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6663-6666: アートの国オランダからの便り 2021年2月22日(月)


No.1915 朝光の小動物_A Small Animal of Morning Light

本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)


No.305, Here Comes Stillness

Here comes stillness.

Here comes a new day.

Here comes a new me.

Again, here comes stillness.

Groningen; 06:20, 2/22/2021


No.306, Spring Will Come Soon

The light of spring is whispering.

The aroma of spring is floating.

True spring will come soon.

Groningen; 06:23, 2/22/2021


No.307, Muddy Water

No life lives in an aseptic pond.

Life cannot flourish in a too pure environment.

Sure, we need muddy water.

Groningen; 07:09, 2/22/2021


No.308, A Spring Fairy

A spring fairy comes.

It looks a little bit shy,

And it asks me to play hide-and-seek with me.

Groningen; 13:58, 2/22/2021


下記のアートギャラリーより、本日のその他の作品(3つ:コメント付き)の閲覧·共有·ダウンロードをご自由に行っていただけます。

アート・ギャラリー

本日生まれた6曲

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タイトル一覧

6663. 暖かさを感じるフローニンゲン/今朝方の夢

6664. 内なる静けさの中で/今朝方の夢の続き

6665. 幼き頃の楽しげな記憶の中で/トリオドス銀行の口座開設に向けて

6666. 創作という親友/宗教・哲学・芸術の架橋/「クワドレンマ」「オクタレンマ」


6663. 暖かさを感じるフローニンゲン/今朝方の夢


時刻は午前5時半を迎えた。ここのところのフローニンゲンは春らしくなってきている。


もうすぐ3月を迎えるが、フローニンゲンは基本的に5月中旬まで肌寒さが残るのだが、昨日はとりわけ暖かく、日中には半袖で散歩をしている人の姿を見かけた。


今日から3日間は特に暖かく、最高気温は15度を超える。この時間帯は最低気温の6度だが、この気温でもこれまでの寒さと比較すると暖かさを感じるぐらいだ。


今週末から再び最高気温が10度ぐらいに戻り、最低気温も3度ほどになるようだが、それでも暖かさを感じられるだろう。今週は全ての日が晴れマークとなっていて、天気に恵まれるようだ。


このように春めいてくると、やはり旅行に出かけたくなる。3月の初旬にロックダウンが解除され、もう少しコロナが落ち着けば、引っ越しを済ませてから、ドイツにでも旅行に出かけようと思う。

今朝方の夢について振り返り、今日もまた創作活動と探究活動に精を出していこう。昨日に新実存主義に関する書籍を読み終えたので、今日は中国禅の詩集である“The Power of Enlightenment Chinese Zen Poems”を読み進めていこうと思う。ルーミーの詩集の音読もあと少しで全て終わるので、それを終えたら、英独翻訳のシュタイナーの詩集“Verses & Meditations Rudolf Steiner”を音読していこう。

夢。夢の中で私は、サッカーグラウンドの上にいた。そこは外国のようであり、今まさにそこでは試合が行われようとしていた。


こちらのチームは日本人ばかりが集められているようだったが、敵のチームは相手の顔させ見えず、国籍がわからなかった。こちらのチームには、元日本代表で今は実業家をしている有名な方がいて、私はその方の横でプレーしたいと常々思っていたので、右のボランチのポジションを務めようと思った。


ところが、そこにはもう期待の若手のプロ選手がいた。私は無理にそのポジションでなくてもいいかと思った。というのも、右のボランチは過去に一度もプレーしたことがなかったからである。


一応私は、その若手に声をかけに行き、元日本代表の方だけでなく若手の彼のそばでプレーしたいということを伝えた。すると、その若手の選手は照れ笑いを浮かべ、嬉しそうにしていた。


とりあえず私は、前半は右のミッドフィルダーか右のサイドバックを務めようと思ったが、そこにももう選手がいた。見ると、右のミッドフィルダーは小中学校時代の親友(HS)だった。


彼に話しかけると、彼は後ほど用事があるようであり、前半だけの出場とのことだったので、私は前半はフィールドの横で見学しようと思った。後半自分がプレーしやすいように、前半はその親友に頑張ってもらい、相手を疲弊させるほど走り回ってくれとお願いをしておいた。


試合が始まると、相手のチームにも日本人選手がいることに気づいた。試合開始直後は少し押し込まれる時間が多く、開始早々にコーナーキックとなった。


私は副審のような役目を務めていて、コーナーキックになった時に手で合図をし、ボールをコーナーに送った。こちらのチームがそのコーナーキックをなんとか防いだところで、相手のチームのベンチが早々と動き始めた。見ると、元日本代表のボランチの2人がウォーミングアップを始めたのである。


グラウンド脇を走っている彼らの表情はとても真剣であり、これはこちらのチームは心してプレーしなければならないと思った。そこで夢の場面が変わった。フローニンゲン:2021/2/22(月)06:07


