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6667-6671: アートの国オランダからの便り 2021年2月23日(火)


No.1920 幻想桜_An Dreamy Cherry Blossoms

本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)


No.309,Stillness, Joy, and Happiness

My existence is filled with stillness.

So the world is.

The world is filled with joy and happiness.

So am I.

Groningen; 03:57, 2/23/2021


No.310, Creative Activities as Best Friends

Creative activities are my best friends.

They are always with me.

I’m always with them, too.

They and I are one being.

Groningen; 03:59, 2/23/2021


No.311, Poem & Prayer

Writing a poem in the morning is my morning prayer.

Writing a poem in the evening is my evening prayer.

For me, making a poem is offering up a prayer.

Groningen; 06:03, 2/23/2021


No.312, Dialogue Between World Religions

World religions,

please have a dialogue one another.


You can do it

because each of you are a great religion.


Also because you have a tremendous amount of wisdom to understand humans and society.

Your dialogue will lead us to a better world.

Groningen; 06:46, 2/23/2021


No.313, Our Ontology, Epistemology, and Transformation

When our own ontology changes, our own epistemology changes, and vice versa.

Transforming our ontology and epistemology leads to metamorphosing our being.

Groningen; 09:34, 2/23/2021


No.314, The Idea of Non-Duality in Various Religions

I notice that some poems from various religions address the idea of non-duality in common.

Because the modern world is polarized, the common topic would be worth researching.

Groningen; 09:42, 2/23/2021


No.315, The Ocean & the Universe

Seeing the ocean is seeing the entire history of the universe.

The ocean remembers everything.

I recollect everything by touching the ocean.

Groningen; 10:24, 2/23/2021


No.316, The Brain & the Universe

Our brain is one of the precious products of the universe.

It is inclined to connect with the universe.

That’s why my brain is often tuned to the multiple dimensions of the vast universe.

Groningen; 10:29, 2/23/2021


No.317, Oceanic Sounds

Water and life are deeply connected with each other.

The universe is the infinite ocean.

I can hear oceanic sounds from everywhere on the earth.

Groningen; 10:31, 2/23/2021


No.318, Water & Our Being

Water is the blood of our life.

Water is the vibration of our existence, too.

Water is precious. So our being is.

Groningen; 10:35, 2/23/2021


No.319, Monastic Life

After the advent of COVID-19, my life became much more monastic than before.

It looks like that of Emily Dickinson and Henry David Thoreau, both of whom I revere.


Also, my eyes became open to an ecological lifestyle based on Rudolf Steiner’s philosophy.


In such a lifestyle, I’ve started to voraciously read spiritual and religious poems, which cultivates my spirituality gradually but profoundly.

Groningen; 10:55, 2/23/2021

No.320, Waiting for Words to Come

This is a meditative prayer for me.

I’m just waiting for words to come.

They are my authentic words.

Once they come, I can become meditative and can offer a true prayer for the world.

Groningen; 21:19, 2/23/2021


下記のアートギャラリーより、本日のその他の作品(4つ:コメント付き)の閲覧·共有·ダウンロードをご自由に行っていただけます。

アート・ギャラリー

本日生まれた7曲

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タイトル一覧

6667. Boseのワイヤレスイヤホン/宗教と科学の架橋/引っ越しに向けて

6668. 終着点に向かって/今朝方の夢

6669. 熱に浮かれて新たに購入した4冊の書籍

6670. 夢と現実世界のシンクロニシティ/脳の組成の変化/「非二元」が体現された詩の探究

6671. 春を感じさせる今日を振り返って


6667. Boseのワイヤレスイヤホン/宗教と科学の架橋/引っ越しに向けて


時刻は午前3時半を迎えた。今朝方は夢の中で、早く起床して創作活動をしたいと思ったところで目覚めると、午前3時前だった。


創作活動を促す何かが自分の中で絶えず蠢いていることがわかる。それに静かに突き動かされながら今日もまた自分の取り組みを前に進めていこう。


昨夜、Boseのワイヤレスイヤホンが届いた。早速、Bluetoothを通じてパソコンとスマホに同期させてみた。パソコンに関してはすぐにうまくいき、すぐに音が出力されるようになった。これによって、SpotifyのポッドキャストやYoutubeの動画を倍速で聴くことができるようになるため、耳学習が捗るだろう。


