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6212-6214: アートの国オランダからの便り 2020年9月10日(木)




No.1367 黄昏のフクロウ_An Owl at Twilight

本日の言葉

So I must become purposeless on purpose. Eugen Herrigel

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アート・ギャラリー

本日生まれた10曲

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タイトル一覧

6209. 本日の読書の予定/今朝方の夢

6210. 作曲実践とダンスの組み合わせ

6211. シャドーワーク・瞑想実践としての創作活動/フローニンゲン内での引っ越しについて


6212. 作曲に関する顕教と密教

時刻は午前7時を迎えた。とても静かな朝の世界が広がっている。

空には雲がある部分とない部分が均等に分かれている。遠くの雲に朝日が当たり、それが薄オレンジ色に輝いている。

ここ最近は注文した75冊の書籍を次々に読んでいて、1日に2~3冊のペースで書物を読んでいる。そうすると、大量に書籍が届けられた時には机の上が積読状態にあったのだが、いつの間にかもう大して書籍が積まれていないことに気づく。

あと手元に残っているのは、音楽美学に関する書籍や、ゲオルク·ジンメルの貨幣論に関する書籍、そしてDK出版の各種の図鑑のような解説書である。

昨日、今日はシュタイナーの色彩論を発展させた“Colors of the Soul: Physiological and Spiritual Qualities of Light and Dark”を読もうと思う。本書は自分にとって、絵画の創作のみに役立つのではなく、作曲の際に色彩感覚を出す時にも役に立つだろう。

著者のデニス·クロセクはその他にもシュタイナーの思想や人智学に関する興味深い書籍を出版している。今のところ、“The Seer's Handbook: A Guide to Higher Perception” “Sacred Agriculture: The Alchemy of Biodynamics” “Esoteric Physiology: Consciousness and Disease”の3冊を新たに購入予定の文献リストの中に入れた。日本から戻ってきてから、11月の中旬にまた書籍を一括注文しようと考えているので、その時にそれらの書籍を購入するかどうかを再度検討しようと思う。

昨日、エドワード·サイードの書籍を読んでいた時に、バッハについての印象的な記述があった。バッハは既存の作曲技法を、同時代の作曲家が思いもつかないような形で洗練させて曲を作ったということが書かれていた。

バッハの創造性は、既存の様々な作曲技法を誰にも思いつかないような高度な形に洗練させる形で発揮された。そのことを知ってから、すでに現存する曲や技法に範を求め、そこに自分なりの工夫を施していこうと改めて思った。旧約聖書としてのバッハの『平均律クラヴィーア曲集』を大いに参考にしたい。

先日購入した音楽美学に関する書籍を読んだ後は、顕教としての音楽理論や作曲理論を徹底的に学習しながらも、それ以上に実践を通じて音楽創造の密教を体得していこうと思う。せっかく顕教として書かれたものがあるのだから、それらは網羅的かつ徹底的に学び、それでいて作曲は最後は密教的な技術体系であるから、実践を通じてそれらを学んでいく。

理論書からの学びも多いが、最も学びが多いのは実際の楽譜を見ることであり、実際に曲を作ることである。写譜と作曲を重視して、これからの探究と精進を進めていこう。フローニンゲン2020/9/10(木)07:29


6213. 今朝方の夢


時刻は午前7時半を迎えた。今、朝日が燦々と輝いている。

ちょうど先ほど、書斎の窓から真っ直ぐの方向にに虹が見えた。まさに先日虹を見た場所と同じようなところに見事な虹ができていた。先日よりも消えるのが早かったが、しばらくぼんやりと虹を眺めていた。

それでは今朝方の夢について振り返り、今日も創作活動と読書に励んでいこうと思う。それらが相互作用をなす形で固有の深まりを実現させている姿を見る。

夢の中で私は、高校1年生の時に同じクラスになった友人(TN)と話をしていた。彼は地元の国立大学に入学した後、成績がとても優秀だったこともあり、京都大学に編入したそうだった。

大学での生活について話を聞くと、彼は編入先の大学でも勉強に励んでいることが伝わってきた。話の流れの中で、私は京都大学の野球部の先生に交渉しにいくことになった。というのも、なぜか自分の高校から野球部に入部することが拒絶されてしまっていたからである。