6664. 内なる静けさの中で/今朝方の夢の続き


やはり春の感じだ。時刻は午前6時半を迎えた。辺りはまだ真っ暗だが、春らしさを感じる。春の芳香が漂っているかのようなのだ。


先ほどまで小鳥たちが清澄な鳴き声を上げていた。それにそっと耳を傾け、彼らの存在と一になる。


今日もまた快晴のようなので、日が昇ったら、朝焼けをじっくり味わおう。フローニンゲンの朝焼けと夕焼けは特に美しく、それらを眺めるのはいつも楽しみなのだ。

ヨガの世界においては、晩年に林住期というものが存在していて、そこでは全てを捨てて森に入ることが推奨されている。全てを捨ててとまでは行かずとも、ここ数年の自分はそちらの方に向かっているように思う。実際に、エドヴァルド·グリーグやジャン·シベリウスは自然に囲まれたそれに近い生活をしており、彼らの生活のあり方に向かっている自分がいる。


来月末から引っ越す家には共同の庭と自分の家専用の庭があり、周りには緑豊かな公園がいくつかある。フローニンゲンにいるという時点でまだ都市生活を行っているのだが、都市の中でもとにかく落ち着いた場所に来月末から住むことになった。


来月末から住むその家は、他の家やアパートと隣接しておらず、オーナーの敷地にポツリと一棟別に建っている小さな一軒家である。他人と隣接しない形で生活をするというのは今回が初めてなのではないかと思う。それほどまでに今の自分は静けさを求めている。


外的な静けさを求めるだけではなく、それを通じて内なる静けさを求めているようなのだ。だが気づかなければならない。内なる静けさは絶えず自分の中に存在しているということを。

早朝に日記を1つ書き、そこから2つ絵を描き、そして2つほど短い詩を作った。ここから早朝の作曲実践に移行し、その後、ルーミーの詩集を音読する。そして本日1本目の映画鑑賞を始める。


それらはいつも通りの流れだが、同じ流れの中に毎回新鮮さが含まれていることが面白い。いや、流れの中に新たなことが含まれているのではなくて、ヘラクレイトスが述べたように、流れそのものがそもそも新しいのだ。だから自分は毎日同じ活動を同じ順番で進めていきながら、そこに新しさを発見し、無上の喜びを感じているのだ。

ふと、今朝方の夢の続きを思い出した。サッカーの試合に関する夢の後、夢の場面は昼食の風景となった。


試合が終わり、昼食はサッカーグラウンドに隣接した体育館で食べることになっていた。誰が手配したのかはわからないが、そこで特製弁当をみんなで食べることになっていた。


段ボールのような大きな箱に弁当が入っていて、私たちはそこから弁当を取り出した。見ると、確かにその弁当は美味しそうだったのだが、ハンバーグが入っているようであり、肉を食べない私はその弁当を戻し、隣の箱に入っていた野菜カレーの方にしようと思った。


すると、数人のインド人たちが体育館に入ってきた。彼らは私の方に近づいてきて、英語ではなくヒンドゥー語で話しかけてきた。


私も彼らの言葉で挨拶を返すと、彼らは突然英語を話始めた。私は彼らを相手にせず、体育館を出て、どこか落ち着いた場所で弁当を食べようと思った。そのような夢の場面があった。フローニンゲン:2021/2/22(月)06:50


6665. 幼き頃の楽しげな記憶の中で/トリオドス銀行の口座開設に向けて


時刻は午前10時半を迎えた。今、ほのかな朝日が地上に降り注いでいる。そして、小鳥たちが喜びの歌を歌っている。


今日はこの時間帯からとても暖かい。書斎と寝室の窓は起床時からずっと開けっぱなしであり、新鮮な空気が絶えず室内を循環している。部屋に入ってくる空気の肌触りも香りも、春のそれである。


ここからの3日間は春の陽気を感じられるようなので、目一杯それを味わおう。書斎の窓から映る目の前の世界を通り抜けていくそよ風もまた楽しげだ。

先ほどふと、毎日があの楽しげな幼い頃の夏休みの感覚の中で過ぎていくことについて考えていた。思う存分に自由な時間があり、思う存分に自分の好きなことだけに没頭していたあの頃。それと同じ生活が今大人になっても実現できていることを嬉しく思う。


先ほど作曲実践をしていると、小学校時代の夏休みの朝に、近所の公園でラジオ体操をするために出かけた時の清々しい朝の感覚が蘇ってきていた。それは優しく爽やかな思い出であり、その思い出の中に浸っていると、思わず笑みがこぼれた。


とても幸せな感じ。それは些細なことかもしれないが、幼少期のあの幸せな感覚が今この瞬間の自分にも感じられ、同様に幸せの中で日々を過ごせていることに感謝の念が絶えない。この世界で幸せの輪を広げていく活動にこれからも従事していく。

幼少期の思い出に浸り、『オマールの壁(2013)』というパレスチナに生きる若者の日常を描いた映画を見た後に、以前から注目していたトリオドス銀行(Triodos Bank)に連絡をして、プライベートバンキングサービスに関する資料請求をした。


以前言及していたように、この銀行はルドルフ・シュタイナーの人智学思想を根幹に据えた銀行であり、サステイナブルバンク(「エシカルバンク」とも呼ばれる)の先駆者のような存在だ。かねてから銀行のミッションと活動に大きな共感の念を持っていて、これまで色々と調査を続けてきた。


