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6170-6172: アートの国オランダからの便り 2020年8月29日(土)


No.1298 続く過程_A Continuous Process

本日の言葉

Humans are social creatures and taking care of each other is the very basis of our life. Tenzin Gyatso

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本日生まれた8曲

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タイトル一覧

6170. 日本へのフライトに関して

6171. 季節の変化への適応の落ち着き/トリオドス銀行について

6172. 今日の雑多な考え事

6170. 日本へのフライトに関して

時刻は午前7時を迎えようとしている。今、辺りはとても穏やかであり、この時間になるともう随分と明るい。

今朝はそよ風が時折吹くぐらいであり、とても優しげな世界が辺りに広がっている。どうやら今日は、午後に少々雨が降るようなので、昼前に近所のスーパーに買い物に出かけようと思う。

今日は午後にオンラインミーティングが1件ほどある。それ以外の時間は、創作活動と読書に充てよう。

昨日は前野先生との対談に向けて、先生の書籍を再読していた。今日からは再び経済学書を読み進めていこうと思う。まずは”What’s Wrong with Economics?: A Primer for the Perplexed”から読み進め、仮にそれが早く読み終わったら、“Economics for the Common Good”を読み進めていきたい。

昨日もまたオランダのアマゾンから5冊ほど書籍が届き、そこにはシュタイナーの経済思想に関する書籍もある。その書籍を読むことは今から楽しみであり、届いた書籍を積み上げた山を見ると、その書籍を読むのは来週のどこかのあたりになるだろう。一括注文後に見つけた10冊の書籍については、今日か明日に注文をしておきたい。

昨日、今年の一時帰国の際に利用するブリティッシュ·エアウェイズについて調べていたことを日記に書き留めていたように思う。ブリティッシュ·エアウェイズはイギリスのフラッグシップの航空会社なのだが、日本に向かう便があまり多くないことが意外であった。また、関空にこれまで20年間も飛んでいなかったことが驚きであった。

帰りの便で使うフィンエアーは、すでに10月からの関空での運行を発表している。それを見た時に、行きの便もフィンエアーにしたら良かったかと思ったが、当初は2つの航空会社を比較したいと思っていたのである。またそもそも、自分が望むような日程の行きの便がフィンエアーにはなかったように記憶している。

成田や羽田に向けては、本数は少ないが、欧州からも日々フライトが飛んでいることを見ると、今回関空を選んだことも少しばかり仇になっていると思ったが、それもまた何かの運命だろう。今はただ、ブリティッシュ·エアウェイズが10月の関空での運行再開を早く発表してくれることを祈るだけである。

そのようなことを考えていたが、今回はどちらもJALのコードシェア便ということもあり、行きに関してフィンエアーかJALに変更できないかと考えている。仮にブリティッシュ·エアウェイズの便がキャンセルになれば、同じ航空会社内で日程の変更を行うことが可能だが、コードシェア便に関しても可能なのだろうか。

そうであれば有り難く、またキャンセル前に他の航空会社のコードシェア便に変更できたらさらに有り難い。正直なところ、フィンランドに関心を強く持っている今の私にしてみれば、ロンドンを経由して日本に帰るのではなく、ヘルシンキを経由して日本に帰る方が嬉しい。

私は、ヘルシンキの国際空港の雰囲気が好きであり、ラウンジもとても広く明るく素敵である。また何よりも、ラウンジではサウナに入れるものもあり、とても寛ぐことができるのだ。

明日か明後日に、フライトのキャンセル前に他の航空会社のコードシェア便に変更が可能かを電話で確認してみよう。今のところブリティッシュ·エアウェイズが10月に関空の運行について何も言及していない以上、すでに10月からの運行を再開すると発表しているフィンエアーにフライトを変更できるのであれば、そちらの方が安心だ。

まだ関空に降り立つことが確定していないので、日本での宿泊先の確保はフライトが飛ぶことが確定してからにしようかと思う。おそらく直前になっても、今の状況下においてホテルや旅館が満席になることは考えにくいだろう。いずれにせよまずはフライトの確定が先決だ。フローニンゲン:2020/8/29(土)07:10

6171. 季節の変化への適応の落ち着き/トリオドス銀行について

時刻は午前7時を迎えた。辺りを微風が通り過ぎてゆく。その微風が美風であることに気づくこと。それが大切だ。

今朝方はそれほど記憶に残る夢を見ていなかった。どこか日本以外の国の街中で、日本人の女性友達と話をしていたような記憶がある。そこには2人ぐらい友達がいただろうか。今日はそれぐらいしか夢について覚えていない。

無意識の世界がどうやら落ち着いているようだ。落ち着きに関して言えば、今朝起床した時にも毒素を排出するような黄色鼻水が出たが、今はもう落ち着いている。喉のイガイガもほとんどなくなったので、季節の変化への適応が無事に終わりに向かっていることがわかる。

先日のアテネ旅行から帰ってきたタイミングでファスティングをしたおかげか、今回の変化への適応に伴う症状はいつもより軽かった。いつもはより鼻水が出て、1日は随分と喉が痛い状態が続いていたのだが、今回はそれほどの症状が出なかった。ファスティングと季節の変化への適応に伴う症状との相関関係については、今後もまた探求をしてみよう。