大学に到着し、先生を探したところ、先生は野球場ではなく、体育館の中にいた。先生はどうやらオーケストラの顧問もしているようだった。

体育館に入った時、今からまさに演奏が始まるところだったので、私は体育館の後ろに並べられていた椅子の1つに腰掛けた。先生は私の存在に気づいたようであり、「あとでそちらに向かう」というような意味を込めたサインを私に送った。

気がつくと私はもう体育館におらず、駅のプラットホームにいた。そこはとても長閑な駅であり、プラットホームの背後には山々が見えた。

プラットホームの数は3つあり、私は一番山側のプラットホームで待っていた。すると、先ほど話をしていた高校時代の友人と、小中高時代の女性友達(YY)が私の近くにやってきて、そこからは3人で話をした。

最後の夢の場面は、旅館のような場所の個室だった。そこで私は手料理を作り、小中高時代の親友(HO)と小学校4年生の時にお世話になっていた担任の先生に料理を振る舞うことになっていた。

パスタ風のサラダが最初に完成し、まずは先生に味見をしてもらおうと思った。私の方でパスタの麺とニンジンを皿に盛り、ニンジンの上にトマトやその他の野菜を乗せて行った。

いざ先生が一口サラダを口に運ぶと、先生は「美味しい!」と声を上げた。その言葉を聞いて私は嬉しさと安堵の気持ちに包まれた。

そこからは親友にもサラダを食べてもらおうと思い、彼の分を皿に盛り始めた。今朝方はそのような夢を見ていた。実際のところは、その友人と一緒に絵画の制作か何かを行っている場面もあったように思う。

参考にできそうな絵がたくさん地面に置かれていて、そこから1つ選んで絵を描いていくような場面があったことを覚えている。

友人も私も、自然をテーマにした絵を選んでいたように思う。彼はそれを具象的に描き、私は抽象的に描こうとしていた。フローニンゲン2020/9/10(木)07:58


6214. 創造と居場所/「色々」と多様性/畏敬の念とゴールデンシャドー


——もはや母国を失った者にとって、書くことは生きるための場所となる——テオドール·アドルノ

時刻は午後7時を迎えた。今、穏やかな夕方の世界が広がっている。

今日もまた、日記を書き、音楽や絵を作って読書をするような1日であった。創作をすることによって自分の生きる場所が生まれ、創作に次ぐ創作によって、その土壌が豊かになっていることを感じる。

午前中にふと、「色々」という日本語の表現について立ち止まって考えていた。その言葉から、日本人は多種多様な色を大事にする精神を内在的に持ち合わせている可能性があるのではないかと考えていた。

そうであれば、それを現代の社会生活の中に適切な仕方で反映してほしいと思う。多様性を抑圧するのでもなく、多様性をお題目のように唱えるのでもなく、真の意味での多様性の尊重。日本人が本来持つ多様な色彩を理解する感覚や感性が育まれれば、真の意味で多様性が尊重される社会が来るだろうか。

昼食をいつものように軽く摂った後、読書をして仮眠を取った。いつも感じることなのだが、仮眠によって午前中の学習や実践が脳内に刻み込まれている感覚がする。

端的には、仮眠による脳の休息を通じて、シナプスが増加し、シナプスが強化されているようなのだ。ここにも脳を休めることの効能を見ることができる。とりわけ仮眠はその作用が強いのだろう。

夕方の今この瞬間には、空が雲で覆われており、今日は夕日を拝むことができない。空が全体としてある感覚を引き起こしてくる。

音楽作品や絵画作品の背後には、絶えず巨大な美的ゲシュタルトが立ち現れるということについて考えていた。音そのものや絵そのものに着目していては、そうした美的ゲシュタルトを知覚することはできない。

芸術作品の背後には、絶えず巨大な美的ゲシュタルトが存在しているということ。しかもそれは、自分の美的感覚の発達に応じて質的に変化を遂げていくということ。それを心に留めておこう。

友人のブログを読みながら、畏敬の念とゴールデンシャドーについて考えていた。誰かに対して畏敬の念を抱くというのはゴールデンシャドーの投影としての側面があり、そうしたシャドーの投影は、私たちを発達に導いていく可能性を内包している。

強く心を動かしてくれる偉人たちの存在に感謝の念を捧げながら、今日もまた創作活動と読書に励んでいた。本日届いた“Rethinking Economics: Lectures and Seminars on World Economics”の著者であるルドルフ·シュタイナーは、私に畏敬の念を頂かせてくれる。今夜からこの書籍をゆっくりと読み始めよう。フローニンゲン2020/9/10(木)19:23

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