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6547-6549: アートの国オランダからの便り 2021年1月10日(日)


No.1731 朝の天使_A Morning Angel

本日の言葉

You will not be entangled with things, will pass freely anywhere you wish to go. Linji Yixuan


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本日生まれた7曲

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タイトル一覧

6547. シャムス·タブリージーの詩集/ポエトリーセラピーの技法を用いたシャドーワーク

6548. 今朝方の夢

6549. 大海そのものと化す感覚/印象的なビジョン


6547. シャムス·タブリージーの詩集/ポエトリーセラピーの技法を用いたシャドーワーク


時刻は午前4時を迎えた。今の気温はマイナス1度とのことだが、室内が暖かいおかげか、書斎と寝室の窓を開けていても寒さは全く感じない。もうしばらく換気をしておいても何の問題もないように思う。新鮮な空気を部屋に取り入れることは、脳に必要な酸素の供給の観点からも大切だ。

昨夜、ルーミーの詩集の解説部分に目を通すと、ルーミーの霊性を花開かせた人物としてシャムス·タブリージー(Shams Tabrizi:1185-1248)という人がいたことを知った。そこから彼の詩集がないかを探してみたところ、良さそうな詩集を発見した。それは、“Selected Poems from the Divani Shamsi Tabriz”というタイトルであり、この詩集はペルシャ語と英語のバイリンガル形式である。

一昨日においては、インテグラル理論の提唱者であるケン·ウィルバーに多大な影響を与えたラマナ·マハリシの詩集がないかを探していたところ、そちらについても“The Poems of SRI RAMANA MAHARSHI”というものを見つけ、早速購入リストに追加した。今月は合計で21冊ほど詩集を購入したが、来月に購入する予定の詩集もすでに10冊を超えている。

昨日メールを確認すると、ポエトリーセラピーに関する書籍が不在届けとして隣のニコさんの家に届けられたようだ。今日の昼前にでもそれを受け取りに行こうと思う。

ポエトリーセラピーの技法を使ってのシャドーワークについて少し考えている。ジャーナルを通じて自分のシャドーと向き合うこともライティングセラピー的な観点で非常に有益だが、言語の分節化作用が時に治癒を妨げることがある。シャドーワークにおいてご法度の分離を過度に推し進めてしまうことが起こり得るし、言語的歪曲も生じうる。

そうしたことを考えながら、シャドーを詩的言語を用いて対象化し、それを詩的効果によって治癒していく道について考えていた。おそらく届けられた書籍を読めば、そのあたりの実践に関するヒントを得られるだろう。

詩を読む過程で育まれた詩的言語感覚を用いれば、自己と世界をこれまでとは違った形で認識することができるだろう。その中には当然、自分のシャドーもまたこれまでとは違った形で認識し、それを治癒·統合していくことも含まれる。

昨日もまた、少しばかり今後の取り組みについて考えていた。多くの人と映画について語り合う場だけではなく、自分の好きな詩を持ち寄ったり、自分が作った詩を持ち寄って自らの体験と引き付けて語り合う場なども今後持ちたいと思った。治癒と変容をもたらしてくれる映画や詩を題材にした会のようなものを今後数年以内に開催するかもしれない。

意識の発達において通称第三層の意識段階、別名で言えばトランスパーソナルな意識段階の特徴、とりわけその言語世界観を掴むのが難しいが、例えばルーミーの詩や、そうした意識段階に到達したであろう詩人の詩を取り上げてみるのも面白そうである。フローニンゲン:2021/1/10(日)04:31


6548. 今朝方の夢


時刻は午前4時半を迎えた。視線の先にはいつものように闇の世界が広がっている。息を呑むような恍惚的美しさを持つ暗闇の世界の中に、ポツリポツリと街頭の明かりが灯されている。

本日もまたいつもと変わらない形で、創作活動、映画鑑賞、詩集の読解に邁進していく。それらにとことん従事していく。それら以外の無駄な雑事に自分の人生の貴重な時間を使わないようにする。それら以外にやりたいことと言えば、農業ぐらいだ。

今朝方はいくつか印象的な夢を見ていた。目覚めた後も夢の世界の感覚が自分の内側に残っていて、不思議なうずきをもたらしていた。それは夢見心地にさせてくれるうずきであるからとても肯定的なものだ。

夢の中で私は、欧州のどこかの国のレストランにいた。そこで元サッカー日本代表の名選手だった人と待ち合わせをしていた。しばらくするとその方の姿が見え、挨拶もそこそこに席に着いた。