昨日の日記の中で、オルタナティブ·バンクとして、オランダのトリオドス銀行について言及し、バッハの音楽について言及していたように思う。両者に共通することがあることに気づいた。

バッハは、「3」という数字を愛していたことは昨日の日記で書き留めた通りである。なんとトリオドス銀行もまた「3」という数字を大切にしているようなのだ。

そもそもこの銀行の名前の“Triodos”の“tri”は3を表している。それが何を意味しているかというと、ギリシャ語の「3つの道」に由来するらしく、3つの道とは、金融、社会性、倫理性のことを指すとのことだ。つまり、トリオドス銀行は、企業活動にこの 3つの視点を盛り込むことによって、金融を活用してより良い社会を実現しようとしているのだ。

倫理性に関して言えば、この銀行の融資先·投資先は全て、持続可能な社会を目指す企業に限っていることとつながっている。また、トリオドス銀行のユニークな点は、この銀行の利用者に対して、銀行の融資·投資方針だけを示すのではなく、融資先·投資先も開示するという「見える化」を徹底している点である。

利用者のお金がどこに行き、どのように使われたのかを明示することはとても大切なことのように思える。そうした透明性があるのは、シュタイナーの思想をもとに設立されたドイツのGLS 銀行も同じである。

オランダに住んでいるということもあり、そしてこの国を愛しているということもあり、さらには投資を通じた社会の持続的発展に関心があることが重なって、トリオドス銀行の利用についても検討していこうと思う。

トリオドス銀行が提供するプライベートバンキングサービスを活用すれば、単に個人の資産を保全するだけではなく、社会にとって意味のある形で資産運用ができる。かねてから有機食品などに関心があった私にとって、トリオドス銀行もその分野に融資·投資を積極的に行っていることはとても共感する。

トリオドス銀行はそもそも、1960 年代に顕在化した欧州での酸性雨や土壌汚染などの公害·環境問題への対応を強く意識した市民が中心になって作ったものであり、銀行の設立時から今に至って、その問題意識を持ち続けている点も共感する。トリオドス銀行については今後も引き続き注目をし、調査を続けていこう。フローニンゲン:2020/8/29(土)07:35

6172. 今日の雑多な考え事

時刻は午後7時半を迎えた。今、とても穏やかな夕方の世界が広がっている。空には穏やかな夕日が輝いていて、落ち着いたそよ風が吹いている。

振り返ってみると、今週も本当にあっという間に過ぎていった感じがある。昨日は前野先生との対談があり、今日も1件ほどオンラインミーティングを行った。

明後日からはまた新たな週を迎え、来週末にはハーグから友人がフローニンゲンに遊びに来てくれる。友人と約束をしたのは随分と前のことだったように思うが、もう来週末に約束の日が来ることがにわかに信じられない。

今年の秋の一時帰国もあれよあれよというままにやってくる印象だ。今日はふと、いつか必ず日本全国を巡る旅をしようと思った。

母国日本は、日本人である自分が旅行者として訪れる1番の国だ。それはもう揺るぎないということを改めて思った。

非居住者として日本が最良の国であり、居住者として日本が避けたい国に挙がってくるというのはとても複雑な思いがする。しかし、だからこそ日本に関与していく形があり、それが自分の関与の方法なのだと思う。そのようなことを午後に考えていた。

午前中にヨーガ仲間の友人のブログを見ていると、とても興味深いことが書かれていた。「もし会わないことによるレッスンに効能があるとしたら、会えないからこそ互いを求める気持ちが醸成されることなのかもしれない。そしてその思いが間違いなく人を変容させる。その先に治癒もあるのかもしれない」という言葉がそこに書かれていた。

今のコロナ下において、またこれまでの自分の生活環境下を考えてみた時に、とても響くものがあった。物理的に会えないからこその思いの醸成と、それを起点にした変容と治癒を促す関係性。それはまた新たな関係性と言えるだろうか。

これまでも形を変えてそうした関係性の形があったかもしれないが、今の社会情勢において、物理的な距離を超えながらにして、お互いの変容と治癒をもたらしてくれるような関係性を育んでいくことは大切なことのように思う。

今日の夕方に買い物に出かけた時、郵便受けに4冊ほど書籍が届けられていた。先日に50冊ほど一括して注文した書籍が、ここ数日間の間にパラパラと届けられてくる。

本日届けられた書籍の中に、フランスの哲学者のジャン·フランソワ·リオタールの“Libidinal Economy”というものがある。リオタール的な観点で言えば、際限のないリビドーに突き動かされた経済活動の蔓延と、際限のない煩悩に突き動かされた経済活動の蔓延。それについて思いを巡らしていた。

性衝動に加えて、それ以外の種々の煩悩が複合的に混ざり合い、それらに取り込まれる形で無意識的に行われる種々の消費行動。それは歯止めが効かず、それは無限ループに陥りながら、さらにその消費行動が強化学習的に強化されていってしまう。これもまた別種のラットレースだろうか。

そのようなことを考えながら、土曜日がゆっくりと終わりに近づいている。今日はこれから少しメールの返信をして、時間があれば、明日に再度一括注文する書籍の吟味をしたい。

可能であれば、アマゾンのカートの中に次々と購入予定書籍を入れていってしまおう。実際の注文は明日でもいい。フローニンゲン:2020/8/29(土)19:51

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