一方で、スマホに関しては同期がなかなかうまくいかなかった。端的には、こちらもすぐにスマホがBluetoothを感知し、音声ガイダンスが流れるようになったのだが、肝心の音楽などが流れなかった。表示を見ると、電話機能と音楽などの再生機能が別のようであり、後者がうまく機能しなかった。


調べてみると、それ専用のBoseのアプリをダウンロードする必要があるらしかった。それを早速ダウンロードしてみようと思ったところ、スマホの機種が古いのか、うまくアプリをダウンロードすることができなかった。


色々と試してみたところ、それでもうまくいかなかったので、一旦はスマホと同期するのをやめた。スマホと同期しなくても、パソコンと同期されていれば十分であり、不自由がないと思ったのである。


必要であれば、iPad Proと同期すればいい。そうすれば、パソコンとタブレットの双方でこのイヤホンを使うことができる。

昨日は、宗教と哲学、宗教と芸術を架橋することについて書き留めていたように思う。そうした関心が高まっており、それに向けた探究と実践を少しずつ進めている。


今朝方にオイルプリングをしている際にふと、宗教と科学の架橋についてはどうなのかと考えた。確かに、直近で取得した2つの修士号はどちらも理系のものであり、科学に関するものだった。そうしたことからも、ここから宗教について探究していくことによって、自ずと科学との架橋に向けた取り組みに従事するようになるかもしれない。


哲学、芸術、科学を紐付ける根幹に宗教思想を据えていき、宗教に注目する形でこれからの学習と実践を形作っていこう。そのようなことを思った。

静けさが辺りを包んでいる。今日は少々曇りのようであるが、気温は高い。最高気温は15度を超し、最低気温は現在の8度だ。


今日は午後に街の中心部に買い物に出かけるので、引っ越しに向けて書籍を段ボールに入れ始めるのは明日からにしよう。どの段ボールにどのような書籍を詰めて行ったのかをエクセルで管理していき、新居に引っ越してから文献調査がしやすいようにしたい。


長らく読まない書籍に関しては、段ボールのまま保管しておいてもいいように思うので、ここからあまり読みそうにない書籍については、それ専用の段ボールを作っていこう。


明日に一度荷造りをしてみれば、要領が掴めるであろうから、後日の荷造りはさらに作業能率が上がるに違いない。来月末からの新居での生活に向けて、静かな喜びが増してきている。フローニンゲン:2021/2/23(火)03:55


6668. 終着点に向かって/今朝方の夢


時刻は午前4時半に近づこうとしている。いつものように先ほど絵を2枚描き、2つほど短い詩を作った。


今日からはシュタイナーの詩集を音読していこうと思う。昨日にルーミーの詩集の音読を終えたのである。初読を黙読で行なったのは今から2年前であり、再読に際しては音読をすることにした。


詩集を音読する効果として、脳が活性化されるだけではなく、詩情というものが身体を通じて湧き上がってきて、身体を通じて詩を理解することができるようになってくるというものがある。これは非常に重要な効果であり、これは学習や実践の肝かと思う。


とにかく身体を通じてなのだ。身体の感覚を絶えず研ぎ澄ましていき、感性を磨き、それを通じて学習や実践に励んでいく。それがまた逆向きのフィードバックとして身体感覚や感性を涵養していく。


ルーミーの詩集を毎日音読していると、気がつかないうちに最後の詩を読み終えていた。ここでも日々ゆっくり着実に進むことの大切さを思う。


気がつけば終着点を迎えていたという感じ。自分の人生もそのような形で終着点にたどり着くのではないかと思う。人生はそうあっていいのだと思う。むしろそうあった方がいいように思う。


毎日ゆっくりと自分のペースで歩いていき、気がついたときに終着点にいればいいのである。ただそこに向かい、ただそこに佇んでいればいいのだ。そこに向かっている過程でそこに向かっていることを意識する必要はない。重要なことは、そこに向かって歩き続けることであり、歩き続ける一歩一歩を味わうことなのだ。