その席は中華料理屋のような円卓になっていて、気が付くと私たちの席にはその他にもサッカー関係者が座っていた。いや、全ての人がサッカー関係者ではなく、どうやらその方の会社のメンバーがそこに同席しているようだった。

私はその方と話をするのがいつも楽しみであり、今日もどのような話ができるのかと期待をしていた。だがどういうわけか、私たちは2人ともこの後すぐに用事があり、せっかく今席に座ったばかりなのに、お互いに次の用事のため店から出る必要があった。するとそこに、元日本代表のディフェンダーの選手だった人とキーパーだった選手が現れ、3人で少しばかり現在の日本代表と過去の代表についての比較を立ち話した。

次の夢の場面では、私はモダンな建物の中の廊下にいた。ふと会議室のドアを見ると、前職時代の2人の上司が部屋に入っていこうとしており、私を手招きした。どうやら新たなプロジェクトについての話し合いがこれから行われるらしく、私はそのプロジェクトにアサインされるようだった。

以前であれば新しいプロジェクトにアサインされることは嬉しいことだったが、もう会社を辞めるつもりだったので、新しいプロジェクトにアサインされることは嫌であり、迷惑に思えた。新しいプロジェクトにアサインされない形で、オフィスでは最低限の仕事だけやって、あとは自由に時間を使いたかった。

なんとか仕事をサボる方法を毎日考えている自分を見ると、サボるぐらいだったらすぐにでも会社を辞めた方がいいと思った。今すぐにでも会社を辞めたいと思い、とりあえず明日にでも会社を辞めることにした。

自分の時間が制限され、自由な時間が持てないのであるから、会社で働くことは金輪際ごめんにしたいと改めて強く思った。そのようなことを考えながら会議室の扉を開けると、想像以上に人がいることに驚いた。

新しいプロジェクトに関する話がそこで行われるわけではなく、何か別の話が行われるようだった。その部屋には大きな横長のホワイトボードがあり、普通であればホワイトボードの方に向かって座るはずだが、なぜか私を含めた数名だけがホワイボードを背にして座っていて、残りの人たちはホワイトボードに向かって座っていた。

すると突然、その場で自己紹介が始まった。そして、廊下側の部屋の左隅にはまるで授業参観かのように、会議室にいる人たちの母親が立っていた。その場にいる人たちはもう大人であるから、左隅に立っている母親たちはもういい年齢になっていた。

私から見て左の列の後方に座っていた大柄の男性がすくっと立ち上がり、自己紹介を始めた。その男性は自分がいかに有能かを自慢げに話し、新しいプロジェクトにどれだけ適任かをアピールした。それを聞いて、どうやらこの自己紹介ではわざと自慢をしなければならないルールがあるのだと気づいた。

実際にその男性の前に座っていた男性が次に自己紹介を始めたのだが、その男性もまた自慢をしていた。全員そのルールを知っているためか、自慢が嫌味に聞こえなかったが、少しばかり苦笑が漏れるような感じだった。

2人目の男性の前に座っていた男性が今度は立ち上がり、その人が冗談を交えてうまく笑いに持っていき、その人の自己紹介は純粋な笑いを誘った。しかしその場にいた若い女性がボソッと、この中にいる誰かの兄弟姉妹の精神が病んでいることを一言述べ、それによって場の雰囲気が一気に悪くなってしまった。

私は向かって右側、すなわち窓際の方に座っていて、右隣にはアフリカ系の少年が座っていた。私は彼に、「なんか雰囲気が悪くて冷たい感じになっちゃったね」と述べた。するとその少年と私は突然ワープして、たくさんの恐竜が出没する険しい山の中にいた。

私たちはこれから渓流下りをし、山の麓まで向かっていく必要があったのだが、私は川の流れと逆行して上流に向かっていこうとした。するとどこからともなく天の声のようなものが聞こえてきた。それは川下りに関する既存の理論に忠実になって川を下れというものだった。

しかし私は、それは従うべき天の声というよりもむしろ、反旗を覆すべき声のように思え、自らの考えに基づいて、川を下るのではなく、川を自らの力で上っていこうと思った。そして少年と一緒に川を泳ぎながら、時に踏ん張って歩きながら川を逆行していった。

するとあるところで、見たこともないような静かな流れの場所に辿り着いた。厳密には、そこではもう川の流れなどなく、透明な水が静かにそこに溜まっているようだった。静寂さに包まれていると、再び私の身体はワープし、先ほどまでいた建物の周りを飛んでいた。

建物の周りを旋回しながら中の様子を伺うと、先ほどの会議室にはまだ人がいて、どうやらこれから休憩を取るようだった。そのタイミングを見計らって、私はその階の別の部屋の窓から建物に侵入し、廊下を使って先ほどの会議室に戻ろうと思った。

