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6560-6562: アートの国オランダからの便り 2021年1月15日(金)


No.1752 一つの真実_A Truth

本日の言葉

To have the mind fixed on a single point, that is concentration. Majjhima-Nikaya


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本日生まれた7曲

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タイトル一覧

6560. 今朝方の夢

6561. レバノンの詩人ハリール·ジブラーンとの出会い

6562. 映画のソムリエ・詩のソムリエ/波動運動/ドキュメンタリーを通じた探究


6560. 今朝方の夢


時刻は午前5時半を迎えようとしている。ちょうど今、小鳥の鳴き声が聞こえて来た。1羽の小鳥が鳴き声を上げ始め、1日がこれから始まることを感じさせる。辺りが明るくなるまであと3時間ほどあるが、闇の静けさの中で自分の取り組みを前に進めていこう。

今朝方は記憶に残る夢を見ていた。夢の中で私は、実際に通っていた中学校のグラウンドにいた。

ちょうどグラウンドではサッカーが行われていて、私はグラウンド脇に立ってゲームを観戦していた。本来であればすぐにでもゲームに入りたいところだったが、ゲームを行っているのが違う学年のように思えたのでちょっと様子を見ることにした。直感的に、先輩たちがゲームを行っているように思えたのだ。

しばらくグラウンド脇でゲームを観戦することにしたところ、同じくグラウンド脇の地面に座り込み、ゲームを観戦している男性がいた。その男性は先輩かと思ったが、見慣れない人だった。

その人に声を掛けると、一言何か述べるとどこかに消えてしまった。私は改めてグラウンドでプレーしている人たちの顔を見た。すると、そこでプレーしているのは先輩たちではなく、同じ学年の人たちだとわかったのである。何人かの女子がプレーしていて、彼女たちがボールを追いかける姿を見たときにそれに気づいた。

同じ学年がゲームをしているのであればすぐさま自分も参加しようと思い、誰かと交代をするわけでもなくふらりとグラウンドの中に入った。誰も自分がゲームに参加したことに気づいておらず、すぐさま自分にボールが回って来た。

そこからも、自分からボールを要求しているわけではないのだが、ボールを自分に回せというオーラが出ているのか、何度も自分にボールが回って来て、その都度ボールに触れられる喜びに浸っていた。

試合も終盤に差し掛かり、私は回って来たボールを学年で最もサッカーがうまかった1人の友人(RS)にパスをした。すると、彼はゆっくりとボールを保持し、自分にリターンパスを出す振りをして、大きく前方にフィードした。その後、また私にボールが回って来て、相手のゴール前に斜めにアーリークロスのような形でスルーパスを出したところで試合が終わった。

私は途中から参加したので、まだサッカーをし足りない気持ちで一杯であり、次の時間の授業があることは確かだったが、1人残ってボールを蹴ろうと思った。誰がボールを持っているのかを確認するためにグラウンドを見回すと、ゴール前にスリーピースのチェック柄のお洒落なスーツを着た集団がいて、その中の1人がボールを手で持っていた。

同じスーツを着たこの奇妙な集団は何者だと思ったが、それは気にせず、早く1人でボールを蹴りたかったので、ボールを持っている人の手からボールを奪い、ゴール裏のテニスコートの段差に向かってボールを蹴り始めた。そこはちょうど、跳ね返って来たボールをまた蹴る遊びにうってつけの場所だった。

数回ボールを蹴ったところで、やはり次の授業があるので、その遊びは程々にして、教室に戻ることにした。体育館裏の倉庫にボールをしまう必要があり、倉庫の方を見ると、友人が片付けをしていたので、ボールを片付けてくれと大声で叫び、彼に向かってボールを大きく蹴った。

そのボールがうまく倉庫の中に入り、校舎に掛けられた大きな時計を見ると、授業開始までもう時間がなかった。着替える時間がいないと判断した私は、今来ている服の上から制服を着る形でとりあえず凌ごうと思った。そのような夢を見ていた。

その他にも、この夢と連続する形で、前職時代の同期が現れる夢があったのを覚えている。その夢の中で私は休職しており、2月の中旬から仕事に復帰するようだった。

内心ではもう会社で働きたくないと思っていて、また保有資産の量と資産運用の状況を考えると、すでに一生働かなくてもいい状態にあったので、この際会社に戻るのではなく、そのまま退職しようと思った。

休職中の今、自分が毎日好きなことを好きなように取り組む自由があり、人生において最も貴重なものの1つである自分の時間というものがたくさんあった。そうしたことからも、会社に戻って働くことが馬鹿げたことのように思え、人生を無駄にしないために、潔く会社を辞めることにした。

すると心が晴れて来て、今から取り組もうと思っていた取り組みに対してまたやる気が満ちて来た。そのような夢の場面もあった。フローニンゲン:2021/1/15(金)05:44


6561. レバノンの詩人ハリール·ジブラーンとの出会い


時刻は午前7時を迎えた。辺りはまだ暗い。この暗さはあと1時間半は続くだろう。

最近は朝の楽しみの1つに、今現在進行形で行われている「一瞬一生の会」に参加してくださっている方々が執筆しているリフレクションジャーナルを読むことがある。受講者の皆さんが日々の気づきや学びについて綴っているジャーナルを読むと、こちらも学びを得られることが多い。

皆さんのジャーナルをもとに音声ファイルを作成してコメントをさせていただくことがあるのだが、ここ最近は映画や詩の話が多い。受講者の皆さんも見た映画についてコメントをしてくださったり、お勧めの映画を教えてくれるので、こちらとして鑑賞の幅が広がって嬉しく思う。

