場付近の今はなきバーンズ·アンド·ノーブルの店員の男性に、レシートの裏に“Shunryu Suzuki(鈴木俊隆)”の名前を書いてもらい、彼の書物を読むことを勧められた時のことをありありと思い出した。日本に戻ってから、早速その店員の男性が勧めてくれた鈴木俊隆の洋書を注文したのを覚えている。


それから11年経った。今再び、禅を含めて宗教的なものへ関心が高まっており、10年以上の歳月をかけて再び自分が大切な関心事項に戻ってきたことを感じる。


それは原点なのだが、発達上の原点というのは深まっていくものなのだ。原点から出発した時と、原点に戻ってきた時とでは、自分のみならず、原点そのものが深まっていること。それは注目に値する現象だろう。

昨日、ヨガの実践者である知人のブログを読んでいた。そこで興味深いことが書かれていた。


「体は実に多彩な動きをすることができるにもかかわらず、日頃限定的な能力しか用 いないために徐々に使えなくなり、動けなくなっていく。これは「刈込」という現象が脳内で進むためであり、これによって身体の特定部位が使えなくなってしまうことを「廃用萎縮」という 」とのことだ。


この話は興味深く、これは身体次元のみならず、精神次元、霊性次元においても起こるのではないだろうか。精神も霊性も、育むことをしておかなければ、それは徐々に固着し、萎縮してしまう。そのようなことを考えていた。


ここからの歩みは、身体、精神、霊性の絶えなまい涵養のプロセスとして進んでいくだろう。身体、精神、霊性が大きく羽ばたいていき、それが自分を次なる場所に連れて行ってくれる。それは物理的にも、精神的にも、霊性的にもである。フローニンゲン:2021/2/24(水)09:35


6675. 宗教的テキストを紐解く知識と訓練


時刻は午前11時を迎えた。つい今し方、『禁じられた歌声(2014)』という映画を見終えた。


この作品は、西アフリカ、マリ共和国の古都ティンブクトゥを舞台に、イスラム過激派の弾圧に立ち向かう家族の戦いを描いている。本作品は実話をベースに、人間の「赦し」を問う物語だ。


作品で描かれるマリの自然の雄大さに思わず息を呑む瞬間がありながらも、やはりそこで人間が行っている種々の営みに注目をせざるを得ない。これは今になって気づいたことではないのだが、宗教的な理解に関しても発達段階があり、本作品と引き付けて言えば、イスラム法の解釈やジハードが意味することは1人1人異なる。そうした意味解釈の相違が悲劇をもたらしている。

この作品を見ながら、最近の自分の関心について改めて考えていた。世界の宗教に対する理解が深まれば、映画を見る視点の幅と深さが変わってくることは紛れもない事実だろう。


おそらく人間は、その歴史が始まって以降、宗教と離れたことは一度もなく、仮に明示的に特定の宗教を信奉していなくても、人間の行為の背後には宗教的な何かがある。それは映画の作り手に関しても同じであり、映画を見ていると、その背後に何かしらの宗教を見る。ある宗教の思想やあり方が映画作品の中に体現されているのだ。


これから宗教に関する学習を進めていけば、ダヴィンチコードを紐解くかの如く、映画から多くのことを汲み取ることができるだろう。そしてそれは映画だけではなく、芸術作品に対しても同じだ。


芸術家が意識的·無意識的に芸術作品に込めた宗教的な暗号のようなものを紐解いていく。そのためには、宗教的テキストを紐解くための知識と訓練が必要になる。


そうした知識をゆっくりと深めていくための正式な訓練を今後数年以内に行いたい。それがまさに神学校への進学となる。宗教的テキストの読解力が増せば、映画や芸術に触れる際の鑑賞体験がより豊かになるだろう。

それに関連して、今から行おうとしている楽譜の写譜と関連づければ、楽譜に対しても同様の訓練をどこかのタイミングで行いたい。具体的には、楽曲分析の知識を身に付けるために、音楽学校のコースを履修したいと思う。


上記の2つの関心を同時に満たすことができれば理想的であり、神学校と音楽学校の双方のコースを横断的に履修できる大学院への進学を検討していこう。フローニンゲン:2021/2/24(水)11:27


6676. 荷造りを始めて


時刻は午後7時半を迎えた。今日も1日を通して暖かく、非常に充実した1日となった。


創作活動と探究活動をいつもと同じように取り組みながら、午後には引っ越しに向けて動き出した。具体的には、書物を段ボールに詰めていくということを行い始めたのである。


それを行い始めてすぐに気づいたが、この5年間の生活で随分と書物や論文を所有することになり、想像以上に書籍が多いということに気づいた。オランダで生活を始めてから購入したものだけではなく、その前に1年ほど日本に住んでいたときに所有していた書物や論文の大半をオランダに持って来ていたこともあり、尚更文献の量が増えていたのだ。


少しばかり自分でも笑ってしまったが、まるで小さな図書館と一緒に引っ越しをするかのような感覚だ。今後、オランダから別の国に移動する際にも図書館と一緒に移動する感覚になるだろう。


昨日の日記で書き留めていたように、創作活動が親友としての役割を果たしているだけではなく、文献類もまた自分にとっては親友なのだ。そうした2人の親友と共にこれからも生活を続けていこう。

15個1セットの段ボールを注文し、本日そのうちの8つほど詰めてみたところ、ひょっとしたら15箱では足りないように思えてきた。もう1セット購入すると、30箱となり、さすがにそれほどまでの量は必要にならないように思えるが、これから様子を見ていこう。


明日の午後にもまた少しばかり荷造りをしようと思っていて、その段階であとどれくらい段ボールが必要になるのかの見積もりを立てることができるだろう。依頼した引っ越し業者に対しては、1個単位で段ボールを注文することができるようなので、追加の段ボールの目処が立ったらまた早めに連絡をしておこうと思う。


とりあえず、今日8個ほど段ボールに書籍を詰めていくことができたので、大体の要領はわかった。今日の荷造りのおかげで、いくつかゴミを捨てることができ、部屋にスペースができた印象である。


今手持ちの書物に関しては、基本的に全てのものを持っていく予定だが、もう読まないであろうような書籍があれば、それはどこかに寄付しようかと思う。論文に関しても同じであり、ただし論文の場合は、もう読まないようなものは処分してしまっていいように思う。それは紙専用のリサイクル可能なゴミ箱に持って行こう。

捨てるものは捨てることによって、心も軽くなるような感じがある。書籍や論文は自分にとって最重要のものであるが、その他の物は処分できるものはできるだけ処分したい。


せっかくの引っ越しの機会なので、とにかく身軽にできるのであれば可能な限り身軽にしていく。それが将来の引っ越しの際に役に立つだろう。フローニンゲン:2021/2/24(水)19:54

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