無事に建物に入り、廊下を宙を飛びながら進んでいると、廊下の両脇にやたらとトイレが多く設置されていて、しかもどれも女子トイレだった。少しばかりその理由が気になったが、気にすることなく宙を飛んで移動していると、あるトイレの入り口のドアから人が出てこようとしていた。

私は顔が見られないようにするために、ドアを押さえて、中から人が出れないようにした。しかし顔を隠す必要もないかと思って手を離すと、ドアから小中高時代の女性友達(MK)が現れた。

そして私が手に持っていたスナック菓子をせがまれた。それは自分が食べるためのものではなく、会議室の誰かに届けるものだったので、せがむ彼女の手を払いのけるかのようにそそくさと宙を飛んでいき、会議室に向かった。そのスナック菓子は、ポテトチップスであり、コンソメと何かが混ざった特殊な味だったのを覚えている。フローニンゲン:2021/1/10(日)05:12


6549. 大海そのものと化す感覚/印象的なビジョン


時刻は午後7時半を迎えた。今、日曜日がゆっくりと終わりに近づいている。今日もまた非常に充実した1日を過ごしていた。

今朝の起床は午前3時半であり、そこから今に至るまで自分の取り組みをひたすら前に進めていた。それは猪突猛進的な形ではなく、充実感と没入感の馬に乗って爽快に駆け抜けていくような軽やかさがあった。

キルギスの格言に、「馬は人間の翼である」というものがあることを先日知った。それは『馬を放つ(2017)』という映画の中で述べられていた台詞である。

絶え間ない充実感と没入感を通じて活動時に従事している姿は、どこか馬の背中に乗って駆けている感覚である。馬と一体になり、そして周りの景色全てと一体になっている感覚がある。別の表現で言えば、それは大海の波に乗っている感覚とでも言えるだろうか。

意識の状態という観点を用いると、いかなる高度な意識状態もしかるべき技術と鍛錬で、様々な意識の状態を行き来することができる。それはまるで大海の中で1つの波から別の波に巧みに移っていくサーファーのようである。

しかし、非二元の意識状態だけはそのような性質を持たない。それを求めてある波から別の波へと移っていくことは、すでに海の中にいるのに海を求めるのと同じぐらいに滑稽なことである。そこからも、非二元の意識というものが探し求められるような類のものではないことがわかるだろう。

そうであれば、日々自分が感じている感覚というのは、波に乗っているという感覚というよりもむしろ、波そのものとしてそこに在り続けている感覚と言った方が正確だろうか。馬と一体になり、取り囲む風景全体と一体になるという表現、あるいは大海そのものと化すという表現が正しいだろう。

昨日不在届けが郵便受けに入っており、今日の午後に隣の家に届け物を受け取りに行った。改めて隣の家の表札を見ると、隣に住んでいるのは「ニコさん」ではなく、「メンコさん」だということに気づいた。オランダでは「ニコ」という名前を比較的よく見かけるために、何か勘違いしていたようだ。

メンコさんから受け取ったのは、エドガー·アラン·ポーの詩とエッセイなどが収められた1500ページほどの書籍と、ポエトリーセラピーに関する専門書だ。夕方に早速ポーの詩をいくつか読んだので、今からポエトリーセラピーに関する書籍の方を読み進めていく。先日届けられたシネマセラピーに関する専門書と合わせて読み進めていけば、日々の映画鑑賞と詩集の味わい方に変化がもたらされるだろう。

今朝は午前3時半に目覚めたこともあり、午前中に20分ほどの仮眠を取った。その際のビジョンがとても不気味だった。

今の自宅がビジョンに現れ、洗濯機が動いている音が聞こえて来たのでそこに向かうと、動かした覚えのない洗濯機が回っていた。自分がその場に到着すると、洗濯機は動くのを止め、扉が開いた。

すると洗濯機の中に、濡れたシーツにくるまって咳き込む外国人の女性がいたのである。彼女はおそらくオランダ人だと思うが、顔は確認できていない。確認できていないというよりも、あまりも不気味だったので、私はその場をすぐにあとにしたのである。

想像するに、その女性はホームレスであり、行くところがなくて洗濯機の中で寝ていたのだと思われる。そう考えるとそこにもうしばらく留まってもらっていてもいいかと思ったが、やはり気味が悪かったので、不動産会社に連絡をしようと思った。

そこでビジョンから目覚めた。目を開けると、薄青い光が天井にサッと知覚されたのを覚えている。フローニンゲン:2021/1/10(日)19:47

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