今朝方は少しばかり印象に残っている夢を見ていた。夢の中で私は、小中高時代の親友(NK)と資産運用に関する話をしていた。


今から6年ほど前に、私は彼にある分野に関する話をし、お互いにその分野に投資を始めていた。夢の中の話の内容はその投資分野に関するものであり、私たちが投資している対象のその日の価格が、ここ最近の価格から一気に約5-6倍ほど上がったかもしれないという話をしていた。


親友はすぐにスマホを取り出して価格を確認してみたところ、価格は昨日と変わらなかった。そこで私たちは思わず笑ってしまった。


「値上がりはもう少し先だね」と私は述べて、立ち上がろうとした。そこで夢の場面が変わった。


次の夢の場面は、見慣れない国道が舞台だった。その国道は、おそらく戦争中に滑走路として使われたのだろうと思わせるほどに道幅が広かった。対向車線を仕切る形で街路樹が植えられており、道の両脇にも街路樹が植えられていた。


その日はどこか春の陽気さを醸し出していた。最初私は1人で歩いていたのだが、気がつけば私の横に小中学校時代の友人が何人かいた。そして、ゾロゾロとその国道を歩く人たちが増えてきた。


しばらく歩いていると、外国人の集団が道路で騒ぎを起こしていた。どうやら何か暴力事件があったらしい。


パトカーがサイレンを鳴らしながら私たちの横を通り過ぎて行った。事件現場がすぐそこにあり、まだ何か騒がしかったので、現場を見にいこうと思ったが、思わぬ形で事件に巻き込まれるかもしれないと思ったので、先を急いだ。


友人と私たちは、歩いて1時間ほどのところにあるショッピングモールに向かっていた。ショッピングモールに到着するのは午後1時の予定であり、そこでみんなで遅めの昼食を食べることになっていた。


昼食を摂り終えたら、各自好きなことをしてそのショッピングモールで過ごそうということになっていたが、私はある友人(MS)と一緒に早々にホテルに戻ってくることにした。彼と話をしていたのは、ホテルの近くのカフェでゆっくり話をしようかというものだった。


歩きながら、今日はまだ創作活動をしていないことに気づき、ホテルに戻るのは夕方になりそうなので、今日はあまり創作活動ができないかもしれないと思った。そこでふと、時間を巻き戻して今朝早く起きれば朝の時間帯に十分に創作活動ができると思った。すると夢から目覚め、時計を確認すると午前3時前だった。フローニンゲン:2021/2/23(火)04:38


6669. 熱に浮かれて新たに購入した4冊の書籍


時刻は午前8時を迎えた。今朝の起床は午前3時であり、起床から5時間が経っていることに驚く。3時台に起床するときはいつも午前中の活動の充実感が際立つ。


つい先ほど、4冊の書籍を購入した。確か一昨日に4冊の書籍を購入した際に、その注文が引っ越し前の最後のものだと述べたように思うが、神学校について色々と調べているときに、興味深い下記の4冊と出会った。


1. Eco-Alchemy: Anthroposophy and the History and Future of Environmentalism (2017)

2. Therigatha: Poems of the First Buddhist Women (2015)

3. The Work of Art: Rethinking the Elementary Forms of Religious Life (2016)

4. Being Human in a Buddhist World: An Intellectual History of Medicine in Early Modern Tibet (2015)


備忘録を兼ねて順に簡単に言及しておくと、“Eco-Alchemy: Anthroposophy and the History and Future of Environmentalism (2017)”という書籍は、ルドルフ·シュタイナーのエコロジー思想と彼の運動が世代を超えてどのように展開されて行ったのかを解説している。


ちょうど昨日言及したトリオドス銀行は、シュタイナーの思想に基づいて銀行業及び投資業が営まれていて、本書の中においても通称「green banking」と呼ばれるエコロジカルな発想に基づいた銀行について紹介されている。


エネルギーの観点で、新居でエコロジカルな暮らしを本格的に始めるが、これまでも食実践においては常にエコロジカルなあり方を貫いており、ここにおいては資産運用においてもエコロジカルなものになってきている。昨日トリオドス銀行のプライベートバンキングサービスについて問い合わせをしたのもそのためだ。

2冊目の“Therigatha: Poems of the First Buddhist Women (2015)”がこれまた興味深い。端的には、本書は『テーリーガーター』という上座部仏教経典の1つを取り上げている。この経典は、仏教の尼僧の告白が詩の形式にまとめ上げられたものである。