来月末から居住する新居も、オーナーのフレディさんの理念により、サステナビリティにとても配慮した作りになっている。居住という行為もまたサステナビリティにつながる実践であり、資産運用もまたサステナビリティにつながる実践となる。


新居に移ったら、ユトレヒト大学の教授が執筆した“Sustainable Civilization(2014)”という書籍を購入しようと思っている。この書籍も随分と前から注目していたものだが、ここにきてサステナビリティを多角的に考えていくための手引書になると判断した。


本書では、ファイナンスの観点のみならず、意識やマインド、そして霊性や宗教の観点からもサステナビリティについて言及されており、自分の探究の関心と合致している。

トリオドス銀行の担当マネージャーから連絡を受け、その内容を確認したら、本格的に口座開設に向けて動き出したい。大切な資産の多くを預け入れる予定のため、ユトレヒトの本社オフィスに出向き、担当マネージャーと対面で話をすることも念頭に置いている。


そうなれば、ユトレヒトに訪れるのは久しぶりのため、観光ついでにユトレヒトに1泊、2泊してもいいだろう。その際にはどこか美術館に行き、久しぶりにリアルの芸術作品を堪能したいと思う。心身がそれを求めている。フローニンゲン:2021/2/22(月)10:52


【追記】

トリオドス銀行についてさらに調べてみると、確かに本社はユトレヒトにあるが、基本的にこの銀行は物理的なオフィスを極力持たないようにして、ウェブや電話でカスタマーリレーションをするようだ。そうした方針によって蓄積された知見は、こうしたコロナ下の状況において有効に働くだろう。


また、多くの銀行のように、無意味な形で——マーケティング目的や誇示的欲求のために?——地価の高い場所にオフィスを構えていないことにも感心する。無駄に賃料を払うぐらいなら、それを必要な会社やプロジェクトに投資するという考えが背後にあるのだろうか。


オランダでは、INGやABNアムロといった大手の商業銀行があり、それらは多くの物理的な支店を持っている。大抵オランダのどの街にも支店がある。


それに対してトリオドス銀行は、なんとユトレヒトの郊外にある本社とユトレヒトの街中にある1社しか支店がないようだ。おそらくこうした傾向は、トリオドス銀行のあるベルギー、ドイツ、フランス、スペイン、イギリスにおいても同じだろう——さらに調べてみると、スペインだけは物理的な支社が好まれたそうなので、いくつか支店があるらしい。


今後は、将来の居住地として考えているフィンランドや他の北欧諸国のサステイナブルバンクについて調べてみようと思う。フローニンゲン:2021/2/22(月)11:04

6666. 創作という親友/宗教・哲学・芸術の架橋/「クワドレンマ」「オクタレンマ」


時刻は午後7時半を迎えた。つい先ほど夕食を摂り終えた。


今日は本当に春を感じさせてくれる1日だった。思えば、一日中書斎と寝室の窓を開けていたように思う。それだけ外が暖かかった。


明日と明後日は今日以上に暖かい1日となるようなので、明日からの2日間も春を感じさせてくれる恩恵に感謝しよう。

芸術、そして創作が常に自分のそばにあること。それらはもう親友も同然である。


日々この親友たちと共に歩みをゆっくり進めている自分がいる。彼らの存在がどれだけ自分の支えとなり、励みになってくれているだろうか。

夕方にふと、非二元を含め、宗教的に重要な考え方やあり方を、ロイ·バスカーやマーカス·ガブリエルを含めた哲学者の考え方を使って紐解いていくことについて考えていた。これはすなわち、宗教と哲学を架橋し、実践的宗教·実践的哲学を実現させていく試みのようなものである。


そして、世界の諸宗教への理解の深まりが自分の創作活動を深めてくれることも明確なものになっているため、芸術と宗教の架橋も実現させていく。そのテーマに関する書籍を読んでいくだけではなく、自らの体験と思索をもってそれを実現させていこう。

先ほど、一昨日に注文したBoseのワイヤレスイヤホンが今夜中に届くとの連絡があった。DHLからメールがあり、19:25-21:25の間に届くとのことだ。


到着が早ければ、早速パソコンとスマホと連動させてみようと思う。そうすれば、明日から早速使えるようになり、引っ越しの準備も明日から始めることができる。

もう1つ雑多な考え事として、インテグラル理論の象限とゾーンについて考えていた。現代の多くの問題は、4象限の問題が複雑に絡み合い、それらと向き合う私たちは4つの象限の複雑な板挟み状態に陥っていると言えるかもしれない。それはジレンマを超えて、「クワドレンマ(quadlemma)」とでも名付けることができるだろう。


また、8つのゾーンの考え方を採用すれば、8つのゾーン間で板挟みになっている場合、それは「オクタレンマ(octalemma)」と呼べるだろう。こうした板挟み状態から脱却するためには、まずは自身がそうした状態に陥っているという謙虚な気づきが出発点になるだろうか。このテーマについてもまたゆっくりと考えていこう。フローニンゲン:2021/2/22(月)19:42

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