今朝方は、ある受講者の方がハリール·ジブラーン(英語の発音に近いのはカリル・ギブラン)(Kahlil Gibran:1883-1931)というレバノンの詩人について言及してくださっていた。私はこの詩人について知らなかったのだが、直感的にこの詩人のことが気になり、色々と調べてみた。

すると、ジブラーンは詩だけではなく、絵画作品や彫刻作品(25歳から2年間に渡ってパリで彫刻家のロダンの下で学んでいた)も残していて、とりわけ残された絵画を見ると、ジブラーンが「20世紀のウィリアム·ブレイク」と称される理由が即座に分かった。

ジブラーンは高度な意識段階に到達していることが作品から伝わって来て、彼が残した絵画作品はもちろんのこと、とりわけ詩に関心を持った。ジブラーンは、壮大な宇宙的ビジョンをもとに詩を作ったそうであり、作品のモチーフの中には現代の狂気を扱ったものもあるそうなので、なお一層のこと彼の詩を読みたくなった。

取り急ぎ、ジブラーンの詩が全て収められている"Collected Works of Kahlil Gibran- DELUXE EDITION”を購入することにして、購入予定の文献リストに追加した。こちらは来月に書籍を一括注文する際に購入しよう。

ジブラーンの詩をインターネット上でいくつか拾い読みしてみると、今最も注目しているイスラム神秘思想家のルーミーの詩が持つ超越的な世界観がジブラーンの詩にもあることが感じられる。インテグラル理論の観点で言えば、通称第二層の意識段階を超えて、第三層の意識段階に足のかかった、あるいはその段階に到達した詩人たちに関心があり、ルーミーやジブラーンはまさにそうした詩人だということが見えてくる。

彼らの詩を読むことによって、彼らが辿り着いた認識世界に運ばれていくような感じ。それが彼らの詩を読む過程の中で得られる。

ジブラーンの詩は、アメリカのヒッピーたちによく読まれていたそうだが、それはやはりジブラーンが詩を通じて超越的な世界を描き、超越的な世界のビジョンを示していたからだろう。

ジブラーンの記念館のようなものがないかを調べてみると、レバノンにGibran Museumというものがあることを知った。ぜひともここに足を運びたいのだが、レバノンの情勢はあまり良くないので、いつかレバノンの情勢が好転したら訪れたいと思う。

ジブラーンという詩人に出会うことができ、朝から素晴らしい出会いがあったことをとても嬉しく思う。フローニンゲン:2021/1/15(金)07:21


6562. 映画のソムリエ・詩のソムリエ/波動運動/ドキュメンタリーを通じた探究


時刻は午後7時半を迎えた。闇と静けさが辺りを包んでいて、平穏な中で今週の平日が幕を下ろしていく。

今日はふと、「映画のソムリエ」や「詩のソムリエ」と形容できるような形で、個別テーマに対して個別の映画や詩を紹介していくことをいつか行ってみたいというような気持ちが芽生えた。例えば死を深く理解するための映画や詩、死からの解放を促す映画や詩など、他の手段を通じてでは向き合い難いテーマについて映画や詩を通して向き合う機会を与える役割について考えていた。

映画や詩に触れれば触れるだけ、そうした難解なテーマに対して映画や詩が深い洞察や光をもたらしてくれることがよくある。そうした体験を自分の内側にしまっておくのではなく、それをいかに他者に共有することができるか。それについて考えていた。

午後に作曲実践をしているときに面白いことに気づいた。目の前で作っているメロディーの波形と、投資対象資産のチャート上の波形が重なって見えたのである。曲にせよ、投資対象のチャートにせよ、どちらも固有の波動運動を行っていて、その波形には重なるものがあるように思えたのである。

別に曲のメロディーの波形を投資のチャートに照らし合わせて短期売買をする気は毛頭なく、逆に投資のチャートに現れる波形を曲のメロディーの創出に活かそうなどとも考えていない。ただ両者には共通の波動運動が見えたことが面白かったのだ。

今朝の日記で言及していたように、今朝方、レバノンの詩人ハリール·ジブラーンと出会い、そこからジブラーンのドキュメンタリーを見た。ジブラーン以外にも、今日はゲーテに関するドキュメンタリーを見ていた。

視覚的に詩人·芸術家·思想家(哲学者)について理解を深めるためにドキュメンタリーを見ることは有益であり、人物理解を通じて作品理解がより深いものになる。明日は、ゲーテの色彩論に関するドキュメンタリー、詩人のトーマス·エリオットに関するドキュメンタリー、そして詩人のウォルター·ホイットマンに関するドキュメンタリーを見ようと思う。明後日には、詩人のアレクサンダー·プーシキン、そして思想家かつ詩人でもあったジョージ·サンタヤーナに関するドキュメンタリーを見よう。

今日からウィリアム·ワーズワースの詩集を読み始めた。購入した詩集は如何せん分厚く、1100ページほどの分量があるため、まずはパラパラと全体を眺めてみた。

すると、いくつか高度な意識状態あるいは高度な意識段階を通じて結晶化された作品があることに気づき、それらを中心に詩を味わっていた。自己を啓発してくれる高度な認識世界に立脚した詩がこの詩集の中に掲載されていて嬉しく思う。明日もこの詩集をゆっくりと味わっていく。

細かな気づきで言えば、ゲーテ(1749-1832)、ブレイク(1757-1827)、ワーズワース(1770-1850)が同時代人であったことである。彼ら3人の詩集は全て手元にあり、彼らの作品を相互に関連付けながら読み進めていくこともできそうだ。

1人1人の詩人の作品を個別に味わっていくだけではなくて、様々な詩人の中にある共通の関心事項やテーマなどを結びつけていく試みにも従事してみよう。フローニンゲン:2021/1/15(金)20:01

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