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6472-6473: アートの国オランダからの便り 2020年12月12日(土)


No.1630 運命の受諾_Acceptance of the Destiny

本日の言葉

If not complete, superiority brings one down very low. Ngawang Lobsang Gyatso


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本日生まれた5曲

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タイトル一覧

6472. 今朝方の夢

6473. 不条理を引き受けて生きること


6472. 今朝方の夢


時刻は午前4時半を迎えた。昨夜は寝室の温度が少し上がっていたのが、起床してみると寝汗をかいていたことに気づいた。すぐに着替えをし、寝室のヒーターを消すことにした。

今の様子だど、寝室のヒーターはまだつける必要がないかもしれないと思った。実際に書斎のヒーターは今のところまだほとんど使っていないのだから、寝室も同じく必要ないかもしれないと判断した。今日から少しの間、寝室のヒーターをつけないで寝てみよう。

今朝方の起床の前に夢を見ていたことを覚えている。夢の中で私は、不思議なサッカーグラウンドにいた。何が不思議だったかと言うと、そこはサッカーにしては狭く、フットサルにしては大きいコートだったのである。

芝は天然芝ではなく、人工芝のようだった。私はスペインの名門サッカーチームに所属していて、ちょうどこれから試合が始まるところだった。私は先発として試合に出場することになり、中盤のボランチのポジションを任されていた。

こちらのチームのメンバーは、名だたる名門選手ばかりであり、私が活躍しなくても十分に勝てるのではないかと思えるほどに豪華なメンバーが顔を揃えていた。いざ試合が始まってみると、実に早く先制点をこちらが奪うことができた。

私は中盤の後ろの方からその得点シーンを眺めていて、ゴールを決めた選手が自陣に戻ってきたところで声を掛けてゴールを祝福した。彼はクロアチア出身の選手であり、少し気恥ずかしそうに私の祝福を受け止めていた。

私はまだこのチームに加入して時間が経っておらず、またメンバーたちは日本語の発音に慣れていないこともあって、私の名前を正しく発音できる人はそれほど多くなかった。ゴールを決めた彼も私の名前を正しく発音することが難しそうだったので、短縮した呼びやすい名前で自分のことを呼んでくれとその場で伝えた。

こちらのチームが得点を入れた後、試合が再開される前に、こちら側でメンバーの交代があった。数名ほど選手が変わり、とても大きな選手が交代で入ってきた。しかし、フィールド上の人数をよくよく数えてみると、こちらのチームのメンバーは12人となっていて、1人多いようだった。

私がそれを指摘すると、中盤のポジションで入ってきたその大柄の選手は相手のチームの方に入ることになった。彼は何食わぬ顔で相手チームに入り、そこから再び試合が始まった。

その選手の存在感は際立っていたので、私は彼をマークすることにした。彼がドリブルで持ち上がり始め、私はそれを止めようとした。

すると、どういうわけか彼の手にはオレンジジュースのペットボトルがあり、私がマークしたことによって、ペットボトルがこちらのゴール前に飛んでいき、キーパーとディフェンダーはそれに注意を奪われてしまい、それがきっかけで失点してしまった。

こちらのチームは失点に落胆し、再度気を引き締めて戦うことを私はメンバーに呼びかけ、試合再開のホイッスルを待った。フローニンゲン2020/12/12(土)04:57


6473. 不条理を引き受けて生きること


時刻は午後8時を迎えた。土曜日が静かに終わりに向かっている。今日もまた旺盛に映画を見ていた1日だった。

映画は世界認識と自己の存在の双方に揺らぎをもたらす。そうした揺らぎは治癒や変容に不可欠なものであり、毎日何回もそうした揺らぎを体験している。今日もいくつか素晴らしい作品と出会うことができ、揺らぎの恩恵に預かった。

映画鑑賞をしながらふと、自分が映画を作るわけではないが、近々、シナリオライティングに関する理論書を何か1冊読んでみようと思った。それによって映画の見方もより豊かなものになるだろうし、日々の日記の執筆にも変化がもたらされるだろう。

今日の映画鑑賞の中で一番印象に残っているのは、『ニッポン国VS泉南石綿村(2017)』という作品だ。これは、原一男監督が8年にわたって「大阪·泉南アスベスト国賠起訴」に密着したドキュメンタリーである。

この作品は3時間を越す力作だった。アスベストの問題は、私がまだ日本にいる時から問題となり始めていたが、裁判が決着したのは日本を離れているときだった。

この作品はアスベストの問題だけではなく、現在の法律について、アスベストの関係者の方々、そして日本の官僚について深く考えさせる機会を与えてくれる。原発を巡る問題ともつながるものがそこに見出される。

このドキュメンタリーを見ながら考えていた個別具体的なことをここに書くことをしない。それらはあまりに多岐にわたるものだからである。

ただし1つだけ書き留めておくことがあるとすれば、ここ最近見た映画でもたびたびテーマとして取り上げられている「不条理で満ち溢れたこの世界をどう生きるのか」という点である。最高裁までもつれたアスベストを巡る裁判では、被害者の方々は幾度もなく不条理を突きつけられている。

今朝方見た、『さようならCP(1974)』においても、脳性まひという不条理を引き受けながら生きる人々の姿が描かれていた。先ほどまで『鬼滅の刃』を数話ほど見ていたのだが、このアニメにおいても、不条理が描かれている。

不条理を受け入れて生きることを選択した主人公の炭治郎。不条理に抗い、不条理に屈してしまった人間たちは鬼になる姿がこの作品で描かれている。

『ニッポン国VS泉南石綿村(2017)』の作品の中で、被害者の方が厚生労働省の官僚に対して、「あなたは人間か?あなたは人間としての良心があるのか?」という問いかけがなされていたが、地位や体面を保とうとし、自分の欲望に屈してしまい、不条理に抗おうとした人間の顛末は、人間性を喪失してしまうことなのだろう。そのようなことを今日の映画鑑賞から考えさせられた次第である。フローニンゲン2020/12/12(土)20:20

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