昨日、芸術と宗教の架橋について言及していたが、その中でも詩と宗教思想の関係ついて大変強い関心を持っていて、本書はまさにその関心に合致するものだ。今朝方から音読を始めたシュタイナーの詩、そして昨日に音読が完了したルーミーの詩に加え、ここから数年間をかけて、神秘思想家の詩集を入手できるものは全部入手して全部読んでいこうと思う。


それらを音読することを通じて、身体及び全存在を通じて彼らの思想を理解·習得していく。著書のCharles Halliseyは、"Flowers on the Tree of Poetry: The Moral Economy of Literature in Buddhist Sri Lanka”という書籍の執筆を進めているそうであり、本書も自分の関心に強く合致しているため、出版が待ち望まれる。

3冊目の“The Work of Art: Rethinking the Elementary Forms of Religious Life (2016)”も2冊目と同様に、芸術と宗教を架橋するというテーマに合致したものだ。こちらの書籍では、セザンヌを含め、画家の宗教観と作風についても解説がなされているそうであり、詩のみならず、絵画や音楽と宗教の関係についても関心を持っている自分としては大変興味深い書籍だ。


そのようなことを考えていると、ふと、ゴッホの手紙の全集のことが思い出された。また、少し前に届いたシューベルトの歌曲についても思い出された。それらはどちらも数千ページを超える文献なのだが、それらの文献の中にゴッホやシューベルトの宗教思想を汲み取ることができるはずだ。


実際に、それらの文献をこれまで散発的に読み進めている中でそれを感じていた。新居に引っ越してからは、それらの文献をまた紐解いてみよう。

4冊目の“Being Human in a Buddhist World: An Intellectual History of Medicine in Early Modern Tibet (2015)”は、タイトルにある通り、チベット仏教における医学的歴史を紐解いたものだ。


オランダのアマゾンでは中身検索ができないことが多く——おそらくできない設定になっている——、アメリカのアマゾンを経由して中身を確認してみたところ、興味深いイラストが豊富に掲載されており、こちらも購入した。


ちょうど最近、9年ぶりにアーユルヴェーダの学習を再開しようと思っていたところだった。さらにはヨガの思想書を紐解き、ヨガの思想に関係する詩集も購入する予定だった。


偶然が重なり、昨日、鳥取に住んでおられる私が大変敬意を評しているヨガの実践者かつ知人にメールをしていたところだった。ここ最近は昔の関心が再燃·爆発していて、探究に歯止めが効かなくなっているがそれでいい。


熱に任せて熱となり、そして進むこと。そしてまた新たな熱になること。それを今後も続けていく。


上記4冊の書籍が届いたら、いつものように貪るようにそれらを一気に読み通す。フローニンゲン:2021/2/23(火)08:40


6670. 夢と現実世界のシンクロニシティ/脳の組成の変化/

「非二元」が体現された詩の探究


時刻は午前11時半を迎えようとしている。昼食までもう少し時間がある。


この時間帯になって、今朝方の夢について改めて振り返っていた。今朝方の夢の中では、親友と資産運用の話をしていたのだが、現実世界において実際にその投資対象の価格を先ほど久しぶりに調べてみたところ、興味深いことに、夢と連動してその価格が本日大幅に値上がりしていた。


このような超常的なことがあるのかと驚くことはなく、超常的な世界は常に私たちの理解を超えたところに存在していることを過去の神秘思想家たちは言葉を変えて何度も説明している。


現実世界において実際に投資している資産対象の価格が変動する夢を最後に見たのは今から4年前のことだったように思う。4年越しに同様の夢を見たことは、改めて面白く思う。


無意識と集合意識について思いを巡らさずにはいられない。夢と現実世界のシンクロニシティは確かにある。

ここ最近は脳の組成がさらに変化してきていることを感じる。机の前にいないときにはイヤホンを耳に差して、耳を通じて学習している。料理の最中や掃除洗濯の最中はもちろんのこと、トイレに行く時も耳学習をしている自分がいる。


学習漬けのように見えるが、自分にとってそれは極めて自然な行為であり、それをすることを心底求めている自分がいる。結果として、気がつけば膨大なインプットを日々しており、それに合わせて種々のアウトプットの実践をこれまた好きでやっている生活が続いている。


そうした生活を送っていると、脳の組成が自ずから変化していった。どれも狙って行ったことではなく、結果としてそうなっただけなのだ。脳の可塑性の神秘さと脳の可能性を改めて思う。

午前中にふと、一遍の詩を様々な学術領域から多角的に紐解いていくような研究をしてみたいという思いが湧いた。小さな研究プロジェクトとしてまずは自分で行ってみて、必要であれば正式に神学校に入学することを通じて、再び学術機関に所属しながらそうした研究を行っていく。


少しばかり長い研究論文を執筆するのであれば、2、3の詩を取り上げる形でもいいだろう。今のところすぐに思いつくのは、「非二元」という概念に焦点を当てた研究だ。


現代のように分断した時代において、各宗教が詩を通じて非二元をどのように表現しているのか、その辺りに関心があり、そこに共通項を見出すことができれば、分断化の流れを食い止める一石になるかもしれない。

引き続き詩を中心とした探究を行っていくが、自然言語の枠を超えて、音楽理論と哲学を絡めながら、宗教的な世界観が体現された1つのピアノ曲を取り上げる形でそのような研究をしても面白いかと思うが、それは今の自分の知識や技術ではより難易度が上がる。だがこれも今後の研究テーマとして頭の片隅に入れておこう。フローニンゲン:2021/2/23(火)11:38


6671. 春を感じさせる今日を振り返って


時刻は午後8時を迎えようとしている。今日も穏やかな1日であり、春を感じさせる暖かさがあった。


午後に街の中心部までジョギングがてら買い物に行ってきた。これまでは寒さで一切汗を掻くことはなかったが、今日は薄着で出かけても少々汗ばむほどであった。実際に、街には半袖の人もいたぐらいである。


振り返ってみると、買い物の行き帰りに不思議な現象に出くわしたことが印象に残っている。それはいつものことといえばいつものことなのだが、いつもよりも頻度が高く、街ですれ違う人たちがやたらと笑顔で自分と目を合わせてきたのである。何がそうさせたのかは定かではないが、自分が幸福なオーラを発しているのだろうか。


そうかもしれない。人はそうした感染をする生き物なのだ。そうであれば、幸福さを滲み出すことによって、幸福を他の人々に感染させて行こう。

昨日と今日もまた、各宗教がとりわけ非二元と死をどのように扱っているのかについて意識して詩集を読んでいた。こうした意識は今後も継続して持っていきたい。このテーマは自分を捉えて離さない何かがあり、現代という時代がこのテーマに自分を向かせているようにさせ思う。

「人は一代名は末代(ひとはいちだいなはまつだい)」という言葉を先日に聞いた。この言葉の意味は、人の肉体は1代で滅びるが、その名は良きにつけ悪しきにつけ後世まで残るということだ。

名前の大切さについて思う。そういえば、今日全て見終えた『ノラガミ』というアニメにおいて、「神様は名前が呼ばれなくなり、人々から忘れ去られてしまうと消滅してしまう」というようなことが述べられていた。ここにも名前の大切さを見る。

自分が日々日記を綴っているのは、自分を通じて現れた存在者に名前を付けるという行為なのだ。自己を通して顕現した内在神ないしは自己を抱擁する大いなる存在に気づき、その現れに感謝するという儀式的な行為が毎日の日記の執筆なのだと思う。


言葉にして名付けるということについて言えば、今朝方見ていた『真珠のボタン(2014)』というチリのドキュメンタリーのことを思い出す。チリの海岸沿いに住むある先住民たちの言語には、「神」や「警察」という言葉がなく、それはなぜなら、彼らの世界においてそれらの概念が指し示すものが存在しなかったからだという話が興味深かった。


存在しないものに言葉は当てられない。逆に言えば、言葉が存在すれば、その言葉が指し示すものが存在するということなのだろう。


言葉を当てるというのは、存在を存在たらしめることであり、この世界にその存在を召喚することなのだ。


明日からも存在者を言葉にするという行為を行っていこう。それは日記のみならず、絵画の創作や作曲を通じても実現される事柄である。フローニンゲン:2021/2/23(火)20:08

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